プレアデスストーリー   作:八束祐

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志岐編 19

 

 ――三人は入り組んだ裏路地をがむしゃらに走った。

 

 先回りしていた沙耶と合流すると、そのまま人ひとりがやっと通れるほどの狭い路地へ滑り込む。

 何度も角を曲がり、大通りの喧騒に紛れ、遠くから追っ手の怒号や警笛が聞こえるたびに進路を変えた。

 

「兄様!」

 

「何だ!」

 

「この道、ちゃんと分かって走ってるんですか!?」

 

「分からん!」

 

「じゃあなんで先頭を走ってるんですか!?」

 

「勢いだ!」

 

「代わってください!」

 

「頼む!」

 

 沙耶が志岐を追い抜き、先頭へ躍り出た。

 

 それからしばらく迷路のような裏路地を走り続け、ようやく追っ手の気配が途切れる。

 

 三人は人通りのない薄暗い路地の行き止まりで足を止めた。

 

「……最悪だ」

 

 志岐は肩で息をしながら、湿った壁へ背を預ける。

 

「……だから言ったじゃないですか!」

 

 沙耶が鋭い眼光で睨みつける。

 

 志岐は珍しく反論せず、観念したように両手を挙げた。

 今回ばかりは、どう考えても沙耶の言う通りだった。

 

「志岐様」

 

「ん?」

 

「……私たちは、犯罪者になってしまったのでしょうか」

 

「違う」

 

 志岐は即答した。

 

「俺たちは何も知らされずに荷物を運ばされただけだ」

 

「ですが、警察の方々からはテロリストの仲間だと思われております」

 

「……向こうから見りゃ、そうだろうな」

 

「では、これからどういたしますか?」

 

「帰る」

 

「キーリルへ、ですか?」

 

「ああ」

 

 横から沙耶が口を挟む。

 

「国境の関所はどうするんです? 行きみたいに、あの怪しい書類が使えるとは思えませんよ」

 

「…………」

 

 志岐は黙り込んだ。

 

 行きはレイドが用意した謎の書類で、荷物検査すらされずに通された。

 だが、帰りも同じようにいく保証はない。

 

「……まあ、そこは関所まで行ってから考える」

 

「兄様」

 

「今ここで悩んでてもどうにもならねえだろ」

 

「そうですけど……」

 

 志岐は壁から身体を離し、服についた埃を払った。

 

 だが、桃はまだその場から動こうとしない。

 

「桃?」

 

「……はい」

 

「どうした?」

 

「私は……ここへ来て、よかったのでしょうか」

 

「なんでだ?」

 

「自分がチェン民国で生まれた可能性を知ることができました。 ですが、知らぬ間にテロリストへ武器を運び、警察の方々から追われる身にもなってしまいました」

 

「ああー……後半は文句なしに最悪だな」

 

「はい」

 

「でも、自分の生まれが気になったことまで最悪にする必要はねえだろ」

 

 桃が自分の髪へそっと触れる。

 

「別々でいいんだよ。 無理にひとつにまとめなくても」

 

「別々……」

 

「自分のことが気になった。 それはそれでいい」

 

 志岐はにっこり笑う。

 

「武器を運ばされたのは最悪。 レイドのクソ野郎には帰ったら思いっきり文句を言う」

 

「……『殴る』、ではないのですね」

 

 桃がぽつりと呟いた。

 

「……俺、殴るって言ったか?」

 

「言いそうな雰囲気が漂っておりましたので」

 

「ふふ、桃さんもだんだん兄様の扱いが分かってきましたね」

 

「そうでしょうか」

 

「いや、殴らねえよ……多分な」

 

「『多分』なんですか?」

 

 沙耶が呆れたようにため息をつく。

 桃は少し考えてから、小さな歩幅で志岐の隣へ並んだ。

 

「志岐様」

 

「ん?」

 

「私は……自分がどこで生まれたのか、知りたいのかもしれません」

 

 志岐は隣を歩く桃を見る。

 

「そっか」

 

「はい」

 

「じゃあ、覚えとけ」

 

「何をでしょうか?」

 

「今、自分でそう思ったってこと」

 

「…………」

 

 桃はその言葉を噛み締めるように黙り、やがて小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 三人は再び、薄暗い路地裏を歩き出した。

 

 遠くからは、まだ騒々しい警笛が響いている。

 

 桃にとって、自分の生まれはこれまで知る必要のないものだった。

 

 けれど今は違う。

 

 レイドに拾われる以前にも、自分には知らない過去があったのかもしれない。

 そして桃は初めて――知りたいと思い始めていた。

 

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