吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~   作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)

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第三章 亜人 -タマモの視点-

「グルルゥゥゥアアアアア!!!」

「はいっ!」

 

 吠えながら突進してくる牙剣大虎に合わせるようにして、あーしは剣を軽く振るう。仕留めることが目的ではない、あくまでも牽制を目的とした見せるだけの動き。

 

 勿論、それで切り裂ければ話は早いのだけど、流石に牙剣大虎もそんな牽制の剣に当たってくれるわけもなく、背から映えた角で軽くあしらわれてしまう。

 

 でも、それでいい。

 

 ブレトンで使っていたものと比較し、ノーザンヒルで手に入れた剣は耐久力で大きく劣っている。そこらへんの魔物を相手にするには十分なのだろうが、災害級の相手に対しては強度不足も良い所だ。

 

 牙剣大虎を相手に本気で切り込み、牙と打ち合えば10合も持たずに砕け散ることは容易に想像できた。それを考えれば、この剣に期待できる役割はあくまでも牽制止まり。

 

 相手がジレて隙を晒すか、不毛な打ち合いだと感じて諦めて撤退を選ぶか。

 あるいは、ルシアンたちが態勢を立て直すまでの時間を稼ぐ以上のことはできないだろう。

 

 とはいえ、時間稼ぎが目的なのは相手も同じ。

 

 そんな風にあーしが時間を稼いでいるのと同じように、明らかに牙剣大虎も時間を稼ぐことを目的とした戦闘を行っていた。

 

 びゅんびゅんと高速で移動しながら戦闘する形になっているが、高所を取っているあーしに対し、牙剣大虎は積極的に位置を入れ替えようとして来ない。

 

 あーしがあえて隙を見せた時、裏に周ろうという挙動こそみせるがそれだけで、その隙に付け込もうとして来ない。

 

 それは即ち、牙剣大虎がその隙に付け込む必要があるとは考えておらず、時間が味方だと考えていることの証明でもあった。これが人里の近くでの戦いであれば、魔物としても安易に戦いを長引かせるわけにはいかない。

 

 よほど自分の力に自身のある魔物でもなければ、牽制に付き合うぐらいならば、救援が来る前にさっさと撤退という選択を選ぶだろう。

 

 だが、これだけの山奥では人間側に救援など期待できない以上、時間は魔物の味方だ。むしろ、魔物の側に救援がやってくるのだから。

 

「ハッ……ハッ……」

「ハッハッハッ」

 

 遠目に牙剣大虎の一団。

 恐らくは目の前にいる個体の子供たちによって構成された群れが現れる。

 

「グフッ……フッ……」

 

 やはりか。

 そんな風に思っていると、目の前にいる牙剣大虎がニヤりと笑った。

 

 自分の勝ちだとでも言いたいのだろうかと、少しムカつく。

 

 今のあーしと牙剣大虎は千日手。

 お互いに時間稼ぎを目的として戦っていて、どれだけ戦っても決着がつかない状態にある。

 

 だが、新手がこの戦いに加わればその限りではない。

 

 単純に魔物側が数の利を手にするのは厄介でもあるし、手負いがいるルシアンたちを狙い、そちらにあーしが気を取られれば、あえての隙ではなく、本当の隙を晒すことだって考えられる。

 

 そうなれば、牙剣大虎は自慢の牙であーしを仕留められるというわけだ。

 

「グルルルル」

「グッ!グルッ!!!」

 

 その証拠に、牙剣大虎は顎で尾根の向うを指し示し、群れにそちらに向かうことを指示する。あーしがそれを止めに入ればその隙を突き、止めに入らないのであれば、仲間を先に倒そうという余裕たっぷりの様子である。

 

「でも、その考えはちょっと甘いんじゃない?」

「グ……?」

 

 でも、あーしは焦らない。

 

 牙剣大虎の「群れが到着すれば自分が有利になる」なんて考えが通らないことが分かっているからだ。

 

 ルシアンは自分が貴族だから忖度されていると思っているのかやけに自己評価が低いが、間違いなくアイアン級の実力者である。負傷しているとはいえキミアも同格で、アルケミーはそれを上回るブロンズ級に至っている。

 

 それだけの強者が揃っているのだ。

 彼らは人知の及ばない「災害」が相手でもなければ、何もできずに負けることなどありえない。

 

 その上で、もっとも大きいのがクロちゃんの存在だ。

 クロちゃんは率直に言って未だによくわからない……あーしと仲良くしてくれている黒いお人形さんではあるが、あの子の戦闘力は災害級の魔物のソレにも匹敵する。

 

 まったくと言ってよいほどに戦いなれておらず、稚拙な戦闘技能故に圧倒的なスピードを誇る牙剣大虎との相性は最悪といってよいが、その幼体に負けるほど弱くはない。

 

 ブロンズ級の冒険者を含む3人パーティに加え、クロちゃんという切り札を相手にあの程度の群れで立ち向かうなど、笑止千万なのである。

 

『―― 神立!!追撃を!!』

『ギャイン!!』

 

 そんなあーしの考えを肯定するかの如く、牙剣大虎の群れが消えた尾根の向こうから戦闘の音が始まる。聞こえてくるのは指示を飛ばすアルケミーの声と、次々とその命を散らしていく魔物たちの悲鳴。

 

 最後の悲鳴が消えるまであーしと牙剣大虎は動かなかった――いや、動けなかった。牙剣大虎はあーしを前に隙を晒すことはできず、あーしもまた牙剣大虎を動かさないために生まれた膠着状態。

 

 しかし、その膠着状態によって生み出された結果、この場の勝敗は明らかだ。

 

「ほらね?」

「グ……グルルルルルル!!!」

 

 尾根の向こうに静けさが戻っての形勢逆転。

 

 あっという間に群れを失った牙剣大虎は唸り声を挙げ、思わずといったように、ほんの少し、半歩だけ後ずさった。

 

「逃がさないよ」

 

 あーしはその隙。

 相手のどんな動きにでも対応できる膠着状態から、半歩だけ後ずさったその瞬間に距離を詰め、剣を振る。

 

 僅かにでも下がる動きを取ってしまった以上、そこから前にでるという動きを取ることはできない。

 

 半歩下がった分を前に戻し、動き出せる体制を整え、実際に動き出すという動作はこの戦いにおいて致命的な隙になるからだ。

 

 故に牙剣大虎がこの状態で取れる選択はそのまま一歩、二歩、三歩と下がる事だけ。あーしがそれに合わせて踏み込んで剣を振るうたび、自慢の牙を振り回して必死の形相で捌いていく。

 

 ギン、ギン、ギシッと。

 

 まさに攻め時という言葉が相応しい状態であったが、あーしの握る剣は牙剣大虎を三歩押し下げるという戦果と引き換えに、あっという間に耐久の限界を迎えて鉄を石に叩きつけた時のような悲鳴を上げた。

 

 これは、ちょっと無理をする必要があるかもね。

 

 牙との打ち合いで10合どころか、5合しか持たなさそうな剣の貧弱さに内心でため息をつき、あーしは踏み込む距離を伸ばす。

 

 今から止めを刺すぞとばかりに踏み込んで剣を振るうこと四度。

 

 ギシッ

 

 巨大な牙と打ち合った刀身に、これ以上は限界とばかりに亀裂が入る。

 その異常な様子は追い詰められる牙剣大虎でも気が付いたらしく、ギラりと目が光ってその異常を注視する。

 

 即ち、その瞬間。

 牙剣大虎の視線、意識があーしの目から逸れた。

 

「はいっ!!」

 

 五合目、牙剣大虎の牙と競り合った瞬間。

 あーしの握る手元から金属が破損する時特有の不快な音、可能なら聞きたくない音を立てながら限界を迎え、次の瞬間には砕け折れる。

 

 それを形勢逆転のチャンスとして、牙剣大虎が降ってわいた好機に思わず踏み込んで反撃を開始しようとしたその時。

 

 あーしの六撃目。

 中ほどで折れた剣、ナイフほどの長さになった刃をそのまま返しての超至近距離での攻撃が魔物の目に突き刺さった。

 

「グギャアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 絶叫が、咆哮が山に響く。

 

 ドタン、バタン、ズシンと。

 一瞬のうちに視界を失った衝撃、そして目という急所を突き刺された痛みにより、牙剣大虎はその身を衝動のままに暴れさせる。

 

 次の動きを予測することができない本能的な七転八倒には流石にあーしも近づけず、安全を確保するために大きく距離を取るしかなかった。

 

 それから数分、ひとしきり大暴れした牙剣大虎は右目からドクドクと緑色の体液、人間とは異なる色の血を流し、怒りを湛えた左目でこちらを睨む。

 

「今ので仕留められなかった、か」

 

 こちらは無手、武器はない。

 片目を潰されるというダメージを受けたとはいえ、牙剣大虎の武器である牙は未だに健在。

 

 このまま戦って勝てるかと言えば……奥の手なしでは正直微妙な所。

 痛み分けということで牙剣大虎には去って貰い、仕切り直しとなるのが望ましい。

 

 もうすこし剣が持ってくれれば、あと一歩踏み込むことができていれば。

 あるいは剣が折れる時、ナイフではなく、短刀ほどの長さを残していれば、目のさらに奥。

 

 脳にまで攻撃を届かせ、そこをかき回すことができればこの巨体相手でも致命傷を与えることができたのだが……まあ、こればっかりは考えても仕方がないことだ。

 

 そんなことを考えている暇があるなら、今できることをやった方が建設的である。

 

「さあ、どうする?」

 

 あーしは残された鞘を武器として中段に構え、ぐるぐると挑発的に回す。

 鞘はただの木製、ちょっと頑丈な鈍器でしかなく、牙剣大虎の強靭な皮膚や筋肉を貫けるほどの攻撃力はない。

 

 どちらかといえば、魔力で強化した拳で殴った方が有効打になるだろう。

 

 だが、牙剣大虎は折れた剣でその右目を抉られたばかり。

 

 そこに鞘を突き込まれてかき回される可能性を考えれば、如何に魔物であっても本能的な恐怖がこみあげてくるのは間違いない。

 

 その証拠にあーしを憎々しく、今にも飛び掛かろうと睨みつけている牙剣大虎の視線が少しだけブレる。逃げるべきか、このまま戦うべきか。

 

 災害級の魔物にとって、群れの仲間を失ったことそのものは些細な問題だ。

 

 感情的に良くも仲間を!ぐらいの感覚はあるだろうが、戦力的には良くも悪くも誤差でしかなく、このまま戦っても牙剣大虎の不利には働かない。

 

 災害級の魔物とまともに戦えるのは同じ災害級の魔物か、亜人だけといっても過言ではない。

 

 何事にも例外というものは存在するが、ブロンズ級冒険者の「神立」を受けてようやく表皮に傷がつくかどうかというほどに基本のスペックに大きな差が存在する。

 

 尾根の向こうにいる3人があーしに加勢したとしても、それが致命打になるわけではない。

 災害級の魔物視点で見て、ちょっと面倒な状況になったという程度。

 

 戦力になるのはクロちゃんだけだが、高いスピードを誇る牙剣大虎相手だと正直ほぼ戦力外。

 

 あーしに武器が無い状態で奇襲を決めてもその一度では仕留めきれず、その後は翻弄されるか、距離を取られるだけ追いつけなくなってしまい、結局あーしとの1対1になるのは容易に想像できた。

 

 故に、牙剣大虎の思考としては、このままあーしと戦って勝つことができるか。

 自分の命を保つことが出来るかどうかに帰結する。

 

「グッ……ルルルアアアアアアア!!!」

 

 1分にも、10分にも思える静寂の後、牙剣大虎が選んだのは撤退であった。

 牙剣大虎は捨て台詞を吐くかの如く一吠えすると、来た道を戻って山の中へと消えていく。

 

「ふー」

 

 それを見届けた後、あーしは深く息を吐く。

 

 手負いの魔物、災害級の魔物を仕留め切れず、人への憎しみを植え付けて終わったのは良くなかったな。

 

 でも、あの武器でこれ以上となると厳しかったんだよな。

 どうするのが正解だったのかなと、誰も見ていないのをいいことに思わず考えて、黄昏てしまう。

 

「やめやめ、難しい事を考える必要はない!」

 

 剣代わりに構えていた鞘を腰元に戻す。

 災害級の魔物を一人で撤退に追い込んで、もっと上手くできたかもなんていう思いを知られるわけにはいかないと、気持ちを切り替える。

 

 亜人とは災害級の魔物とも戦える個人。

 恐れられたり、崇められたりすると面倒なことになるから気を付けなければならないと婆ちゃんから言われていたことを思い出し……。

 

 あーしは努めて普段通りであるように表情を作り、3人とクロちゃんの元に戻るのであった。

 

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