吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
「なんと……ソウダイショウをこうも鮮やかに……」
「場所が良かったよね。自分から部屋に首を突っ込んできてくれたから、苦労せずに頭をやれたよ」
巨大な蛇――もはや東洋竜と呼んだ方がよい威容を誇るソウダイショウの出落ちから10分ほどの時間がたった頃。
タマモたちは救助対象である初老のお偉い先生、アルケミーとその護衛の冒険者であるキミアとの合流を果たしていた。
ソウダイショウの存在を知らない状態で遺跡に入るのはまずい。
二次遭難を起こしてはならないと負傷者を背負い、吾輩(源影)をポケットに入れて悲壮な顔で階段を駆け上るお偉い先生の姿は吾輩にとっては正直言って滑稽。
あ、そのデカい蛇は既にタマモが一刀両断したんですよと言いたくなるものだったのだが……。
誰がそんな事情をYESとNOのみで伝えることができようか。
誰がこんな巨大な魔物を一刀で切り伏せると想像ができようか。
人間の手が行き届かないブレトンという辺境の地で過ごす人々というのは、この世界においても常識を越えているのだと実感する。
吾輩が見た限りでは、このアルケミーとて決して弱いわけではない。
初老の身でありながら、如何に女性とはいえ人間一人を抱えて動き、息一つ乱していないのがその証拠であり、吾輩の基準で言えば十分に超人の域にあるといっていい。
しかし、その彼をしてもタマモの腕はぶっ飛んでいるらしく、ソウダイショウの亡骸を見ても信じられないとばかりに頭を振っている。
「先生の気持ちも分かります。確かにタマモのいう通り場所が良かったというのはありますが……、それでも、あのソウダイショウを一撃ですからね」
「ワシが幼い頃は不死身の魔物。神話級の魔物であると言われていたはずなんじゃがな……」
……神話級?
先の怪物を撃退した時、ギルドでは「
話の内容から察するに神話級というのは災害級よりも上の区分けであることはなんとなくわかるのだが……。
なんというか、タマモを相手に有効打をぶち込んだサイクロプスより、一刀で切り伏せられたソウダイショウの方が上だとは思えないのである。
勿論、ソウダイショウの身体はサイクロプス相手でも十分に絞め殺せそうなほどに太く、長いので相性というものはあるのだろうが、それでもこちらの方が上という評価には疑問を感じざるを得ない。
「昔は魔物相手に接近戦をやる人が少なかったらしいからね。ソウダイショウに魔法は効きが悪いし、ちょっと手傷を負わせた所で脱皮をされたらそりゃ不死身にも思えるでしょ」
「こんなデカブツを相手に殴り合うなど好んでやりたがる奴はおらんかったからな。かの
だが、そんな疑問はタマモとアルケミーの会話で直ぐに解ける。
どうやらこのソウダイショウとかいう魔物はファンタジーの蛇らしく魔法に耐性があり、「脱皮」で回復するタイプのようなのだ。
それ故にアルケミーが幼い頃は不死身の魔物だと思われ、神話級として区分されていたようだった。
吾輩としては脱皮はそういうもんじゃないだろ。
なんで戦闘中に脱皮して突然回復するんだよ。
確かにアニメやゲームでよくある設定ではあるがと言いたくなるが、実際にそういう生態であるのであれば納得するしかないし、そういう生態であるのならば成程となる所である。
戦闘能力的には他の魔物ほどではなくとも、その不死性から来る危険度。
被害の大きさからより高い脅威度に設定されていたというのであれば、まっとうに攻撃をすれば倒せるサイクロプスよりも高い評価を受けるのにも納得できる。
「それより、そっちの女の人は大丈夫なの? ざっくりいかれちゃってる見たいだけど」
「動くだけなら、休み休みにはなるでしょうが、なんとか」
「本当に?その傷、かなり深いでしょ?」
「本当に、です。これでもアイアン級の冒険者ですから」
タマモの視線がレザーメイルを身に着けた女冒険者、キミアに向けられた。
彼女が付けたレザーメイルは腹部がぱっくりと切り裂かれ、赤黒く染まっている。
現在は既に止まっているようだが、直近で激しい出血があったことは誰の目にも明らかだ。
吾輩の目にはアイアン級の冒険者だからどうにかなるというような傷ではないと思うのだが、タマモ、ルシアン、アルケミーの3人の反応を見ると……。
マジで動くだけなら問題なさそうというか、それが普通というような反応をしているからこの世界の人間は恐ろしい。
だが、そうなると気になる点が生まれる。
動くだけであれば問題無いはずの2人が何故この場所に残っていたのか。
勿論、怪我をした状態で人里離れた山奥を進むというのは極めて危険な行為である。大型の魔物と出会った時点で詰みとなり、命を落とす可能性があるのは否めない。
しかし、それでもソウダイショウやアオダイミョウのような巨大なヘビが巣食う遺跡。危険な密室に留まってジリ貧になるよりははるかにマシなはずなのである。
「……では、何故先生はこの遺跡に留まっていたのでしょうか?」
吾輩と同じ疑問を抱いたのはルシアンだった。
彼はとても軽い調子で語りかけているがその目はとても真剣で、現在の状況を打破するための情報共有を求めていた。
「
「牙剣大虎……? こんな所に!?」
知らない魔物である。
火剣大虎の毛皮ならば先日のサイクロプスが身に着けていたものを見たが、そこから新しい虎を出されてもちんぷんかんぷんである。
吾輩の知るトラにもベンガルトラやアムールトラ、マレートラのように様々な種類のトラが多くいるのだから、この世界の虎にも火剣だの牙剣だの様々な種類があって然るべきなのだが……。
正直にいうと、虎がいるからと言って巨大な蛇のいる遺跡から出られないというのはいまいちよく分からない。
ほぼ龍だろと言いたくなるサイズの蛇と、大きな虎。
どちらが危険かと言えば……流石に前者ではないかと思うのだ。
「あー。そっちの冒険者さんの上着が切られてるのはソレでか。ソウダイショウにやられたにしてはスパっとやられてるから、気になってたんだよね」
タマモの発言に吾輩は冒険者、キミアに意識を向ける。
言われてみれば確かにだ。
ヘビという「噛みつく」か「締める」が主な攻撃手段になる魔物にやられたにしては、彼女の負傷状態はとても奇妙である。
レザーメイルが噛み砕かれたり、貫通して穴が開いたり、圧力によって損壊したのではなく、スパっと切り裂かれているという事実。
それは即ち、キミアが負傷したのはソウダイショウが原因ではなく、まったく別の魔物。牙剣大虎とやらが原因であることを示していた。
「運が良かったじゃん」
「はい。本当に。私は、運が、良かったです」
運が良かったというタマモの言葉に対し、キミアは表情を固まらせる。
返した言葉も途切れ途切れであり、その様子はとてもではないが運が良かったとは言えない状態だ。
「……ごめん。そういうことね。無神経だった」
空気が重くなる。
そうだ。事前に聞いた話では、アルケミーと一緒にこの遺跡へとやってきたのはアイアン級の冒険者
キミアは運良くレザーメイルの上から腹部を切り裂かれて重症を負うだけで済んだが、それだけで済まなかった仲間がいたという事なのだ。
その仲間がたまたま仕事を同じくしただけの人間だったのか、それなりに顔馴染みだったのか、あるいはもっと深い仲だったのかは分からない。
だが、悲しさを押し殺すように、それを表に出さないようにする彼女にそれ以上の話を求めるのが酷であることだけは明らかだった。
「ともかく、牙剣大虎がこの近くにいることは分かりました。先生、率直に聞きますが……何とかできますか?」
「無理じゃな。都市に籠って迎撃するだけならともかく、逃げながらとなれば戦いにもならん」
「そうですか……。なら、タマモはどうだい?」
「あーし一人だけならどうにでも? ただ、皆を守りながらノーザンヒルまで戻るってなると……正直、厳しいかな。武器がこの有様だし」
話を進めるルシアンにタマモは肩を竦ませながら、剣を見せて答えた。
ソウダイショウを一振りで切り伏せたその剣は見てわかるほどに刃毀れをしており、使い物にならなくなっていることは吾輩にすらよくわかった。
「コレ、本当に安物じゃないんだよね?あーし、騙されてないよね?」
流石にそんなはずはないだろう。
そうは思っていても、戦いの場で己の命を預ける武器が立て続けに壊れるという自体にタマモの瞳が揺れる。
これまでタマモが使っていた剣は少なくとも半年。
吾輩がブレトンを訪れてからサイクロプスに折られるまでの間は刃毀れ一つせずに切れ味を保っていた。それが戦闘の最中に限界を迎え、ノーザンヒルで新しいものに買い替え、立て続けに駄目になるというのは不安になって当然である。
タマモは先日の反省を踏まえ、こうなることを想定して予備の剣を持ってきてはいるが、ソウダイショウを一撃で切り伏せてこの有様なのだ。
熟練の冒険者にソウダイショウよりも危険であると判断された牙剣大虎と戦って剣が持つなどと甘えた考えを持てるわけがない。
「ふむ。名の知れた名剣、業物というわけではないが、決して悪いものではないと思うぞ」
「マジかぁ……。なら仕方ないけどさぁ……」
しかし、そんな彼女の不安は剣を確認したアルケミーによって否定される。
もっとも、否定されたからと言って状況が好転するかといえばまったくそんなこともないためか、彼女はその耳と尻尾を下へと垂らして顔を顰めた。
「とはいえ、このまま引き籠っててもどうしようもないし、余力があるうちに動こうか。特にキミアさんをこのままってのはまずいっしょ。」
だが、それでも彼女は前を向いて言葉を発する。
やるべきことをやるという、強い意志をその瞳に蓄えて。
★
遺跡から出た4人はそれぞれに役割を分担して前に進む。
ルシアンが先行し、キミアとアルケミーが間に入り、タマモが後方を警戒するという、いざとなったらタマモが殿を務めるという布陣だ。
先日も話題に上がった政治的な事情――他所の特記戦力をノーザンヒルのため、必要以上に危険な目に合わせるわけにはいかないということから、ルシアンとアルケミーはタマモに先導させようとしたが、これについてはタマモが一言。
「あーしには最終手段があるから大丈夫だよ。婆ちゃんからあまり使うなって言われてるからあんまり使いたくないけど。」
最終手段って何……?
それを知らないと安全も作戦も何もなくない……?
と、吾輩は思ったのだが、どうやらこの世界では冒険者が「奥の手」を持つというのは特段珍しいことでもないようで、一同はその発言にあっさりと納得。
タマモを殿としてノーザンヒルへの帰還を行うことになった。
移動速度は……まあ、小走り程度だろう。
遺跡に来るまでの強行軍と比較すれば亀のような歩みだが、キミアという負傷者がいる以上は仕方がないことである。
しかし、小走り程度とはいってもそれが行われているのは街道の整備などもまったく行われていない山岳地帯。
吾輩の感覚からすれば「山を駆け下りる」といっても過言ではない速度であるし、ファンタジー世界特有の超人的な身体能力でなければ間違いなく滑落、遭難待ったなしの歩みであることを考えれば、驚異的な行軍速度であるといえる。
既に太陽は頂点を過ぎて久しく、徐々にあたりが暗くなりつつある。
周囲が完全に闇に閉ざされるまでに戻れるところまで戻ろうと一行は黙々と移動、尾根とも丘陵ともいえない場所を過ぎて少しだけ風の向きが変わった時、険しい表情をして、タマモが呟いた。
「コレ、捕捉されてるね」
「本当か?」
「うん。足場がしっかりとしてて、開けた場所があるなら、そこで迎え撃った方が良いかも」
「開けた場所か……先生、心当たりは?」
ルシアンが歩みを止めずに周囲を確認する。
……が、残念ながら周囲は木々に覆われており、パっと見える範囲に開けた場所はない。
現代日本の管理された山でもある程度の平地、安心して休める休憩所を作れる場所は限られているのだ。
人の手が加わっていないこの世界の山ならば猶更、魔物を迎え撃てるほどの開けた場所など限られているのは間違いない。
「すまんが、儂らが天幕を張っていた場所以外の心当たりは殆どない」
「それじゃあ次の尾根を越えたあたりで迎え撃とうか。あっちはまだ仕掛けてくる気はなさそうだし」
「尾根?」
「少しでも高所を取って簡易的な壁にしようかなと。見えない所に飛び込むのは魔物でも本能的に避けたいだろうし」
「なるほど。儂らが尾根を越えた先にいることは分かっても、どのあたりにいるのか分からないのでは、お前さんを相手に背後を晒すとは思わないという読みか」
「そそ。逃げられそうならサクっと逃げて距離を取って貰えればあーしも楽できるし」
タマモの提案にアルケミーが肯定的な反応を示す。
ルシアンとキミアも特に反対意見はないようで、「お前たち、コレでよいか?」とばかりにアルケミーから向けられた視線に頷き返している。
「……だが、逃げられなさそうな時はどうする?」
「素直に迎撃するしかないでしょ。番がいる場合はともかく、牙剣大虎とはいえ、幼体に負けるとは言わないでしょ?」
「まさか。如何に消耗していようと、幼体ごときに遅れは取らん」
「じゃあ、そういうことで良いでしょ。ちょっと急ぐよ」
「ああ、分かった」
明確な目標が定まったこともあってか、一行の足取りが早くなる。
ノーザンヒルを目指しながら谷を駆け下り、次の尾根を目指して駆け上がるという吾輩が体験する本日二度目の強行軍。
登山では絶対にありえない危険な道筋を辿る事凡そ1時間。
負傷しているキミアに続き、ルシアンとアルケミーの息も若干荒くなってきた頃、木々の合間から吾輩でも分かるほどにがさがさ、ごそごそという音と共に四足の巨体が見え隠れし始めた。
「はっ……はっ……。距離を詰めて来たか……」
「皆の息が上がってきてるからね。これ以上ペースを上げたら思う壺だから気を付けて」
「無茶を言ってくれる……」
未だにタマモは余力を残しているようだが、獲物をじわじわと追い詰める牙剣大虎は熟練の狩人としか表現のしようがない。
獲物を嬲るように追いかけることで焦らせ、逃げられるかもしれないという希望を抱かせることで体力を消耗させる動きとはまさしくこのこと。
尾根という天然の壁を利用した追い込み漁がそこにあった。
つまりは、タマモが尾根を目指したのは牙剣大虎がこうした狩りを行うことを知っていたからでもあったのだろう。牙剣大虎は自分の狩りが上手くいっていると思っているからこそ、この状態で無理に襲ってくることが無いと分かっている。
獲物を弱らせ、確実に狩る機会を待っていると理解しているからこそ、それを踏まえた上で迎え撃つ場所を設定したのだ。
牙剣大虎が自らの勝利を確信する場所で反撃を行い、痛打を与えるために。
「ん?クロちゃん、どしたん?」
ようやくタマモの意図を理解した吾輩はポシェットの紐を軽く引っ張って自身の存在をアピール。拳を握ってシュッシュと振るようにして、自分も牙剣大虎とやらと戦う意志があることを伝える。
「あー。ごめん。多分、これまでを見てる感じだと、クロちゃんで牙剣大虎の相手は無理なんだよね」
!?
しかし、そんな吾輩の意思表示に帰って来たのはまさかの戦力外通告である。
ま、まあ。対サイクロプスでも対怪物でも吾輩のやったことと言えば、巨大な源影を使っての足止めだ。
がっぷり四つを組んで行動を阻害するというのが基本戦術だったわけだが……。
この尾根へと向かう山中の急斜面というのは極めて足場が悪い立地である。
そこを自由自在に駆けまわる四足の魔物を相手にそれができるかといえば……確かに厳しいと言わざるを得ない。吾輩がこれまでのように巨大な源影を出したとしても、バランスを取れずにあっさりと滑落する光景は容易に想像できた。
「どっちかといえば、3人を守ってくれる方が助かる。クロちゃんがいつでも大きくなれるようにしていれば、それだけで大丈夫なはずだから」
故に、タマモが吾輩に期待したのは最終防衛ラインとしての役割だ。
積極的に足を止めるのではなく、近づいてきた魔物に対してのカウンターパンチ。
なるほど確かに。
尾根という急斜面で襲い掛かる魔物に対して吾輩ができることとしてはこの上なく合理的な判断だ。
高所からとびかかる魔物に、低所から巨大化しながらの奇襲攻撃が決まれば巨大な魔物の体重を利用することができるのだから。
「よし。じゃあ、3人のことはクロちゃんに任せたよ。あーしはここで迎え撃つからさ」
コクリと頷く吾輩を手に乗せたタマモはそのままルシアンに渡す。
既に隠密を止め、木を折り、枯れ葉を弾き散らしながら猛進する牙剣大虎を迎え撃つために。