――三人は入り組んだ裏路地をがむしゃらに走った。
先回りしていた沙耶と合流すると、そのまま人ひとりがやっと通れるほどの狭い路地へ滑り込む。
何度も角を曲がり、大通りの喧騒に紛れ、遠くから追っ手の怒号や警笛が聞こえるたびに進路を変えた。
「兄様!」
「何だ!」
「この道、ちゃんと分かって走ってるんですか!?」
「分からん!」
「じゃあなんで先頭を走ってるんですか!?」
「勢いだ!」
「代わってください!」
「頼む!」
沙耶が志岐を追い抜き、先頭へ躍り出た。
それからしばらく迷路のような裏路地を走り続け、ようやく追っ手の気配が途切れる。
三人は人通りのない薄暗い路地の行き止まりで足を止めた。
「……最悪だ」
志岐は肩で息をしながら、湿った壁へ背を預ける。
「……だから言ったじゃないですか!」
沙耶が鋭い眼光で睨みつける。
志岐は珍しく反論せず、観念したように両手を挙げた。
今回ばかりは、どう考えても沙耶の言う通りだった。
「志岐様」
「ん?」
「……私たちは、犯罪者になってしまったのでしょうか」
「違う」
志岐は即答した。
「俺たちは何も知らされずに荷物を運ばされただけだ」
「ですが、警察の方々からはテロリストの仲間だと思われております」
「……向こうから見りゃ、そうだろうな」
「では、これからどういたしますか?」
「帰る」
「キーリルへ、ですか?」
「ああ」
横から沙耶が口を挟む。
「国境の関所はどうするんです? 行きみたいに、あの怪しい書類が使えるとは思えませんよ」
「…………」
志岐は黙り込んだ。
行きはレイドが用意した謎の書類で、荷物検査すらされずに通された。
だが、帰りも同じようにいく保証はない。
「……まあ、そこは関所まで行ってから考える」
「兄様」
「今ここで悩んでてもどうにもならねえだろ」
「そうですけど……」
志岐は壁から身体を離し、服についた埃を払った。
だが、桃はまだその場から動こうとしない。
「桃?」
「……はい」
「どうした?」
「私は……ここへ来て、よかったのでしょうか」
「なんでだ?」
「自分がチェン民国で生まれた可能性を知ることができました。 ですが、知らぬ間にテロリストへ武器を運び、警察の方々から追われる身にもなってしまいました」
「ああー……後半は文句なしに最悪だな」
「はい」
「でも、自分の生まれが気になったことまで最悪にする必要はねえだろ」
桃が自分の髪へそっと触れる。
「別々でいいんだよ。 無理にひとつにまとめなくても」
「別々……」
「自分のことが気になった。 それはそれでいい」
志岐はにっこり笑う。
「武器を運ばされたのは最悪。 レイドのクソ野郎には帰ったら思いっきり文句を言う」
「……『殴る』、ではないのですね」
桃がぽつりと呟いた。
「……俺、殴るって言ったか?」
「言いそうな雰囲気が漂っておりましたので」
「ふふ、桃さんもだんだん兄様の扱いが分かってきましたね」
「そうでしょうか」
「いや、殴らねえよ……多分な」
「『多分』なんですか?」
沙耶が呆れたようにため息をつく。
桃は少し考えてから、小さな歩幅で志岐の隣へ並んだ。
「志岐様」
「ん?」
「私は……自分がどこで生まれたのか、知りたいのかもしれません」
志岐は隣を歩く桃を見る。
「そっか」
「はい」
「じゃあ、覚えとけ」
「何をでしょうか?」
「今、自分でそう思ったってこと」
「…………」
桃はその言葉を噛み締めるように黙り、やがて小さく頷いた。
「……はい」
三人は再び、薄暗い路地裏を歩き出した。
遠くからは、まだ騒々しい警笛が響いている。
桃にとって、自分の生まれはこれまで知る必要のないものだった。
けれど今は違う。
レイドに拾われる以前にも、自分には知らない過去があったのかもしれない。
そして桃は初めて――知りたいと思い始めていた。