プレアデスストーリー   作:八束祐

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志岐編 11

 

 街へ戻るには、まだ少し距離があったので、露店で買った非常食を食べながら帰途についていた。

 

「もう一個くれ」

 

「駄目です」

 

「なんでだよ」

 

「さっき食べたでしょう」

 

「歩いたから腹減った」

 

「行きも同じこと言ってましたよね?」

 

 沙耶が呆れた声を出す。

 志岐たちは宝石の複製を終え、来た道を引き返している。

 

「俺、何も持ってねえんだから食うくらいいいだろ」

 

「何も持ってないから疲れてないでしょう!」

 

「刀を持ってる」

 

「それは兄様が好きで持ってるんです!」

 

「美鈴を荷物みたいに言うんじゃない!」

 

 腰の刀を庇う志岐の少し前を、桃が歩いている。

 

 そんな三人の周囲には、行きと変わらない穏やかな道が続いていた。

 突然、志岐が突然足を止めたとき、沙耶は首を傾げた。

 

「兄様?」

 

「桃!」

 

「はい」

 

「沙耶と一緒に下がれ!」

 

「――はい」

 

 桃が迷わず一歩退く。

 沙耶も遅れて周囲を見回した。

 

「何かいるんですか?」

 

「いる」

 

 志岐は美鈴へ手を伸ばさない。

 ただ、道の脇にある木々へ目を向けた。

 

「さっきからついてきてんだろ? お前、用があるなら出てこいよ」

 

 返事はない。

 

「出てこねえなら帰るぞ」

 

「…………」

 

「三、二――」

 

 風を切る音。

 

 志岐が首を傾けた。

 直前まで顔のあった場所を、小さな刃が通り過ぎる。

 

「――一」

 

「数え終わる前に投げたぞー!」

 

 頭上から声がした。

 

 黒装束が枝から飛び降りる。

 声からして女だなと志岐は思う。

 

 着地と同時に低く身を沈め、そのまま桃へ一直線に駆けた。

 

「宝石をもらうぞー!」

 

「お断りいたします」

 

 桃が杖を構える。

 だが魔術を放つより早く、女の眼前へ志岐が割り込んだ。

 

「お前邪魔!」

 

「盗ろうとしてんだから邪魔するだろ」

 

「だったら――」

 

 女が横へ跳ぶ。

 

 速い――

 志岐の脇を抜け、桃へ手を伸ばそうとする。

 

 その襟首を志岐が掴んだ。

 

「ほい」

 

「うぎゃっ!?」

 

 勢いをそのまま利用され、女の身体が地面を転がる。

 

 すぐに起き上がった。

 

「今のなしだぞ!」

 

「なんで?」

 

「まだ本気じゃなかったからだ!」

 

「じゃあ本気出せよ」

 

「言われなくても!」

 

 両手から小さな刃が飛ばす。

 

 志岐は半歩下がり。

 一つ二つ三つと全て交わす。

 

「なっ」

 

「狙うの下手だなお前」

 

「避けるのはずるいぞー!」

 

「当たれって?」

 

「そうだ! 当たれー!」

 

「やーだよ」

 

 べろべろばーと相手を挑発する志岐。

 

「このー!」

 

 女が地面を蹴る。

 

 今度は志岐へ向かってきた。

 逆手に握った短刀が喉を狙う。

 

「兄様!」

 

「大丈夫」

 

 志岐は抜刀をせず手首を掴む。

 

「え」

 

 そのまま腕を捻る。

 

「あいたたたたた!」

 

 短刀を落とした女の足を払う。

 

「わっ!」

 

 背中から落ちる寸前で襟を掴み、今度はそのまま地面へ押さえ込んだ。

 

「終わりっと」

 

「まだだぞ!」

 

 諦めが悪い奴だ。

 

「終わってるって」

 

「終わってない!」

 

「じゃあ立ってみろよ」

 

「ぐぬぬぬ……!」

 

 女が身体を捻るが、志岐の片手すらも振りほどけない。

 

「離せー!」

 

「離したらまた来るだろ」

 

「来るぞ!」

 

「正直だな、お前」

 

「忍者は嘘をつかないんだぞ!」

 

 どんな忍者だ。

 

「忍者向いてねえんじゃねえの?」

 

「向いてる!」

 

「兄様」

 

 沙耶が近づいてくる。

 

「怪我は?」

 

「ない」

 

「桃さんは?」

 

「問題ありません」

 

 桃も答える。

 

「では、この方をどうしますか?」

 

 三人の視線が集まった。

 

「…………」

 

 女が急に静かになる。

 

「なんだよ」

 

「こ、殺すのか?」

 

「は?」

 

「口封じとかするんだろ……?」

 

「なんで襲ってきた方が怯えてんだよ」

 

「忍者だから覚悟はしてるぞ」

 

「声震えてんぞ」

 

「震えてない!」

 

 震えていた。

 

 志岐は女の腰にある縄を見つける。

 

「これ借りるぞ」

 

「何する気だ!?」

 

「逃げるから縛る」

 

「や、やめろー!」

 

「暴れんな」

 

 あっという間だった。

 

 両腕を後ろへ回し、手首を縛る。

 足も逃げられない程度にまとめ、道端に転がされた女は芋虫のようにもぞもぞした。

 

「卑怯だぞ!」

 

「三人で歩いてるところ襲った奴に言われたくねえ」

 

「忍者は卑怯でいいんだぞ!」

 

「じゃあ俺もいいだろ」

 

 同じように威張ってみる。

 

「それは駄目!」

 

「お前、無敵かよ……」

 

 志岐が呆れる中、沙耶がしゃがみ込んだ。

 

「どうして宝石を狙ったんですか?」

 

「言わないぞ!」

 

「誰かに頼まれたんですか?」

 

「言わない!」

 

「私たちが宝石を持っていることはどうして知ったんです?」

 

「絶対言わないぞー!」

 

「兄様」

 

「ん?」

 

「何も喋ってくれません」

 

「だろうな」

 

「どうしましょう?」

 

「別にいいんじゃね」

 

「いいんですか?」

 

「宝石取られてねえし」

 

 志岐は立ち上がる。

 

「じゃ、帰るか」

 

「待てー!」

 

 女が叫んだ。

 

「縛ったまま置いていくな!」

 

「自分でなんとかしろ、忍者だろ」

 

「できないぞ!」

 

「本当にお前……忍者向いてねえって」

 

「向いてる!」

 

「兄様」

 

「分かってるよ」

 

 志岐も本気で放置するつもりはなかった。

 とはいえ、縄を解いてそのまま「じゃあな」では、また宝石を狙いそうである。

 

 志岐は女を見下ろした。

 

「何もなしってのもなあ」

 

 志岐はニヤニヤしながら近づく。

 

「な、なんだ?」

 

「罰」

 

「いらないぞ」

 

「お前が決めんな」

 

「殺すのは駄目だぞ!」

 

「殺さねえよ」

 

「腕を折るのも駄目!」

 

「しねえって」

 

「じゃあ何するんだ?」

 

「そうだな」

 

 志岐が少し考える振りをして。

 

「これでいいか」

 

「何が――」

 

 女の顔が引きつった。

 

「ま、待て」

 

「ん?」

 

「なんで服を下ろすんだ!?」

 

「尻叩くから」

 

「なんでだぞー!?」

 

「お仕置き」

 

「子供じゃないんだぞ!」

 

「知ってる」

 

「だったらやめろー!」

 

 志岐は聞かなかった。

 真っ白な尻が露わになる。

 

「やだー! やめろー!」

 

「うるさい」

 

 ぺしっ。

 

「いったぁー!」

 

 女が跳ねる。

 

「痛いぞ! 痛いー!」

 

「盗みの罰」

 

 ぺしっ。

 

「やだー!」

 

 ぺしっ。

 

「痛いー!」

 

「うるさい」

 

 ぺしぺし。

 

「兄様……」

 

 沙耶がなんとも言えない顔をしていた。

 

「他にもっと何かありません?」

 

「殺すよりいいだろ」

 

「比較対象が極端なんですよ!」

 

「桃は?」

 

「…………」

 

 桃は真剣な顔で観察していた。

 

「桃さん、そんなに真面目に見なくていいんですよ」

 

「これは、お仕置きなのですね?」

 

「覚えなくていいですからね!?」

 

「はい」

 

「ほんとに! これは覚えなくていいです!」

 

「承知いたしました」

 

「わーん! 痛いぞー!」

 

 ぺし。

 

「もうやだー!」

 

 ぺし、ぺし。

 

「ごめんなさいするか?」

 

「しないぞ!」

 

「じゃ続き!」

 

「横暴だぞー!」

 

 ぺし。

 

「痛っ……!」

 

 女が身体を強張らせる。

 

 ところが――

 

「…………あれ?」

 

 急に声が小さくなった。

 

 志岐の手が止まる。

 

「なんだよ」

 

「…………」

 

「もう降参?」

 

「いや」

 

 女が妙な顔をしている。

 

「なんか……」

 

「なんか?」

 

「…………気持ちいいかも」

 

「…………」

 

 沙耶が固まった。

 桃が首を傾げた。

 

 志岐は無言で女を見下ろす。

 

「…………」

 

 ぺしっと一発叩く。

 

「んっ」

 

 ぺし。

 

「…………」

 

 さっきまで泣き叫んでいた女が、妙に大人しくなった。

 

「…………」

 

 志岐の顔から、だんだんお仕置きをしていた勢いが消えていく。

 女が頬を赤くしたまま振り返ろうとする。

 

「なあ」

 

「……何だ?」

 

「もうちょっと強くしてもいいんだぞ……」

 

「いや……」

 

 志岐は手を引いた。

 

「なんかすまん」

 

「なんで謝るんだ!?」

 

「分かんねえけど、俺が悪いことした気がしてきた」

 

「兄様」

 

「何だよ」

 

「私もそんな気がします」

 

「だよな」

 

「な、なんで終わるんだ!」

 

「お前、さっきまでやめろって泣いてただろ!」

 

「それはそれだぞ!」

 

「知らねえよ!」

 

 志岐は女の服を戻す。

 

「もういいからお前帰れ」

 

「えー」

 

「なんで不満そうなんだよ!」

 

 縄を解いてやる。

 自由になった女は立ち上がり、叩かれた尻をさすった。

 

「うう……痛いぞ」

 

「そりゃ叩いたからな」

 

「でも……」

 

「続き言うな」

 

「なんでだ?」

 

「なんか嫌だ」

 

「変な奴~!」

 

「お前にだけは言われたくねえ!」

 

 女は少し離れる。

 

「宝石は諦めろよ」

 

「…………」

 

「また来たら次は知らねえぞ」

 

「分かったぞ」

 

「ほんとか?」

 

「たぶん!」

 

「信用できねえ」

 

 女は木々の方へ走り出す。

 

 途中で振り返った。

 

「でも、逃がしてくれた恩は忘れないぞー!」

 

「おう。 じゃあな」

 

「ソナタ、いつかこの借りは返すからなー!」

 

「…………」

 

 女――ソナタが手を振る。

 

 志岐も手を上げかけた。

 

「…………お前さぁ」

 

「なんだ?」

 

「せっかく正体隠してたのに名乗るなよ……」

 

「…………あ」

 

 ソナタの顔が固まった。

 

「い、今のなしだぞ!」

 

「無理だろ」

 

「忘れろ!」

 

「ソナター」

 

「呼ぶなー!」

 

 真っ赤になったソナタは、そのまま木々の奥へ消えていった。

 

「……本当に忍者に向いてねえだろ、あいつ」

 

「不思議な方でしたね」

 

 桃が言う。

 

「桃さん」

 

 沙耶がそっと言った。

 

「世の中には、あまり参考にしない方がいい人もいるんです」

 

「はい」

 

「兄様も含めて」

 

「俺も?」

 

「含めます」

 

「なんでだよ」

 

 三人は再び歩き始めるが日が傾き始めていた。

 

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