吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
通気口の中に入った吾輩を出迎えたのは、遺跡の壁と同様に石とも鉄とも思えない、不思議な光を放つ壁だった。
ファンタジー的な遺跡として考えるのであれば、全てが同じ材質であるというのも違和感はないのだが……。
これを一般的な日本家屋で考えると、通気口が塩化ビニル製のパイプではなく、部屋の内壁と同じ建材、クロスやタイル、羽目板なども使って通気口内部が作られているようなものである。
石や金属で作られているのであれば、通気口を伝って火が広がるなどということがない分だけ火災に強かったりはするのだろうが、考えれば考える程に「何故こんな所にまでコストを……?」と、考えてしまう。
古代の魔法文明というだけであってこの遺跡は総魔法製、全てが3Dプリンターで作られたようなものなのかも知れないが……まあ、これは今気にするようなことではない。
吾輩が気にするべきは、アオダイミョウという巨大なヘビを如何に見つけるのかである。
とはいえ、中に入った時は、もうどっかに行ってたんだよなと、タッタッタと源影を走らせながら吾輩は考える。
ルシアン曰く、地下10階を誇る巨大構造物の通気口を吾輩一人で全て探索するというのは現実的ではない。
マンションなどにある地上構造物にある通気口のような、そのフロアごとに外に繋いで換気すれば良い環境であれば話は別だが、地下構造物に設けられた通気口の場合はそうはいかない。
地下から地上までを一本の管で繋いでその中の空気を入れ替える必要がある以上、その経路は必然的に長大なものになるからだ。
そんなものを馬鹿正直に探索しているようでは2人から「あの黒いお人形さんはいつまでたっても帰ってこないな……」などと思われるのは間違いない。
あくまで吾輩の本体は本である以上、ある程度時間が過ぎたり、タマモとルシアンが心配し始めたら通気口内の源影を消去。
新しい源影を二人の元に生み出せばそれで解決する話ではあるのだが、吾輩から任せてくれとアピールして成果無しでは格好がつかない。
アオダイミョウを倒すか、そうでなくとも何らかの成果を持って帰還したいところである。
ん?
そんなことを考えていると、ブオオオオオオオオンという景気の良い音を立てながら再び空気が動き始めた。
吾輩が通っている場所、タマモとルシアンがいる部屋に繋がるダクトではない、まったく別の場所からの音。
どこかで換気の必要性が生れたようだと考えて……はたと気が付く。
何故、このような人里から遠く離れた山奥の遺跡で換気の必要性が生まれたのかと。
先ほどの部屋で自動換気機能が働いたのは、タマモが換気扇目掛けて灰を投げつけたことで換気扇周囲の空気が汚れ、換気の必要性を検知されたからである。
逆説的にいえば、そうでもなければ自動換気機能は働かない。
空気が一か所に留まり続けて澱んだりしないように定期的な換気が自動で行われている可能性はあるが、果たして、そんな定期運転があれほど都合の良いタイミングで行われるだろうか?
勿論、本当に偶然という事もあるだろう。
しかし、偶然と考えるのにはあまりにもタイミングに意味がありすぎる。
もしかしたらこの先にアオダイミョウが蠢いていて、換気の必要性が生まれたのかもしれない。
あるいは、この先にお偉い先生がいて、それで換気の必要性が生まれたのかもしれない。
換気扇が勝手に動き出したことに理由を付けるのであれば、こちらの方がよほど納得がいくと言わざるを得ない。
故に、吾輩はそんな推測を元に源影を駆けさせる。
通気口を伝って右へ左へ下へ下へ。
そうやって換気が行われている部屋の通気口へと辿り着いた吾輩が見たものは……。
「ハァ……ハァ……アルケミー先生……。申し訳ありません……」
「キミアくん!しっかりしろ!動かなければ死ぬぞ!」
激しく消耗した若い女性と、それを支える初老の男の姿であった。
キミアと呼ばれた女性が身に着けた鎧――レザーメイルはお腹の部分が切り裂かれたかのように破損している。
一方でアルケミーと呼ばれた方の男は無傷なようだが疲労の色は隠せておらず、見るからに憔悴をしていた。
「まずいな……」
ジロりと、アルケミーは吾輩のいる通気口を睨む。
吾輩が睨まれたのかと思ったが、角度の問題なのかどうやら彼は吾輩に気が付いていない。
と、いうより、その視線は別の何かを警戒しているようで、通気口のさらに奥を見据えている。
あの人は一体何を警戒しているんだ?
一瞬、吾輩はそんな疑問を胸に抱いたが、次の瞬間にはその疑問は氷解する。
アオダイミョウ、先ほども通気口から顔を覗かせた大蛇が吾輩の背後からこちらへとニョロニョロと這いずりながらこちらへと向かってきたのだ。
なるほど。
あの二人が遺跡を探索して埃を巻き上げたり、特定の部屋に居続けて呼吸を行えば必然的に空気が淀んで換気の必要性が発生する。
すると換気扇がそれを自動で検知して空気の流れが発生するため、換気が行われた部屋には獲物がいるとアオダイミョウに伝わる。
先ほどタマモが灰をダクトに向かって投げつけた後にアオダイミョウが現れたのもそういうことなのだろう。
それ故にあの2人は遺跡内で一つの部屋に留まることもできず、逃げ続けることを要求された結果として、あれほどまでに消耗させられたわけだ。
ならば吾輩がやることは一つ、当初の目的の通りにあの大蛇を倒し、彼らを助ける。タマモやルシアンと共にこの遺跡へとやってきた目的がソレなのだからこれはまさしく一石二鳥。
しゅるしゅる
そんな音が聞こえてくるかのように舌を動かす蛇に吾輩は対峙する。
蛇は吾輩を警戒していない。
まあ、大きさが大きさだ。
良い所で鼠サイズの吾輩はあの大蛇に取ってはまさしく朝飯前のおやつサイズ。
一飲みに出来てしまう相手に対して危機感を抱くことなどありえない。
故に大蛇は無防備に吾輩へと近づいてきて――。
仮称:消滅魔法によって一瞬のうちにその頭部を失った。
突然の致命傷に、ガタガタ、ドタンバタンと残された大蛇の身体が通気口の中で激しくのたうち回る。
無傷の体はまだ心臓が動いているのらしく、ドパドパと真紅の血が流れ出た。
「……何だこの音は!?しかも血だと!?」
その勢いはアオダイミョウが巨体であるだけあって通気口の中で留まらず、流れ出た血は部屋の中にまで達したようで、室内では状況が理解できていない男の声が響く。
どうするべきか。
吾輩の目的であるアオダイミョウの討伐は既に達成している。
それを考えると、このまま源影を消して吾輩(本体)の傍に再構成。
タマモとルシアンにグっと腕でも上げて目的を達成したことを伝えつつ、下に救助対象がいたと伝えても良いのだが……。
本体の視界から確認できる2人は通気口を通じて響いた音に反応こそしていたがその場から動く様子はなく、とりとめのないことを話しながら吾輩の帰還をまっている。
一方で警戒心を剥き出しにしているこちらの2人は今はまだこの部屋にいるとはいえ、タマモとルシアンを連れてくる頃にはこの2人がまた別の場所に移動している可能性は高い。
なにせ、吾輩が通った道はあくまで本来は人が通る事など想定されていない通気口だ。
正規の道を進んで速やかにこの場に辿り着けるわけもなく、この2人も突如として通気口から血が流れ出た怪しい部屋に居座る理由もない。
それを考えると、なんとか彼らを説得して上に連れて行く、あるいは、上に救助が来ていることを伝えるべきである。
難点としては、吾輩がどうやって初対面の人間を相手に身振り手振りで意思疎通を行えるかどうかだが……。
案ずるより産むが易し、考えすぎるのはよくないと、吾輩は自らの2人の前に姿を現すことを決めたのだった。
★
ぴょん、べしっ。
そんな擬音が似合う調子で吾輩は通気口からアルケミーとキミアの前に躍り出る。
……べしっというのは吾輩の操る源影が着地に失敗して床に五体投地する羽目になったが故だ。
それなりに源影を動かせるようになったとはいえ、源影はあくまでも遠くからラジコンを動かしているようなもの。
歩いたり走ったり、ジェスチャーをしたりはともかくとして、高所から飛び降りて上手く着地できるかと言えば、これは否と言わざるを得ない。
必然的にまともな着地は出来ず、なんとも格好のつかない登場となってしまった。
「な……何だコイツは……?」
「通気口から……?アオダイミョウではないのですか……?」
そして、そんな風に突如として現れた吾輩を前に、遭難者2人は困惑する。
直前までパニックものの映画もかくやと言わんばかりの窮地に追い込まれていたのに、いきなりジャンルがコメディに変わったのだから当たり前ではあるのだが……。
困惑をされているだけでは話が進まないので、吾輩はいつものように身振り手振りで自らの意志を伝える。
上を指さしては何かを招き入れるように腕を動かす。
上を指さしては何かを招き入れるように腕を動かす。
とにかく同じモーションを繰り返し、上に何かがあるということを伝えるところからのスタートである。
「上には何もないが……」
勿論、これで相手に吾輩の意図が伝わることはほぼ皆無である。
それは半年を共に過ごしたブレトンの子供たちが相手でも同様だ。
よって、このモーションだけで意思疎通ができるなどとは欠片も思っていない。
二人は困惑したように天井を見上げながら、吾輩が何を考えているのかを思考する。しかし、ここで重要なことは、吾輩が何かを伝えようとしていること。
いきなり完璧な意思疎通を行う必要はない。
「君は私たちに何かを伝えたいことがあるのかね?」
コクコクと、源影に首を振らせ、また腕を動かしてそれが正しいかを肯定する。
この問いを引き出すことさえできてしまえば、後は簡単だ。
―― 君は何者だ?
首を傾げる。
―― 君はどうやってここに来た?
首を傾げる。
―― 君は一人でここに来た?
首を横に振る。
―― 君は誰かと一緒に来たのか?
首を縦に振る。
―― その誰かとは人間か?
首を縦に振る。
―― ノーザンヒルからやって来たのか?
首を縦に振る。
「先生……!」
「ああ、恐らく。彼は我々を救助しに来た冒険者の使い魔だ。しきりに上を指さしているのは、その冒険者が上階にいるという事だろう」
ミッションコンプリート。
自分の意思を伝えることができないなら、相手に推測して貰えれば良いのである。
異文化交流は「YES」と「NO」が言えればなんとかなるとは良く言ったものだ。
「だが、まずいぞ。この遺跡にはソウダイショウがいる。」
まって。
ソウダイショウって何。
いや、
文字通りにデカいヘビの中でも特にデカいヘビということは名前から容易に想像できるのだが、そんなヤバい奴がいるのか。
アオダイミョウの時点でパニック映画に出てくるサイズ感なんだが?
それを差し置いて「ソウダイショウ」なんて名前が付いているなんて、どんなサイズ感なんだよと、救助対象の言葉に困惑させられる。
あの大蛇が原因でこの二人は遭難していたのではないのかと思ったその時。
吾輩の感覚――源影を通して感じている方ではなく、本体の方に異変が起こる。
ずるずるという音と共に何かがタマモとルシアンが待つ部屋へと這い寄ってきているのである。
アオダイミョウが通っていた通気口とは違う場所、明らかに部屋と部屋を繋ぐ廊下を辿って伝わるその音に、タマモがいち早く狐耳をピンと立てて腰の剣に手を伸ばす。ルシアンはそれにほんの少しだが遅れる形で気が付いたようで、彼もまた剣の柄を握りしめた。
どうするべきか。
既に上に救助の人間が来ていることは伝えてあるのだから源影はいったん解除。
アオダイミョウに対して行ったように、閉所の利を生かして消滅魔法を使う形で2人を援護しにいくかと考える。
だが、そんな風に迷っている間にもアオダイミョウを遥かに上回る巨体。
大型トラックですら容易に締め潰せそうな、廊下を埋め尽くすほどの大質量の魔物は二人のいるに部屋に近づき――その顔を室内に覗かせた次の瞬間。
「運が無かったね」
タマモの声と共に、ズバンという切断音が響く。
パニック映画には到底出てこない、出てくるとすれば怪獣映画なのではないかと言いたくなる巨体の大蛇。
ソウダイショウはタマモが振るった剣によって頭を一刀のもとに断たれ、その命を散らしていた。