その日の仕事内容を聞かされた志岐は、思わずレイドの穏やかな顔を二度見した。
「チェン民国?」
「はい」
「隣の国じゃねえか」
「そうですね」
志岐たちが拠点にしているグランバードの街キーリルから、隣国チェン民国へ渡るには、国境にそびえ立つ『バンリーの長城』と、そこに設けられた関所を越えなければならない。
距離そのものは大したことはない。
問題は関所である。
警備は厳しく、検問を抜けるだけでもいささか骨が折れる。
そんな場所へ何を届けろというのか。
志岐は机の上に置かれた依頼書へ目を落とした。
「で、何を運ぶんだ?」
「武器です」
「…………」
もう一度、レイドを見る。
「武器?」
「はい」
「隣の国まで?」
「はい」
「どれくらい?」
「ご覧になりますか?」
レイドが部屋の隅を示した。
そこには、厳重に封をされた木箱がうずたかく積まれていた。
一つや二つではない。
「多くね?」
「そうでしょうか」
「これ、全部武器なのか?」
「ええ」
志岐が一番上の木箱へ歩み寄り、蓋を開ける。
中には新品の剣をはじめとした武具が、隙間なく詰め込まれていた。
「兄様……」
横から覗き込んだ沙耶が眉をひそめる。
「これを国外へ持っていくんですか?」
「らしいぞ」
「……大丈夫なんでしょうか」
「俺に聞くなよ」
二人揃ってレイドを見る。
「ご心配なく」
当の本人は、いつも通り穏やかに笑っていた。
「関所には、すでに話を通してあります」
「話?」
「ええ」
「こんだけの武器持ってても通してくれるって?」
「問題ありません」
志岐は木箱の山と、レイドの胡散臭い笑顔を交互に見た。
「……どんな『話』をしたんだよ」
「皆様にも、それなりに生活というものがありますので」
「…………」
数秒考えて、志岐は納得した。
「ああ、金か」
「私はそのようなことは一言も申し上げておりません」
「言ってるのと同じだろ」
「兄様」
沙耶がそっと志岐の袖を引く。
「やっぱり、この仕事……」
「怪しいな」
「分かってるなら、なんでそんな平然としてるんですか?」
「仕事なんてそんなもんじゃねえの?」
「そんなもんで済ませないでください!」
志岐は笑って流した。
その横では、桃が一人で木箱の数を確認している。
「レイド様。 こちらはすべて、私が収納してよろしいのでしょうか?」
「ええ、お願いします」
「承知いたしました」
桃が木箱へ手を触れる。
背中に刻まれた術式が淡い光を放つと、積み上げられていた木箱が次々と消えていった。
「ほんと便利だな、それ」
「ありがとうございます」
「全部入ったか?」
「はい。 まだ容量には十分な余裕がございます」
「なら運ぶのは楽でいいな」
「兄様は何も運んでませんけどね」
「俺は護衛」
「前もそう言ってましたね」
「今度こそ何か出るかもしれねえだろ」
「出ないでください」
沙耶が即座に返した。
レイドが折り畳まれた書類を一枚、志岐へ差し出す。
「関所では、こちらをお見せください」
「これ見せりゃ通れるのか?」
「ええ」
さらにもう一枚、メモ書きのような紙が差し出された。
「受取人は『龍』という人物です」
「龍ね」
「現地へ到着しましたら、その方に武器を渡してください。 それで今回の仕事は完了です」
「了解」
志岐は二枚の紙を受け取った。
そのままポケットへ突っ込もうとして――止まる。
「桃」
「はい」
「持ってて」
「承知いたしました」
「兄様、前の仕事で何か学びました?」
「俺に大事な書類を持たせない方がいい」
「そこを改善してください!」
桃が二枚の紙を収納する。
「じゃ、行くか」
「兄様、本当に行くんですか?」
「ここまで準備して『やっぱやーめた』の方が面倒だろ」
「そういう問題では……」
「危なくなったら帰ってくりゃいいさ」
「そんな簡単に……」
まだ不安そうにしている沙耶。
志岐はそんな妹の頭へ軽く手を置く。
「俺と桃がいるんだぞ」
「…………」
「お前は怪我した奴を治してくれりゃいい。 危ねえのは俺らがどうにかする」
「兄様……」
「それに」
志岐はにっと笑った。
「隣の国ってのも、一回見てみたいしな」
「結局それですか!」
「面白そうじゃん」
志岐はさっさと出口へ歩き出す。
「行くぞ、桃」
「はい」
桃も迷いなくその後を追った。
「もう……!」
沙耶は二人の背中を見て大きくため息をつく。
それでも置いていかれるつもりはないらしい。
「待ってください!」
二人を追って、沙耶も駆け出した。