吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
第二章 城塞都市ノーザンヒル
やべえ。
タマモは吾輩の想像とは違う意味でヤバい奴かもしれない。
あくる日の早朝、本であるが故に睡眠を必要としない吾輩はいつものように魔術式を弄りながら村の人々が起きるのを待っていた。
皆が起きて迷惑にならない時間帯になったなら、昨日は無我夢中で作ってしまった巨大源影。これを今度は意識的に作り出し、瓦礫の撤去を手伝おうと思っていたのだが……。
実際に朝が訪れてみると、本当にタマモがヤバい。
なんというか、全部一人でやればいいんじゃないかと思う勢いで瓦礫を撤去し、サイクロプスの解体を進めているのだ。
部位ごとに取りわけ、素材として使えそうな部位……骨や、何か石ころっぽいものや、捨てるしかないところを取り分けていく。
文字通り、本当に朝一から一人で全部終わらせかねない勢いで進められる作業風景は重機のごとし。
「おーおー、流石だね。働き始めれば早い早い」
「ま、あーしにかかればこれくらいはね? 普段は好きに剣を振らせて貰ってるんだから、これくらいは当然っしょ」
だが、それはよくよく考えてみれば、当然のことだったのかもしれない。
この狐耳の少女は吾輩が村を訪れてからずっと、只管に剣を振り続けることが許されていたのである。
果たして魔法のあるファンタジー世界とはいえ、中世~近世の文明レベルの山奥で理由もなく、人一人を遊ばせ続けることができるだろうか?
答えはNOだ。剣を振る暇があるなら働けと、誰だって思うに違いない。
では、何故タマモがそんな剣を振り続けるなどという消費しか生み出さない行為が許されていたのかと言えば、どうやらこれは単純に「肉体的に優れている」かららしい。
いざという時は何人分もの働きをするからこそ普段は遊んでいても許されるし、何人分もの働きをするからと酷使しようとしても、単純にフィジカルで上回る相手を従わせることはできない。
結果として、普段は有事に備えて体を鍛え、いざという時に力を発揮するという形に収まっているようだった。
そうか、そりゃそうだよな。
いくらファンタジー身体能力とはいえ、あのビッグボアやスノウウルフを平然と狩れる少女が世界平均な訳が無いよな。
素の跳躍でサイクロプスの頭に届くわけがないし、実際村の男衆も人間離れした動きをしていたとはいえ、流石にそんなことやってなかったもんなと思うと同時に。
いやまてよ。
じゃあ、そんなタマモを一撃でダウンさせたあの皮付きと呼ばれていたサイクロプスは吾輩の認識よりも大分ヤバい奴だったんじゃと考える。
仮にそうだとしたら、そんなサイクロプスを一応抑え込んでいた吾輩の源影も滅茶苦茶ヤバいんじゃないだろうか。
実は、源影についての本というのは街にいって偉い先生に見られたらいけないものなんじゃないかと不安を感じている間にもサクサクと片付けは進んでいき、文字通り「朝飯前」に街へと出発する準備は整っていた。
「良い?クロちゃん、あーしにしっかり捕まってるんだよ」
本体は「本」の方だから捕まる必要がないんだよな……。
伝える方法がないのが困るなどと思いながら吾輩が頷くと、軽い食事を取ったタマモは折れた剣を背に固定し、腰元のポシェットに吾輩(源影&本体)を入れた。
その見送りに現れるのはパール婆ちゃんと子供たち。
「タマモねえ!クロちゃんを途中で落としてきたりしないでね!!」
「お医者さんのお医者さんが必要になるようなことをしたらダメだよ!」
「お前らはあーしのことを一体なんだと思ってるんだ……」
子供たちからは若干……いや、かなりとんでもない言葉が聞えるが、まあ、あの身体能力だからな……。
何らかの急ぎの用事を頼まれて村の外にでて、「急ぎだから」ということで彼女基準で急いだらやり過ぎてしまったみたいな流れが過去にあったことはなんとなく想像できる。
村で急患が出たからお医者さんを連れてきてと言われて、自分基準で連れてきたらその身体能力についていけなかった医者がダウンしたとか、そういう奴。
しっかりとしているようでわりと抜けている所のあるタマモは多分、そういうことをする。
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃーい!」
タマモがほぼ毎日剣を振っていたのは、そういったやりすぎを防ぐための事情もあるのかと考えたところで、文字通り、近所に買い物にいってくる。
その程度のノリでタマモは出立する。
吾輩が何なのかを知るため、ノーザンヒルとよばれる街へと。
★
やべえよ。
やべえのはこの娘だけじゃなかったよと、吾輩は鞄にゆられながら考える。
トン、トン、トンと。
恐らく、タマモにとっては小走り程度の速度で、前世の吾輩からすれば信じられないほどの速度で少女は南へ、南へと駆けぬける。
「朝飯前」に出立してから10時間ほどたっただろうか、日が傾き始めるまでにどれだけの山と集落を越えただろうか。
確かに、言われてみれば当然ではあるのだろう。
ノーザンヒル、その街の名前の意味は直訳して「北方の丘」、恐らくは国の中心部から見て北側にある丘陵地帯にある都市だからとか、そういう意図で付けられたと思われる名称。
それを目指してタマモは文字通りの山奥から「南下」しているのだ。
吾輩が最初に辿り着いたブレトンの村、あれは一体どんなド田舎にある集落なんだよ。あそこで暮らしている人間全員やべえだろと、改めて考えさせられてしまう。
こうしてタマモが走る中でもちょこちょこ魔物を見かけているのだが、その姿は明らかにブレトンの村で見た物よりも小さくなっていて――吾輩が前世見慣れたサイズ、動物園で見れる程度の生き物も決して珍しくなくなっている。
つまり、あれだ。
これはノーザンヒルに近づくごとに人の力が強くなっていて、人間に害を与えるような魔物は優先的に駆除されているということなのだろう。
ブレトンを自衛隊案件な魔物が何度も襲っていたのは、あそこが所謂「開拓村」「最前線の村」という奴で、ファンタジー的に例えるなら、最終ダンジョンに突入する前あたりで辿り着く僻地の集落だからだ。
そりゃタマモという特記戦力がいるとしても村の男衆は平然と魔物に立ち向かえるし、サイクロプスなんていうヤバい奴相手でも怯まずに動けるはずである。
なんなら、こうしてタマモを「お遣い感覚」で送り出せるのも冷静に考えるとヤバい事だった。
魔物の襲撃と隣り合わせの村で、その最大戦力をこうして送り出せるのはどう考えても並の判断じゃない。
少なくとも吾輩が村の人間なら無理だ。
頼むから村から離れないでくれ。時間はかかっても良いから他の人を行かせるようにして欲しいと頼み込む自信がある。
……他の人が魔物の襲撃を避けながら、山を越えられるのか、タマモ以外にこの役が務まるのかという疑問は別の話として。
ともかく、そんなことを考え、本格的に日が落ちて来た頃には周囲の木々はブレトンとは比較にならないほど薄くなっていた。
足元も最低限道と呼べる何かから、明確に人の手によって整備された街道へと変わり、人々の往来を感じさせるものになっている。
それはノーザンヒルという街が近づいている事を如実に表していた。
★
完全に日が落ち、世界が闇に包まれる少し前。
10時間以上の長きに渡って走り続けていたタマモは、推定ノーザンヒルの街へと辿り着いていた。
「あー、流石にこのペースだと間に合わないかー」
え、この距離ってその程度のノリで踏破できるものなの?
思ったよりも時間がかかってしまったと残念がるタマモを見て、吾輩はタマモが本気で走っていたら日が落ちる前に余裕で間に合っている事に恐怖と感心が入り混じった感情を抱く。
恐らくは、転生前の世界におけるマラソンの世界記録……ざっくりと、40kmを2時間で駆け抜ける速さと持久力。
それと同じか上回る速度でもって、この狐耳の少女は魔物のいる山道を息一つ乱さず、10時間で駆け抜けたのである。
先のサイクロプスとの戦いで剣が折れたこともあってか戦闘を行うことはなかったが、ファンタジー世界の住民は身体能力がヤバいと感心するしかない。
いや、これは流石にファンタジー世界でも外れ値というか、人類の最前線にある開拓村、その推定最大戦力であるこの少女を基準とするのもおかしな話なのだろうが……。
鍛えればそれだけのことが出来るようになるという時点で、前世を記憶している吾輩にとっては夢が広がる話である。
仮に転生先が「本」でなければ、鍛えれば鍛えるだけ結果の付いてくるこの世界を存分に楽しむことができただろう。
この世界の人にとっては普通であっても、前世で数十年過ごして出来なかったことが出来るようになるという魅力は凄まじいものであるに違いない。
「凄いなークロちゃんは、全然平気じゃん!」
ともあれ、本であるが故に酔いも何もない吾輩を褒めてくるタマモにグッと指を立て、これぐらいは全然問題ないとアピール、無事にノーザンヒルの街に到達した吾輩たちではあるのだが、残念ながら直ぐに街へと入ることは敵わない。
それはこの街は街そのものを城壁と堀で囲んだ構造で、所謂「城郭都市」になっているからだ。
しかも、山を下る中で見えた姿は星型城塞。
大きさはそこまでも無いというか、よいところ1000人か2000人が住んでいる程度の小規模のものではあるが、前世でも防衛力が高いと評価されていた建築技法が用いられており、魔物の襲来が隣り合わせであるこの世界の危機感を強く感じられる代物だ。
もっとも――ファンタジー世界でよく見るガチガチの高い石壁で構築された西洋的な防御拠点ではなく、水堀や空堀も絡めた五稜郭的な和風要素も多分に含んだものであるのだが。
そんなノーザンヒルの城門は既に硬く閉ざされていて人の行き来はない。
これはシンプルに、夜に出歩くことなどこの時代ではもっての外。
如何にブレトンの村周辺よりも全体的に小振りになったとはいえ、夜間に魔物が侵入するリスクを侵す必要など存在しないということなのだろう。
故に、ノーザンヒルの閉門に間に合わなかった吾輩たちは野宿を行うことになるのだが……。
「ねえ……普段はクロちゃんは普段、夜は何してるの?」
ポシェットの中にいる吾輩(源影)に視線を向けながら、少女は語りかけてくる。
吾輩に睡眠が必要なのか、食事を取る必要があるのかなど、そういった人にとって当たり前のことをだ。
なるほど確かに、今までの吾輩はどこからともなく現れたり消えたりするだけで、そういった生物的な行動を見せたことは殆どなかった。
せいぜいが差し出される食べ物をいらないとお断りするぐらいである。
だからこそ、これから野宿を行うにあたって、タマモが吾輩に何が必要なのかを確認するのは当然のことだと言えた。
だが、何もしてないし、正直何もいらない吾輩にはそんな問いかけにもただ静かに源影の首を横に振らせることしかできない。
本である吾輩には人にとって当たり前の事、食事や睡眠といった人間性を感じさせる生理現象の全てが無用の長物となってしまっているが故に。
「うーん。全部に首を振られると困っちゃうな……」
タマモが吾輩の事を気遣い、野宿で大丈夫かと心配をしてくれるのはありがたいのだが、こればかりは申し訳ないと頭を下げることしかできない。
ノーザンヒルにいる先生とやらに吾輩が何物かを見分して貰い、自分が何かを知る所から始める必要性をまた強く感じる所である。
サイクロプスとの戦いで助けた後、本を渡さなければそもそもこういった確認を行うことはなく、村にいる謎の不思議生物扱いを継続。
問題無く過ごせたのではないかと考えると、こうしてわざわざ確認を行うための手間をかけさせてしまうのは、余計なことをしてしまったかと思う部分もあるのだが……。
「まあ、いらないならいっか。あーしも気にせずに寝れるし。」
この子ったら本当に強い……。
これまで背負ってきた剣を降ろし、盗まれないようにするためか、踵の裏に置くとそのまま城壁に体を預ける姿はなんというか、少女としか呼べない年齢の肝の据わり方ではない。
お風呂に入って暖かい布団で眠りたいだとか、せめて横になりたいだとかそういう思いを感じさせないストロングスタイル。
本である吾輩ではイマイチ感じ取れないが、雪解けしたばかりで恐らくまだまだ肌寒いであろう状態でのこれはなんというか、人間としてのたくましさを感じざるを得ない。
ファンタジー世界の人間は元の世界の人間とは体の作りが違うというだけではなく、精神構造からして物が違う。
現代社会で文明の恩恵を知った吾輩とは違い、無いならないで仕方がない。
あるもので済まそうという割り切り方が尋常じゃないのである。
「スゥ……スゥ……」
しかも、寝付きも良い。
こんな環境でよく眠れるものだと思うが、よく考えるとブレトンは村のすぐ隣に巨大な魔物が潜んでいる山奥の開拓村的な場所である。
勿論、村の周囲に魔物避けの結界は張ってあるらしいが、周囲を城壁に囲まれた都市と比較して100倍も200倍も危険な場所であることは間違いない。
そんな場所で暮らすのであれば、城壁に体を預けて寝るなど容易い事という事情もあるのだろうが、それにしたってという奴だ。
こんな夜に少女が町の外で壁に寄りかかって一人で眠るなど、前世の常識では絶対にありえないことなのだから。
いや、この世界の常識でも流石にあり得て欲しくないのだが……。
ともかく、そうして今日の夜は音もなく更けていく。
一応は睡眠を必要としない「本」である吾輩が、仮に魔物や不埒物が現れたのであれば、少女に危害を加えさせないようにという警戒を行いつつ。
それと同時に、いや、この子ならそういう敵が現れたなら即座に目を覚ますだろうなとも考えつつ。
吾輩が一体何者であるのかを調べるのと同時に、この世界の「一般人」とは何なのかを調べておくべきではないかと考えるのであった。