吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
あれから、吾輩たちはノーザンヒルに戻っていた。
先ほど遠くから飛んできていた援護射撃というか援護砲撃はこの街のギルド長であるダイヤからのものだったらしい。
道理でタマモの反応が早く、吾輩に離れるように促す言葉が速やかに飛んできたわけである。
「巨大な触腕を持ち、爬虫類系の顔立ちをした、細い足と大量の触手で体を支える真っ黒な怪物ねえ……」
「ダイヤさんも見たでしょ?」
「顔立ちとかは流石に見えないわよ~。こっちからだと植物系の魔物っぽいとしか思えなかったわ……」
そして、ダイヤにタマモが慣れた様子で魔物についての報告を行っているのだが、残念ながらこちらはなんとも要領を得ない。
先ほどの異形の怪物に心当たりがないらしく、困った顔をしながら首を傾げている。
「アルケミー先生なら知っているかもしれませんが……」
「タイミングが良くないわよねえ」
ルシアンがノーザンヒルに滞在しているお偉い先生なら知っているかもというが、それは残念ながら無い物ねだり。
ダイヤの困った顔は変わらないまま、兎耳がダラりと垂れ下がった。
「ブレトンにも皮付きのサイクロプスが出てたなら、山一帯の勢力図が変わってそうなのよねえ」
「あーしらが倒したサイクロプスが火剣大虎を狩ってるわけだしね。あの怪物もと考えると、縄張り争いがとんでもないことになってそう」
「……火剣大虎? 本当なのか?」
「うん。来月か再来月あたりに多分皮が運び込まれるから、信じられないならそっちを確認して欲しいかな」
「あ、いや。すまない。疑ったわけではなかったのだが……、災害級の魔物の間で縄張り争いが起こっている事に驚いたんだ」
吾輩がタマモのポシェットの中で3人の話を聞いていると、どうやらこの3人が困っているのは先ほどの怪物についてではなく、怪物が現れた原因の方らしい。
話を聞く限りは当然の内容ではあるのだが、それに吾輩は虚を突かれた気分になる。
なるほど。確かにそうだ。
吾輩は火剣大虎がどのような魔物なのかは分からない。
だが、ビッグボアやスノウウルフといった魔物の存在、火剣大虎という名前から考えれば、大型トラックほどの大きさはある巨大な火を吐く虎であることぐらいは容易に想像できる。
そんな生物がこの世界に存在するのであればルシアンから「災害級」という評価がなされたのも頷けるというか、現代日本に現れても「災害」クラスの被害がでるのは想像に難くない。
間違いなく警察組織程度では手が出ない自衛隊案件だといえる。
そんな強力な野生生物が縄張り争いの結果としてサイクロプスに破れ、そのサイクロプスをタマモが破ったとくれば……。
あの魔物たちはその巨体を維持するためにどれだけ広大な縄張りを持っていたのか。その広大な縄張りを持つ魔物を倒したことで、空白地帯に一体どのような魔物が流入してくるのか。
ゾクりと、吾輩にはないはずの背筋が冷える感覚がした。
「スタンピードもありえるのが困るわねー」
「スタンピード?」
「おや、タマモは知らないのかい?」
「単語ぐらいなら聞いたことがあるかなって感じ。詳しい意味はわかんない。」
そんな風に震える吾輩をおいてけぼりにして、3人の話は続く。
この身が本でなければ、口があるのであればきっと質問攻めにしていたであろうという焦燥感を感じながら、彼らの言葉を聞き逃さないように耳を傾ける。
が、なんというか、ファンタジー用語的に吾輩でもなんとなく意味が分かる言葉。
想像がつく言葉をタマモが知らないのを見て、思わず一同がギョッとする……というか、吾輩も反射的に源影を動かしてしまう。
「え、なに。その反応的に知らないのあーしだけなの? クロちゃんでも分かるのに?」
「知らないことはないはずないというか……。タマモ、スタンピードとは魔物が大量に現れる時のことだよ」
「あー。はいはい。なるほどね。わざわざそんなカッコつけた言い方しないよ。びっくりするじゃん」
いや、びっくりさせられたのはこっちなんだけどね?
ファンタジー用語でいうスタンピードが存在すること以上に、なんでこの世界で暮らしているはずのタマモが知らないのか、本当に今のは驚かされたんだけどね?
「スタンピードなんてわざわざ名前を付けないで、魔物の動きが怪しいから危険だって言えばいいのに」
「タマモちゃんはそれでいいかもだけどね~。街は色々な人がいるから、「普段とは違う」ってことを分かり易く伝えないと、揉め事が起きたりするのよ~」
そんな吾輩たちの反応に流石に不満を持ったのか、タマモは狐耳をぴくぴくさせながら口を尖らせた。ダイヤはその様子に苦笑しながら、「スタンピード」という名前がついている理由を教える。
なるほど。
日本風に言えば、「バッタの大量発生」といってもその危険性がいまいち伝わらないが、「蝗害」と言われるとその危険性が語感からも理解できるといったところか。
都市部……普段は魔物と遭遇しないような地域に住んでいる人向けに「スタンピード」という言葉があるなら、タマモが知らないのも無理はないだろう。
ブレトンからノーザンヒルの道中の様子を見る限り、ブレトンはノーザンヒル的に言えば常時スタンピード状態というのは言い過ぎにしても、魔物との遭遇率に圧倒的な違いがある。
わざわざ特別な名前を付けずとも魔物の脅威は当たり前にあることなので、今さら注意喚起を促す必要もないというわけだ。
「で、そんなスタンピードと関わり合いがありそうな怪物とやり合ってたのはクロちゃんで間違いないのよね~?」
「うん」
「手紙には書いてあったけど、実際に見ると凄いわね~」
「えぇ~?」
一瞬、吾輩に話題が移った事で強張ったタマモの表情が崩れる。
どのような話題に転換するのか一瞬身構え、サラりと流されたことでそれが外されたとか、そんな表情。
まあ、それもそうだろう。
吾輩とて「本」ではなく、実際にその場にいたら似たような反応をしたというか、ズッコケることになったのは間違いない。
如何に現時点では友好的、敵対するような行動をとっていないとはいえ、名状しがたい謎生物に対する反応としてはいささか危機感が無く、それでよいのかギルド長。
ギルドの仕事というのは魔物の討伐やら街の安全確保だとか、そういうものじゃないのかと言いたくなるものなのだから。
「連れてきたあーしがいうのもなんだけど、緊張感なくない?」
「そう~? でも、私がこういう対応を取ってるのもタマモちゃんと同じ理由だと思うわよ~?」
「ああ。危険な存在になるかもだからクロちゃんを倒すなんてやろうとして失敗。本当に敵対するほうが大変だから喧嘩は売らない方がいいってことね」
「そうよ~。流れの精霊さまを相手にするようなものね~」
しかし、そんな緊張感や危機感のなさも説明されてみれば至って当然の話。
どうやら魔物だけではなく、精霊も実在するらしいこの世界にとっての吾輩は文字通りに「触らぬ神に祟り無し」らしく、敵対的な行動を取らない限りはギルドとしても危ないから討伐。
疑わしきは罰するというような行動は取らないようにしているようだった。
これは吾輩にとってとてもありがたい事実だ。
ブレトンという考えれば考えるほどに外れ値だった村ではなく、ノーザンヒルというある一定の規模の都市。
そこでも敵対的な行動を取らなければ問答無用で攻撃をされることはない。
人間と関わることができるというのは、元人間の記憶を持つものとして代えがたいものなのだから。
★
それから、タマモたち3人は先の怪物やスタンピードの対策についてアレコレと話をしていた。
スタンピードに備えてより大きな都市に連絡を出すだとか、冒険者や騎士を動員して即応体制を作るだとか。
そういったことについて、実際に怪物と相対したタマモにどの程度の戦力が必要なのかを確認するといった内容だ。
言葉を発することができず、またこの世界の事情に詳しくない吾輩は3人の話に時折相槌を打つぐらいしかできなかったのだが……。
その会話で特徴的だったのは、ノーザンヒル側が対策を行う中でタマモを戦力として計算したくなさそうであったこと。
また、タマモも自分も参戦するというようなことは言わず、ノーザンヒル側に丸投げするような対応を行ったことである。
これは率直に言って、吾輩にとってかなり予想外のことだった。
今朝、冒険者ギルドの依頼を受けた時の反応からしても、「魔物対策? あーしがやっとくよ」ぐらいの対応をしそうだったからである。
単純に魔物を倒すだけじゃ駄目なのか?
何か面倒なルールでもあるのか?
何故タマモは怪物と相対した冒険者としての立場でしか話をしていないのかと疑問に思っていたのだが……。
「補償、どうしようかしら。ブレトンの人達は気にしない気もするけど、あのクラスの魔物を相手にこっちの都合で、しかもルシアン様を逃がして貰うために戦って貰うなんて、横紙破りもいいところなのよね……」
会話の中でダイヤがポロっとこぼした愚痴にハっとさせられる。
そう、この世界では生活のすぐ隣に魔物の脅威がある。
村に魔物が現れた、大きな町から討伐隊を派遣して貰ったなどと悠長なことをやっていても間に合わないため、その対策は自力救済が大前提。
他の村に助けを求めた結果、助けを求められた村の戦力が低下して魔物に滅ぼされるなんてことがあってはならないのだ。
今回の事例は完全に不測の事態、やむを得ない事情があったのは間違いない。
しかし、結果としてブレトンの戦力を勝手に徴兵して自分たちの街の防衛に動員した形になったのだから、先の怪物とタマモの戦いはノーザンヒルにとっては大失態も良い所。
必然、タマモは今後の魔物対策についてはノーザンヒルに丸投げという対応を取るし、ダイヤとルシアンもタマモを戦力として計算しない防衛戦略を考えることになるというわけだ。
「そういうことならあーしはしばらく休むよ。武器も壊れちゃったし」
「ああ、あれだけの大物と戦ったわけだしねえ……」
「そうだ。ダイヤさん。スミスのおっさん以外の武器屋を紹介してよ。もっといいところないの?」
こういったファンタジー世界特有の感覚は現代日本で生まれ育った吾輩には分からない。この話の中でタマモがジト目で武器が壊れたと伝えるのも恐らくはそういった失態に絡んだ話。
結果的にとはいえ余所者を動員した挙句、戦闘中に壊れるような不良品の安物を売り付けるなんて何てことをしてくれているんだと抗議をしていると思われるのだが……。
「このあたりにスミスさん以上の所なんてないわよ~。でも、またどうして?」
「店一番って言われて剣を買ったのに戦闘中に折れちゃうんだよ!?安物を押し付けるとか酷くない!?」
「……あの大物と戦ったなら一撃で折れなかっただけよかったんじゃない?」
「そういうものなの?」
「そうよ~。いったい普段どんな名品を使ってたの……。」
その抗議に対しては、ダイヤが思わずと言った感じで、目を丸くした顔を見せていた。
それはそう。
冷静に考えるとそれはそうである。
自衛隊出動案件な魔物を相手に剣で立ち向かうタマモの方がおかしいのだ。
あれだけの巨体を切るならまだしも、受けたり逸らしたりしていたら剣が折れるのは必然。
ブレトンの人々は当然のようにビッグボアやスノウウルフを相手に剣を握って立ち向かっており、吾輩も何となく「ファンタジー武器はそういうものなんだろう」と思っていたが、冷静に考えてそんなわけがないのである。
ファンタジー特有の聖剣や神剣のようなものはあるかもしれないが、一般的な鍛冶屋に置いてある店一番の剣がそういったものかといえば……そうではないと考える方が自然である。
「パール婆ちゃんからあーしはコレを使えって言われて渡された剣。スミスさんいわく魔鉱製らしいけど……」
「多分、魔鉱製の中でも相当上位の剣よそれ。多分、ノーザンヒル男爵様でも持ってないんじゃないかしら?」
「うえええええ、マジ!? じゃあこれからずっと剣が折れるのを気にしないといけないの!?」
「そういうことになるわねえ……」
だが、この世界における一般常識をタマモは知らないようだった。
コミュニティ同士の駆け引きや関わり方は分かっていても、他のコミュニティの常識までは分からない。
車や飛行機のような交通手段、電話やインターネットのような通信手段が発達しておらず、物理的な距離が大きな世界としては当然のことなのかと思うと、改めてこの世界が現代日本とは別物なのだと認識させられる。
「なんてこった……」
「まあ、しばらく休むんだからいいじゃない。山の調査はウチでやっとくから、タマモちゃんはこっちでしばらくおとなしくしときなさいな」
「そうする。帰る途中で武器が折れるかもって考えたら、戻るのは流石に怖いからね……。婆ちゃんへの連絡をお願いしていい?」
「勿論よ~。……本当に補償、どうしようかしら。パールちゃんは気にするなっていうだろうけれど、そっちのほうが怖いのよね……」
「とにかく、今日は宿取って寝ることにするよ。後はよろしく!」
ともかく、ノーザンヒルにやってきてからの激動の一日を過ごしたタマモは、何やら水晶玉のようなもの……この世界における通信手段だろうか?
それに手をかけて難しい顔をするダイヤと、何か話をしたさそうな。
しかし、今は少し話しにくいような顔をしたルシアンを後目に、タマモは普段通りの様子でギルドを後にして……。
ギルドの扉から出た直後、その瞬間に表情を一変させ、露骨に面倒くさそうな顔で愚痴をこぼした。
「はー。やっぱり街は面倒くさいな。クロちゃんもごめんね。面白くなかったでしょ?」
面倒くさいのは分かるけど、見てるだけだし、吾輩としては正直面白かったけどな……。
話しにくいことがあるのはお互いに同じ。
まあ、人間どこでもそんなもんだよねと、吾輩は内心でちょっとだけ、ほんの少しだけ吹き出しそうになった。