吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~   作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)

3 / 10
プロローグ 人里へ向かう

 

 暗く長い洞窟を抜けると、どこかの山奥、森の中だった。

 視界全体が様々な緑に染められたツルとツタの世界。

 

 洞窟の入り口こそ人の手……というよりはゴブリンの手が加わっていたのか、そこそこに整備されている。

 

 しかし、それ以外はまさしく大自然という様相であり、この山林一帯は誰かの手によって管理されていないことが明らかで、改めてゴブリンたち以外にこの洞窟を使うものがいなかったであろう事を認識させられる。

 

 ようやく外に出れた、暗く、汚い洞窟からはこれでおさらばできるという感慨に思わず走れないのに走り出したくなってしまうが、吾輩は弾む気持ちをグっと堪える。

 

 とにかく、一度雨が降るのを待つ。

 

 これは洞窟から脱出できるという確信を持った時から決めていたことだ。

 人が雨に打たれれば体温を奪われて風邪を引くだけですむが、「本」である吾輩はそうはいかない。

 

 本は雨に打たれれば濡れてふやけてぐちゃぐちゃになり、物理的に損傷してしまうのだ。

 

 それを防ぐためには天気が崩れる前に屋内へと逃れるしかないが、残念ながら吾輩には何処ならば雨を避けられるのかという知識がなく、「源影」は吾輩を持ち上げて迅速に移動できるほどの力を持たない。

 

 維持時間を犠牲にして徹底的に源影の強度を強化、ぶんなげるという手段自体はなくもないが、それで吾輩が空中分解しないかと言われると正直自信はない。

 

 本は最悪鈍器になるレベルで頑丈であり、教科書などは子供が全力で遊びに使っても損壊しない強度を持っているが、吾輩がそうなのかと言われると……まあ、怪しい。

 

 吾輩に使われた製本技術自体はしっかりとしているというか、紙でも皮でもない金属質な何かで作られているためそれなり以上の強度はあるのだろうが。

 

 多分恐らくきっと頑丈に製本されているだろうという予想に今生を捧げる勇気は存在しないのだ。

 

 故に、現在確認したい情報は影空間にも雨が降るのか否か。

 

 現時点で影空間について分かっていることは「通常空間とは薄皮一枚を隔てた場所にある謎空間であること」と「通常空間からは視認できないが、影空間からは視認できること」だけ。

 

 しかし、仮に「通常空間からは視認できない」のが単純に見えていないからではなく、「通常空間からは如何なる干渉も受けない」という意味だったらどうなるだろうか。

 ゴブリンのような魔物だけではなく、本にとっての天敵である雨や湿度からも逃れられるのではないかと考えたのである。

 

 勿論、それを試すのは今でなくてはならない。

 影空間ならばきっと大丈夫だろうと考えて逃られない野外で雨と遭遇、濡れてふやけてボロボロになった後では手遅れなのだ。

 

 三日、四日と。

 洞窟の入り口付近で魔術式を弄り続けながら雨を待つ。

 

 雨はまだ降らないのか、もしかして雨が降らない地域や世界なのか。

 いや、ここまでツルとツタが生えているなら常識的に考えてそれなり以上の降水量はあるはずだと考えながらやきもきすること2か月。

 

 心なしか緑の世界も生気を失い始めた頃、吾輩はようやく雨と遭遇することができた。

 

 そこで分かった事実はただ一つ。

 

 影空間に、雨は降らない。

 影空間は通常空間の隣にあるだけで完全に隔離された世界であるという事。

 

 欲しかった確証が得られたことに吾輩はヨシと出来もしない笑みを浮かべ、ガッツポーズをした気分になる。

 

 これで移動に障害はなくなった。

 

 影空間の内部では源影を生み出せないため移動はできないが、これから先。

 移動中に雨に降られたり、誰かに拾われそうになっても影空間に退避すればとりあえずは安全が確保されるのだ。

 

 影空間に干渉できる相手だとまずいが、流石にそこまで想定して行動することはできないというか、そこまで考えると、吾輩は一生この洞窟から離れることはできなくなる。

 

 源影で探索を行うこと自体はできるとはいえ、それでも射程距離や維持範囲に限界がある以上、吾輩本体の移動は必要不可欠。

 

 もう、代り映えしない岩肌の世界にいるのは勘弁であるし、なんならこの2か月でどこを見ても緑の世界も嫌になりつつある。

 

 吾輩は刺激が、新鮮な刺激が欲しいのだ。

 

 ★

 

 がさがさ、がさがさと。

 

 本に草が触れて擦れる音がする。

 森の広さと緑の深さ、そして地面に溢れる枯れ葉に辟易しながら、吾輩は着実に森の中を前へ前へと進んでいた。

 

 幸いにして川にはぶつからず、時折見たこともないような、ヒグマ以上の体格を誇る獣や大型の魔物としか呼べないファンタジー生物から逃れるために影空間での休息を挟みつつ、少し、また少しと源影に持ち運ばれてゆく。

 

 どれほど進んだのだろうか、生み出せる源影の歩幅が歩幅なので体感時間ほどは進んでいないのか、あるいは疲れを知らずに動き続けられる点を生かして思ったより進んでいるのか。

 

 それにしたってもうちょっと何かあって良いだろうと思った頃、ようやく視界に変化が現れる。

 

 周囲一面が緑に包まれる中で、不自然に草木の少ない場所――。

 即ち、道へと行き当たったのだ。

 

 勿論、その道は現代社会のそれと違って舗装が成されているわけではない。

 

 しかし、その草木が少ない場所は間違いなく道であり、管理が余り行き届いていない登山道と同じ程度には人の手が加わった跡があった。

 

 こうなれば選択肢は二つ。

 上るか、下るかだ。

 

 一般論で考えれば、大きな町へと向かいたいなら山を下る道へと向かい、小さな村や集落へと向かいたいなら山を登る道を選ぶべきと言った所だろうか。

 

 勿論、この世界で吾輩の持つ常識が通用するかは分からないのだが、流石に山の上に大きな町を作ると輸送が大変だというのはどこの世界でも共通なはず。

 

 それを考えれば、吾輩は少しでも人の多い大きな街を目指すために山を下るべきだと考えて……。

 

 ―― いやまて、吾輩が大きな町に向かう理由があるのか?

 

 改めて、自分が本であることを考える。

 これが人間の体であれば、例えば大きな町にいって仕事を探して日銭を稼いだり、美味い物を喰い、美味い酒に酔うという娯楽が重要になる。

 

 だが、現在の吾輩は本なのだ。

 大きな町にいっても仕事はできないし、飲食など以ての外。

 

 それどころから、自立して動く不思議な本として無駄に興味を引いてしまったり、回収を狙われてしまうリスクすら存在している。

 

 また、人口の多さ故に影空間に干渉できる相手と出会う可能性が高い事も考慮すると、吾輩が都市に向かう場合のメリットがあるのかは甚だ疑問である。

 

 情報収集としては都市の方が有効に働くだろうが、現時点ではその情報を入手する方法、そして、情報を生かす手段を持ち合わせていないのが現状ということを考えれば……。

 

 故に、吾輩は多少は整備された道を登って小さな村や集落へと向かう事を選ぶ。

 

 この世界が一体どういう世界なのかの情報を集めるため、そして、その情報を手に入れる手段を獲得するために。

 

 ★

 

 何をして生計を立ててるんだ、ココ。

 

 切り開かれた山の中、雪が積もるのを防ぐためか屋根に急激な角度を付けた家屋。

 率直に表現するなら合掌造りのパチモンっぽいものが三十棟ほど、十分に目視(?)で数える程度に存在するだけの限界集落。

 

 道を進んで予想通りに人里に辿り着いた後、宵闇の紛れて村内に潜入。

 影空間の中から集落の様子を伺う吾輩が考えたのはそんな失礼な事だった。

 

 勿論、単純に吾輩の知る限界集落とは違う部分もある。

 遠目で見て、明らかに老人の数が少なく、子供の数が多いのだ。

 

 常識的に考えれば、生活が苦しいからだろうか?

 

 老人を長く養う余裕はなく、娯楽も少ないであろうこの山奥。

 労働力として計算できる子供は増えやすいのかもしれないという考えを飲み込みながら思考を回す。

 

 家屋の作りや服の様子も総合すると、文化レベルは中世から近世だろうか?

 

 魔法がある世界、ゴブリンや魔物がいる世界で現代を基準に文化レベルを考える意味は薄いのかもしれない。

 

 だが、文化レベルを確認できたからこそ、見えてくるものもある。

 

 そう、こんな他の人里から離れた山奥で、この規模の集落を維持できるのかという単純な疑問である。

 

 なにせ、ヒグマよりも大きなファンタジー生物がいる世界なのだ。

 現代日本では銃という対抗手段があり、電話による連絡から救援を呼ぶという手段がある。

 

 しかし、中世から近世の文明レベルでは銃があるのかどうか、あったとしてもまだ発明されたばかりで、電話などもっての他。

 

 他所から救援を呼ぶことができないのに、対抗手段もないようであれば、こんな山奥で生きていけるとは到底考えられない。

 

 転移魔法や通信魔法がある可能性。

 こういう集落レベルでも巨大な魔物を単騎で討伐できる強者がいる可能性。

 結界で魔物の侵入を防いでいるような可能性。

 

 いくつか、考えられる可能性を考慮して、吾輩がどのような情報を最初に得るべきかを熟考する。

 

 しかし、こうして人里にやってきて改めて思ったことだが、現在の吾輩には目的らしい目的が無かった。

 

 洞窟の中にいた時は遮二無二に脱出を目指していたが、いざこうして脱出をして、改めて集落に辿り着いても何をしたらよいのかが分からない。

 

 なにせ、「本」なのだ。

 金も食事も宿も必要とせず、何もせずに自意識を保てる人外の存在。

 

 この世界の情報を集めよう、情報を集めるために人里を探ろうと思っても、結局はその後に何をするべきかなどは分かろうはずもない。

 

 何をするべきかが分からないのだから、集めるべき情報が分からない。

 

 即ち、本になってから何度目かの手詰まりである。

 

 そこで、吾輩は先人たちの行動目標に、異世界転生系のアニメや漫画の主人公はどのような事をしていたのかに知恵を求めるのだが……。

 

 彼らの目標として王道となるのは「元の世界への帰還」や「スローライフを送る事」であったり、転生先での不遇な扱いに対する「復讐」を行うと言う物がある。

 

 この派生としてスローライフや復讐を過程とする「成り上がり」というものもあるが、ここで問題になるのはやはり、吾輩が「本」という無生物であることだ。

 

「本」が元の世界に戻ってどうするんだよ。

「本」にできるスローライフってなんだよ。

「本」にできる成り上がりってなんだよ。

 

 そして、復讐する対象すらいねえよ。

 誰に対して復讐しろっていうんだよ。

 

 残念ながら、吾輩がこれから設定するべき行動目標については先人の知恵も役には立たなかった。

 

 せめて、ステータスの確認ができるタイプの異世界転生ならな……。

 

 それができれば、「最強になる」といった小学生レベルのゆるふわな目標を立てる事も出来たのにと、益体のない事を考える。

 

 レベルが上がれば楽しい。ハイスコアを出せると嬉しい。

 

 これはゲームを遊ぶ中で現代人に植え付けられた本能のようなものである。

 ステータスが存在し、それを確認することができるのであれば、それを上げることを目標として楽しむことができたはずなのだ。

 

 その世界の人間にとっては身長や体重、あるいは50m走のタイムと同じようなもので、努力して増減させることに大きな魅力を感じなかったとしても。

 

 ゲームを遊んだ現代人であれば、理想の体型を目指して牛乳を飲み、ダイエットに励み、毎日ランニングを行うといった行為に熱意を持って取り組めたかもしれないというのに……。

 

 残念ながら、今の吾輩にはそんな日々の目標にできる物は何も残っていなかった。

 

 異世界転生……特に無生物になんて、碌な物じゃない。

 

 せめて、何か生きる目標が欲しい。

 

 現代日本ではついぞ気にしたことが無いものだったが、生物が生きる上で目標の存在は重要だったのだと、影空間の中からボーっと畑を耕す大人たちと、それを手伝う子供たちの姿を眺めながら、彼らは一体何を目的に生きているのかを考える。

 

 勿論、彼らだって「何のために生きるのか」など、常日頃から考えて生きているわけではないだろう。

 

 美味しいものが食べたいだとか、遊びたいだとか、そういった日々の楽しみ。

 明日も美味しいものが食べられるだとか、そういった小さな楽しみを糧に過ごしているのかな。

 転生前のオレはどうだったのかなと、思考が転生してから何度目になるか分からないネガティブな方向に走り出した時。

 

 吾輩は、()()に出会った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。