吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
「……?」
「
「実在する神話級の魔物……ですか?
無限獣、アルケミーが吐き出すように言った名前、それに対する一同の反応はどういうわけか、とても淡泊なものだった。
吾輩と僻地の出身であるタマモは勿論、ノーザンヒル男爵家の人間であるルシアンと、冒険者ギルドの長であるダイヤ。この立場の異なる人々が揃って「知らない」「聞いたこともない」という反応を示している。
つまりは、無限獣とやらはその程度の知名度ということだろう。
また、吾輩が無限獣と言われてピンと来ないということ、コレも無限獣とやらに一般的な知名度がないという事実を後押しする。
本であるが故に聴覚があるはずもない吾輩は、正直な話をすると、正しく皆のいうことを認識できているかがかなり怪しい。
吾輩はルシアンが「神狼」という名前を口にしたと認識しているが、実際にはまったく別の単語。この世界の神話にでてくる狼の名前を口にしていたのが、自動的に翻訳された結果として「フェンリル」と認識しているという疑惑がある。
この点を考えると、「無限獣」はこの自動翻訳に引っ掛からない。
自動翻訳が行えない程度にはマイナーな存在である可能性が高まってくる。
勿論、単純に吾輩の知る知識の中で無限獣と似た生態を持つ空想上の生物が存在しないため、アルケミーの言葉がそのまま直訳されたかのような認識をしている可能性もあるのだが。
「まあ、聞いたことが無いのも無理はない。無限獣の存在は一部の研究者か、それをまとめる為政者しか知らんじゃろうからな。」
「研究者しか知らない……?」
「古代の魔法文明を滅ぼした要因の一つなのじゃ。無限獣とはな。」
『古代文明を……!?』
あの古代文明を……?
3人は滅茶苦茶に驚いた反応をしているが、……それは本当に凄いんだろうか? たぶん、凄いんだろうな。吾輩は古代文明が実際どの程度だったかを知らないから、ちょっとリアクションを取りにくいけど。
だが、僻地の山中。
山奥にあれだけの施設を作れる文明を滅ぼせるのはただ事ではないというのは確かだ。この世界に置ける古代文明とは吾輩にとってのアトランティスやムーではなく、ローマやマケドニアのようなものだ。
吾輩の確認した古代文明の技術など、空気の汚れを感知して自動運転を始める程度のものだが、逆に言えば、古代文明は最低保証でそれをやってのけていた。
地球で言えば、1980年代後半から2000年代前半に実用化されていた技術をである。
科学と魔法という異なる進化の道筋を通った文明を単純に比較することはできないというのは大前提。
しかし、ざっくりと無限獣には「自動換気システムが実用化された文明を滅ぼす力がある」と考えればなるほどそれはとんでもない。
並のファンタジーに出てくる魔物と比べてみても別格。
神話の怪物と呼ぶに相応しい力を持っているのは間違いないと言える。
ただ、こうなると気になるのは、何故それだけヤバい魔物が実在しているのにもかかわらず、研究者や為政者はその存在を広めないのかである。
庶民に対してはともかく、日々の魔物の討伐を行う冒険者ギルドや貴族にすら伝えていないのはどういうことなのか。
この点については吾輩だけではなく、ルシアンも気になったようでアルケミーに速やかに質問を飛ばしていたのだが……。
「でも、そんな危険な魔物が実在するというのなら、何故それを冒険者ギルドにすら教えていないんですか?」
「なんでってそりゃあ……そんな生物が実在すると言われても、パニックになるか、信じないかじゃろ?」
それはもう、納得するしかない答えが返ってきていた。
神話級生物の実在、それは日本で言えば特撮にしか出てこない怪獣のようなものだ。未来の技術や宇宙の技術を取り込み、超兵器を手に入れた魔改造自衛隊でも勝てない。文明が滅びる危機レベルの相手が実在していると言われるに等しい。
そんなものが存在しているとニュースで報じられれば人々はパニックになって物資の買い溜めに走るか、それを冷笑して嘲笑うか。
あるいはそもそも自分には関係ないと華麗にスルーしてしまうか。
それを考えると、仮に現代日本であってもそんな怪物の存在を認めたり、広めたりすることはできないだろう。
政府上層部の極一部と研究者が知るに留め、極秘裏に対策を行うであろうことは容易に想像できる。
今回、アルケミーが無限獣の存在を知っていたのも王都の中央学院で教職を務めた経験があったからこそ。
日本でいえば、たぶん、首都にある国立大学勤務――しかも、元冒険者の叩き上げ。
現場のプロとして招聘されていたからこそ知る機会があったのだと考えれば、それ以外の面々が知らないのにも納得がいく。
「正直、儂も信じておらんかったからな。遺跡で手に入れたコレを見るまでは」
そういってアルケミーが取り出したのは吾輩にとっても馴染み深いスマホ……のような何か。
つるつるとした表面は光ながら何かを映し出しているが、裏面を意識して見るとカメラに該当するものがないので、恐らくはただの映像・画像記録系のデバイスだろう。
カメラがついていないのにも関わらずそれなりに厚みがあるのは技術力の問題なのか、それとも別の要因なのか。
無限獣が滅ぼしたという文明の技術レベルを推測するという意味で興味が尽きないが、今はそんなことを考えている場合ではない。
そのうちYes/No問答を駆使して弄らせて貰おうなどと考えつつ、吾輩はポシェットの中から這い出た。
既に吾輩が本であって本ではないという事実を知ってしまったことによる動揺は収まっている。今はちゃんと話を聞いているということをアピールするべき時だ。
「これは……あの怪物……?」
「なんか羽根とか生えてるし、触手もこっちの方が大分ゴツいように思えるけど?」
アルケミーが取り出した記録端末に移っていたもの。
それは先日遭遇した触腕の怪物が成長、あるいは進化をしたらそうなるだろうなという漆黒の異形だった。
吾輩が思い出すのは、幼き日に見たとある特撮に登場した怪獣だ。
時代を考えるととても映像が綺麗で、空中戦の描写が素晴らしかったあの映画。
色や足回りなどに大きな違いがあって決して似ているわけではないが、恐ろしくも、どことない神々しさ。
そして、一つの文明を滅ぼしてもおかしくないほどの威圧感という意味では似たようなものだろう。
「確かに、見た目は違うように思えるかもしれんがな。無限獣とはその名の通り無限に強くなる魔物。この姿はそのうちの一形態に過ぎん。」
そういうと、アルケミーはお爺ちゃんが初めてスマホを触るようなちょっと慣れない手つき――。先日遺跡で手に入れたばかりなので当然なのだろうが――で他の資料を表示する。
二つ、三つほどページを動かす操作を行うと、そこには確かに先日遭遇した「触腕の怪物」の姿があった。
それを見て触腕の怪物と先の異形が同一の種族であることに納得したのか、タマモはアルケミーに疑問をぶつける。
「無限に強くなる魔物……か。それは、幼体が生態に成長するのとは違うの?」
「どうやら違うらしい。成長は長い時間をかけてゆるやかに、決まった形で行われるものだが、無限獣は自らの危機に瀕した時。それに対応するように姿を変えると文献に残っている」
「自らの危機に対応する様に姿を……」
「一度炎に焼かれればそれを学習。しばらくすると炎をものともしない強靭な体になるというのをイメージすると良かろう」
「ヤバいじゃん」
「そう。ヤバいのだよ。無限獣という魔物はな」
「いや、そうじゃなくて、あーし、この間仕留めきれずに逃がしちゃったんだけど」
ヤバい。
確かにこれはそうとしか表現できない。
先日、吾輩たちは無限獣と交戦してそれを取り逃がしている。
タマモが剣で触腕を切り落とし、ダイヤが砲撃魔法で爆撃した個体をだ。
アルケミーのいう無限獣の生態が正しいのであれば、次にあの個体と出会う時。
無限獣は斬撃と砲撃への耐性を得ている。
具体的にどのように耐性を得るのか。
そもそも切られないようにより硬い体組織を得るのか、それとも切られても即座に回復できるような再生能力を得るのかなど不確定な部分も大きい。
だが、どちらに転んだとしても、先日よりも倒しにくくなっているということは明らかなのだ。
「確かにそれはまずいな……だが、そこまで心配する必要はないと思うぞ」
「え、なんで?」
「無限獣が姿を変えるのは命の危機に瀕した時。命の危機に瀕さぬ時でもその学習能力を発揮できるなら、恐らく世界は既に滅んでおるはずだ」
「あ、そうか。ちょっと転んだとか、虫に刺されたぐらいで進化されてたら、あっという間に倒せなくなるってことか」
「そういうことじゃが、もうちょっと何か言い方はないのか……?」
タマモのあまりにも俗っぽい言い方にアルケミーは呆れた様子を見せる。
確かにそれはそうなのだが、もうちょっと何かあるだろうとでも言いたげな言い方だ。
「ですが、命の危機以外で進化をしないなら、何故古代文明を滅ぼす要因になったのでしょうか?」
「あ、それはあーしも気になる。ようは進化をする前に倒しちゃえばいいんでしょ? 古代文明ならあれぐらいの相手、どうにでもなるでしょ?」
「それがだな……あの無限獣の体はどうやら本体ではなく端末。核となる本体を叩かなければ何の意味もないらしいのだ」
『―― は?』
「核を破壊しない限り無限獣は何度でも蘇る。端末の学習はやり直しになるらしいが、一度でも処理に手間取れば、それだけで手に負えなくなる」
ルシアンの疑問、あの程度の相手に何故古代文明が滅ぼされたのかという問いに帰ってきた答えは予想外のものであった。
あの触腕の怪物は本体ではない、核はまったくの別の所にあるという事実。
なるほど。それは滅ぼされるわけだというか、とんでもない初見殺しもあったものである。
吾輩たちは古代文明が残した資料を以て、無限獣がそういった生態であることを知っている。
しかし、当時の古代文明は当然、無限獣の生態がそういったものであるということを知らなかったのだ。
その状態で何度も蘇られては溜まったものではない。
この世界に「魔物」が存在する以上、古代文明が知らない所で無限獣と魔物が戦闘。学習を進めていくこともあったと考えると……古代文明が滅んだのも必然だ。
自分たちと関係のない所で災害級の魔物を相手に学習を進められ、それが幾度も再出現を続ければどのような事態が起こるのかなど、誰の目にも明らかなのだから。
★
それから、無限獣の危険性を正しく認識したダイヤは血相を変えて男爵に連絡。現在ノーザンヒルの外に出ている冒険者もその多くを都市内に戻し、偶発的な戦闘を回避することで、不要な学習の機会を与えない方針を取った。
これは都市外の情報を得にくくなるという諸刃の剣ではあるが、都市外に出ている冒険者が無限獣と遭遇した時。
学習されるのが怖いから無抵抗で死んでくれというワケにも行かない以上は当然の判断だろう。
これまで以上に戦力を集積し、一度の戦いで必ず仕留めきる戦力を確保するため、アルケミーやノーザンヒル男爵と共に関係各所への根回しや調整を始めることになり、あの場は解散となったのだが……。
それによって明確に暇を持て余すことになったのがタマモである。
このような事態になるとタマモはブレトンへと戻ることなどできようはずもなく、完全に暇を持て余していた。
勿論、別にこれ自体はタマモにとっても不満などあろうはずもない。
非常時ではあれども緊急時でない現在は面倒な調整や配慮などをタマモが行う必要が無く、この地に残らざるを得ないのも物流の観点からみて当然のことだ。
古代文明すら滅ぼす無限獣によってノーザンヒルという都市が落とされれば、ブレトンは遠い山奥で完全に孤立することになる。
魔物の脅威を存分に理解している彼女にとって、無限獣を討伐するまで待機するというのはなんら問題のあることではないのだが……。
「暇……」
だろうね。
そう、ノーザンヒルは決して大きな都市ではない。
人口1000人から2000人程度の小さな城塞都市だ。
つまり、観光をするにしても何にするにしても、それはあっという間に終わってしまう。
勿論、現代人から見て暇なのはブレトンも変わらない。
テレビもパソコンもスマホもない山奥に遊べるものは何もない。
しかし、地元であったり自分の家というのはそれだけで安心できる場所、くつろげる空間である。
自宅であれば暇を持て余して室内でゴロゴロしていても誰からも咎められず、剣を振るうなどして体を動かすのも自由である。
だが、それが地元ではない……旅先だったり、借り部屋であればどうだろうか?
そう、なんとなく他の目を気にして日課をこなすことができなくなったり、借りた部屋を汚してはいけないと遠慮してしまったりするのだ。
故に、タマモは吾輩の源影を指先でつついたり、手足を握ってちょっとしたポーズを取らせてみたり。
ペットとの触れ合いにも似た何かで時間を潰していたのだが……流石にそれが一日、二日と続くと色々な意味で苦行としかいえなくなってしまう。
タマモの狐耳はペタりと垂れさがり、テンションは最底辺と言ってよい所まで下がり切っている。
コンコン
そんな時、タマモがラルドから借りている部屋の扉が叩かれた。
「んー?だれー?」
「私だ。ルシアンだ」
「え、ルシアン? ……ちょっとだけ待って」
現在、ジュエルボックスは普通に営業中、一体誰が訪ねて来たのかと困惑するタマモだったが、声の主はルシアンだった。
タマモはちょっとだけ困惑……多分、このまま……自室で過ごすための緩い恰好をしたまま出ていいか迷ったのだろうが、流石に相手は三男とはいえ男爵家の人間。
ラフな格好では流石にまずいと判断したらしく、パタパタと身嗜みを整える。
とはいっても、借りた部屋に礼服があるわけでもないので、上着を軽く羽織り、剣を腰に帯びていつもの冒険者スタイルにした程度のものだが。
「……気を遣わせてしまったか、すまない」
「この程度なら別にいーよ。いくらあーしでも、流石に下着姿で人前に出るのは嫌だし」
こういうところなんだよな。
滅茶苦茶チャラい見た目、放蕩貴族的な恰好をしている癖に、バタバタとした音を聞いて「気を使わせた」とかそういう発言ができるからルシアンはルシアンなんだよな。
良い意味で自分の来訪が他人に迷惑をかけることを理解しているためか、基本的に腰が低いのは彼の長所である。
「それより、何の用? 無限獣関連で動きがあったならギルドからだと思うんだけど……ルシアンがくるってことは、違うよね?」
「ああ。これは私個人の用件というか、この間のお返しだ。少し時間を貰えるだろうか?」
「個人的な要件……?」
「報酬は私にできる範囲で努力させて貰うと言っただろう?」
「あ、あれって本気だったんだ。名分ぐらいにしか思っていなかったから、気にしなくても良かったのに」
ルシアンの用件は先日の男爵家としての徴用、アルケミーの救助に関わる報酬だと言われ、タマモは手をひらひらと振る。
まあ、確かにタマモとしては吾輩のことをお偉い先生に聞きたいという前提条件に乗っ取り、それによって救助に向かったという認識である。
それに本気で報酬を求める気はなかったというか、自分が動くための名分をくれただけで十分という考えだったに違いない。
「そういうわけにもいかない。それに、タマモは自分の腕に見合う武器がなくて困っているんだろう?」
「まあね。元の剣はこの街の鍛冶屋……スミスさんに預けてあるんだけど、魔鉱製の偉く立派なものだったらしくてさ。火種から取り寄せないと駄目なんだって」
「スミスさんの所で打ち直せない剣……?」
「うん。ウチの婆ちゃんからあーしが剣を振り始めた頃にコレを使えって渡されてたやつなんだけど……予想以上によいものだったらしくてさ」
「ははは。普段使いしている剣が思っている以上に名剣だったというわけか。ならば丁度いい」
だからこそ、そんな期待していなかった報酬を貰えると聴き、彼女は目を輝かせる。話の流れからして、これは剣を貰える。
ちょうど困っていたものが手に入るぞとばかりに耳と尻尾が揺れ動く。
それをみて、ルシアンはちょっと苦笑い。
現金な奴とか、あるいはここまで喜んでもらえるとは思っていなかったといったような表情だが……。
「私の家の倉庫に収められている剣……贈呈用のものから好きなのを一本、持っていくと良い。単純な鉄製よりは良いものがあるはずだ。」
「本当にそんなものを貰っていいの!?」
確かに、報酬にここまでテンションを上げて貰えるなら、そういった反応になるに違いない。吾輩の知る限り、タマモはこれまでで最もうれしそうな表情をしていたのだから。