吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
そんなこんなでパーティ登録を終えた二人はノーザンヒルの外へと出る。
先ほどまでと同じように、とりとめのない雑談で親睦を深めつつ。
慣れた様子で山の奥へ、森の奥へと進んでいく。
意外なのは、自分は貴族だから冒険者ランクの昇格にも下駄を履かされただけだと、そう言っていたルシアンがタマモに遅れる様子がまったくないことだ。
勿論、タマモも先日のように山道を駆け抜けるようなことはしておらず、平地と同様に歩いているだけであるが、常識外の身体能力を持つ彼女の「歩き」に付いていけるのはただ物ではない。
なにせ、ノーザンヒルという街そのものは流石に平たい場所に作られているとはいえ、その周囲は名前の通りに山岳地帯に囲まれている。
人間の生活圏から少し出て、街道から離れて少々の里山を過ぎるとあっという間に世界は森に染まってしまう。
しかも目的地は
そんな危険地帯を雑談交じりにズンズンとペースを落とさずに進んでいくのは、相当に歩き慣れていない限り不可能に近い。
「そういえば、ルシアンの剣の腕はどれくらいなの?」
「一応、家庭教師から指導自体はされている。だが、実戦で切った張ったはやったこともない。あくまでメインは弓で、剣は良い所で護身用といったところか」
「家庭教師……お貴族様だ……」
故に、ルシアンに対する初見の印象はどこへやら、今の吾輩はこの言葉も話半分に聞いている。
確かに貴族として正面からの切った張ったの経験はないのだろうが、「良い所で護身用」は流石に嘘だろうと。
実戦経験が足りないという本人の自己認識では護身用にしか使えないと思っているが、腕自体はアイアンというランク相応。
むしろ成人したばかりであり、彼がまだ若い事を考慮すると相応以上に使えるのではないかというのが吾輩の推測である。
「タマモはどうなんだい?ブレトン出身ということは、十分な実戦経験があるのはダイヤさんが素直に許可を出したことからも推測が付くが……」
「あーしは生まれつきの亜人だからね。気が付いた時には刃物を振り回してたよ。もしかしたらナイフやフォークより早いかも?」
一方のタマモはといえば……。
こっちはこっちで修羅なんだよなぁ……。
狐耳をピコピコと動かしながらいう言葉じゃねえ……。
亜人だから気が付いた時には刃物を振り回してたとか軽くいってるけど、それってつまり「ブレトンではどんなに幼くても戦力を遊ばせる余裕が無かった」ってだけじゃん……。
「はははは、私が礼儀作法を躾けられていたころからの剣士か、それは頼もしい!」
「ま、そうじゃなくとも成人が近くなった時点で実戦を経験したことない人なんて、ブレトンには一人もいないと思うけどね」
そして、それに対するルシアンもドン引きしたりはせず、平然とそれを認めているのが恐ろしい。
貴族的価値観で見てもそれが当然とは、身近に魔物が存在するファンタジー世界ってこええよ……。
どうやったらここまで物騒な話題を楽しみながら、山奥へと進んでいけるんだよと思わず顔がないのに真顔になる。
生まれ育ちが違うのだから仕方がないとはいえ、こういう話題の違い、認識の違いにはどうしても疎外感を感じてしまう所だ。
そんな吾輩の疎外感に気が付いたのだろうか。
タマモのポシェットの中でボーっとしている吾輩を見て、何かハッとした様子でルシアンが語りかけてきた。
「クロくんはどうしたんだい?何か不機嫌そうだけど」
「あーしとルシアンが仲良く話してるからじゃない? クロちゃんは多分寂しがりやだからさ」
吾輩の内心がバレた……。
別に不機嫌なわけではないのだが、話の輪に加われない疎外感。
いや、元より話すことができないこの身ではあるのだが、それでもなんというか、2人が仲良く話している時に1人で余るというのは精神的によろしくないのだ。
ブレトンにいた時は「吾輩が存在しないことが前提」の場面が多かったし、幼い子供たちがきゃーきゃー騒いでいたので気にならなかった。
しかし、こうして2人が楽しそうにしている話題に付いていけないのは……こう、なんだろう。
若者の話についていけずに遠い目をして一人で酒を飲んでいるおじさんみたいな感覚になってしまうのである。
「そうだったな。私たちだけでしゃべってよいものではなかったな。では、どうしようか。ホーンディアの生態についてでも話そうか?」
だからこそ、気を使われてこういう話題を振られると、それだけで「吾輩のような謎生物に配慮させてしまってごめんない」という申し訳ない気持ちになるのだが……。
貴族であるのに気配りのできるルシアンらしく、話題として提示したのが普通に気になる内容だったので、吾輩はコクコクと赤べこのように首を縦に振ってしまう。
吾輩はショート動画なんかで動物解説が流れてくると、ついつい流し見てしまうタイプだったのだ。
「いや、ちょっとまって」
「うん?どうしたんだい?」
しかし、そんな吾輩を交えた話題が始まろうとした矢先、タマモの目が鋭くなる。
今の状況を確認するように周囲を注意深く見まわしていく。
「森の様子がおかしい。クロちゃんが不機嫌そうだったのはこのせいかも」
「森が?」
「あーしはこっちの森はあんまり知らないけど、何か荒れてる気がする」
「私にはわからないが……。クロくんはそれを察した可能性があると」
え、何がおかしいの?
っていうか吾輩が不機嫌だったのはただ二人の会話に混ざれなかったからだよ!?
周囲の様子はといえば、なんというか、吾輩のイメージする普通の森。
とても静かで、2人の話し声を除けば風が葉を揺らす音が聞こえるだけで、人々の営みから離れた自然そのままの姿であるようにしかみえない。
だが、タマモが続けて放った言葉を聞き、吾輩は自分の認識がそもそも間違っていることを悟った。
「うん。こっちの森はこういうものかと思ったんだけど、やっぱりおかしいね。あーしたちがこれだけしゃべりながら森に入ったのに、
そう、人間の手が行き届いていない管理されていない森だからこそ、この場所は吾輩のイメージする静かな森であってはならない。
この森が真に自然な状態であるのなら、わいわいと雑談を交わすタマモとルシアンを見て逃げ出す動物や、バサバサと羽ばたいて飛び立つ小鳥が存在しなくてはならないというタマモの言葉は否定しようがない説得力を持っていた。
「そうか。私たちが入ってきたのだから、鳴いて危険を知らせたり、飛び立つ鳥のようなものがいない方がおかしいのか」
「おい、地元民!」
「すまない。普段は得物が追い込まれて向かってくるものだから、自分から入る森というのはこういうものかと……」
「やっぱりお貴族様だ……」
「だが、助かった。クロくんは頼りになる。」
辞めて!!
そんな風に吾輩に感謝をしないで!!
吾輩も完全に気が付いてなかったから!!!
「ハハハ、感謝されるようなことをしたわけではないと。クロくんは謙虚だな」
しかし、そんな勘違いは吾輩がしゃべれないが故に是正されることはなく。
必死に首と手を横に振っても吾輩の意思は誤認されてしまうのであった。
「だが、周囲から生き物の気配がしないというのは一体どういうことだ?」
「単純。あーしたちが入る前に森を荒らし、動物や魔物が逃げる原因になった奴がいるってこと。だから、直ぐに逃げる用意はしておいて」
「分かった。気を付けることはあるか?」
「剣は抜かない方がいいかな。逃げる時は逃げることに集中した方がいい。街もそう離れてないし、最悪捨てちゃってもいいかも」
そんな空気を軽くする話が行われた後。
二人は真剣な表情をして自分たち以外に森を荒らした存在がいるという現状、そしてそれに伴う対応策を確認する。
タマモはルシアンに逃げる準備をするように促しつつ、足元から石を広い厚め、速やかにポケットへとねじ込む。
「……」
そして、そのうちの一つを握り、構えた。
2人の話し声もなくなり、小鳥の囀りもない、風が木々を揺らす音だけがするという、一度気が付いてみれば静かな異常空間。
数秒か、数十秒かの静寂の後……。
「そこっ!」
風が止み、木々を揺らす音すらも聞こえなくなったその瞬間。
何かに気が付いたタマモはその先に向けて迷いなく石を投げつけた。
「ギャッ!ッギャイ!!!??」
直後、投げつけた先から鮮血と共に、子供のような見た目で、野太い悲鳴を上げる緑色の怪物が現れる。
その姿はまさしく、ファンタジー世界では王道の存在。
かつて吾輩のいた洞窟でも見たゴブリンのそれであった。
★
「ゴブリン……ルシアン。コレ、どうなの?」
「少なくとも私はこれだけノーザンヒルに近い所にゴブリンが侵入しているという話は聞いていない」
「となると、街の哨戒網を掻い潜ってここまで来てるわけだから、少なくともリーダー級の個体はいそうかな……」
「参ったな。群れの規模によっては厄介だぞ」
ゴブリン、それはファンタジー世界では王道の存在であり、種を問わずに生殖行為の対象とすることから、爆発的な繁殖力を誇る魔物である。
体格は子供程度であり、単体では見た目相応の知能と力しかないが、場合によっては国家すら飲み込む巨大な群れを形成するケースすら存在している。
その中でも特に恐ろしいのが、「ゴブリンキング」「ゴブリンリーダー」「ホフゴブリン」「ゴブリンメイジ」など多様な派生種が通常のゴブリンからの変異でもって発生し、それらは人間とも遜色のない知能を発揮すること。
群れの規模に対して派生種の数自体は大したことがない場合が多いとはいえ、高い知能を持った派生種に指揮される群れという構図は厄介極まりない。
勿論、この世界において吾輩がゴブリンについて知っていることは少なく、せいぜい最初の洞窟に住みついていた個体が存在するという程度の知識だ。
吾輩の知る王道のそれと同じとは限らないが、2人の反応を見る限り、恐らくは一般的にイメージされるゴブリンのそれと同じような生態を持っていることは間違いない。
幸運であるのは、2人に「ゴブリン=雑魚」というような意識はなく、険しい顔をしている事か。
森の様子がおかしい理由がゴブリンなら問題ナシと警戒心を緩めるようなことが無いのは、前世でお世話になった薄い本を知る吾輩からすると安心させられる。
不運なのは、シンプルにゴブリンが脅威であると認識されていること。
つまり、ノーザンヒルにとってもゴブリンの群れは十分な脅威であるということだ。こんな山と森だらけの場所に城塞都市……しかも防衛力に優れた星型城塞があってなお、貴族であるルシアンから「厄介である」と評価されるのはただ事ではない。
厄介であると評価がなされるのはノーザンヒル、あるいは他の都市がゴブリンの群れによって大きな被害を出した歴史があるからこそなのだから。
「コレ、あーしが討伐に向かってもいい奴?」
「あ、あぁ。ゴブリンの討伐ははぐれならウッド相当、群れになっていてもアイアンならば依頼票無しでも行うことができる。むしろ、討伐は推奨されているぐらいだ」
「いや、そうじゃなくて。ルシアンはゴブリンとどの程度戦えるのかって話」
「……難しい、か? 2匹や3匹ならともかく、これだけ足場の悪い所で剣を使って群れを相手にする自信はないな」
「よし。じゃあさっさと帰ろう。あーしも誰かを守りながら、群れの規模が分からないゴブリンの相手とか絶対にやりたくないし。ダイヤさんに急いで報告しよう」
それ故に、タマモが一人で討伐に向かっても良い物かと確認しだした時には思わずポシェットから身を乗り出したが、話を聞くとどうやら積極的に討伐を行う気はなかったらしい。
ゴブリンの群れを放置しておくと自体が悪化しかねないが故に、ルシアンの腕次第では討伐に赴く選択もあったのだろうが、自信がないという率直な言葉を聞いた彼女は即決での撤収を選ぶ。
彼女の身体能力は人間離れしているとはいえ、先日サイクロプスと戦った時に吹き飛ばされていた事からも分かるように決して無敵の存在ではない。
疲労もすれば、傷つきもする身であり、一匹一匹のゴブリンは容易い相手であっても、その数が増えればどうなるのかは分からない。
なにせ、単体でのゴブリンは見た目相応、子供程度の知能と力しか持たないが、逆に言えば子供程度の知能はあるのだ。
彼らには道具を使い、被服を行う文化がある以上、遠距離からの投擲攻撃に徹されると万が一ということも起こりえることは吾輩にでも簡単に想像できてしまう。
ブレトンの村で多くの魔物と戦ってきたタマモからすれば、それは猶更ということだったのだろう。
「ちなみに道は大丈夫? あーし、前と後ろのどっちに付いた方がいい?」
「道は問題ない、だが、追われて道を外れない自信がないから、後ろを頼む」
「りょーかい」
2人は端的に役割を分担すると、速やかに撤収を始める。
これまで辿ってきた道を逆戻り、駆けださない程度の速足で山を下っていく。
風に揺れる木々の音と、ザクザクという落ち葉や枯れ枝を踏みしめる音だけが周囲に響く。
「んー……これはまずいか?群れの規模はかなり大きそう」
「分かるのか?」
「流石にここまで追われたらね。分かるよ。ほら、足を止めない」
「あ、ああ。すまない」
しかし、そんな森の姿にもタマモは異常を感じるようで、どうやら今の吾輩たちはゴブリンに追走されている状態らしい。
ルシアンが思わず足を止め、周囲を見回してしまってタマモに叱られるが、周りに見えない状態で追われているとなったらそりゃ気になるよね……。
吾輩も思わず周囲を見回してしまったもん。全然わからないけど……。
「かなり広い範囲で囲まれてたっぽいし、多分頭の周る奴もいる」
「変異種……リーダーがいるのか?」
「もしかしたらキング級かも」
「クロちゃんが気が付いてくれてよかったよ。気が付いてなければ、完全に包囲されてた。……そんなに謙遜しなくていいんだよ?」
だから違うって!!
吾輩は本当に何もわかってないんだって!!
くそう。完全に勘違いなのに、吾輩(源影)が意味深不思議生命体だからって評価が上がっていく。
背表紙がぞわわっときちゃうから、そういうのは辞めて欲しいのに……。
「多分、あーしたちが森の外に出るのに合わせて襲ってくるよ。それまでにできるだけ呼吸を整えて、クロちゃんは落ちないように気を付けて」
「ああ、分かった」
ともかく、そんな話をしながらも吾輩たちは山を出て、人間の領域へと戻ろうとする。
勿論、人間の領域と言ってもノーザンヒルのような高い城壁に守られた場所ではない。
建材や燃料として木々が伐採され、人間の手が入った管理された自然、里山への帰還だ。
ざざざざざざ
「っ……!!」
周囲の木々がどんどん薄くなり、それと同時に今までは自然に隠されていたゴブリンたちの姿が視認できるようになると同時に、足音を消すよりも速度を優先し始めたのか、枯れ葉を踏み荒らす時特有の不快な音がなる。
とんでもない数だ、10や20はくだらない。確認できるだけでも100を越える数が、タマモとルシアンという2人の人間を狙っている。
「ギャッギャッイ!!」
「ギャギャギャー!!!!」
視界が開けて斜線が通ったからか、あるいは森に身を隠す必要がなくなったからか、里山へと出たゴブリンたちは次々と身を晒していく。
後方から迫るその多くの手にはそこらで拾ったのであろう木の棒が握られているが、一部のゴブリンたちはどうやって入手したのか余り考えたくない鈍く光を放つ武器、鉄剣を握っていた。
「ギャギャギャー!!!」
だが、彼らのような近接武器を握っているゴブリンは喫緊の脅威ではない。
如何に武装をしているとはいえ所詮は子供の体格、平地で走るのであれば、足の長さという物理的な優位性からタマモは勿論、ルシアンの走力でも逃げ切れる程度。
真の脅威は側面から回り込むようにして石を投げてくる方、武器らしい武器を持っていないゴブリンのグループであった。
当たり所が悪ければそれが原因で負傷、場合によっては昏倒させられてしまったり、それを防ぐために足を止めれば武器持ちゴブリンに追いつかれる。
それなりに知能のある集団ならではな、嫌らしい連携だった。
「はいッ!!」
「くっ……」
しかし、そんな脅威に対するタマモの解答もさるもので、今朝買い替えたばかりの剣を走りながら抜き放つことで爆発的な風の流れを起こして飛んでくる石を絡めとる。
それによって勢いの削がれた投擲物は力なく地に落ち、ゴブリンたちの足止め目的の連携攻撃が効果を発揮することは叶わない。
だが、効果を発揮しなかったのはあくまでもタマモへの話であり、タマモほど戦いなれていないルシアンへは勢いが殺しきれなかった石がばらばらと当たってしまう。
幸い、この攻撃では当たり所が良かったのかルシアンに目立った怪我はないようだが、このままの状況が続けばどこかで不幸な事故が起きかねない。
思わず、まずいぞコレと吾輩が見上げると同時に、タマモが決断を下す。
「これは、逃げ切れそうにないな。ルシアン、荷物を捨てて剣だけ持って走って!」
「わ、私は剣の腕に自信がないと!」
「抜く必要は必要ない! 追いつかれた時にぶんなぐるだけの護身用! 下手に戦われて救援が遅れる方が困る!」
タマモは鬼気迫った表情で剣を持ち、ゴブリンたちへと向き直る。
「しかし……」
「しかしも何もない!助けを呼んでくるのも冒険者の仕事でしょ!」
「ッ……。分かった」
そんな少女を一人置いていくのにルシアンは躊躇するが、タマモの解答は怒声。
お前がいると邪魔になると言外に告げられた彼は、悔しそうな顔をして走り出す。
かくして、1人の少年を逃がすため、あるいは、ゴブリンの群れから街を守るため、1人の少女がゴブリンの群れに立ち向かう戦いがここに勃発した。