プレアデスストーリー   作:八束祐

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志岐編 21

 話が終わり、レイドの執務室をあとにした三人。

 

 廊下へ出た途端、沙耶は抱えきれなくなった息を大きく吐き出した。

 

「はぁ……」

 

「どうしました?」

 

 隣を歩く桃が、無表情のまま首をかしげる。

 

「『どうしました』じゃありませんよ! 私たち、とんでもない組織で働かされていたんですよ!?」

 

「そうですね」

 

「桃さんは……驚かないんですか?」

 

「ケルベロスがどのような組織であっても、私はレイド様に育てていただきましたので」

 

「それは……そうかもしれませんけど……」

 

 沙耶は困惑したまま言葉を濁した。

 

 考えてみれば、桃にとってケルベロスは途中から入った職場ではない。

 

 幼い頃からレイドに育てられ、そこで生きてきた。

 今さら裏社会の組織だと知らされたところで、沙耶と同じ衝撃を受けろという方が無理なのかもしれない。

 

「……兄様は平気なんですか?」

 

「平気なわけねえだろ」

 

「でしたら、どうしてそんなに普通でいられるんです?」

 

「あの胡散臭い顔を殴らなかった俺を褒めろ」

 

「そこを褒めなければいけない時点で、まったく平気じゃないですね」

 

「だろ?」

 

 志岐は頭の後ろで両手を組み、大きく身体を伸ばした。

 

「まあ、正体が分かっただけでもマシだ。 何も知らねえまま、またテロリスト相手に武器運ばされるよりはな」

 

「それはそうですけど……」

 

「嫌なら、お前は次から仕事を受けなくていいぞ」

 

「兄様だけ行かせたら、もっと心配です!」

 

「信用ねえなあ」

 

「あります。 兄様の強さは信用しています」

 

「じゃあ何が駄目なんだ?」

 

「兄様の浅はかな判断力です」

 

「それ、一番信用してねえだろ!」

 

 沙耶はフンと横を向いた。

 

 そんな二人のやり取りを見ながら、桃が小さく首を傾げる。

 

「……沙耶様」

 

「はい?」

 

「私は、先ほど少しだけ嬉しかったのかもしれません」

 

 沙耶の足が止まった。

 

「え?」

 

「志岐様が、私にも『仕事を選べ』とおっしゃいました」

 

「……それが嬉しかったんですか?」

 

 桃はすぐには答えなかった。

 

 自分の胸元へ視線を落とし、そこにある感情の形を確かめるように考える。

 

「まだ、よく分かりません。 ですが……嬉しい、という気持ちに近い気がします」

 

 沙耶の引きつっていた表情が、ふっと柔らかくなった。

 

「だったら、きっとそうですよ」

 

「そうでしょうか」

 

「はい!」

 

「……そうですか」

 

 桃は胸元へ小さな手を置いた。

 

 以前なら、「分かりません」で終わっていた。

 

 けれど今は、分からないままでも、自分の中に生まれたものへ名前をつけようとしている。

 

 そして桃は、もう一つ思い出したように口を開いた。

 

「龍様と志岐様に助けていただいたときも……同じだったのかもしれません」

 

 前を歩いていた志岐が振り返る。

 

「俺?」

 

「はい」

 

「龍も?」

 

「はい」

 

「……俺だけでよくないか?」

 

「兄様、張り合わないでください」

 

「別に男と張り合ってるわけじゃねえよ!」

 

「では何なんですか?」

 

「……なんだろうな」

 

 自分でも分からず、志岐は眉を寄せる。

 

 桃はそんな二人を交互に見つめた。

 

 助けてもらったこと。

 自分にも選んでいいと言ってもらったこと。

 

 それらがどうして胸の内に残っているのか、まだ上手く説明できない。

 

 それでも桃は、二人へ静かに頭を下げた。

 

「……ありがとうございます」

 

「何がだよ」

 

 桃は顔を上げる。

 

「……まだ、分かりません」

 

「そこは分かんねえのかよ!」

 

 志岐が思わず突っ込み、沙耶が小さく吹き出す。

 

 桃だけは真面目な顔のまま、もう一度だけ自分の胸元へ手を当てていた。

 

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