吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~   作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)

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第四章 抜け駆け

 

 あれから、ノーザンヒルに残った人々は出身地ごとに分けられた上で配置に付けられた。先の一撃で大打撃を被った魔物の群れ、スタンピード側にとって時間は味方ではない。

 

 これから先、魔物たちが集結する度にノーザンヒル男爵から第二射、第三射と流星極射を放たれることがないよう、魔物の群れが統率を取り戻せば直ぐにでも攻城戦が始まるだろうというのがノーザンヒル首脳部の見解である。

 

 それによりノーザンヒルやその近郊から集められた人々。

 

 スタンピードに強い危機感を持つ人間は城壁の周辺といった最前線近く、臨時に徴用されたり、遠くから傭兵として雇われたものは広場や倉庫からの物資の輸送のため、ある程度後方に配置された。

 

 なんとなく、吾輩としては臨時に徴用された人々を前線に押し出し、言い方は悪いが肉壁として運用。戦後の労働力としても重要な地元民は後ろに控えさせるような印象があったのだが……。

 

 どうやらこの世界には蘇生を含む「回復魔法」があることもあってか、このような配置になっているらしい。

 

 確かに回復魔法があるのであれば、痛い思いをすると早々に逃げ出す可能性の高い徴用兵より、士気の高い地元民を前線に配置。

 

 負傷する度に回復魔法を使って戦線に復帰して貰うという考え方は言われてみると合理的なのだが……。

 

 自らの土地や家族を守るために死傷を厭わずに戦うというのは理にかなっているとはいえ、吾輩のような現代マインドでは国防や自衛に対する意識の違いに正直引いてしまう。

 

 そんな風にして改めて防衛戦略が立てられる中、タマモがアルケミーとサファイア、そして彼女に合流したコーリャマ子爵家の騎士団と共に配置されたのは圧倒的な身体能力の高さを生かせる最前線……ではなく、状況に合わせて動く遊撃隊だった。

 

 彼らは一般兵では太刀打ちできない強力な魔物が現れた時の予備兵力としての位置付けであり、これまで同様にテントの中でゆっくり……とまでは行かないが、待機することが仕事である。

 

 ようやく戦えると意気込んでいたタマモはそれを聞いて耳を萎れさせていたが、これは吾輩から見ても仕方がない事である。

 

 タマモがゴブリンやオークを相手に無双している間に強大な魔物が城門を突破。

 ノーザンヒルが落ちるなどということがあればその時点でこちらの敗北なのだから、亜人のような大駒は強敵に対してそれを後出しでぶつけると言った運用が求められるのは当然の話。

 

 タマモが如何に前線で戦いたいと考えようとも、それが通るわけがないのだ。

 

 唯一、現在ノーザンヒルにいる3人の亜人の中で遠距離攻撃が主体であるダイヤはギルド長自ら城壁の上で仁王立ち。

 

 魔物側から飛んでくる魔法攻撃を迎撃する役目を担当し、この役割はノーザンヒル男爵及びルシアンも行うことになるようだが……。

 

「男爵様にこの間の魔法をもう2,3発景気よく使ってもらうことは出来ないのか?」

「馬鹿を言え、いくら男爵様でもアレを連発できるわけがない」

 

 流石にこの配置には異論がある人も多いらしく、血気盛んな若者を中心に不満が上がっているのを吾輩は確認している。

 

 先日の行商人もそうだったが、若い層の中には英雄的な活躍を行いたいものが多いらしく、どうやら彼らにとってはノーザンヒルの魔力砲撃でスタンピード側が崩壊。

 

 そこに華々しく切り込んで……という形で手柄を立てるのが理想だと考えているようなのである。

 

「おいおい、仮に連発出来たとして、息切れした所に魔物から同じような魔法攻撃が飛んで来たらどうするんだ」

「そりゃあ……どうにもならねえのか」

「だからノーザンヒル男爵様やギルド長にはある程度余力を残していて貰わなくてはならねえんだ」

 

 もっとも、そういった意見は魔物からも同じような攻撃が飛んで来たらどうするんだ。迎撃担当がいなければ消し飛ぶことになるのは自分たちであるという、恐らくは前回のスタンピードを知る老人たちからの全うな意見で轟沈していたのだが……。

 

 そういった話を聞くと吾輩はどうしても背筋が、いや、裏表紙が冷たくなってしまう。

 老人たちの言葉はあの戦略兵器級の魔法を使えるのが人間だけではないことを示している。

 

 実際には魔物もその群れを維持する必要がある以上、侵略先を焼野原にしてしまうような魔法を安易に使うことはないだろう。

 

 ノーザンヒル男爵だって、開拓した土地が物理的に浸食され、森にされてしまったからこそあのような魔法が使えたという面が大きいはずなのだ。

 

 だが、それは逆に言えばどちらかの有利に戦局が傾いた時。

 

 ファンタジー世界に似付かわしくない超火力が容易に振るわれるということでもある。それなりに過ごして愛着の沸き始めたこの世界がそれで焼かれてしまうのはとても恐ろしく、どうしても気持ちが落ち着かなかった。

 

 ★

 

『わああああああ!!!!』

「始まった、か」

 

 それからしばらく、無事にノーザンヒルの防衛軍が配置に付く程度の時間が経過した頃。城壁の方で鬨の声が上がった。その声に反応してタマモとサファイアという亜人2人は耳を立たせる。

 

 吾輩も緊張を解すために動かしていた源影をいつものポシェットの中に潜り込ませると、意識を城壁の方へと向けるとそれに合わせて吾輩の視界(?)は動き、人間と魔物の争いを認識することになる。

 

「矢が足りねえ!矢の補充はどこだ!」

「矢はこっちだ!!」

「はあ!? 始まったばかりだぞ!なんで足りなくなるんだよ!」

「馬鹿!それは西壁の物資だ!!北壁の物資はあっちだ!!」

 

 その様子は何というか……率直に言えば素人目に見ても稚拙。

 

 所謂「お団子サッカー」のように迫るゴブリンやオークを始めとした魔物たちと、新兵丸出しの場当たり対応を行い、ダイヤの砲撃魔法でフォローされる人間軍という光景であった。

 

 別に真田幸村や楠木正成がドラマで行うような素晴らしい用兵を期待していたわけではないが、お互いにコレで大丈夫なのかと心配にならざるを得ない有様だ。

 

 勿論、話を聞く限りは前回のスタンピードから10年や20年では済まない時間、数十年もの時が流れているということもあって仕方のない部分もある。

 

 今の状況は彼らにとって、日本で言えば小田原征伐(1590年)から、関ケ原(1600年)と大坂の陣(1615年)をスキップして天草・島原の乱(1637年)を戦っているようなものだ。

 

 関ケ原以後の武士は弱体化が酷く、大坂の陣の時点ですら徳川家康が戦を知らない若者に嘆き、自ら手本を見せるなんてエピソードもあったはずなので、それ以上にスタンピードの間隔が空いているのであれば、この素人目にも場当たり的な動きになるのもある意味で当然。

 

 人間側も魔物側もノウハウが失われており、ダイヤのような古豪の個人技による対応に期待しなければならない状態ではあるのだろうが……。

 

 別に城門が開かれたわけでも、城壁を占拠されたわけでもないのに大混乱に陥る城内を見ると、本当に大丈夫なのかコレという気分にならざるを得ない。

 

 いや、お互いに必死なのは分かるし、吾輩も同じ立場ならばまともに動くことができないというのは容易に想像できるのだが……。

 

「ねえ。これ、本当にあーしはここに座っているだけでいいの?」

 

 タマモがそわそわとして落ち着かず、不安気な表情を見せるのにはただただ同意するしかない。タマモは吾輩と違って目で見ているのでこの惨状の全てを確認しているわけではないが、あれだけ怒号が飛び交っているのだ。

 

 耳で聞くだけでもノーザンヒル側が混乱しているのは嫌でも気が付いてしまう。

 

「良いでありますよ。亜人はどっしりしてるのが仕事であります。なんならタマモちゃんは寝れるなら寝ててもOK」

 

 本当に~~~???

 

 しかし、サファイアから帰ってくる言葉は無常というか、正直、正気を疑うものであった。これにはタマモも怪訝な表情というか、口に出さないだけでマジかコイツという顔をしている。

 

「サファイア様、差し出がましいようですが、私が説明しても?」

「アルくんが? いいよ?」

 

 そんな風に口には出さないけれど私には不満があります。

 

 これで大丈夫な訳が無いでしょうという思いを隠さない彼女を見かねて助舟を出したのはアルケミーだった。

 

「理屈を説明するとだな。早い段階で亜人が前線にたつと、皆不安になってくるんじゃよ」

「ふむ?」

「あんなに強い人が戦っているのに魔物は逃げないのか、このままではまずいんじゃないかと考えて混乱が拡大する」

「あ~ね? なるほど?」

「だから、今はどっしりと構えて何もせず、余裕があるうちに自信を付けさせねばならんのだ」

 

 言われてみれば納得とでもいうべきか。

 彼が答えたのは突出した個人が存在するこの世界特有の理屈であった。

 

 確かに、今ノーザンヒルの城壁に迫っているのはゴブリンやオークのような人形の魔物だ。この世界の人々の身体能力を考えれば、子供と大人の混成軍が城攻めを行っているようなものである。

 

 今の状態が続くのであれば、人間側が如何に稚拙な対応しかできずとも、ノーザンヒルの城壁が越えられることはありえない。

 

 だが、それはあくまでも城壁の上で守勢に参加する人間が残っている状態での話。

 如何に突出した個人がいようとも、壁を守る守備兵がいなくなれば街は落ちるのだ。

 

 何にも先にも亜人に頼らずとも自分たちは勝てる。

 守り切れるという自信を人々に持たせなくてはならない。

 

「なるほど……だから、あーしたちはこうやっているのが仕事だと」

「その通り。今は寝ていても良いというのは比喩表現ではなく、本当に寝ていても良いのじゃ。この攻めが続くようなら少なくとも1か月は落ちんよ」

「ま、実際にはその前にビッグボアの数を揃えて突進で城壁を崩しに来ると思うでありますがな」

 

 そうアルケミーは確信にも近い表現をして、サファイアも同意する。

 

「ん~~~」

 

 だが、そんな2人の言葉にタマモは理解を示したとはいえ、感情的に納得するのが難しい様子だった。やはり、周りが戦っている中で自分がゆっくりしているだけというのが性格的にあまり合わないのだろう。

 

 腰に携えた偽剣叢雲を握ったり、ちょっとだけ抜いてみたりと、論理的に説得されたが故に、行き所のない不満をアピールするようになってしまっている。

 

 それはさながら、普段自炊している子供が家庭科の授業で同じ班のメンバーの仕事を奪わないようにと止められてしまった時の如く。

 

 なんでそんなにビクビクしながら包丁を扱っているんだよ。

 

 そんなに怖がるなら包丁を寄越せ、いや、本人にやらせないと授業にならないのは分かっているんだけどという感じの挙動不審さだ。

 

「ははははははは。まあ、気持ちは分かるでありますよ」

 

 そんなタマモの挙動不審さにサファイアは思わずと言ったように笑う。

 自分も昔はそうだったでありますよと言わんばかりである。

 

 そんな露骨な子ども扱いにタマモは思わずムっとした表情を見せるが……。

 

「じゃあここは一つ、抜け駆けといきますか?」

「ぬ、抜け駆け!?」

 

 そんな子ども扱いも吹っ飛ぶ衝撃の提案にタマモは思わずと言った反応を示す。

 やっていいのか、それが許されるのかと言わんばかりである。

 

 まあ……抜け駆けだしな……。

 あれは地球的にも軍規を乱すとかで一発死刑もありえるし、この世界でもこの常識が変わることは考えにくい。つまりはタマモの反応が正常であるはずなのだが……。

 

「誰にも伝えずにやったらそりゃダメでありますけど、某と相談して抜け駆けということにするなら別に問題無いでありますよ」

「もしかして、昔のパール婆ちゃんがやってたとか……?」

「いや?抜け駆けに関してはパールちゃんはやってるところを見たことないでありますよ。ダイヤちゃんは常習犯でしたが」

「ええ……?」

「ダイヤちゃんは魔法使いですから。こういう時は撃つなって言われててもズドーンとぶっぱなしちゃうのであります」

 

 どうやら、ジュエルボックス的にはそうでもないようだった。

 

 サファイアの口振りは普通に抜け駆けを肯定しているようであるし、過去のダイヤも常習犯だったと当たり前のように語る様子に違和感はない。

 

 彼女の様子は本気で抜け駆けは許されるものであるとして語っているとしか思えなかった。

 

「周りで戦っている人がいるのに、作戦とはいえ大人しくしているだけなのは落ち着かない。これは特に強者の場合は当たり前でありますからな。そういう人は「抜け駆け」という形で鬱憤を晴らして貰うのでありますよ」

 

 しかし、詳しく話を聞いてみると抜け駆けOKな理由はなんとも当然とまでは言わないが、剣と魔法のファンタジー世界の理屈としては十分に理解ができるもの。

 

 軍の中に「突出した個人」が存在しているからこそ、その個人に対する配慮を行うのは許容されるべきという考えから来ているらしい。

 

 絶対に抜け駆けが許されない時。

 

 何らかの理由で作戦を100%遵守する必要がある場合はその限りではないが、余裕がある場合の抜け駆けは事前に連絡をしておけば問題無し。

 

 但し、抜け駆けは抜け駆けなので、それでどれだけ功績を上げても戦功としては認めないというぐらいのバランス感覚であるらしかった。

 

「つまり、あーしみたいに皆が戦っている時にジッとしていられないなら、鬱憤を晴らすくらいはOKってこと?」

「そうであります。ちょっと暴れたあたり……日が落ちきる前に某が連れ戻しに行くので、そこで素直に戻って貰えれば問題無いでありますよ」

「そこは大丈夫……多分!」

 

 それだけを聞くと、一気に駆けだしたタマモに多分じゃダメだし、まだ話は途中なんだけどなぁと、サファイアは苦笑する。

 

 ……多分、きっと昔の自分たちを思い出しているのだろう。

 

 サファイアはどこか遠い目、懐かしい目をしながらさらさらと紙に何かを書きつける。恐らくは抜け駆けが行われる旨だろう、それをダイヤに渡すように騎士団に指示を出しながら、彼女はタマモの背を見つめるのであった。

 

 ★

 

「いやー……スタンピードの時ってこんな感じなんだね」

 

 ノーザンヒルの城壁の上。

 何処に参戦するべきかとタマモは周囲を伺っていた。

 

 戦局は全体的に優勢、場当たり的な対応に終始しながらも「城壁」という圧倒的な地の利を生かして見事に魔物の波を防いでいる。

 

 この様子であれば、タマモが何処から戦場に降り立ったとしても邪魔にはならないだろう。

 

「そうだ。クロちゃんはどうする? 一緒にやる?」

 

 そんなことを考えていると、タマモがポシェットの中の吾輩を覗き込みながら声をかけてきた。

 

 一緒にやる。

 

 つまり、これまでのように吾輩が巨大な源影を生み出して戦うのかどうかということだ。その言葉に吾輩はちょっとした感動と……満足感を得た。

 

 ああ。吾輩はタマモから一緒に戦っても良い存在だと思って貰えているのだと。

 

 実は、ちょっとだけ不安だったのだ。

 先の牙剣大虎の戦いでは相性の悪さから戦力外として扱われたが、あれは本当にそれが原因だったのかと。

 

 遺跡で仮称:消滅魔法を見せた時の反応からして、タマモは吾輩の事を信用していなくて、不確定要素となる吾輩と戦うのを嫌がったのではないかと考えていたのだ。だから、こうして一緒にやるかと聞いて貰えるのはとても嬉しかった。

 

「ふふふ。そっか、じゃあ。一緒に頑張ろう」

 

 だから、吾輩はタマモの言葉に源影で表現できる限界を越えるレベルで強く頷いた。

 

 あまりにも勢いをつけすぎたせいで思わずポシェットからずり落ちそうになるが構わない。これは絶対に誤解されないように、吾輩が一緒に戦いたいと思っていることを間違いなく伝えなければならない瞬間だ。

 

 それを見たタマモはそれだけの勢いを以て頷いた吾輩に笑みを見せる。

 ポシェットから取り出され、手のひらの上へと吾輩――その源影の居場所が移された。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 タマモはトンと地を蹴ると一飛びに城壁を飛び越える。

 

 飛び越えた先は星型城塞のさきっぽ、城壁と城壁の合間の射線と射線が被らず、味方の援護を受ける事が出来ない危険地帯。

 

 人間と魔物、その場全ての視線を独り占めにしながらふわり、ゆらりと落ちていく彼女の手のひらを蹴るようにして、吾輩もまた源影を空に舞わせて魔力を込める。

 

 両手を広げて飛び降りるタマモの後ろで同じ恰好を取りながらグン、グン、グンと黒い巨体が現れる。

 

 そして音もなく、吾輩たちは魔物の溢れる最前線へと降り立った。

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