プレアデスストーリー   作:八束祐

40 / 51
志岐編 9

 

「ここか?」

 

 志岐が紙と目の前の建物を見比べた。

 

「場所は合っています」

 

 桃が答える。

 

「やっと着いた」

 

「途中で買い物したから遅くなったんですよ」

 

「必要な買い物だっただろ」

 

「胸まで揉む必要はありません」

 

「あれはサービスだし」

 

「胸を張って言わないでください!」

 

「揉んだのも胸だけどな」

 

「兄様!」

 

「うまいだろ?」

 

「うまくありません!」

 

 沙耶に睨まれながら、志岐が扉を叩く。

 

「誰かいるー?」

 

 しばらくすると扉が開いた。

 

「ん? なんだ? あぁ、来たか!」

 

 出てきたのは体格のいい中年男だった。

 

 声も大きい。

 威勢もいい。

 

「レイドから聞いてるぞ。 宝石を持ってきた連中だな?」

 

「そうだぞ!」

 

 志岐が答える。

 

「君が志岐か?」

 

「ああ」

 

「そっちの二人も一緒か」

 

「沙耶です」

 

「桃と申します」

 

「よし、入ってくれ! 話は通ってる!」

 

 男に案内され、中へ入る。

 

 何人かの人間が忙しそうに働いていた。

 机の上には道具や鉱石らしきものが並び、志岐には何に使うのか分からない器具もいくつも置かれている。

 

「で、見本は?」

 

「桃」

 

「はい」

 

 桃が背中の刻印へ手を伸ばすと、赤い宝石が現れた。

 

「こちらです」

 

「おお」

 

 男が受け取り、光へかざす。

 

「壊すなよ」

 

「分かってるよ、君。 こいつを見ながら同じものを作ればいいんだろ?」

 

「そう聞いてる」

 

「任せな! こっちはそういう仕事が得意なんだ。 きっちり仕上げてやるよ」

 

「どれくらい?」

 

「すぐってわけにはいかんが……まあ、しばらく待ってくれ」

 

 そう言うと男は、近くにいた作業員に宝石を持たせて奥へ引っ込ませた。

 

 どうやら志岐たちは、しばらくここで待機しなければならないらしい。

 

「暇だなぁ」

 

「兄様、依頼中です」

 

「待つだけだろ?」

 

「待つのも仕事です」

 

「寝てていい?」

 

「駄目です」

 

「理不尽だなぁ!」

 

 男が豪快に笑う。

 

「元気な兄妹だな、君たち」

 

「こいつがうるさいだけ」

 

「兄様です!」

 

「まあ、好きにしててくれ。 終わったら声かけるからよ」

 

「おう」

 

 男が作業へ向かう。

 

 志岐たちには、待つ時間だけが残された。

 

 三十分後――

 

「暇だー……」

 

 志岐が天井を見上げながら声を張り上げる。

 

「聞こえてますよ」

 

「沙耶」

 

「なんです?」

 

「暇」

 

「知りません!」

 

 すげなく言い捨てられた志岐は、今度は隣の桃へ視線を向けた。

 

「桃」

 

「はい?」

 

「暇」

 

「何かいたしましょうか」

 

「桃さん、相手にしなくていいです!」

 

「しかし……」

 

「兄様なんて放っておいてください」

 

「ひどい妹だ」

 

「大人しく待てない兄様が悪いんですから!」

 

 志岐は辺りを見回す。

 

 だからといって、仕事の邪魔をするほど子供ではない。

 しかし何もしないのは性に合わない。

 

 そんなときだった。

 

「おっ」

 

 作業の合間に、先ほどの男が何かを眺めているのが見えた。

 

 妙な模様が描かれた布だ。

 

「何だそれ?」

 

「ん?」

 

 男が振り返る。

 

「これか?」

 

「ああ」

 

「ヤーパンの品だよ!」

 

 急に声が弾んだ。

 

「へえ」

 

「俺はな、ヤーパンの文化が好きでな!」

 

「そうなのか?」

 

「ああ! 面白いんだよ。 こっちじゃ見ねえもんが多いだろ?」

 

「まあな」

 

「君は詳しいか?」

 

「…………」

 

 志岐が男を見る。

 期待に満ちた顔をしていた。

 

 少し考えて――志岐の口元が、にやりと歪む。

 

「とっても詳しいぞ!」

 

「本当か!」

 

「兄様?」

 

 沙耶が早くも何かを察した。

 

「なあ、おっちゃん」

 

「なんだ?」

 

「ヤーパン好きなんだよな?」

 

「もちろんだ!」

 

「だったらさ」

 

 志岐が笑う。

 

「今一番流行ってる格好、教えてやろうじゃないか?」

 

「今の流行!?」

 

「ああ」

 

 男の目が輝いた。

 

「ぜひ教えてくれ!」

 

「兄様」

 

 沙耶の声が低くなる。

 

「なんだよ」

 

「本当に流行ってるものを教えるんですよね?」

 

「当たり前だろ」

 

「今、一瞬笑いましたよね?」

 

「笑ってねえなぁ」

 

「笑いました」

 

「気のせいだろ」

 

「志岐様」

 

 桃が首を傾げる。

 

「現在のヤーパンでは、どのような装いが流行しているのでしょうか」

 

「桃さんまで興味持っちゃった……」

 

 沙耶が頭を抱える。

 志岐はまず自分の顔を指した。

 

「歌舞伎化粧」

 

「カブキ?」

 

「そうだ。 顔にこう、派手に化粧する」

 

「ほう!」

 

「兄様」

 

「黙ってろ沙耶」

 

「なんでですか!」

 

「文化交流中だぞ?」

 

「嘘の文化を交流させないでください!」

 

「嘘?」

 

 男が沙耶を見る。

 志岐が即座に遮った。

 

「妹は古いものしか興味がなくてな!」

 

「古い!?」

 

「流行についてこれてねえ」

 

「兄様!」

 

「なるほど!」

 

「納得しないでください!」

 

 男はすでに志岐しか見ていない。

 

「それで? カブキ化粧だったな!」

 

「そうだぞ! しかし、それだけじゃ足りねえ」

 

「まだあるのか!」

 

「髪だ!」

 

 志岐が自分の頭を指す。

 

「ちょんまげ」

 

「チョンマゲ……!」

 

「頭の上をこうする」

 

「なるほど……!」

 

 二人のやり取りを、桃も真剣に聞いている。

 何気にメモまで取っていた。

 

「桃さん」

 

「はい」

 

「覚えなくていいですからね」

 

「なぜでしょうか?」

 

「嘘だからです!」

 

「沙耶!」

 

「嘘なのですか?」

 

 桃がわずかにしょぼくれる。

 

「……一部の地域では本当にある」

 

「一部でしょう!」

 

「つまり嘘じゃねえってことだ!」

 

「『今一番流行ってる』が嘘です!」

 

「細けえなあ」

 

「細かくありません!」

 

 男は二人の言い争いなど聞いていなかった。

 

「カブーキ化粧……チョンマーゲ……!」

 

 すでに夢中である。

 

「最後」

 

 志岐が言った。

 

「まだあるのか!」

 

「ああ」

 

 少し間を置く。

 

「まわしだ!」

 

「マワシ……!」

 

 沙耶が額を押さえた。

 

「もう嫌……」

 

「まわしとは何でしょうか」

 

 桃が尋ねる。

 

 志岐が簡単に説明すると、桃は興味深そうに頷いた。

 

「では、衣服は?」

 

「まわし」

 

「上半身は?」

 

「そのまま」

 

「なるほど」

 

「納得しないでください、桃さん!」

 

 男は感動で震えていた。

 

「なんて……なんて大胆な……!」

 

「だろ?」

 

「これが今のヤーパン……!」

 

「しかも最先端!」

 

「兄様ぁ……」

 

 沙耶の声には、もう力がない。

 

「そうだ」

 

 志岐はさらに思いついた。

 

「格好だけじゃ駄目だな」

 

「なんだと!?」

 

「喋り方も真似するしかない!」

 

「喋り方まであるのか!」

 

「当然だ!」

 

「どんなだ!?」

 

「もっとこう、芝居がかって喋るんだ。 声を張って、間を取って、大げさに」

 

「なるほど……!」

 

「兄様」

 

「なんだよ」

 

「もう止めません」

 

「お、諦めた?」

 

「後でレイドさんに全部言います」

 

「なんで!?」

 

「私は止めましたからね!」

 

「レイド関係ねえだろ!」

 

「仕事先で何をしてきたか報告します!」

 

「告げ口じゃねえか!」

 

 その横で、男は早速練習を始めていた。

 

「よぉぉぉし!」

 

「違う違う。 もっと腹からだしてー」

 

「よぉぉぉぉぉぉし!」

 

「いいね」

 

「こうか!」

 

「最後に間を取る」

 

「よぉぉぉぉぉし……!」

 

「いいぞ、おっちゃん!」

 

「分かってきたぞ、君!」

 

 桃が感心したように見ている。

 

「短時間で習得されています」

 

「褒めないでください!」

 

「しかし沙耶様」

 

「はい?」

 

「文化を学ぶことは良いことでは?」

 

「これは文化じゃありません!」

 

「そうなのですか?」

 

「兄様が面白がってるだけです!」

 

 志岐が吹き出した。

 

「お前、よく分かってんな」

 

「何年妹やってると思ってるんです!」

 

「じゃあ桃」

 

「はい」

 

「俺が今どんな気持ちか分かる?」

 

「…………」

 

 桃が志岐を見る。

 

 男を見る。

 

 もう一度、志岐を見る。

 

「楽しそうです」

 

「正解」

 

「そんなことから覚えなくていいんですよ、桃さん!」

 

 男が志岐の前へ戻ってくる。

 

「志岐君!」

 

「おう」

 

「どうだ!」

 

 声に立ち方。

 妙に芝居がかった動き。

 

 さっきまで威勢のいい普通のおっちゃんだったものが、短時間で何かおかしな方向へ進化しつつある。

 

 志岐は親指を立てた。

 

「完璧だぜ!」

 

「本当か!」

 

「あとは格好だな」

 

「よし! 必ず揃えるぞ!」

 

「歌舞伎化粧」

 

「カブーキ!」

 

「ちょんまげ」

 

「チョンマーゲ!」

 

「まわし」

 

「マワシ!」

 

 志岐は大きく頷いた。

 

「この三つを揃えて完成だ。天下の三種の神器と呼ばれるほどのもんなんだぜ!」

 

「おおおお!」

 

「兄様、それはもう完全に嘘でしょう!」

 

 男が拳を握り締める。

 

「俺は……ヤーパンの最先端を手に入れる!」

 

「頑張れ! 応援してやる!」

 

「兄様ぁ……」

 

「君!」

 

 男が志岐の肩を掴む。

 

「感謝する!」

 

「おう」

 

「いつかこの格好で君の前に立ってみせる!」

 

「楽しみにしてる」

 

 志岐は笑いを堪えていた。

 

 沙耶はもう諦めたように天井を見ている。

 

「志岐様」

 

「ん?」

 

「私も歌舞伎化粧をした方がよろしいでしょうか」

 

「やめとけ」

 

「なぜでしょう?」

 

「お前は今のままの方がかわいい」

 

「…………」

 

 桃が止まった。

 

「そうですか」

 

「ああ」

 

「承知いたしました」

 

「ちょっと待って」

 

 沙耶が志岐を見る。

 

「私には?」

 

「何が?」

 

「……なんでもありません!」

 

「なんで怒るんだ?」

 

「知りません!」

 

 そのとき、奥から声が飛んだ。

 

「できたぞ!」

 

 男が振り返る。

 

「おっ!」

 

 途端に仕事の顔へ戻った。

 

「行くぞ、君たち!」

 

「切り替え早えなおっちゃん」

 

 三人も、その後に続いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。