吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
ノーザンヒル男爵の屋敷は、街中央の広場に面した場所にある。
貴族として、この町の統治者として、事実上の官公庁としての機能も内包されているという事もあってかこの建物はこの町で最も大きく、また豪奢な作りをしている。
タマモがルシアンに連れられてやってきたのはそんな場所……ではなく、それに隣り合うように建てられた建物だ。
ノーザンヒル男爵の屋敷に比べると装飾などはされておらず、聊か簡素な印象を受けるそれはルシアン曰くノーザンヒル家の倉庫。
普段使いすることはないが、絶対に必要になるものをまとめて保管するための施設らしい。
「入ってくれ」
「お、おじゃまします……?」
物々しい鍵を開け、中に入ることを促すルシアンにタマモは微妙に緊張した様子を見せる。
彼女にしてはちょっと珍しい振舞いではあるが、この倉庫もノーザンヒルを収める男爵の屋敷みたいなものだしな……そりゃ緊張するよな……。
キョロキョロと周囲を確認するタマモの真似をするように、吾輩も源影を動かす。
まず最初に目につくのは部屋の中央に陳列された立派なプレートメイルやレザーメイル。そしてその上から吊り下げられた兜や頬当ての数々である。
これだけで中々に物々しい印象になるのだが、左右に目を向けると壁には肘当てと脛当て、四隅には樽にまとめて剣や槍が保管されている。
……倉庫というよりは武器庫、あるいは博物館だろうか?
思った以上にかっちりと収められた武器防具にはインパクトがあるというか、これだけで既にかなりの見ごたえがある。
「おおー……。これは凄いね」
そのように感じたのは吾輩だけではなかったようで、タマモは目についたプレートメイルを指先でコンコンと軽く叩いて感嘆の声を上げている。
似た作りのものもあればまったく違う作りの物もあるので、武器防具が好きな人であればそれだけで1日は時間が潰せそうだ。
「おっと。ここらへんの剣や鎧は有事の際の備品だから、気に入ったのがあっても持って行かないでくれよ?」
「あ、ここから持って行っていいわけじゃないんだ」
「流石に贈呈用のものはもう少しちゃんとした所に並べてあるさ」
ルシアンはそういうと、数多の武器防具の先に作られた扉を指し示す。
なんというか、ちょっとワクワクする。
プレートメイルとレザーメイルの間を抜けてその部屋を目指す間に、小部屋の中には何があるのだろう。
贈呈用の剣とはどんなものなのだろうという少年心がくすぐられる。
この倉庫を作った人がそういった真理を理解して、手柄を上げた人間の気持ちを高めようとしてこの部屋を作ったのではないかとすら思わされてしまう。
そんな感情を抱いたのは吾輩だけではなかったようで、タマモは並べられた武器防具をかき分けるようにして進んで扉を開いた。
「ほー……」
そこはそれまでのかっちりと武器防具が並べられた場所ではない、すっきりとした空間。
置いてある鎧はその一つ一つがトルソー人形に飾り付けられていて、完全武装した時にどのような外観となるのかが一目で分かるようになっている。
剣や槍にしても先ほどまでは雑に樽にまとめられていたのが、この部屋ではキチンとスペースを取ってガラスケースに収められて明確に展示を目的とした飾り付けがなされている。
中でも目を引くのが、こういった武器防具の一つ一つに来歴や概略が書かれた説明書、あるいは鑑定書が付属していることだ。
この剣は炎属性の魔石を使ってどこぞの名工が作っただとか、材質はなんだとか、高名な冒険者が使っていた鎧だとかといった情報が書かれていて、こんなものを下賜して貰えるのかとテンションを高めてくれる。
「これ、こんなに立派に並べられたものから好きなものを持って行っていいの?」
「一本だけだがな」
タマモは目を輝かせる。
そりゃそうだ。この中から一本自由に持って行っていいと言われたらそんなキラキラとした目にもなろうというものだ。
吾輩だって本でなければきっとそういう目をしていて、ルシアンに吾輩にも一本貰えない!?なとと言い出していたに違いない。
「でも、あーしには何が良いものなのか分からないんだよね」
「安心して欲しい。私もだ」
しかし、残念ながらタマモには刀剣に対する審美眼などはなかったようで、何を貰えばよいのかは分からないようだ。
ルシアンは……これまでの行動からして謙遜な気がするが、どうだろうな。
一種の芸術品ともいえる刀剣類に関する審美眼というのは経験がものをいう。
それこそ貴族としての職責を果たして経験を積み、様々な良いものと悪いものを見た上で養われるものである。
故に、こればっかりは見た目がとんでもなく軟派でチャラいだけで、できる男であるルシアンも若さゆえに、本当にいまいちよく分かっていない可能性もある。
吾輩は勿論、全然わからない。
ゲームに出てくる名刀や宝刀の名前ぐらいは知っているとはいえそれだけ。
実際に見たことがあるのは観光地化した城に飾られているご当地名剣程度。
模造刀と本物を並べられても見分けがつかない自信がある。
製造法の違いによって見る人が見れば刃先などを根拠に一発で分かるというが、少なくとも吾輩にはさっぱりだ。
「こんなに立派に飾られていて、概略が書いてあると、全部良い物に見えちゃうんだよねえ」
「少なくとも、市井に置いてある剣よりも良いものなのは間違いないはずなのだがな」
「素材からして違うとは書いてあるけど、どう違うのかはねえ……」
故に、タマモがどの剣を貰うのかについてはその剣に添えられている説明文依存。
概略を呼んで判断するしかないのだが、まず、誰それが作った、どの工房が作ったというのが参考にならない。
現代の美術館や博物館で「作:村正」だとか「作:兼定」だとか紹介されて並べてあっても素人目にはそれが本物なのか、本物だとして、どの程度のグレードなのかが分からないのと同じである。
そういった意味では材質をベースに考えるべきなのだろうが「ミスリル」と「オリハルコン」を8:2の比率で使った合金である。
刀の部分は「鋼」だが芯の部分は「アダマンタイト」である。この合成配分は魔力の伝導効率を重視している。
魔石の性能を存分に生かすために全てを「ミスリル」で作っているなどと書かれていたとしても、鍛冶屋ではない吾輩たちではこちらも良く分からないけどなんか凄そうという以上の感想を持つのは難しい。
「この中から一本と言われると迷うけど……うん?」
そんな風にしてあーでもないこーでもないとタマモが迷っていると、部屋の端。
ひっそりとした場所に一本だけ、ガラスケースに入っていない剣が壁に立て掛けてあるのを見つける。
「偽剣叢雲……?」
叢雲といえば草薙の剣という名で知られる神剣、アマノムラクモをまっさきに思い浮かべるが……。
なんで異世界ファンタジーにそんな思いっきり日本由来の剣があるんだという思いと同時に、その名前に疑問が浮かぶ。
偽剣ってなんだよ偽剣って。
なんで偽物が混ざってるんだよ。
そんなこの場にあるには似付かわしくない剣に興味を持ったのはタマモも同じだったようで、彼女は熱心に概略に目を通していた。
★
・偽剣叢雲
初代様が緋緋色金で作られた「神剣 天叢雲」であるとして商人から購入した愛刀。
緋緋色金は神代の時代に存在した金属であり、錆びず、曲がらない剛性と魔力を通しても殆ど減衰しない柔軟性を併せ持つ。
当時、まだ冒険者であった初代ノーザンヒル男爵は旅商人が目玉としていたこの剣に一目惚れ。
実際に振るってその素晴らしさに感激して本物の神剣だと確信して当時持っていた全財産を投じて購入。初代様の愛刀としてその生涯を支えた。
しかし、後に本物の「神剣 天叢雲」を持つ「天剣の勇者」が活躍したことでこの剣は「神剣」を巧妙に模した贋作であることが判明した。
★
……らしい。
他の剣が何代目の男爵が戦で手柄を上げて褒章として下賜された。
どこぞの貴族との婚姻の記念に贈られたものだと言った輝かしい来歴が語られる中、唯一、明確に偽物であることが記された剣。
つまり、あれだ。
吾輩の感覚で言えばどこぞに鑑定に出したら偽物であることが判明したが、「良い仕事をしているので大事になさってください。」と言われてしまった剣である。
ノーザンヒル男爵家としても恐らくは「初代様の愛刀だからなぁ……」ということで保管はしているが、明確に偽物であることが判明しているので必ず保管し続けなければならないという程ではない。
むしろ、ノーザンヒルに貢献した冒険者に下賜をするなどして手放したいが、下賜される側としても他に様々な名剣、宝剣がある中で明確に偽物だとされた剣を選ぶ理由がない。
結果として、何かの機会にガラスケースの外に出され、壁に立て掛けられてそのままになってしまったのだろう。
とはいえ、贋作といえども新選組の近藤勇が使っていた「虎徹」のようなものだと考えると意外と悪くないのかもしれない。
むしろ初代ノーザンヒル男爵の生涯を支えたというのは実用品という意味でプラス要素なんじゃないかと考えていると……。
「いいじゃんコレ。気に入った。」
「い、いいのかい? それ、正直、あんまりお勧めできないぞ?」
「いいよ。だってこれ、初代ノーザンヒル男爵が使ってた剣なんでしょ? 頑丈そうじゃん!」
まさしく、明確に実用品であることはタマモにとっての評価要素になったようだった。
「それに、こういう理由で選ぶのも良くないとは思うんだけど、お勧めされないのもいいかなって」
「どういうことだ?」
「いや。こうしてルシアンから名のある凄い剣を貰って、それで直ぐ折ったりしちゃったら……」
あー。
なるほどねえという空気が部屋の中に流れる。
確かに、タマモはノーザンヒルを訪れてから短い間に3本もの剣を折ってしまっている。
その原因になったのは
それはそれとして、その次の剣もあっさりと折れたりしないだろうかと思うのには十分な数である。
そこでノーザンヒル男爵家から下賜された名剣を使って魔物と戦闘、翌日に叩き折りましたとかは……まあ、うわあってなるな……。
「その点、この剣はいいよね。初代様の愛刀だった。つまり、長い間折れなかったってことで、強度は十分だろうし」
「それに、仮に折れたとしても古いものだったからということで角が立たないし、使い続けなくても良いと」
「そゆこと。後は、あーしが今まで使ってた剣と寸法が近いのもあるよね」
説明されてみると実用品であること以外の点で考えても納得の理由である。
タマモが求めているのはブレトンで使っていた剣、強度的にも信頼できる剣が打ち直されるまでの繋ぎの武器。
この場で手に入れた剣を使い続けたいというわけではない。
そういった意味で、ここであまりにも立派な剣を貰ってしまうと、雑に使えないのに長い間使い続けなければならないとなって処遇に困ってしまうのだ。
だが、その来歴故に贈答用の倉庫に置いてあったとはいえ所詮は贋作であるこの剣は多少雑に使っても、倉庫に眠らせて置いても特に問題はない。
むしろ叩き折った方が「初代ノーザンヒル男爵が購入した剣は偽物ではあったが最後まで戦場で戦い抜いた」として箔がつくのではなかろうか。
……流石にそれはダメか。武器というのは命を預けるものであり、壊れないならそれに越したことはない。
「だから、この剣を貰いたいんだけど、どう?」
「ちゃんとした理由があるならば問題無いとも、父上への報告は私がしておくから、自由に持って行ってくれ!」
「さんきゅ!ありがとね!」
それに、タマモはそんな理由を抜きに、恐らく部屋の片隅に立て掛けられていた剣を一目見て気に入ったことは容易に想像がつく。あの笑顔を見れば、偽物だろうと長持ちしてくれればよいなと思うのは当然の事だろう。