吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~   作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)

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第四章 小競り合い

 

「婆ちゃん、碌な事してなかったんだね……」

 

 いや、本当に。

 

 げっそりとした様子を見せながらも、タマモはポシェットの中の吾輩に語りかける。親しい人間が過去にやらかした若気の至り、それを目の前で話されるのはどれほどのストレスか。

 

 スタンピードの備えに追われているのか、とても騒がしくなったノーザンヒルの街並みをタマモはとぼとぼと歩く。

 

 その姿は忙しなく動く周囲の様子と比べると幾分か浮いていたが、彼女に声をかける人間は誰一人いなかった。

 

 というよりも、今騒がしくなっているのはスタンピードに備えるため、言わば災害前に避難を行ったり、準備を整えたりするためのものだ。

 

 街は喧騒に包まれているとは言っても活気があるわけではなく、タマモに声をかける余裕がある人間がいないだけというのが正しいのかもしれない。

 

 必然、そんな様子の街をぶらぶらとしても気分転換に買い物をすることもできない。商店で人が忙しくしているように見えてもそれは店を閉めて避難する準備を行っているだけで、営業を行っているわけではないからだ。

 

「邪魔にならないようにしなきゃなぁ……と、うん?」

 

 スタンピードに備えて忙しなく行き交う人々や馬車の邪魔にならないようにタマモが路地に身を滑り込ませると、そこにはいつかの商人がいた。

 

 先日、タマモにリュートを売った、南方出身だという褐色の男である。

 

「あれ、亜人の嬢ちゃんじゃねえか。まだこっちにいたのか」

「おー……? あ、リュートの商人さんか。」

 

 思わぬ再開……ではあるのだが、肩書で呼び合ってるあたり、お互いに名前は覚えていないらしい。

 

 というよりも、あの時は流れでリュートを購入しただけなこともあり、そもそも名乗っていなかったような気もする。

 

「どうしたの。行商で戻ってくるにしては早くない?危ないよ?」

「あぶねえから戻って着たくなかったんだけど、コーリャマ子爵様のところで臨時徴用されちまってなぁ。そのまま戻ってくるハメになったのよ。」

「あー。それはご愁傷様。」

「商人ギルドの登録料をケチってたからな。やっちまったよ。」

 

 どうやら彼は所謂「闇商人」という奴だったようだ。

 

 勿論、ダークなゲームに出て来て禁制品を販売するガチ犯罪者ではなく、商工業組合に参加していないタイプの……そう……たぶん、一人親方的なアレだ。ちょっと違うかもしれない。

 

 商人ギルドに加盟料や上納金を納める必要が無く、場所代も必要ないため利益を出しやすいが、商人ギルドに身分を保証して貰えないので有事のリスクが大きい。

 

 強制的に物資を徴用されたり、兵士として徴兵されるリスクがあるという意味での闇商人だ。それならば、先日も路地というメインストリートから離れた場所で商売を行っていたのにも納得がいく。

 

「そういう嬢ちゃんはどうなんだよ?」

「あーしは……やばっ。今、どういう扱いなんだっけ?」

「おいおい。嬢ちゃんみたいな亜人が参戦してくれるなら頼もしいが、魔物と戦った後に王都ともう一戦とかは勘弁してくれよ?」

「そこは大丈夫。あーしはこっちの生まれだし、あーしが原因で王都がどうこうとはならないよ」

 

 たぶんね。後で確認しておこうと、最後の言葉だけは小さく。

 唇を振るわせる程度にタマモは付け加えた。

 

「なら問題……ねえのか? 」

「うん。問題なんてないない。それより、お兄さんはなんというか……悲壮感がなくない?」

「悲壮感? なんのこっちゃ?」

「いや、何十年も前にこうやってスタンピードがあった時。臨時で徴用された人はこの世の終わりみたいな顔をしてたって聴いてたんだけど」

「あー。そういうことか。これでも結構どうしようと思ってはいるんだが、そうは見えないのか?」

「正直あんまりだね」

 

 確かに、行商人の顔色は悪くない。

 吾輩が知る災害は地震や台風、洪水ぐらいのものだが、そういった災害に巻き込まれた人間というのは基本的に酷い顔になる。

 

 一度大きな台風や洪水を経験してしまうと、次の台風やゲリラ豪雨に備えて必要以上に物資を買い占めてしまうとか、そういう奴だ。

 

 そういった事例と比較をすると、今回のスタンピードというのは発生の前段階。

 

 まだ実際に災害が起こっていない……都市に押し寄せる魔物とやりあっていない以上はまだ実感がないというのもあるのだろうが、それにしたって行商人の様子は気楽だった。

 

 何と表現すればいいだろうか、大変なことが起こる可能性があるのは理解しているが、その非日常を楽しんでいるような、そんな表情。

 

 台風の予報円を見て、学校や会社が休みにならないかと話をしている時のアレだ。

 

「そうか……じゃあ、多分俺はワクワクしてるんだろうな」

「わくわく?」

「スタンピードを相手にするなんて、勇者様の英雄譚に出てくる登場人物になるようなものじゃねえか」

「魔物舐めてる?」

 

 そんな行商人の言葉をタマモは切って捨てる。

 

 ブレトンという辺境の地で日々魔物と戦っているからこそだろう。

 その言葉にはタマモには珍しく、明確な毒が感じられた。

 

 それ故にこの件については吾輩は特に源影を動かさずに大人しくしているが、正直に言えば、行商人の言葉の意味は物凄く良く分かる。

 

 人間というのは災害時に人を助けたい、人を助けて感謝されたい、英雄になりたいと思ってしまうものなのだ。

 

 勿論、実際にはそのような下心で起こした行動がむしろ邪魔になったり、身勝手な自己満足になってしまう事の方が多いのは分かっている。

 

 現場を知る人間からは舐めている役立たずは帰れと思われているのは分かっていても、英雄願望というものは止めることはできない。

 

 この世界の人々のように強制的に徴用されたり、SNSで身勝手な英雄願望の行く末を客観的に見ることができなかったり、現実に高位冒険者という英雄が存在するなら猶更だろう。

 

「舐めちゃいねえよ。これでも行商をしながら多少は切った張ったしてるんだからよ。でもよ、頭じゃわかってても期待しちまうんだよ」

「頼りなさ過ぎる……」

 

 そういった意味で、自分の感情を自覚するこの行商人はとても理性的だった。

 

 自分の英雄的な活躍を期待しながらも、絶対にそう上手くいくわけがないことを理解している様子にタマモの声から毒気が抜ける。言葉そのものは呆れているが、そういう感じなら仕方ないといったような口ぶりである。

 

「嬢ちゃんからしたらそうだろうけどよ。多分、俺みたいな奴は少なくないぜ」

「え、そうなの?」

「子爵様の所で徴用されたのは俺だけじゃないんだが、その時に誰も抵抗してなかったからな」

「うわ~……」

 

 臨時で徴用されたはずの人間が誰も抵抗しなかった。

 

 つまり、全員ノーザンヒルの近辺でスタンピードの兆候がある。

 災害級の魔物が出ていると聞いて逃げ出そうとしなかったという事だ。

 

 貴族が存在する封建社会であれば、身分が保証されていない人間など、十把一絡げに扱われる可能性が高いのにも関わらずだ。

 

 元冒険者であるサファイアが子爵婦人に成りあがっているあたり、彼らにとってもチャンスだと感じる部分もあったかもしれないが、ここまでくると流石に見事と言わざるを得ない。

 

 そうして二人がだらだらと喋っていると、突如として街に鐘の音が響く。

 がらんがらん、がらんがらん、がらんがらんと成り止む様子はない。

 

「襲撃か、じゃあね」

「襲撃!?俺は何したら!」

「あーしに聞かないでよ!徴用した役人か騎士にでも聞いて!」

 

 今が非常時であると察したタマモは全てを置き去りにして飛びあがると、一息に建物の上に乗り、そのまま屋根の上を駆けるとノーザンヒル北側の城壁へと向かう。

 

 眼下の人々の多くはまだ何が起こっているのか分かっていない混乱状態だ。

 

 だが、彼らの合間を縫うより、誰もいない空を行くという判断はこの世界ではありふれた物だったらしく、タマモ以外にも幾人かの熟練の冒険者と思しき人々が宙を行く。

 

 知った顔はアルケミーとキミア、そしてサファイアか。

 冒険者ギルドの長であるダイヤは……既に視界の先、城壁の上に立っているのは流石と言った所だろう。

 

 軽く見た限りではルシアンの姿が見えないのは意外だが、彼は男爵家の人間であることを考えると、冒険者としてではなく、貴族として行動しているのかもしれない。

 

 ともかく、10人ほどの冒険者が次々と城壁の上に降り立つ。

 彼らの視線の先、即ち、鐘の音が鳴り響いた脅威の元凶は……ゴブリンやオークが……多分……合わせて100から200ぐらい。

 

 ブレトンで見たような車サイズの魔物はおらず、人形の魔物たちが学生時代、学年単位の集会で集まるのがそれくらいだったよねという程度の数でバラバラと迫ってきている。

 

 これでは吾輩の素人目から見てもノーザンヒルの城壁は落ちない。

 

 仮にゴブリンの一人一人がタマモ級の戦力だとすれば話は別だが、その場合はそもそもノーザンヒル側に勝ち筋が無いので考慮する必要はないだろう。

 

 その点を考えると、あの程度の戦力でゴブリンたちはなんのために攻めて来たのか、城壁を越えられると思っているのかが謎になるわけだが……。

 

「おー。緒戦でもないのに子鬼と豚鬼があれだけいるとは、結構な数でありますな」

「この近辺に災害級が4種いてだからねー。血気盛んな奴も多いんだろうねー」

 

 宝石箱組の反応を見る限り、あの数はむしろ多いらしい。

 ……まあ、まだ田畑の種まきも始まっているかいないかというこの時期。

 

 このタイミングで無策で城壁に迫ってきているが故に「あの数で……?」と思ってしまうが、刈田狼藉感覚での威力偵察として100~200の魔物が突撃してきたと考えると確かにこの規模は多いのかもしれない。

 

 魔物にとっては城壁に阻まれて見る事のできない都市の中、どれだけの戦力がいて、どれだけの防衛能力を持っているのか。

 

 それを確かめるのであれば、この規模で十分というわけだ。

 

「これ、あーしはどうしたらいい感じ?」

 

 迫る魔物の様子をみてあーでもないこーでもないと話を続ける宝石箱の2人にタマモは話しかける。

 

 他の冒険者も特に配置についているようには見えず、城壁から迫る魔物の群れを眺める様子を見て本当に大丈夫なのかと不安になったようだ。

 

「とりあえずここに来てもらえたなら、後は何もしなくてもいいかなー」

「え?」

「そんな顔をされてもねー。まあ、何かやる時はちゃんと指示をするから、今はそれに備えてゆっくりして貰えればいいわよー」

 

 だが、それに対するダイヤの解答は淡泊というか、今は何もしなくても良いというもの。タマモがブレトンの人間だから……というのは他の冒険者の様子から見ても違うだろう。本当に今の状況ではただゆっくりとしておけばよいという様子だ。

 

 もっとも、こういう時にゆっくりしていて問題無いと言われてもゆっくりできないのは古今東西で同じこと。疑問が解消されずに本当にゆっくりしていていいの?

 

 でもこんな忙しい時に質問をしてダイヤさんを困らせるのもなとでもいうように、タマモの耳はしょんぼりと垂れさがる。

 

「スタンピードの時に重要になるのは味方の士気、やる気でありますからな。最初はそれを高めなくてはならないのでありますよ。」

「やる気を高めるために、ゆっくりしておけばいい……?」

「この程度の魔物を相手に皆でかかったら、本隊が来たら危ないんじゃないかと市民に思われてしまうのであります」

 

 そんな風に迷っているタマモに声をかけたのはサファイアだった。

 

 なるほど。

 理由を説明されてみると納得するしかない。

 

 まだスタンピードの本隊、現在確認されている災害級の魔物たちが見えていない状態で全戦力を切って勝ったとしても、都市の士気というものは上がらない。

 

 むしろ、この規模の魔物に全戦力を切る必要があったなら、それ以上の規模で魔物が来たらどうなるのか……などと考えてしまうのは当然のことだ。

 

「だから、今日の所は某に任せるでありますよ! ダイヤちゃん、そろそろ良いでありますか?」

「うん。万が一のフォローは任せてー」

 

 そういうと、サファイアは城壁を蹴って一人で魔物の群れへと突貫する。

 魔物の群れが城壁に近づいてきたタイミングではない。

 

 ノーザンヒルの都市兵を始めとした人々が階段を駆け上がり、何事が起きたのかを確認するため、城壁の上へと登ってきたタイミングでだ。

 

「はははははは!!コーリャマ子爵家が騎士団長、サフィーラ・コーリャマ!参る!!!」

 

 彼女は高らかに名乗る。

 男爵家の窮地に子爵家が既に援軍に訪れている。

 騎士団長を派遣していると示すかのように。

 

 既に彼女が来訪していることを知っていた吾輩は「あっ。サファイアって本名じゃなかったのか」「子爵婦人なだけじゃなくて、騎士団長だったの!?」といった点に驚かされてしまう。

 

 しかし、それはあくまでも吾輩がこの世界の人間ではないからこその反応である。

 

「サフィーラ……!?」

「コーリャマ様だ!!!」

「サファイアさんが既に訪れてくれているぞ!!」

 

 単騎で数多の魔物の群れに切り込み、その全てを切り伏せる姿に人々は歓喜の声を上げる。吾輩はコーリャマ子爵家のことを知らないから何とも言えないが、感覚的には中央から離れた僻地の窮地に県知事が自ら乗り込んで最前線にいるというのが近いだろうか?

 

 それもただの選挙のための票目的で訪れる素人ではない。

 冒険者としても結果を残した伝説的な英雄が、一人で数多の魔物を相手取っているのだ。

 

 これは確かにノーザンヒルの人々からすれば、テンションがぶちあがらない訳がない。先ほどの行商人がそうであったように、機会があれば自分もと考えてしまう人ほど、この有事に街から逃げ出すなどということは考えにくくなる。

 

 味方の士気を高めるためにタマモはゆっくりしていてくれと言われるのも納得だ。

 

「凄いな……」

 

 サファイア!サファイア!サファイア!

 

 サファイアによって引き出された人々の声援にタマモは思わず驚嘆の声を上げる。

 魔物を倒すだけならばタマモでもサファイアと同じことができただろう。

 

 いや、吾輩の贔屓目もあるかもしれないが、恐らく、魔物を倒すだけならばタマモはサファイア以上の殲滅速度でやってのけたと思う。

 

 だが、サファイアにはスター性、カリスマ性があるとでも言えばよいのだろうか。

 大量に持ち込んだ剣が破損しないようにするためか、次々と取り換えるというその独特な戦い方にはとにかく華があった。

 

 タマモが戦っていてサファイアと同じように、周囲から驚嘆の声を引き出すことができたかといえば……多分、無理だっただろう。

 

「ふっ、ノーザンヒルを落としたいのであれば、少なくとも100倍の軍勢を連れてくるのでありますよ!」

 

 こうして魔物を打倒した後に勝ち鬨を上げたり、にこやかに観衆に手を振るような演出。タマモは一種の興行ともいえるそれをやるようなタイプの性格ではないのだから。

 

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