プレアデスストーリー   作:八束祐

41 / 51
志岐編 10

 机の上には、複数の宝石が並べられていた。

 見本として預けた本物を含む、寸分違わぬ複製品の数々。

 

 志岐は目を細めて覗き込んでみたものの、結局のところ違いはさっぱり分からなかった。

 

「どれが本物?」

 

「こちらです」

 

 志岐が首を傾げるより早く、桃が迷いのない手つきでひとつの宝石を手に取った。

 

「分かるのか?」

 

「預けた際に、魔力の特徴を詳細に記憶しておりましたので」

 

「へえ」

 

「兄様と違って、桃さんはちゃんとしてますね」

 

 沙耶が誇らしげに胸を張り、志岐をちらりと横目で見る。

 

「俺だって、それくらいの見分けはついてたさ」

 

「へえ? じゃあどれです?」

 

「桃が持ってるやつ」

 

「今教えてもらったでしょう!」

 

「結果として合ってるんだからいいだろ」

 

「そういう問題じゃありません!」

 

 不毛な兄妹喧嘩を見かねて、男が腹を揺らして豪快に笑い飛ばした。

 

「はっはっは! 面白いな、君たちは!」

 

「よく人から言われる!」

 

「全部兄様のせいなんです!」

 

「まあまあ、複製品はこれで全部だ。 しっかりと確認してくれ」

 

 男の言葉を受け、桃が残りの宝石を一つずつ手に取り、慎重に魔力を確かめていく。

 

「問題ないかと」

 

「じゃあ帰るか」

 

 志岐がくるりと背を向けようとした瞬間、ぐいっと首元が引っ張られた。

 

「待ってください」

 

 沙耶が志岐の襟首をがっしりと掴んで引き留めている。

 

「ぐえっ」

 

「受領証」

 

「あ!」

 

「……完全に忘れてたでしょう」

 

「今ちょうど思い出そうとしてたところだ!」

 

「嘘ですね」

 

「本当」

 

「はは、受領証ならちゃんと用意してあるぞ」

 

 男が苦笑しながら、一枚の紙を取り出した。

 

「ほらよ」

 

「桃」

 

「はい」

 

 志岐が手を伸ばすより早く、桃がすっと前に出て受領証を受け取る。

 

「お預かりいたします」

 

 桃が背中に手をかざすと、吸い込まれるように受領証が収納されていった。

 そして受領の確認書を向こうに手渡す。

 

「これでなくさねえな」

 

「最初から兄様に持たせるつもりはありませんでしたから」

 

「相変わらず信用ねえなあ……」

 

 続いて、複製された宝石たちも桃の刻印の向こうへと消えていった。

 

「よし」

 

 志岐は両手を頭の上に突き出し、ぐっと大きな伸びをする。

 

「初仕事、これにて終了!」

 

「まだ戻ってレイドさんに報告するまでが仕事です」

 

「真面目だなあ、沙耶は」

 

「兄様が不真面目すぎるんです! だいたい、今日の兄様は何をしたんですか?」

 

「俺だってちゃんと仕事しただろ」

 

「宝石を運んだのは桃さんです」

 

「俺は二人を護衛してるぞ?」

 

「道中、敵なんて一匹も出ませんでした」

 

「工房のおっちゃんにヤーパンの最先端を教えた!」

 

「それが一番余計で害悪です!」

 

「志岐君!」

 

 突然、男が腹の底から響く大声で志岐を呼び止めた。

 

「おう」

 

「今日は本当に感謝する!」

 

「宝石の件か?」

 

「それはこっちの仕事だ! 俺が言いたいのはヤーパンのことだ!」

 

「そっちか」

 

「教えてもらったものは必ず揃えるぞ! カブキ化粧、チョンマゲ、マワシ! 喋り方も忘れん!」

 

「おう。 完璧に決めてくれ」

 

「任せろ!」

 

「任せないでください!」

 

 耐えかねた沙耶が叫んだ。

 

「じゃあな、おっちゃん」

 

「ああ! またな!」

 

 志岐が適当に手を振り、男も満足そうに手を振り返す。

 

 その横で、沙耶だけが申し訳なさそうに深々と頭を下げていた。

 

「……本当にすみません」

 

「ん? 何を謝ってるんだ、お嬢ちゃん?」

 

「いえ……いつか理由が分かると思います」

 

「沙耶様」

 

「桃さん?」

 

「なぜ謝罪をしているのでしょうか?」

 

「桃さんも……いつか分かります」

 

「そうなのですか?」

 

「はい……切実に……」

 

 桃はまだ理解できていないようだったが、沙耶につられるようにぺこりと頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

「おう! またいつでも来てくれ、君たち!」

 

 男の威勢のいい見送りを受けながら、三人は工房を後にした。

 

 帰り道を歩く志岐の足取りは軽い。

 

「いい仕事だったな」

 

「どこがですか」

 

「全体的に楽だった」

 

「まあ……それは認めますけど」

 

「買い物もできたし、面白いおっちゃんにも会えた」

 

「兄様が勝手に面白い格好の被害者にしようとしてるだけです!」

 

「本人、めちゃくちゃ喜んでただろ」

 

「後で真相を知ったときのことも考えてください!」

 

「気に入ってんなら別にいいじゃん」

 

「よくありません!」

 

 いつものように言い合いながら歩いていた志岐が、ふと桃を振り返った。

 

「そういや桃」

 

「はい」

 

「どうだった? 記念すべき俺たちとの初仕事は」

 

「問題なく、指示通りに完了したと思います」

 

「いや、そうじゃなくてさ」

 

 志岐は笑いながら、桃の顔を覗き込んだ。

 

「楽しかった?」

 

「…………」

 

 桃の足が止まる。

 

 隣を歩いていた沙耶も足を止め、桃を見る。

 

「仕事に……楽しさという要素は、必要なのでしょうか」

 

「いや? 別に」

 

「では――」

 

「ただ、気になったから聞いただけ」

 

「…………」

 

 桃は視線を落とした。

 

 楽しかったか。

 

 そんなことを考えながら仕事をしたことなどなかった。

 

 命じられたことを行い、必要な結果を出す。

 それで終わりだった。

 

 今日だって、仕事そのものは同じはずだ。

 宝石を運び、複製品を受け取り、持ち帰る。

 

 それなのに――

 

「……分かりません」

 

「そっか」

 

 志岐はそれ以上追及しなかった。

 

「じゃ、次だな」

 

「次、ですか?」

 

「何回か仕事やってりゃ、そのうち分かるだろ」

 

 そう言って、また歩き出す。

 

「ちなみに俺は楽しかったぞ」

 

 ケラケラと笑う志岐。

 

 桃はその背中を見つめてから、静かについていった。

 

 しばらく歩いたところで、桃が口を開く。

 

「志岐様」

 

「ん?」

 

「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 

「おう、なんだ?」

 

「先ほど、あの方に教えられていたヤーパンの流行についてですが」

 

「ああ」

 

「……虚偽、なのですね?」

 

「…………」

 

 志岐がちらりと横を見る。

 

 沙耶が般若のような顔で、無言の圧をかけていた。

 どうやら逃げ道はなさそうだ。

 

「まあ……嘘だな」

 

「やはり」

 

「悪かったか?」

 

 桃は少し考える。

 

「あの方は、とても楽しそうでした」

 

「だろ?」

 

「はい」

 

「ならいいんじゃねえかな」

 

「よくありません!」

 

 すかさず沙耶が割って入る。

 

「明らかな嘘を教えたんですよ!? 後で真相を知ったら、どれだけ恥をかくか分かってるんですか!」

 

「本人が気に入って着てりゃ、それでいいじゃん」

 

「兄様は本当に適当すぎます!」

 

「人生なんて、それくらい適当でちょうどいいんだよ」

 

「そんな適当にしないでください!」

 

 また始まった兄妹の言い争いを、桃は静かな瞳で見つめていた。

 

「…………」

 

「どうした、桃?」

 

「いえ」

 

 桃は小さく首を横に振った。

 

「少し、不思議だと思いましたので」

 

「何が?」

 

「志岐様です」

 

「俺?」

 

「はい」

 

「俺のどこが不思議なんだ?」

 

 桃は答えようとして――やめた。

 まだ、それを言葉にすることはできなかった。

 

「……上手く説明できません」

 

「そっか」

 

「申し訳ありません」

 

「だから謝んなって」

 

「はい」

 

 志岐はそれ以上聞かなかった。

 沙耶がその隣を歩き、桃も二人についていく。

 

 こうして志岐たちの初仕事は、何事もなく無事に終わった。

 少なくとも――志岐にとっては、そういう平和な仕事だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。