――ガタガタと、外の通りが一気に騒がしくなった。
異様な気配を察知し、志岐がパッと顔を上げる。
「ん……?」
ほぼ同時に、龍の身体が跳ねるように強張った。
さっきまで浮かべていた軽薄な笑みが、一瞬にして消える。
「……まずいな」
「何がだよ?」
「旦那、とにかく逃げる準備をしとけ!」
「だから何が起こって――」
――轟音。
志岐の問いかけを破砕するように、重い木の扉が内側へ派手に吹き飛んだ。
「伏せろ!」
志岐はとっさに身を乗り出し、近くにいた桃と沙耶の頭を力任せに押さえつける。
直後、鋭い木片と粉塵が猛烈な勢いで室内へ飛び散った。
煙の向こうから、重装備の男たちが雪崩のようになだれ込んでくる。
「動くな!」
「全員、その場から一歩も動くな!」
正面だけではない。
裏の窓や通路からも次々と兵が突入してくる。
剣を構える者、杖を突き出す者、弓を引き絞る者。
室内を一瞬で包み込んだ殺気に、龍の仲間たちも弾かれたように武器を取った。
「龍ーっ!」
先頭に立つ隊長らしき男が、腹の底から怒声を張り上げる。
「無駄な抵抗はやめろ! 全員武器を捨てて投降しろ!」
志岐は屈んだまま、隣の龍を横目で見る。
「……知り合いか?」
「向こうは俺の顔をよく知ってるぜ」
「お前、一体何したんだよ?」
「いろいろさ」
「いろいろって何だよ!?」
その声に重なるように、隊長の怒号が響いた。
「凶悪なテロリストどもを、一人残らず拘束しろ!」
「…………」
志岐は龍の顔をまじまじと見た。
「……テロリスト?」
「まあ、外じゃそう呼ばれてるな」
「お前が?」
「俺が」
「…………」
背後から、凍りつくような視線を感じる。
「……兄様」
「待て、沙耶」
「私、言いましたよね?」
「今それ言うか!?」
「この仕事は絶対に怪しいって言いましたよね!?」
「分かった! 今回は全部お前が正しい! 俺が悪かった!」
志岐は頭を抱えた。
大量の新品の武器。
関所で自分たちだけが受けた、明らかに異常な特別扱い。
そして受取人の正体。
バラバラだったものが、頭の中で一気に繋がる。
「あの胡散臭いレイドの野郎……ハメやがったな!」
「そこの三人も動くな!」
隊長の鋭い視線が、志岐たちへ向けられた。
「大量の武器の搬入を確認している! お前たちも同罪の仲間だな!」
「違う!」
志岐は即答した。
「俺らは、こいつがテロリストだって今知ったばかりの被害者だ!」
「旦那、冷てえなあ!」
「お前は黙ってろ!」
「息がぴったりで良い関係ですね」
頭を押さえられたままの桃が、淡々と呟く。
「どこがだよ!?」
「問答無用! 全員まとめて拘束しろ!」
「人の話を聞けっての!」
兵たちが一斉に間合いを詰めてきた。
志岐の手が反射的に美鈴の柄へ伸びる。
――が、抜く寸前で思いとどまった。
相手は一応、この国の警備兵だ。
ここで斬り殺せば、本当に自分までお尋ね者になりかねない。
「ったく、面倒くせえ!」
飛び込んできた男の剣を、志岐は鞘ごと受け止める。
そのまま斜め上へ受け流し、軸足を払って床へ転がした。
「沙耶! 桃! ずらかるぞ!」
「はいっ!」
「了解いたしました」
沙耶が素早く踵を返し、桃も短杖を構えてその背中を守るように続く。
「旦那! 裏口へ走れ!」
弓を引き絞りながら龍が叫んだ。
「お前の案内を信用していいんだろうな!?」
「少なくとも正面突破よりはマシだ!」
「全然安心できねえよ!」
龍がニヤリと笑い、指を離す。
放たれた矢が空を切り、術士の掲げていた杖を正確に撃ち抜いた。
「おい、殺すなよ!」
「誰に言ってんだよ!?」
「お前ら全員だ!」
「無茶言うなよ、旦那!」
混乱する室内を駆け抜け、薄暗い裏口が見えてくる。
「沙耶、先に外へ出ろ!」
「兄様は!?」
「桃を回収してから追いつく!」
「分かりました! お気をつけて!」
沙耶が裏口から飛び出していく。
桃も続こうとした――そのときだった。
壁の物陰から、一人の術士が死角を突いて躍り出る。
杖の先端から放たれた火炎が、桃の側面へ迫った。
「桃っ!」
桃が素早く振り返り、杖を振って防壁を展開する。
火炎を正面から相殺した、その直後。
さらに別の男が、隙を突いて桃の背後へ肉薄していた。
「――!?」
桃が気づいたときには、すでに剣が振り上げられている。
――シュッ!
鋭い破空音。
一筋の矢が男の足元へ深々と突き刺さり、その体勢を崩した。
志岐はその一瞬で桃の前へ割り込む。
美鈴を抜く。
――一閃。
甲高い音とともに、飛来していた追撃の魔術が真っ二つに斬り裂かれ、左右へ散った。
「余計なこと考えてないで走れ!」
「……はい!」
桃が志岐の背中に守られながら、一気に裏口へ駆け出していく。
志岐は一度だけ背後を見る。
煙の立ち込める室内で、龍が次の矢をつがえながらこちらを見ていた。
「やるじゃねえか、旦那!」
「お前もな!」
「なんだ、俺に惚れたか?」
「男はいらねーって言っただろ!」
「はははっ!」
龍は爆笑しながら、追っ手の足元へ矢を放つ。
「ここは俺たちで食い止める! さっさと行きな!」
「捕まるんじゃねえぞ!」
「なんだ、俺の心配をしてくれるのか?」
「してねえよ!」
志岐は桃を追って裏口へ走る。
「旦那ーっ!」
背後から龍の大声が響いた。
振り返る。
群がる兵たちを相手にしながら、龍が最高に楽しそうな笑顔を向けていた。
「また会おうぜ、旦那!」
「二度と旦那と呼ぶな!」
「次に会った時もそう呼んでやるからさ!」
「じゃあ二度と会わねえよ!」
龍の豪快な笑い声を背中に浴びながら、志岐たちは薄暗い路地裏へ一気に飛び出した。