吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
鍛冶屋との謎の煽り合いを終え、新たな剣を調達したタマモが向かったのは、今回の目的地でもある所謂冒険者ギルドだった。
外観はなんというか……よく言えば無骨、悪く言えば「建物がしょぼい」としか表現しようがないもので、吾輩のテンションは微妙に低下する。
吾輩の中にある冒険者ギルドのイメージといえば、荒くれものの集う酒場と複合したようなものか、逆に小奇麗で誰もが憧れるようなものなのだ。
正直にいえば、初めて見るファンタジー世界特有の施設としてかなり期待していたのだが……これではさびれた田舎の役所も同然である。
いや、どうみても開拓者の村という装いだったブレトン近郊(?)にある街というのは実際に田舎なのだろうが……。
ともかく、そんな内心でがっくりとしている吾輩はともかく、タマモは「AGN(Adventurer Guild Northern hill の略だろうか?)」と書かれた建物、冒険者ギルドの扉を潜った。
「すみませーん!ダイヤさんはいますかー?」
「タマモちゃんじゃない。また珍しい時期に来たわね。ギルド長ー? タマモちゃんが来ましたよー!」
そこにいたのはアニメや漫画であればヒロインになるかもしれない見目麗しい若い女性……ということは特になく、とても親しみ易そうなおばちゃんだ。
タマモも慣れた様子で声をかけていて、それなりに親交があるのが伺える。
そんな当然と言えば当然の事実に吾輩の精神は少々のダメージを受けた。
勿論、これは冒険者ギルドの受付がおばちゃんだったからという理由ではない。
吾輩は一冬をブレトンの村で暮らし、それなりに馴染んだと思っている。
ブレトンの人々の交友関係も眺めているうちにある程度は把握したつもりでいた。
しかし、せいぜい半年かそこらの付き合いではどこまでも限界がある。
吾輩はこの世界の事も、タマモの事を何も知らないと再認識させられてしまったのだ。それ故に吾輩は内心でどこか寂しい気持ちになりながら、受付のおばちゃんに呼ばれて現れたギルド長の姿を見て……。
「あら~?こんな雪解けしたばかりの時期にどうしたの? 商隊はこれから向かう所よ? それとも、冬の間に何か足りないものがでちゃった?」
コレだよ。
異世界ファンタジーなんだからこうであってくれなくちゃと感動に打ち震えた。
なんと、ダイヤと呼ばれたギルド長、何処か間延びした話し方をする彼女は頭から白い兎耳を生やしていたのである。
それはまさしく一種のテンプレ、異世界の冒険者ギルドであれば、こういう人がいて欲しいという吾輩の妄想を具現化したような見た目だったのだ。
「いや、全然。あーしが来たのは足りないものがあるとかじゃなくて、この子のせいなんだ」
「なに、その黒いの」
「……魔物?」
そしてそんな兎耳の女性と、吾輩(源影)が一人で動いていることに気が付いた受付の人からは本日三度目となる疑いのまなざし、ブレトンの人々とは子供たちを中心に仲良くなっていたが、初見ではこうなるのも当然。
早めに人間に対する悪意はないと示すため、愛嬌をふりまこうとしたのだが……。
「ごめん。今日はクロちゃんの話はもう2回やってるから、事情はパール婆ちゃんからの紹介状で確認をして欲しいかな」
「パールちゃんからの?」
朝から連続で同じ話をしているタマモにもこの話題は面倒なことこの上ないようで、押し付けるように吾輩についての事情が書かれた紹介状をダイヤに手渡した。
その様子に本当に不審な生物ですまない。しかもこの吾輩(源影)は吾輩(本)の本体ではないという事を結果的に隠していてごめんなさい。
でもどうやって伝えればいいのかマジで分からないから許して欲しいと罪悪感が沸いてくる。
しゃべれないのはどうしようも無いにしても、せめて筆談による意思疎通が出来ればと思うのだが……。
吾輩が「本」であるが故か、あるいは「転生者」であるがためか、話を聞いたり、文字を読むことはできても、どういうわけか文字を書くことだけはできないのだ。
これは転生物のアニメや漫画で「自動翻訳」が悪さをしている時に起こりがちな症状であるため、この点についても少しでも確認を取るため、ノーザンヒルにいる「偉い先生」とやらが吾輩(本)を読むことができるかどうかを確認。
少しでも分かることを増やしたいと思うのだが……、こればっかりは今考えていても仕方がない話である。
しかし……タマモの祖母であるパールを友達感覚で「ちゃん」呼びか……。
これは恐らく、このダイヤという冒険者ギルドの長は亜人やエルフによくある見た目と実際の年齢が一致しないタイプの長命種ということなのだろう。
タマモはブレトンでの行動を見る限り見た目通りの年齢なのだろうが、ダイヤが若いのは見た目だけであり、実際には老婆という表現が相応しいパールと推定同年代。
少なくとも「ちゃん」付けで呼べる関係であるのが色々な意味で恐ろしい。
「その黒いお人形さんから渡された本の調査ねえ。アルケミー先生は先日遺跡調査にでちゃったから、もう1週間ぐらいかえってこないわよ?」
「あちゃー。時期が時期だから、タイミングが被っちゃったか……。流石に戻ってまた来て戻っては面倒だからな……。あーしも四日走り通しは流石にちょっとだしどうしようかな」
「じゃあ、先生が戻るまで街でゆっくりして遊んで行ったら?」
「遊び……っていってもなぁ。あーしは流行りものとか知らないし、正直街は窮屈なんだよなぁ……」
と、吾輩がそんなことを考えている間にダイヤは紹介状を呼んで事情を確認したようだったがここで少し残念な事実が判明。
その偉い先生とやらは雪解けに合わせた遺跡調査で遠出中、この街から一時的に離れているとのことだった。
そして、そのタイミングの悪さにタマモは露骨に顔を顰める。
ブレトンで暇さえあれば剣を振っていた彼女としては、ある程度人間の往来があり、剣を自由に振れない街という場所に居続けるというのはストレスなのだろう。
だからと行って一度ブレトンに戻るというのも面倒であると考えると、吾輩は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「タマモちゃんも冒険者登録はしてたわよね? 軽い依頼でも受けて、お小遣い稼ぎでもしていったら?」
「婆ちゃんと一緒ならまだしも、未成年のウッド1人で受けられる依頼なんてあるの?」
「まあ、都市清掃か軽い荷運びぐらいね……」
「未成年は冒険者登録まで、昇格は成人してからとかいう規則は辞めない?」
「私たちが決めてる訳じゃないから駄目よ」
では、ファンタジーらしく「冒険者として依頼を受ければよいのではないか」という話についてもどうやら色々と規定があるらしく、幾ら強くとも未成年が相手であれば「強いから」という理由だけで運用を捻じ曲げない程度には全うな在り方をしているようだった。
これには思わず、吾輩も胸を撫で降ろさざるを得ない。
吾輩の知るファンタジーの冒険者ギルドには幼い少年少女から、住所不定のおじさんまで全てを許容。
名前を書けなくとも代筆でほいほいとギルドへの加入を認め、使い捨てにする寄り合い所帯も多いので、少しだけ心配だったのだ。
タマモが強いことは吾輩も分かっているが、明らかにヤバい組織で暇をつぶすなんてことをさせたら申し訳ないにも程があるのでね……。
そういった意味で、この世界の冒険者ギルドが全うなタイプの組織であることは幸いと言えた。
「では、タマモとやら、私と一緒だったらどうかな?」
「うん?」
だが、そんなことを言ってもタマモからしてみればこれからお偉い先生が戻ってくるまで暇を持て余す事実は変わらない。
どうやって時間を潰そうか、街にいてもやることがないと困っているタマモだったが、そこに声をかける男が一人。
ややパーマのかかった金髪にベージュのジャケットをラフに着込み、首元には光るネックレス。背には弓を、腰には剣を下げたその姿は如何にもという感じの冒険者スタイルである。
ここまでテンプレファンタジー然とした冒険者が拝めるとは思っていなかったので、普段の吾輩であれば、それだけでテンションが上がるのだが……。
残念ながら、そんなファンタジー然とした冒険者の姿以上に、強く思うことが一つ。
コイツ……ちゃ――ちゃらい!!
口調こそ丁寧ではあるが、ヘラヘラとした笑みを浮かべ、軽薄さが隠しきれない姿はまさしくチャラ男という表現が相応しい青少年。
その容姿も含め、ファンタジーのテンプレ的にはかませキャラ一直線な要素を全部盛りしたとしか思えない、量産型の軟派男がそこにいた。
「あら、ルシアンさま、また抜け出してきたんですか? お父様に怒られますよ?」
「なあに、これは将来のことを考えた社会学習。何の問題もないさ。あと、様づけはよしてくれ、この場にいる時の私はただの冒険者だ」
「ルシアンさま?」
しかし、そんな軟派男に兎耳のギルド長は「さま」を付けた丁寧な対応を行う。
それに対する軟派男……ルシアンはといえば、そんな対応が不満なのか、自分はただの冒険者だと主張するのだが……。
ははん?
これは所謂お偉いさんの息子という奴だな?
すげえ。ここまでテンプレな存在がいるのかと関心するしかないほどだ。
これはきっと、貴族が道楽感覚で冒険者をやっていて、それでギルド長に迷惑をかけるとか、そういう奴に違いない。
「今年成人され、この間アイアンに昇給したばかりのノーザンヒル男爵家の三男坊よ。タマモちゃんは初めて会うの?」
「……たぶん?」
「ハハハハ、気を使わなくていいよ。間違いなくこれが初対面だからさ」
ほらやっぱり!
普段は1人の冒険者として扱ってくれとか言っているわりに、いざ揉め事があると即親に密告、虎の威を借るタイプの奴だってこれ!!
吾輩は多数のアニメや漫画を嗜んできたので詳しいんだ。
「なら、なんであーしと一緒に?」
「私は三男だからね。将来的には家を出て、己で身を立てねばならない身。武芸にはそれなりに自信があるので、冒険者として身を立てるのもアリかと思って色々と顔を繋がせて貰っているんだ」
などと、本当に、本当に失礼な事を考えていた吾輩ではあったが、ルシアンが語る冒険者ギルドにいる理由を聞くとそれは極めて真っ当なもの。
ファンタジーでありがちなトラブルメーカー特有の遊びや道楽で冒険者をやっているのではなく、現実的な理由で早いうちから社会学習として活動を行っているとのことだった。
そうだよな……。
吾輩は先入観でとんでもなく失礼なことを考えてしまったが、常識的に考えてファンタジー的な中世ヨーロッパ的な世界では、貴族の息子だってそんなに遊び惚けられるわけがないもんな……。
一生を当主のスペア、あるいはスペアのスペアとして部屋住みとして一生を過ごすことを考えると、どこかのタイミングで独立したいと考える方が自然だよな……。
パソコンもスマホもない時代の部屋住みとか、普通に暇と退屈を持て余す地獄だろうからな……。
「そうしたら、将来有望そうな亜人の女の子がいるものだからな。少し、恩を売っておこうと思ったわけさ」
「あーね」
「私の知る限り、この街で亜人に至っているのはギルド長であるダイヤさんだけ。それなのに、まだ未成年で亜人に至るだけの魔力を秘めているなど、これは大チャンスとしか言いようがないではないか!」
そして、ポシェットの中で大人しく彼の話を聞いていて分かったのが、どうやらこの世界でいう「亜人」というのはどうにも「種族」を差すものではなさそうなこと。
ブレトンで獣耳を持つ者はタマモしかいなかったので吾輩は勝手にそういうもの。
少数民族か何かだろうと思っていたのだが、話を聞く限りでは亜人というのは所謂魔力の多寡で人間から変化するもの、進化先や、新形態のようなものであることだ。
そうなると、ルシアンがタマモに声をかけた理由というのも本当に良く分かる。
ブレトンよりも大きなノーザンヒルにおいて、亜人に至っているのが冒険者ギルドの長であるダイヤしかいない程の希少性であれば、タマモに声をかけて顔を繋ぎ、冒険者として一緒に仕事を行いたいと考えるのは至極当然のことである。
「ふーん……でも、大丈夫なの? あーし、自分で言うのもなんだけど礼儀のお勉強からは逃げてたし、お貴族様向けの対応とかできないよ?」
「構わないさ。家を出なければならない身だと言っただろう? 私が貴族などとは思わず、普段通りに対応して貰った方が嬉しいくらいさ」
「そういうことならそうしようかな。どう、ダイヤさん?」
「タマモちゃんだけなら規則の面で、ルシアンさまだけなら安全性の面からアイアン用の依頼を受けさせることは出来ませんが、ルシアンさまをリーダーとしてパーティ登録をするのであれば問題ありませんよー」
このルシアンの登場は冒険者ギルド的な意味でも渡りに船だったのだろう。
ダイヤもこの提案を積極的に受け止め、タマモの判断を後押しする。
将来的には家を出ることになるとはいえ、現在のルシアンは男爵家の一員なのだ。
仮に貴族籍を返上したとしても粗略な扱いはできず、何か依頼をされれば便宜を図ってそれに応えなければならない立場だ。
そこで相手の身分に物怖じせず、なおかつルシアンとパーティを組む理由があるタマモはまさしく割れ蓋に綴蓋。
「タマモちゃんなら、アイアンの依頼ぐらい、軽い物でしょ?」
「分かってるのに受けさせてくれないのがなぁ……」
「規則は規則だからねー」
彼らがこの場で知己を得るのは冒険者ギルドにとって損にならず、実力者を規則に従って遊ばせることもない。
それが冒険者ギルドの長であるダイヤに取って喜ばしい事なのは、パーティの登録及び、依頼の受注処理中もご機嫌に彼女の頭上で揺れる兎耳からも明らかだった。
★
「ところで、そのさっきからポシェットの中で動いている黒いお人形さんは……?」
「この子はクロちゃん。ちょっとワケアリでね。今日は調べモノをしに来てたんだ。」
冒険者ギルドの手続きが進む中、立ち話をしている彼らの話題は吾輩へと移る。
タマモは「またか」と言わんばかりの表情を見せるが、流石に貴族に対してもう今日は何度も同じ話をしたから面倒というわけにもいかないのか。
あるいは簡易的に事の経緯が掛かれた紹介状をギルド長に渡してしまったこともあってか、簡単にではあるが、吾輩についての事情を語った。
「調べもの……ああ、アルケミーの爺……いや、先生に聞きに来たのか」
「そそ。あーしは何か色々と詳しい先生がいるらしいってことしか知らないんだけどさ」
「タイミングが悪かったな。先生は昨日遺跡の調査にでたばかりだ」
「ダイヤさんからも聞いたよそれ」
「ハハハハ。すまないね。なんども同じ話をさせてしまって」
そんなタマモの若干の不機嫌さを察したのか、ルシアンは爽やかな謝罪を行う。
なんというか、その様子は吾輩のイメージする貴族と違って本当に腰が低く、とても庶民的なものだった。
男爵家といえば、アニメや漫画では木っ端貴族として描写されることも多いが、日本的な規模で言えば数万石の大名クラスに該当することが多い立場である。
やがては家を出なくてはならないからといって、そんな大名クラスの家に生まれたお坊ちゃまが他人の気持ちを察しながらここまで自然に話せるという事実に衝撃が尽きない。
見た目がチャラいからと、先入観でとんでもない評価をしたのが本当に申し訳なくなるほどだ。
吾輩が本で良かった。
本じゃなかったら最初にとんでもない評価をしていたのが顔に出ていたはずだ。
「まあ、とりあえずクロちゃんは少なくともあーしが見ている範囲では物を壊したり、魔物を呼んだりしたことはないかな」
「そんな危険な生き物が街にいたら大変だからな。もし、そんな生態をしているなら、私は門番を叱らなくてはならなくなる」
「ちなみに、こっちからの言葉は通じてるし、ジェスチャーで簡単な意思疎通ぐらいはできるから、変なことを言って怒らせないように。あーしは精霊さまを相手にするようにしろって言われてる」
「なんと……」
故に、そういった申し訳なさもあって、タマモから促された吾輩はペコペコと頭を下げるのだが、そんな不思議生物の行動にルシアンは目を丸くする。
黒い謎の生命体(源影)が街の中に入り込んでいる上、意思疎通もできるとならばさもありなんという奴である。
もっとも、吾輩の本体はタマモのポシェットの奥底に沈んでいる本の方なのだが。
「では。クロ殿。私はノーザンヒル男爵家の三男、ルシアン・ノーザンヒルだ。今日はタマモと一緒に活動させて貰うのでよろしく頼む」
ともかく、そんな話をしているとルシアンが丁寧に改めて頭を下げてきたので、吾輩も今日はよろしくお願いしますという意図を込めて頭を下げた。
「なるほど、これは確かに不思議な生き物だ。先生に話を聞きに来るというのも分かる」
「そのアルケミー先生ってそんなに凄いの?」
そうして顔合わせを終えた所で、話に上がるのはアルケミーとやらについて、ノーザンヒルにいるという偉い先生の話である。
実際、これは吾輩も気になる所なのだ。
その先生がどれだけ優秀なのか……地元の名士ぐらいの存在なのか、それとも都市部で通用するレベルなのかで吾輩の正体がわかるかどうかは大きく変わってくる。
正直、地元の名士、学校の先生ぐらいだと期待薄だろうと思っているので、後者であってくれるほうが望ましいのだが……。
「凄いぞ? 元々は王都の中央学園で教鞭を振るっていたようなお方だ。まあ、割と変わっている方なので派閥争いで追い出されてしまったのだが……」
「ああ、それでそんな凄い先生がこっちにいるんだ」
「うむ。王都から見れば我が家など辺境も辺境、都落ちになるのもあって、特に妨害などもなくあっさりと招聘できたんだ。我が領内にいるのが奇跡なほどに学識があるお人だぞ」
「うへえ。あーしは勉強とかしたくないから、クロちゃんのことを聞いたらさっさと帰ろ」
幸運にも、ノーザンヒルに滞在している先生というのはとても優秀なようだった。
タマモは勉強が嫌いなようで苦手意識があるのか露骨に顔をしかめているのでリアクションを控えざるを得ないが、内心ではこれは期待できるとガッツポーズである。
「そこは心配しなくても大丈夫だ。アルケミー先生は中央学園で教鞭を振るっていたが、教えるのは大嫌いなタイプなんだ」
「え、先生なのに!?教えるのが大嫌いなの!?」
「アルケミー先生は冒険者としてもブロンズ級のお人でだな。市井に優秀なものがいると王都に召し出され、そこで知識が認められたから学園で教師をすることになったんだ」
「ああ。腕自慢がお貴族様に強いから仕えろと言われて、そんなに強いなら騎士様にも剣を教えられるだろうと言われるけど、そんな暇があるなら別の事をしたいと思う奴ね!」
「そして、そんな態度を隠さずに教鞭を振るい、しかもそれなのに学識の高さ故にそれなりの地位まで行ってしまったものだから、派閥争いが起こったとたんに……な」
「あははは!いいじゃん。そういう先生となら話が合うかもね!」
しかし、そんな苦手意識もノーザンヒルにお偉い先生がいる事情を聞くと一転。
アルケミー氏は分野が違えど自分と似たような価値観を持つタイプだと知ると、タマモの顔に笑顔が戻る。
そのあまりの変わりようにはルシアンも苦笑い。
というか、吾輩も内心で苦笑いである。折角タマモに気を使ってリアクションを控えたのに、控える必要などまったくなかったのだから。
「でも、そういう先生って自分の興味があること以外は嫌がりそうなんだけど、クロちゃんのことを聞いたりするのって、面倒くさがられないかな?」
「アルケミー先生が教えるのが嫌いというのは、同じことを何度も繰り返すのが嫌という意味でだから、新しい事を聞く分には問題無いと思うぞ」
「王都にある学校の先生だもんね。毎年毎年、新しく入ってくる子に同じ授業をするのが面倒だったってことか」
「その通り、その時々で必要な内容を尋ねる分には親切に答えてくれる良いお人だ。」
分かる。
新人教育は面倒だが、意欲を持って質問される分には丁寧に答えたい。
これは吾輩にとってもよく分かる感覚で、ある意味ではそもそもが教師になりたいと思う人以外にとっての普遍的な真理とすらいえるもの。
確かに教師としては向いていなかったのかもしれないが、優秀だという一点で地位を得る程の人物。
そんなアルケミー氏であれば何もわからない自分自身のことについて何か分かるかもしれないと、吾輩の期待は否応もなく高まった。
しかし、そんなアルケミー氏も今は不在。
彼が自分の研究を終え、帰ってくるまではルシアンと共に冒険者ギルドの依頼をこなし、時間を潰さなくてはならないのだが……。
「ところで、タマモはどこの生まれなんだ? この近郊ではあるのだろうが、同年代に亜人がいるとは聞いたこともなかったのでな」
「ブレトンだよ」
「ブレッ……トン!? ということは……あの……いや、嘘をつく理由もないか……」
二人の会話の中で絶句するルシアンを見て、やっぱりタマモの身体能力はおかしいんだなと吾輩は再認識する。
いくらファンタジー世界とはいえ、流石にアレは常識外れなのだと。
「まあ、ブレトンは遠いからねえ……」
「遠いとかいう次元の話ではないのだが……まあ、いいか」
なお、そんな吾輩でも気が付く事実にタマモ本人は無頓着というか、自分がどれだけおかしいのかはあまり自覚していないようだった。
より正確に言えば、入場検査時のやりとりからみて、自分が「ぶっ飛んだ身体能力を持っている」ことは分かっているのだが、「どの程度ぶっ飛んでいるか」の認識が曖昧という感じだろうか?
これにはルシアンも呆れ顔である。
「ともかく、アイアン相当の依頼を受けるにしてもだが……実際、タマモはどこの依頼までいけるのだ?」
「んー。まあ、ルシアンの腕次第じゃない? 素人を守りながらとかだと大分厳しいし」
「私の腕か……。まあ、アイアン相当……いや、恐らくは
「あれ? 意外と自信がないんだね?」
「やがては家を出ることが決まっているとはいえ、今はまだ男爵家の人間だからな。どうしても優遇されてしまうんだ」
「あー。偉い人特有の面倒くさい奴ね」
「そういった意味でも、キミみたいな同年代の子と顔を繋げるのは私にとって重要なのさ」
フッと、やや自嘲気味にルシアンは笑う。
その笑みは今までのどこか軽い様子はなく、思わず吾輩は悲しい気持ちに襲われる。
もしかしたら、この軟派な雰囲気は貴族として生きる彼にとっての精一杯の努力。
庶民の間に溶け込もうとする試行錯誤の結果なのかもしれない。そう思わされてしまったから。
「まあ、そういうことなら、この依頼表の中からだと……まあ、
「ホーンディアか、いいぞ!それなら私もこの弓で狩ったことがある!……勿論、護衛と一緒にだけどな!」
だからこそ、吾輩はタマモが物怖じせずにルシアンに提案している姿をとても好ましく思った。
明らかにぶっ飛んで強いが、年齢的に見習い扱いの少女と、ランクとしては一人前でも貴族故に下駄を履かされている少年。
片方は貴族で、片方はただの……村人(?)
いいじゃないか。こういうの。
吾輩も混ざりたい。一緒に冒険して言葉を交わしたいと。
そう、思わされたのだ。