吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~   作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)

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第二章 ノーザンヒルの人々

 早朝。

 

 朝日が闇の合間から覗き始めた頃、堅牢なノーザンヒルの門は重々しい音を立てながら開いた。

 

 それと同時にぞろぞろ出てくるのは少しでも早く街を出て、次の集落へと移動しようとする旅商人と、日が暮れぬうちに仕事を終わらせようとする鍬や鎌を抱えた農民たち。

 

 わいわい、がやがやと。

 

 とりとめもないことを話しながら進む彼らを見送りながら、タマモは吾輩に語りかける。

 

「そうだ。クロちゃん、入城検査を受けないといけないから、しばらくあーしの頭の上にでも乗っててね」

 

 タマモの手の上に乗るように促された吾輩(源影)はコクコクと頷きながら、そのまま頭の上に乗せられる。

 

 隣にはふわふわの狐耳があり、思わず触りたくなる衝動に駆られる心を押しとどめながら、大人しくする。

 

 触れるものなら触りたいという気持ちと、少女の耳を触るとかどう考えてもアウトだろうという気持ちがせめぎ合う。

 

 このままでは今の吾輩は人間ではない、本なのでセーフ。

 黒いお人形さんなので気を取られて触ってしまったのでセーフと言い訳をしたくなるので、強引に思考を現在の状況へと切り替える。

 

 入城検査とは一体どんな風に行われるのか……。

 アニメや漫画では、衛兵に賄賂を要求されたり、怪しい人物は通さん!などと言われていたり、とんでもない時間を待たされる羽目になったり。

 

 何かと騒動が付きものなイベントであるため、現実ではどのようになるのかと、ワクワクしていたのだが……。

 

「ノーズのおっちゃん、おっす!」

「おや。タマモちゃんじゃないか。いつもとは時期が違うけど何用って……何その、頭の上の黒いお人形さん」

「ウチの村に現れたよくわからない精霊さんだよ」

 

 そうか、そうだよな。

 顔見知りとかだとそうなるよな……。

 別に賄賂を要求されたり、意味深な身体検査が行われるわけがないよな……。

 

 何か良く分からない生き物である吾輩に不審な目を向けることはあっても、タマモが顔見知りであるのなら、変な絡み方はしないよな……。

 

「え゛、え゛えぇ……? なにそれ、怪しい魔物だったりしないの?」

「そうかもしれないから、学校の先生にでも聞いて来いってさ。これ、パール婆ちゃんからギルド当ての紹介状」

「パール様からの……」

 

 そして、隣町から遊びに来たかのような……それにしては少々距離がぶっ飛んでいるが、かなりの気安さでタマモは事情は説明する。

 

 ノーズはパールが元オリハルコン級の冒険者だということを知っているらしく呼び名は様付けで、用件を聞くと一度恭しく敬礼をしてから受け取って中身を確認した。

 

「ふむ。なるほど。分かった。でも、その剣は……? 明らかに対魔物用だし、規則として持ち込みの理由を確認しないといけないんだが……」

「こっちは修理依頼。一昨日、ブレトンでは皮付きのサイクロプスが出てさ」

「か、皮付き!?大丈夫なのか!?」

「ちゃんと仕留めたから大丈夫だよ。ただ、頭を切り付けた時にボキッといっちゃって……」

 

 そして、そんな話がひと段落すると、タマモの持つ剣に話題が移る。

 が、門番としては折れてしまった武器よりも、武器が破損するほどの戦いになった魔物の方に興味が向いている様子。

 

 タマモの仕留めたという言葉に露骨に安心しているが、あのサイクロプスの巨体をみた吾輩としては、その反応に納得しかなかった。

 

 確かにノーザンヒルは街の全周を高い壁で覆った星型城塞。

 

 対人間や人間が普通に戦える程度の大きさの魔物に対してはその防御力を如何なく発揮するだろうが、あの巨体に対してこの城壁にどの程度効果があるのかと言えば……。

 

 壁を崩してきたり、崩されずともあっさりと乗り越えられる未来が容易に想像できる以上、とてもではないが信頼はできないと言わざるを得ないだろう。

 

 ただ、そんな一般的な不安というのは壁も何もない山奥で暮らすタマモにとっては無縁なようで……。

 

「村でも刃こぼれぐらいなら何とかなるんだけど、ここまで盛大に折れちゃうと、直すだけの設備がないって言われてさ」

「まあ、無理にくっつけてもまた直ぐに折れるだろうな」

「でしょ? だからわざわざこっちまで持ってきたってわけ」

 

 当然のように話を続け、魔物の討伐話より折れた剣の話を優先する。

 しかし、門番としてはやはり、強大な魔物の出現情報が気になるのか、どうやって討伐したのかを聞き出そうとするのだが……。

 

「ところで、サイクロプスの頭を切り付けるっていったいどうやって……」

「どうやっても何も、そのまま飛んで?」

「飛んで!?いやいや、嘘だろ!?いくらタマモちゃんが亜人だって言っても……」

 

 それに対する回答は、事実だと分かっている側でも信じられない現実の話。

 身体能力だけでサイクロプスの巨体を飛び越えるという、常識を超越した話。

 

「嘘だと思う? また飛んで見せようか?」

 

 あまりにも空想染みた発言を疑う門番を、ジッと、少女が見つめた。

 

「ハハハ、そういえばそうだったな。タマモちゃんは飛び越そうと思えば、この城壁くらいなら軽く飛び越せるんだったな」

「昨日も飛び越そうかと思ったんだけど、面倒くさがって、またノーズさんに怒られたくはないからね」

 

 それに対する門番の返答も慣れたもの。

 そういうこともあるだろうというより、この子ならば出来るだろうという信頼に溢れた物だった。

 

「うむ。分かった分かった。そういうことなら問題無い。通っていいぞ」

「さんきゅー」

 

 改めて、門番はタマモの解答に納得したのか、門をくぐる許可を出す。

 吾輩はタマモの頭の上からポシェットの中に居場所を戻し、ノーザンヒルの城門をくぐるのであった。

 

 ★

 

 石畳で舗装された通り道を少女は進む。

 腰元のポシェットに戻された吾輩は周囲に立ち並ぶ倉庫や鍛冶屋の姿にこれがファンタジーの街並み……!

 

 と、人知れず感動していたのだが、ここで気になることが一つ。

 

 このノーザンヒルはとてもファンタジーにありがちなヨーロッパ風異世界であるのにも関わらず、門をくぐったばかりの場所にあるのは倉庫。

 

 少し先を見ても、鍛冶屋や武器屋はあっても、宿屋や道具屋がどこにも見当たらないのだ。

 なんなら、他にも生活に必須な食べ物や消耗品を売っている店すらも無いという有様。

 

 こういう城門の傍というのはなんとなくではあるが、商店なり宿屋なりが立ち並ぶ大通り。

 

 街の顔とも呼べる場所だと思っていたのだが、なんというか、ノーザンヒルの街並みはファンタジーではあるのだが、それと同時にとてもさびれている気がした。

 

「どうしたのクロちゃん。街並みが気になるの?」

 

 そんな風に周りを見回していることに気が付いたのか、タマモは吾輩に問いかけてくる。

 

 吾輩はコクコクと首を縦に振り、鍛冶屋を指指した後に、何かを食べるようなジェスチャーを行い、それがないことを伝えようとする。

 

「ああ。なんで食べ物を売っている店が無くて、ここには鍛冶屋しかないかって?」

 

 コクコクコク。

 

 正確に吾輩の疑問が伝わったことを肯定するべく、赤べこのように首を振る。

 本に転生して以来、吾輩はどうしても対人でのコミュニケーションというのが難しくなっているのでこうして速やかに意思を示せるケースは貴重なのだ。

 

 齟齬なく伝わった時には普段以上のリアクションを取り、コミュニケーションを円滑にする事が重要だというのは、ブレトンで過ごした冬で吾輩が学んだことである。

 

「ノーザンヒルの北は山しかないからね。こっちの門から運び込まれるのは鉱石とか魔物産の素材ばっかりなんだよ」

 

 そして、そんな吾輩の疑問にサラりと答えるタマモの言葉に吾輩はなるほど、単純に手間の問題だったかと納得する。

 

 確かに、ブレトンからノーザンヒルに辿り着くまで、いくつかの鉱山村とでも呼ぶべき集落を目にしてはいたが、街と呼べる規模の人の集まりは皆無だった。

 

 これでは商人などが通ることも少なくなるし、タマモのようにノーザンヒルを訪れる旅人の数も少なくなる。

 

 すると、必然的にノーザンヒルという街の北側はややさびれたものになるというか、北側を中心に生活をする人々を対象とした街並みが構成されるというわけだ。

 

「しかし、クロちゃんは何も食べないし、何も欲しがらないくせに、そういう所が気になるんだね?」

 

 くすりと、タマモが笑う。

 

 確かにそう言われてみるとコレは吾輩の普段の様子を考えるとおかしな話。

 人間からしてみれば、魔物が変なことを気にしていると取られかねない安易な行動であったと自覚する。

 

 やはり魔物は危ない。人間に害を齎しかねないと判断されてはかなわないと、思わず、「言われてみればっ!」「何でこんなことが気になるんだろう?」という感じのリアクションを取って怪しまれまいとしてみるのだが、この警戒は完全な杞憂。

 

「気になるならまた後で南側の方にも行こうか。今はまだ店も空いてないだろうし、まずは鍛冶屋からだけど」

 

 タマモとしては単純に吾輩(源影)の趣味嗜好が気になっただけのようで、特に怪しんでいるわけでもないようだった。

 

 ともかく、そんなリアクション芸をしていると、あっという間に立ち並ぶ倉庫を過ぎ、鍛冶屋へと辿り着いていた。

 

 煙がこもらないようにするためか、住居から突き出るように石で作られた半屋外の空間。

 

 時間帯の問題もあってかまだ火がいれられていないようだが、ゲームでよく見た煉瓦造りの竈。

 

 ここで鉄を溶かし、槌の音を響かせながら鉄製品を鍛えるのかと思うと初めて自らの目で目の当たりにした鍛冶施設の姿に吾輩のテンションは否応も無くあがる。

 

 日本的にイメージする刀鍛冶とヨーロッパの鍛冶は違うというが、こういう職人のための空間というのは、男であれば誰もが興味を抱くもの。

 

 タマモのポシェットから身を乗り出すよう源影を動かしながら、吾輩はその光景を堪能していた。

 

「スミスさーん!いるー?」

「おおう。タマモじゃねえか。なんでまたこんな時期に……なんだその黒いの」

「コレはクロちゃん、あーしにもなんだかよく分かんないから、学校の先生にでも聞くことになってさ」

「あー、そういえば、最近男爵様が王都から連れてきてたなぁ」

 

 だが、そんな吾輩にとっては男の浪漫を体現した垂涎の光景であっても、タマモにとっては大して珍しいものではない。

 

 特に鍛冶屋の設備に興味を示すことはなく、スミスという熟練の雰囲気を醸し出すおじさんに気安く語りかけている。

 

 勿論、その話題の中心になるのは吾輩。

 

 なんでそんな怪しい奴が街にいるんだというやりとりを交わすが、タマモがこの鍛冶屋を訪れたのはそんな世間話をするためではなかった。

 

「まあ、この話は今はどうでもよくてさ、スミスさん。実はこの間あーしの剣が折れちゃったから、打ち直して欲しいんだけど」

「どうでもよくは……、ああ。もう同じ話をしてるのか。分かったよ」

 

 タマモの本命はあくまでもサイクロプス相手に折れた剣の打ち直しだ。

 ノーズという門番との話が繰り返されることを嫌ってか、少女はサクサクと話題を進める。

 

 これについてはスミスも心得たものというか、吾輩に対する疑問は抑えて仕事の話へと移る。

 

「この剣を直せってなら無理だが、打ち直しぐらいならお安いもの……って嘘だろ!?この剣が折れたのか?」

 

 が、そんな仕事の話に移った瞬間、スミスの目が驚愕で見開かれた。

 明らかに異常事態を察したかのような、細かく震える瞳に吾輩も一体何なのだと引き込まれる。

 

「うん。皮付きのサイクロプスを頭から行こうと思ったら、頭蓋骨に阻まれてボキっと」

「この剣が折れるレベルの皮付きか……ちゃんと倒したんだろうな?」

「それは勿論、ってか、仕留めてなかったらあーしは此処にいないって」

「それもそうか……」

 

 もっとも、吾輩がその瞳に引き込まれたところでそれ以上のことはなにもできないので、全ての会話はタマモが行うことになるのだが……。

 

 なんというか、ノーザンヒルに入ってから出会った二人の反応を見るに、あのサイクロプスは吾輩の認識よりもヤバい奴だったのではないか。

 

 それと全うに戦えていたタマモやブレトンの人はもっとヤバいんじゃないか。

 この世界の一般人がどの程度なのかというのは、本当に早めに認識するべきなんじゃないかと思わされる。

 

「あ、そうだ。身に着けてた皮は火剣大虎の皮だったんだよね。来月か再来月あたりに多分運び込まれると思うから楽しみにしといて。素人目だけど、結構状態も良かったよ。」

「そりゃ楽しみだ!火剣大虎の皮なんて、一生に一度、切れ端をお目にかかれるかどうかだからな!」

 

 二人の会話の中で出てくる話題によれば、先日のサイクロプスが皮付きと呼ばれる所以。

 腰蓑やマントに使っていた魔物の皮……サイクロプスがブレトンにくるよりもに仕留めていた魔物もかなりの希少種らしいからな……。

 

 ブレトンの人達を基準に何かをすると、とんでもない失敗をしかねないのが本当に怖い。

 

「で、この剣……どう?打ち直せる?」

 

 とりあえず、もう終わった事なのだから考えるのはよそう。

 倒せたならそれでよかったじゃないかと吾輩が考えている間にも話は進む。

 

 タマモの打ち直せるのかという問いに対し、スミスは大きく一度息を吸ってから、真剣なまなざしで答えた。

 

「単純な鉄製ならいいんだけどな。これはどうみても魔鉱製だからな。直ぐには無理だ。これを溶かせる火種から取り寄せる必要がある」

「え、そんなに立派な奴だったの?」

「多分、ウチの男爵様が家宝にしてるのと同じぐらいだな」

「うええ……」

 

 いや、よくねえ!

 

 今の話を聞く限りではどう考えてもあのサイクロプスはとんでもなく厄介な相手。

 倒せたならそれでよいで済ませたらよくない相手だったんじゃねえか!

 

 吾輩のぶっつけ本番で魔力を注ぎまくった源影の力もあったとはいえ、もしかしなくても、討伐できたことが不思議枠では!?

 

 でもあれか? 男爵って確か貴族の中だとわりと下の方の扱いだったよな?

 

 それがこのノーザンヒルの領主で、下っ端貴族の家宝にしているのと同格の剣と考えると、強いには強いにしてもそこまで強い魔物というわけではなかったのか?

 

「それ、絶対結構な額になる奴じゃん。流石にそんな大量のお金は持ってきてないよ」

「安心しな。お前の見立て通り、火剣大虎の皮の状態がそれなりに良いなら、それだけでお釣りがくる」

 

 なんかこう、二人の会話に出てくる魔物も「それなりに大物っぽい」ことは分かっても、実際にどの程度なのかが全然分からないんだよな……。

 

 男爵家なんてアニメや漫画で登場しても殆どが木っ端みたいな扱いで、伯爵や侯爵みたいな大物が話の中心。

 

 そのクラスの大物貴族でも対応できない魔物を倒すには伝説の武器が必要……みたいなストーリーは珍しくもなかったけれど、男爵領の人々がびっくりするような魔物、剣の希少性ってなに……???

 

 この世界の事、なにも分からねえ……。

 

「心配するべきはむしろこれを打ちなおす時の触媒の入手だな。こんなものウチじゃ常備してないし、結構時間がかかるぞ」

「別に急ぎってわけでもないし、打ち直しは後でいいや。ギルドに預けとくから、間に合わせるための剣をちょうだい。」

「予算は?」

「魔石払いで買える範囲で一番いい奴」

 

 などと吾輩が混乱していると、どうやら剣の修復については結構時間がかかる。

 だったら間に合わせの剣を購入するといった形で話が纏まったようで、タマモがポシェットから不思議な輝きを放つ、かなり大きな石を取り出した。

 

 あ、サイクロプスの解体をする時、素材としてはぎ取ってたやつだ。

 

 吾輩(本体)の隣でゴロゴロした奴があるから気になってたんだけど、アレが所謂「魔石」という奴だったのか。

 

 なるほど。ファンタジー世界らしく、あーいう魔物素材で物々交換を行うのもありなのかと納得しかけたのだが……。

 

「貨幣経済を知らん田舎娘が……!!」

「ブレトンに金貨や銀貨なんて便利なものが余っていると思うなよ……!! いいじゃん。ぼったくれるんだから!!」

「小娘相手にぼったくれるか!後で釣銭になるものも用意しとくから、今はそこに立て掛けてある剣を持ってさっさと帰れ!!!ウチの店で一番いい奴だ!!」

 

 どうやら、この世界でも魔物素材を使った物々交換というのは流石に珍しいようで、謎の煽り合いが行われるのだった。

 

 いや、分かるんだけどね。

 田舎だと通貨そのものの絶対量が足りなくなるから、払えるものは物々交換。

 村の中で使う分の通貨は別に残しておくという理屈はよくわかるんだけどね。

 

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