吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
タマモが偽剣叢雲を受け取ってから数日、彼女はラルドが所有する風通しの良い空き倉庫で只管に剣を振っていた。
とはいっても、出先での出来事だからと日々の日課を遠慮していた彼女が自分からこの空き倉庫を借りたわけではない。
偽剣叢雲を持ち帰った後、今直ぐに体を動かしたい。
ちょっと外に出て素振りをして感触を試したい。でも、他に素振りをしている人なんていないし、不審な目で見られたらどうしよう。
というような感じで露骨に挙動不審になっていたタマモに対し、ラルドがこの倉庫を善意で貸し出してくれたのである。
タマモは自由に剣が振れる場所があるならもっと早くに教えてよと拗ねていたが、吾輩としてはラルドの太っ腹っぷりにとても驚かされた。
倉庫とは商人にとって生命線ともいえる財産である。
倉庫とはそのまま商人が取り扱える品の数に直結するし、十分な在庫を確保できるかで客に与える印象、得られる信頼というものは大きく変わる。
ラルドが所有する倉庫がココだけということは流石にないだろうが、それにしたって問題なく剣を振れる程のスペースを開けておくのは機会損失が大きい。
自分の店で使う予定が直近になくとも、他の商人に期間限定で貸し出すなどすればそれだけで利益が出るはずなのだ。
それをタマモに剣を振らせるために自由に何日も使わせるなどという、一銭の得にもならない使い方をするというのはなんとも剛毅だといえた。
勿論、今は雪解けから間もない時期だ。
この倉庫が薪や炭のような燃料を中心として溜めておくもので、このタイミングで本当にたまたま空いていただけ、あるいはタマモが書いた絵を売買することで得られる利益が機会損失を補って余りあるという可能性もある。
この辺りのことは個人的に気になるので、機会があればラルドにどういった意図があって貸しているのか聞いてみたいものなのだが……。
喋るということができない吾輩では、YesとNoで答えられない疑問についてはどうやっても解決することができないのが悩ましい。
ファンタジー世界を訪れた観光客マインドでこの世界特有の事情を聴くことができれば、吾輩はこの世界をもっと楽しめたはずなのに。
「ラルド~、いるでありますか~?」
そんなことを考えていると、何か今までに見たことのない装備……かなりメカメカしい鎧に身を包み、剣を両腰合わせて四本、背中に四本。
弁慶かなにかと言いたくなるほどの出で立ちで、似非侍言葉を発する若い女性。
狸やアライグマのような耳を持った属性過多にも程がある亜人が現れた。
ラルドと呼び捨てにしているあたり、彼女はラルドの友人なのだろうが、彼女もダイヤと同様に実年齢と見た目がかけ離れているタイプなのか。
亜人という存在は初見でこの辺りの距離感が掴めないのは大変だなと思いながら、キョロキョロと倉庫内を見回す様子を眺めていると……。
「パールちゃん……?」
「え?婆ちゃん……ですか?」
唐突に、狸耳の亜人はパールの名前を口にした。
恐らくはタマモとパールを見間違えたという事なのだろうが……ならば、つまりはそういうこと。
彼女はダイヤと同じように見た目と実年齢が不一致なタイプだったらしいが、そんな人物に祖母と見間違えられてしまったタマモは大変だ。
見た目だけは自分とそう変わらないか、ちょっと年上ぐらいであるのにも関わらず、実際には圧倒的に年上である相手に自分はパールの孫娘であること。
ノーザンヒルには吾輩が原因で訪れたこと。それを耳と尻尾の両方をダラりと垂らしながら丁寧に説明する羽目になっていた。
この亜人が祖母を知っているが故に露骨に面倒くさいと言った表情こそ見せていないが、内心ではまた同じ話をしないといけないのかとげんなりしている事は、表情以上に雄弁と内心を語る耳と尻尾の様子からも明らかである。
「あんまりにも若い頃のパールちゃんとそっくりでびっくりしたのでありますよ」
「あー。よく言われます」
「サファイヤじゃないか、久しぶりだな」
「ラルドも久しぶりでありますよ」
ともかく、タマモがそうして一通りの事情を語り終えた頃。
商人よりも戦士だろとい言いたくなるほどに筋骨隆々のお爺ちゃん、ラルドが騒ぎを聞きつけてこの倉庫を訪れていた。
どうやらこのサファイアというらしい亜人とラルド氏が気安く話している所を見る限り、やはりこの2人は友人関係。
しかも年が近いタイプなのだという所まで考えて、吾輩ははたと気が付く。
ダイヤ、パール、サファイア、ラルドの間にはそれぞれ交友関係があり、その上でラルドが経営する店の名前は「ジュエルボックス」。
……コレ、ラルドという名前はエメラルドを略したものであり、彼らはアルケミーの言っていた「宝石箱」とかいう冒険者チームなのではないかと。
ファンタジー世界特有の強者、偉業を達成したと思わしき人々が目の前にいることで、思わず吾輩のテンションが上がる。
もしかしたら、この世界にやってきてから胸の高鳴りや高揚感という意味では一番かもしれない。
ヤバい。本当に喋ることが出来ないのが悔しい。
この2人が過去にどんな活躍をしたのか聞いてみたい。
「……ところで、一人で来たのか?」
「そうでありますよ?」
「コーリャマの子爵婦人が!!そんな気軽に出歩くな!!ルビウスの奴は何を考えているんだ!」
「いやー。本当は一緒に騎士団を率いてくるつもりだったのでありますよ? そしたら王国評議会の連中が動員をかけやがりまして……」
「なるほどな。ってことは、ルビウスも動員をかけてラーカワのあたりで睨み合ってるのか?」
「一応まだ睨み合いまではやっていないはずでありますな。評議会軍は動員に時間が掛かりますし、もう三日ぐらいしてからかと」
そんなファンタジーなこと思っていると、何か、もっと話を聞いてみたくなる事態がこの世界で起こっていることが判明した。
なんと、ノーザンヒルで災害級の魔物が複数匹確認されてスタンピードが起こっているというこの時、この瞬間にコーリャマ子爵と王国評議会とやらは大絶賛内紛らしきものを始めているらしいのだ。
何やってるんだこの世界の人間!!
他にもっとやることがあるだろと思わず叫びたくなるのだが……。
二人はそんな緊急時に内紛が始まっていることに対して激怒するような様子はない。
むしろ面倒な事になっているが、双方の対応は当然と言った反応をしているぐらいである。
これは一体どういうことなのかと考えて、吾輩はココは貴族の存在する中世ファンタジーの世界であり、まだ中央集権の行き届いていない封建制の時代。
しかも、情報の伝達が現代と比較して著しく貧弱な時代であることを思い出した。
水晶玉通信という殆ど口頭にも近しい伝達手段で以て、「スタンピードが起こったから軍隊を動員します」と地方領主が伝えてきたとして、果たして王都の人間はそれを馬鹿正直に信じるだろうか?
最初はスタンピードを口実とした反乱を疑ってかかり、その上で本当に非常事態であれば救援を行うと言った選択を取るのではないだろうか?
即ち、反乱を警戒しながら有事が起これば介入したい王国評議会と、反乱と思われて後ろから刺されたくはないが、それはそれとして王国から介入されたくはないコーリャマ子爵という構図だ。
こういった前提があれば、この非常時にコーリャマ子爵軍と王国評議会軍で睨み合いが起こるという理由にも納得がいく。
……いや、納得がいくというだけで、緊急事態に足の引っ張り合いなんてしているんじゃねえとも思うのだが。
「ところでラーカワで睨み合いになるとして、こっちにはどれくらいの人数が来るんだ?」
「一応軍機でありますよ? 関係者以外に詳細は話せないのでありますが……」
「そうか。じゃあ予想外の人数がこの街に来たことで食い物が足りなくなっても知らないからな。ウチの倉庫はこの有様だぞ。この時期は他も似たようなもんだ」
ラルドはがらんとした倉庫を指さす。
中にあるものはといえば、隅っこの方に積まれた僅かな薪と俵。
後は年長者二人の会話に割り込むことができず、さりとて流石に子爵婦人の前で剣を振ることもできずに所在なさげに佇むタマモだけだ。
「そういえば、今は雪解けしたばかりでした。これはうっかり。」
「お貴族様になって、色々抜けてるんじゃねえのかお前」
「なまってるつもりはないけど……否定できないでありますなぁ。食料品の在庫なんてもうずっと気にしてなかったであります」
それを見て、サファイアは芝居がかった様子でペチンと額を叩く。
本当に抜けていたのか、それともわざとこういった話題の出し方をしているのかは分からないが……。
「某の率いる騎士団……アイアン級相当の騎士が10人。それぞれが従者を5人から10人連れてくる感じでありますよ」
「おいおい。50人か100人かで必要な量が全然違うんだが?」
「じゃあ100人分で準備しておいて欲しいであります。財務の方には某から言っておきますから」
コレ、よく考えなくても個人的な繋がりを利用した統治者と商人の癒着という奴なんじゃないだろうか?
ファンタジー中世的にはむしろ健全……?どうなんだろう……?
★
ともかく、そうして商談を終えた2人の話題はタマモに移っていた。
剣には一家言あるから軽くでいいから振って見せろというサファイアにタマモは今までとはちょっと違う表情……。
そう、なんか祖父母の家に遊びに行った時。
祖父母とは仲がいいらしいが、自分とは初対面の近所の人から世話を焼かれてしまった。
野球をやっていると言ったら甲子園に出場した経験のあるおじさん(真偽不明)からバッティングを見てやると言われた。
そんな時に感じる世話をやいてくれてるのは分かるんだけど、正直ありがた迷惑なんだよなとでもいうような迷惑と困惑を半々にして笑顔で取り繕ったかのような顔を見せている。
もっとも、亜人であり、子爵婦人にもなっているサファイアは野球で例えるなら間違いなくプロ上位クラス。真偽不明の地元では野球が上手いおじさん等とは違い、実績も信頼度も桁違いなわけだが。
そのためか、タマモはサファイアに促される通りに剣を振るのだが、その太刀筋は素人目に見ても若干ながら普段よりも硬い。
自分のために準備運動として行うラジオ体操か、学校で授業として行うラジオ体操かというぐらいには違う。明確に見られているという事もあってか、全体的に体に力が入っていて、かっちりとした動きになっている感じだ。
「……どうですかね?」
「タマモちゃんはとても綺麗というか、実戦的な太刀筋をしているでありますねえ」
「そうですか?」
「うんうん。パールちゃんは我流でしたから、率直に言って、剣士としては酷い太刀筋をしていたのでありますよ」
「婆ちゃんが酷い太刀筋?」
タマモにもそんな動きになっている自覚はあったのだろう。
自信無さげな様子であったが……サファイアから帰ってきた言葉は少し予想外のものであった。
吾輩の知るパールは典型的な魔法使いタイプの戦闘スタイルだ。
ブレトンで剣を振るう所など一度も見たことが無く、タマモが剣を振っている時も眺めているばかりだった。
亜人であるダイヤやサファイヤと比較して、人間であるパールは加齢によって戦闘スタイルを変える必要があったのかもしれないが、それにしたって酷い太刀筋というのも意外な事実である。
タマモと若い頃のパールが似ているという話も聴いているので、なんとなく、剣を使うにしても似たようなものだろうと思ってしまう。
「あ、酷いとは言っても下手くそとかそういうわけじゃないでありますよ。カッコつけというか、気取ってとにかく周りの目を引く剣術だったのであります」
「???」
「こんな感じでありますよ」
キリッ!シャンッ!!
「え……?」
え……?
故に、昔のパールはこんな風だったと再現するサファイアの姿に思わず吾輩の思考が止まり、タマモは素っ頓狂な声を出す。
剣術など体育の選択授業で少し触ったことがある程度の吾輩には太刀筋の良し悪し等は分からない。しかし、そんな吾輩ですらも思わず「コレはない」としか表現できないほどにその剣の振り方は異様というか……。
本当に「キリッ!シャンッ!」としか表現できないほど、サファイアの再現した動きは漫画やアニメの描写染みた、気どりに気取ってカッコつけたモノだったのである。
タマモが振り降ろす、横に薙ぐといった基本の動作を繰り返し、自分で動きやすいようにした太刀筋だとすれば、サファイアが再現したパールの動きはその対極。
見栄えは良くてとても派手だが、それはどう考えても動きにくいというか、剣を振るう時にまともに力が入らないだろうというような動きだったのだ。
それはあまりにも実用性から懸け離れており、信じられないとばかりにタマモはもう一人の若き日のパールを知る人物に声をかける。
「ラルドさん。どうなんです?」
「ちょっと盛ってるところもあるが、だいたいこんなもんじゃなかったか?」
うそでしょ。
声にこそ出なかったが、タマモは明らかに絶句していた。
例えるなら、今よりもコンプライアンスの行き届いていなかった昭和の時代。
その頃のエピソードを自慢気に親族から話された親しい人の知られざる一面、やんちゃしていた保護者の黒歴史を知ってドン引きする子供としか言いようがない表情である。
「ただ、あいつはこんなんでも馬鹿みたいに強かったからな」
「若い頃のパールちゃんはただの人間だったのに、今の某より間違いなく強かったでありますからな」
うそでしょ。
今度は吾輩がそう思う番だった。
人間と亜人の出力差というのはタマモとその他の人々を比べればわかる話である。
それを踏まえた上で、「亜人より強い人間」がいたと聞けば、それは異常であるとしか言いようがなく、パールの若い頃はどれだけ強かったんだと衝撃に目を見開くことしかできない。
いや、吾輩に目は無いのだが、流石は元オリハルコン級冒険者と驚嘆させられる。
人間離れした身体能力をしたルシアンや、子爵夫人の率いる騎士がアイアン級相当で、王都の学院に招聘されたアルケミーがブロンズ級なのだ。
どういったランク制度があるのかは知らないが、少なくともブロンズの上にシルバーとゴールドがあることは予想できるし、この時点でパールのオリハルコン級というのは最低でもアルケミーの3ランク上。
この世界に存在しているらしいミスリル、アダマンタイト、ヒヒイロカネといった金属も冒険者ランクに含まれているならばそれ以上、とんでもない傑出度である。
「……婆ちゃんにも色々あったんだね」
ともかく、タマモはそんな自分の知らなかった祖母の一面をこの一言で強引に飲み込んだ。
剣の振り方があまりにもアレだったのもあり、祖母の知りたくなかった一面を色々あったですませたくなったのか、ちょっと背中が煤けている。
「うむ。本当に色々あったでありますよ。」
「あの時もなぁ……」
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、あるいは単純に思い出話に花が咲いたのか、二人はパールの武勇伝というか、若気の至りについての話を始めた。
やたらと潔癖で服を汚されるだけでブチギレていただの、気に入らないことがあると言葉よりも先に手ではなく刃物が出ていただの。
それは現代日本ならばそのまま牢屋送りになっていてもおかしくないというか、牢屋にぶち込んでおけとしか言えない内容であった。
というか、ドン引きしているタマモの様子を見ると、それらの行いはこの世界でも普通に犯罪に該当するというか、間違いなく悪行であるらしい。
恐らくは腕の立つ冒険者だから許されていたのだろうとしか言えない話にタマモは流石に居たたまれなくなるというか、宿の借主と子爵婦人が相手とはいえこの場から離れたくなったようで……。
「ごめん。ちょっとあーし、用事を思い出したから、それを済ませてくる……」
彼女は一言だけ、この場から立ち去るという事だけを伝え、逃げるようにこの場を後にしたのだった。