翌日。
クレティスとティルは、キーリルの公園へやって来ていた。
「本当にここなの?」
「ああ」
クレティスは周囲を見回した。
そこはどう見ても公園だった。
歩いている人がいて、腰を下ろして休んでいる人がいる。
少なくとも、見るからに怪しい連中が宝石を作っているような場所には見えない。
「偽物の宝石を作ってる連中がいるって聞いたから、もっとこう……」
「もっと?」
「悪そうな場所を想像してた」
「お前の中で悪党はどこに住んでるんだ」
「暗くてじめじめしたところ」
真面目な顔で言うクレティスを見てティルが吹き出す。
「虫じゃないんだぞ」
「じゃあティルはここ見て怪しいと思う?」
「表から見て怪しくないから隠れ場所になるんだろ」
「む」
正論だった。
宝石について調べるなら、その偽物を作っている連中を当たってみる。
そのように言い出したのはクレティスだった。
偽物を作るなら、本物を知らなければならない。
その考えを聞いたティルが、心当たりを口にしたのだ。
そして辿り着いたのが、この公園だった。
「こっちだ」
ティルについていき。
やがて彼が立ち止まった。
「……これ?」
「ああ」
地面にマンホールがある。
クレティスはしゃがみ込んだ。
「この下が工場?」
「そのはずだ」
「へぇ」
立ち上がって槍を持ち直す。
「じゃ、行ってみよっか」
マンホールを開けると地下へ続く穴が現れた。
クレティスが中を覗き込もうとした――その瞬間。
風を切る音。
「――!」
考えるより先に身体が動いた。
「危ないティル!」
「なっ――」
クレティスはティルの身体を押した。
ティルがそのままマンホールの中へ落ちていく。
「クレティス!?」
直後。
クレティスがいた場所をナイフが通過した。
地面へ突き刺さる。
「…………」
クレティスはナイフを見る。
それから、飛んできた方向へ顔を向けた。
白い髪で赤い瞳。
昨日、自分の背中へナイフを突きつけてきた男が立っていた。
クレティスは槍を構える。
少しだけ笑った。
「これで二度目だね」
「そうだな」
白髪の男の両手が動いた。
二本のナイフが飛ぶ。
クレティスは槍を振った。
甲高い音が二度続き、ナイフが左右へ弾かれる。
「それじゃあ仲良くおしゃべりもしないかい?」
槍を戻す。
「ボク、クレティス」
「…………」
一瞬の沈黙。
「……ロックだ」
初めて、その男の名前を知った。
ロック。
だが、名乗ったからといって攻撃をやめる気はないらしい。
両手から二本ずつ。
四本のナイフが飛来する。
「へぇ、ロックっていうんだ」
クレティスは槍を横薙ぎに振るった。
金属音が連続する。
四本まとめて薙ぎ払う。
「ロックはなんでボクらを狙ってるの?」
返事の代わりに、またロックの腕が動いた。
クレティスは踏み込む。
槍を地面へ突き立てた。
両手で柄を掴む。
そのまま槍を軸にして、身体を跳ね上げた。
「なっ――」
鋼鉄の仕込まれたブーツが、飛来するナイフを蹴り払った。
着地。
クレティスは槍を地面から抜く。
「危ないなぁ!」
「それを話すと?」
ロックが両手を構える。
指の間。
片手に四本。
左右合わせて八本のナイフ。
「……多くない?」
ロックが一斉に放った。
「やっぱり無理かぁ!」
クレティスは槍を地面へ突き立てた。
握る。
身体を回す。
槍を軸に、クレティス自身が大きく旋回した。
迫るナイフ。
一発。
二発。
三発。
槍の柄が次々と弾いていく。
四発。
五発。
六発。
回転の勢いを殺さない。
七発。
「マジかよ!」
そして最後。
八本目。
クレティスはそのまま槍を跳ね上げた。
キィン――!
弾かれたナイフが、今度はロックへ向かって飛んだ。
「っ!」
ロックが反射的に身体を逸らす。
ナイフが頬のすぐ横を通り抜けた。
その一瞬。
クレティスは一気に距離を詰める。
「しまっ――」
止まる。
槍の穂先が、ロックの首へ触れていた。
「…………」
ロックの赤い瞳が槍を見る。
次にクレティスを見る。
クレティスは笑った。
「ボクの勝ち!」
「…………ちっ」
ロックが悔しそうに顔を歪める。
「さて」
クレティスは穂先を動かさない。
「今度こそ聞かせてもらおうかな」
「何をだよ」
「なんでボクらを狙ってるの?」
「…………」
「昨日は背中からナイフ。 今日は投げナイフ」
少し頬を膨らませる。
「二日続けて狙われたら、ボクだって気になるよ」
「だから――」
ロックが何かを言いかけた。
「ロック」
別の声がした。
「!」
クレティスが視線を動かす。
そこにはアベル教会服を着た人物が立っていた。
いつからそこにいたのか。
クレティスにはわからなかった。
「ここは引きましょう」
「けど――」
「ロック」
「…………わかったよ」
ロックがクレティスを睨む。
「次は負けねえからな」
「またやるの?」
「当たり前だ!」
「もうナイフ投げないでよ?」
「うるせえ!」
ロックが下がる。
クレティスは追わなかった。
アベル教の人物もぺこりと頭を下げ、ロックとともにその場から離れていく。
「…………」
クレティスは二人を見送った。
「ロック、か」
名前はわかった。
だが、肝心なことは何もわかっていない。
なぜティルを警戒しているのか。
なぜクレティスまで狙うのか。
そして、今の人は何者なのか。
「……わからないこと増えちゃったなぁ」
「クレティス!」
下から声がした。
「あ」
忘れていた。
クレティスはマンホールを覗き込む。
「ティル?」
「いつまで俺をここに置いておく気だ!」
「ごめんごめん!」
「ごめんで済むか! いきなり突き落としやがって!」
ティルが怒ってる。
本人からすれば、いきなり何も言わずに突き飛ばされたのだから当たり前か。
「でもナイフ飛んできたんだよ?」
「だからって普通はもう少しやり方があるだろ!」
「助かったんだからいいじゃん」
「よくない!」
思ったより元気そうだった。
クレティスもマンホールへ入る。
「それより、行こうよ」
「お前な……」
「宝石の工場、調べるんでしょ?」
ティルは何か言いたそうな顔をした。
結局、諦めたように息を吐く。
「……そうだな」
二人は地下へ降りていく。
地上からの光が届かなくなるにつれて、周囲は暗くなっていった。
「暗いね」
「待ってろ…光れ光れ」
ティルが魔法を使った。
光球がでて灯る。
「おお」
地下の通路が明るく照らされた。
「そんな魔法も使えるんだ」
「これくらいはな」
「便利だね」
「お前も覚えたらいいだろ?」
「でもティルが使えるんだから問題ないじゃん」
「結果論で生きるな」
「冒険者だからね。 冒険者心得・その8 【使えるものは何でも利用しろ】だよ」
「それは免罪符じゃない」
言い合いながら、二人は地下を進んでいく。
やがて通路の先が開けた。
「…………」
クレティスが足を止める。
公園の地下に隠されていたもの。
そこには確かに――地上からでは想像もつかない、工場がたっていた。
「本当にあった」
「だから連れてきたんだろ」
「疑ってたわけじゃないよ」
「さっきまで『本当にここなの?』って言ってただろ」
「それはそれ」
クレティスは中へ足を踏み入れる。
「さて」
偽物を作る者たちが、本物について何を知っているのか。
「何か見つかるといいね」
ティルの灯した光を頼りに、二人は工場の調査を始めた。