吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
プロローグ 吾輩は本である。
吾輩は本である。名前はまだない。
所謂転生者という奴なのだが、どこで死んだかなどはトンと検討が付かず、気が付いたら明らかに日本ではないどこか、暗い洞窟の中で野ざらしにされていたというのが最古にして最新の記憶である。
吾輩はここで所謂魔物というもの、その中でも特に粗野で醜悪なゴブリンという生き物を見た。
ゴブリンとは大きく出っ張ったお腹から小さな手足と頭が生えた種族であり、群れを成して狩猟や採取行動を行って暮らしている。
幸いだったのは人間を襲って苗床にするような同人誌的な生態は持ち合わせてはいないようで、素直に同じ種族内で繁殖行為を行う生態だったことだろう。
しかし、そんな幸いもゴブリンが暮らす洞窟に発生した「本」である吾輩にとってはあまり関係が無かった。
目も、鼻も、耳もないのにも関わらず感じ取れる周囲の不潔さと、そこから来る不快感は耐えがたい物であり、最初に考えたのは「清潔な場所にいきたい」というとても細やかな願いであった。
もっとも、本である吾輩はそう思っても全く動けないわけだが。
はあ……と、転生してから何度目かの状況確認を追え、つけもしない溜息を気分だけでもついてみる。
ゴブリンがいるような世界であれば、普遍的に存在していてもおかしくない「魔本」という種族。
個体として自由意志を持つ一冊の本、それが今の吾輩だった。
魔本はゲーム等で比較的ポピュラーな種族であり、魔法図書館のようなマップがあればそこに超高確率で出現してくるファンタジーRPGの常連勢であるといえるだろう。
ふよふよ浮いて、本に記された魔法……概ね装丁と同じ、赤色なら炎魔法、緑色なら回復魔法といった、イメージに合わせた呪文を使ってくるといった、アレである。
じゃあ、なんでゴブリンの巣穴になっているような洞窟に吾輩がいるのかという話なわけだが……。
ゴブリンが行う狩りの戦利品の中に魔本が混ざっていたのか。
戦利品の本がこの洞窟内で野ざらしにされる中で魔本化したか。
あるいは、吾輩が突如として意識を持ったのと同じようにして、ここに虚無から発生したか。
ゴブリンがいる世界なのだから、そういうこともあるかもしれない。
ゲームのモンスターがどこからともなく沸くように、吾輩がどこからともなく沸いても不自然ではない。
と、思いつく幾つかの選択肢を思い浮かべ、少しだけ考察を行ってみてから考えを切り上げる。
そもそも吾輩が置かれた状況はミステリーではなくファンタジーなのだ。
人間的常識、現代的思考で「何故」を考えても、「ファンタジーだから」と言われてしまえばそれで結論が出てしまう以上、この点を考え詰めても意味はない。
大事なのは何故ここにいるかではなく、ここからどうするかである。
どうすれば動けるか分からない中、吾輩はとにかく手あたり次第に動けそうな手段を試して行く。
身体を動かそうとしても、動けない。
まあ、本だから当然である。
身体を浮かそうとしても、動けない。
まあ、本だから当然である。
ステータスオープン、鑑定、システム始動など、この手の転生に付き物な要素を使おうと片っ端から念じてみる。
何も起こらない。
吾輩がただの本である以上はそれも当然の話ではあるのだが、こうなると抱えられもしない頭を抱える事しかできなくなってしまう。
自律して行動できるならまだしも、吾輩が本当に思考能力を持っただけの本だとすると、打てる手がまったく存在しないのだ。
これは本当にどうしようもないかもしれないと思った所で、ある一つの可能性に思い至る。
再三の確認になるが、今の吾輩は本である。
吾輩も生まれて初めての本生になるので何とも言えない部分も大きいが、本にとって記された内容とは体の一部、あるいは記憶の一部といえる。
現在は「何を知りたいのか」すらも理解できない状態ではあるが、吾輩が本である以上はその「題名」から探って行けば、記憶をたどるように本の中身を辿ることが出来るのではないか。
そこに現在の状況を打破できるような情報が記載されているのではではないかと考えたわけだ。
周囲を何となく俯瞰的に見るだけであった視界のような何かをどうにかこうにか動かして、認識の焦点を自らに当てる。
黒を基調とした表紙には目のような、あるいは無限のような記号しか記されていないので、紙でも皮でもないつるりとした鎧のような金属光沢を感じる装丁を辿って背表紙へ。
鏡で自分の顔をまじまじと眺めるような気恥ずかしさを感じながら、吾輩は自身に書き記された文字を認識する。
『
……当たり前だが、分からない。
こんな本は知らないし、聞いたこともない。
やはり吾輩は日本で手に入る本というより、ファンタジー世界特有の本であるということだろうか。
だが、題名は分かった。ここからはこの題名から辿ってその中身を読むことができるかどうか、読んだとして、今の自分の役に立つ内容が書かれているかどうかだ。
……頼むから、表紙しか認識できないなんてことは勘弁して欲しい。
そんな事を考えながら、吾輩は自分自身のページを開くようなイメージで本の中身を透視しようとする。
すると、不思議な事に吾輩の思考の中にするりと本の中身が入り込んだ。
ページを開いた直後、1ページ目に書いてあったのは「前文」「源影とは」「源影の活用」「源影の魔術式」「源影の制御」「源影の運用」「跋文」という文字の羅列。
所謂目次という物であり、吾輩に何が記載されているのかを大まかに確認することができる物であった。
その目次の構成から受ける第一印象は硬派な解説書。
著者の名前や来歴、語りすらも削ぎ落して「源影」についての解説に特化して、大衆に読ませることは一切想定していない本といった所だ。
しかし、これだけでは流石に判断も何もできたものでは無い。
吾輩は前文と源影のそのものに対する解説は華麗に読み飛ばし、「源影の活用」という項目に向けて意識を飛ばす。
今知りたいのはこの本を読むことで何ができるようになるのか、現在の何もできない問題が解決するかどうかである。
具体的な活用例が記載されているのであれば、現状を打開できると考えて……。
『よって、源影は人間が制御することで介護や工業に限らず、戦闘行為を含めた多岐に渡る運用を可能とするものである』
源影の活用という項目の最後に書かれていたその一文を読み、吾輩は初めて自分が「己の影を用いて『源影』なるエネルギー体を生み出し、それをマニュアルで使役する魔法を記した本である」ことを理解するに至った。
しかも、単純に影をエネルギー体にして操るだけではない。
成型された影は何かに触れ、それに干渉することもできる。
それはまさしく、「魔本」に記される相応しい魔法であるといえた。
この内容が本物であれば、吾輩は源影を魔法の力によって生み出し、それに吾輩自身を持ち運ばせることで移動が可能となり、このゴブリンが暮らす不潔な洞窟から抜け出せるようになるわけだ。
これは本に書かれている魔法としては
仮に「魔本」と聞いて最初にイメージするような攻撃魔法が吾輩に書かれていたとしたら、こんな洞窟で炎魔法や水魔法を使えるようになってどうするんだ。
閉所を破壊して状況を悪化させ、自ら生き埋めになるのかという本末転倒な事態を引き起こすことも考えられただけに、吾輩に記載されている魔法が脱出に貢献できるものであったのはそれだけ大当たりであると言える。
勿論、己に記された内容が本物であるとは限らないし、物理的に「ただの本」である吾輩には召喚魔法を使えないという可能性もある。
だが、率直に言って現在の吾輩には吾輩に記された内容を試すこと以外にできることがないのが悲しき現実であるため、一度都合の悪い可能性は完全に無視。
記された内容は嘘偽りなく本物であり、吾輩自身がただの本はではなく特別な魔本であると、『源影』を生み出すことができるものであると仮定して行動を起こすのであった。
★
吾輩が自分に記された内容が本物であると信じて読み進めること一日、実際に試して試行錯誤を行うこと三日。
必死の思いで魔力の流れを確認したり、脳内(?)で吾輩に記されていた記された魔術式を思い浮かべ、試行錯誤を繰り返し……。
本当に、本当に幸いにして、吾輩は「源影」を生み出すことに成功した。
なお、その大きさはざっくりと吾輩(本)の大きさの半分ほど。
10~15cmぐらいの小さくて真っ黒な人型、魔法というよりは何かの呪術にでも使いそうなお人形さんといった容姿であった。
記述によるともっと大きいというか、並の大人よりも大きなサイズの源影が生み出されるらしいのだが、そこは人生二週目とはいえ吾輩は生まれたばかりの新著(?)。
単純に魔力が足りないのか、魔法への理解が足りないのか、そもそも本が魔術を行使することが想定されていないのかは分からないが、今は成功しただけでも御の字と見るべきであろう。
だが、源影を生み出す事に成功しただけではとてもではないが現状がどうにもならないというのもまた事実。
意識があるのは良いが、文字通りに手も足もでなかった転生初日から比較しての進捗状態は凄まじい。
召喚した源影は疲れずに動かし続けられる分身体とでもいった使い勝手であり、生み出す時は自分の傍からになるが、消すタイミングに限っては自由自在。
どういった理屈か視界(?)を本体でも確認することができるので、遠くまで動かして偵察をするだけして消すこともできるという圧倒的な利便性を誇っている。
しかし、しかしだ。
サイズが10~15cmしかないというのは如何ともしがたい。
吾輩はこの汚いゴブリンの巣穴洞窟から脱出したいのに、このサイズでは本を持って動くことができない。
そこらへんに転がっている石で試してみた所、込める魔力量によってはこのサイズの源影でも本を持ち運ぶ事ができそうなのは確認したのだが、問題なのはここがゴブリンの巣穴であること。
今は何の変哲もない本として忘れ去られているから興味を示されず事なきを得ているが、仮に源影を使って吾輩が移動している最中にゴブリンに見つかったとしよう。
そういう時に想定される事態は何か。
『ギャギャッ!?(何だコレ!?動いてるぞ!?)』
『ギャギャギャッ!!(良く分からない!投げて突いて遊んでみよう!!!)』
様々なケースを想定してみると、もっとも起こる可能性が高いと考えられる未来がコレだった。
むしろこうならない未来が見えない。
しかも、投げて突いて遊ばれるというのは極めて甘い予想であり、実際には吾輩を開かれてビリビリに破り捨てられる流れが容易に想像できる。
即ち、吾輩は『源影』によってこの洞窟内を探る手段を得たとはいえ、脱出できないという状況そのものは何も変わっていないのだ。
この状況を打開するために必要なのはやはり源影の扱いに習熟し、速やかに持ち運んだり、危険な時は物陰に隠したりできるようにすること。
やがてはRPGに出てくる敵キャラとしての魔本の如く、自分で浮遊して移動をしたり、魔法を使ったりできるようにすることである。
問題なのは、他の源影以外の魔法をどう使えばよいのかが全く分からないことだ。
吾輩こと『源影』という本は魔法を行使するための媒体ではなく、あくまで『源影という魔法』について解説する本である以上、源影を動かしているのは本としての機能ではない。
あくまで吾輩の自意識によるものだから、理論上は他の魔法も使えるはずなのである。
そこで、吾輩は吾輩に記されていた魔術式を改めて考える。
魔術式というのは所謂「魔法陣」という奴で、吾輩には魔法陣の図説と共に「この部分が源影の移動に関わる部分で~」といった内容が事細かに記されている。
この操作の対象を何とかして源影以外のものに設定できるように抜き出し、最適化ができれば、自分自身か、指定した対象かを移動させることができるはずなのだ。
勿論、これは単純に源影を生み出したり、操作するよりも遥かに難度が高い。
記載された魔術式を丸暗記でイメージすれば「理屈は良く分かないが、とりあえず動かすことはできた」という次元の話ではなく、明確な魔法への理解が求められる。
魔法の存在しない世界の記憶しか持たない吾輩にとっては砂漠の中で砂粒を探すのに等しい苦行だが……。
やるしかない。
やらなければ、このまま洞窟の中で永遠にただ一人朽ち果てるか、無残に破り捨てられる未来が待っている事はほぼ確定事項。
この汚い洞窟から抜け出すため、ゴブリンに破り捨てられる未来を回避するため。
吾輩は当てのない検証を開始した。
★
検証の開始から一週間、『源影』を生み出すのに使う魔法陣から必要そうな場所だけを抜き出し、イメージをして魔法の行使を行っては不発に終わるという無駄な時間を過ごす中、吾輩は早くもこの検証作業に飽きていた。
思えば、三日で運よく「源影」を生み出すことに成功したのが良くなかったのだろう。
自分が「魔本である」という確証を得られたという意味では悪くなかったのだが、最初の一歩が「上手くいってしまった」という成功体験は吾輩に明らかな悪影響を与えている。
なんとなく、なんだかんだ言っても上手くいくという楽観を最初の時点で得てしまったのだ。
それ故に動けない状態のまま一週間も成果が出ないという事態に早くも飽き始めていて、魔法の検証という苦行を続けるのが困難になりつつあった。
吾輩が考えることはただ一つ、生まれた直後から魔力強化にいそしんだりしてる奴らは一体何なんだ。
幾ら何でもバイタリティがありすぎだろうという事だ。
かつて憧れたアニメや漫画の登場人物たち。
剣と魔法の異世界に転生して、一念発起して努力に打ち込む彼らと自分はまったくの別物。
同じ境遇であっても、吾輩という人間(?)には同じ努力はできないと実感する。
しかし、それと同時に努力が出来なくとも、努力をしないと現状が変えられないという焦燥感はあるのだ。
それはまるで働こう、働こうと思っていても、実際には働けない引き籠りの如く。
日本では普通に就職して働いていたはずなんだけどなと考えながら、水が低きに流れていくように転がり落ちていく自分を自覚しながら、更に努力する時間が減りながら更に一週間。
なんとなく、ボーっとするだけの時間も増えて、このまま考えることを辞めれば「本」として生涯を終えられるのかと思い始めた頃。
脳裏に、雷鳴の如く、天啓が下る。
源影の魔法陣から必要な魔術式を引き出すのではなく、源影の魔法陣から抜いても良さそうな魔術式を削れば良いのでは――!?
そう、吾輩が努力をできなくなっていたのは、あまりにも試行錯誤の時間が無駄であり、何の成果も得られない時間が続いていたから。
逆説的に、何らかの成果があれば、その成果を持って次の検証に繋げることができるため努力を継続することができる。
源影を生み出すことができなかったり、あるいは操作が上手くいかなかったとしても、それは成果なのだ。
変化が無いようなら変化が見つかるまでこの洞窟内を探索したり、外に出たりして検証に変化を付ければ良い。
何もせずに「本」でいる時間を増やすよりもそれが建設的なのは間違いないのだから。