吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
逢魔が時。
まさしく昼から夜へと移り変わろうとするその刹那、あーしはクロちゃんと共に戦場に躍り出た。
『オオオオオオオオオッ!!!?!?!?』
「うるっさ……」
まさか、城壁から飛び出してくる奴がいるなんて思っていなかったのか。
あるいは単純に大きくなったクロちゃんの姿に驚いているだけなのか。
ゴブリン、オーク、オーガ、ビッグボアといった多種多様な魔物たちの上げる咆哮に思わず顔をしかめてしまう。
だが、これは好機でもある。
状況を理解できず、自分たちが攻める側だと思い込んでいる魔物ほど脆いものはない。あーしは偽剣叢雲を抜き放つと、何が起こっているのかわからず、困惑している魔物から優先的に切り捨てていく。
「ギャギャイ!!」
「ギーギャ!!!」
そんなあーしを見て我を取り戻した魔物たちが声を上げ、指をさして危険を訴えるが……まだ日が落ちきってはいないとはいえ、時間が時間だ。多くの魔物がひしめく混戦状態の中、たった一人が切り込んでいる事を遠方から把握するのは難しい。
何か騒ぎが起きている。
それが近づいている。
一体何が起こっているんだ。
そうして、あーしが目に入った頃には「ズバン!」である。
更に彼らにとって致命的なのはあーしがこうして突き進む間にもクロちゃんはその巨体を生かして暴れまわっている事。どうしても魔物の目はそちらの方に向かってしまうが故、余計にあーしに気を向けることは難しくなってしまう。
そうして混乱すればするほどノーザンヒルからの反撃。
弓矢や魔法で倒れ、命を落とす魔物の数も増えていく。
普段とはまた違った戦い方、仲間がいる。
あーしは今、皆の役に立つことができているという事実に思わず笑みがこぼれる。
この調子なら、この辺りの魔物は多分もうそろそろ崩れるかな。
追撃は……時間的にちょっと厳しそう。
無理に戦果を拡大させると、山で遭難しかねないなんてことを考えていると……。
「おや」
あーしは数多いる魔物たち、既に崩れ始め、逃げ腰となった群れの中にこの場にいるはずのない存在――牙剣大虎がいることに気が付いた。
本来、災害級の魔物というのは一吠えで夥しい数の有象無象を統率する存在だ。
普段は災害級の魔物同士で睨み合っているとはいえ、一度そのバランスが崩れれば、その脅威はスタンピードという形になって人間に牙を向く。
即ち、災害級の魔物とは、魔物の世界における王侯貴族のようなもの。
それがこんな最前線にいる。有象無象の雑兵に毛が生えたような、ゴブリンリーダーやハイオークと同等の扱いを受けているというのは一種の異常事態である。
何か魔物も作戦でも立てているのか。
今のうちに仕留めてしまった方が良いかと考えて、その牙剣大虎の右目が潰れていることに気が付いた。
「あの時の牙剣大虎か」
あーしは納得する。
恐らくはあの後、あの牙剣大虎は傷ついた状態で他の災害級の魔物と遭遇してしまい、立場を徹底的に「分からされた」のだろう。
あの牙剣大虎は群れの規模もかなり小さかったし、その小さな群れですらルシアンやアルケミーとの戦闘で全滅させられている。
同格同士の戦いでは分が悪く、結果としてこのような場に送り出されてしまったというわけだ。
自然の摂理、あるいは弱肉強食。
魔物と人間だけではなく、魔物と魔物との間にも慈悲というものはない。
そこにあるのは熾烈な生存競争だ。
『あれは……』
そんな牙剣大虎の存在にクロちゃんも気が付いたのだろう。
周囲の魔物を文字通りに蹴散らし、一息を入れるタイミングで件の魔物の方を見た。
『どうする? 倒しに行く?』
「あーしに試したいことがあるから、クロちゃんは手を出さないでほしいなって。危ないと思った時だけ支援よろしく!」
『了解!分かった。』
僅かなアイコンタクト(?)とボディランゲージ。
グッと手を掲げ、あーしの言葉に理解を示したクロちゃんは、戦いに横やりが入らないように他の魔物との戦いを再開する。
あーしはその姿に心強さを感じながら、テクテクと牙剣大虎の前へと進み出る。
あえて、走らない。
あえて、急がない。
多分、一息に出ても負けることはないだろうが、逃げられ、自棄になられたら困る。
最前線近くで雑兵のような扱いを受けている以上、あの牙剣大虎に大きな不満が溜まっていることは間違いない。
今はまだ小康状態を保っているようだが、ここで再びあーしに撃退され、魔物内での扱いが軽くなればどのような行動を取るかなど火を見るよりも明らかだ。
山の奥深く、森の中で自らの扱いに爆発する分には好きにすればよいが、戦場で自棄になられると甚大な被害が出かねない。
自棄になった災害から有象無象の魔物は逃げることができるが、人間は守るべき街から動くことはできないのだ。
だから、あの魔物の怒りと憎しみをあーしに向けさせる。
あからさまに舐めている様子を見せる事で、牙剣大虎の抱えている不満に指向性を持たせ、ココで爆発させる。
「よ。この間ぶり」
「……グゥルルウウ……ウウウウウウウウ!!!!」
村の広場でよく見かけるカラスを相手にするように、あーしは笑顔を向けながら片手を上げる。戦場でそんな風に人間から声をかけられるのは予想外だったのか、牙剣大虎はギョッとした様子を見せた後。
あーしが自分の右目を奪った存在であることに気が付いたらしく、一呼吸を置いて、憎々し気に唸り声を上げた。
とはいっても、その唸り声に力はない。
先日遭遇してから1か月も立っていないというのに、牙剣大虎からは完全に覇気が消え、強者特有の余裕というものが無くなっていた。
これはまずいかな。限界が近そう。
例えるなら、群れを追い出されたのか、村の周りをうろうろと嗅ぎまわっているはぐれオーガのそれだ。自分は人間よりも強いからと、村に無謀な襲撃をかける直前の不審な様子。
こういう奴の行動は本当に読みにくく、何をしでかすのか分からない。
今、ここで倒さなければならない。
「この剣の出来を調べないといけないからさ、ちょっと付き合ってよ」
「ガアアアアアアッ!!!」
だからあーしは剣を片手で正眼に構えながら、もう片方の手でトントンと剣の腹を叩く。その様子に言葉の意味は分からずとも、あーしが舐め腐った対応をしたことは分かったのだろう。
牙剣大虎は怒り沸騰とばかりに襲い掛かってくる。
その威容は流石に腐っても災害級であり、周囲に溢れかえっていた魔物たちは自然に距離を取り、あーしと牙剣大虎で一騎打ちの形になった。
「ほいっと」
最初は軽く、牙を受け流すように立ち回る。
牙剣大虎から冷静さを失わせることも勿論だが、偽剣叢雲の強度を確かめる意味もある。
ここで剣が原因で仕留め損なう、取り逃がすということがあってはならない以上、この魔物を相手に何手で詰められるかの確認は始めにやっておくべきことだ。
だが、二手、三手と打ち合う中、あーしはこの剣がこれまでにノーザンヒルで使った物とは文字通りに質が違う事に気が付いた。
剣が軋んだり、罅が入る様子がまったく無いのだ。
だから、今度はもうちょっと強めに切り付け、巨大な牙と打ち合うことも試してみる。キンッという金属と牙が接触した時になる特有の音。
甲高い特徴的な音が戦場に響くが、それでも剣に異常は発生しない。
「さっすが、初代様の愛剣!!」
一目見た時から、良い剣だと思ってたんだよね。
これならきっと問題は起きないと、あーしは久々に本気を出して体ごと剣を振り上げる。長くブレトンで使っていた剣と同じような、剣が折れたり、曲がったりすることを心配しない一撃。
今度は金属と牙が接触した時に鳴る特徴的な音はしなかった。
ビュンッという風切り音、空気を断つ音と共に牙剣大虎自慢の牙が宙を舞う。
「グッ!!」
剣と牙で打ち合っていた中でのこれは流石に牙剣大虎にとっても予想外だったらしい。宙を舞う己の牙に視線が奪われると同時に動きが止まってしまう。
その表情はまさしく呆然自失。
災害級の魔物としての縄張りを失い、群れを失い、プライドを失い、最後は己の象徴までもを失ったといった所だろうか。
「災難だったね、お前」
そんな戦闘の中であってはならない。
晒してはならない隙を晒してしまった牙剣大虎は呆然自失の表情を見せたまま、あーしの体が重力のままに落ちる動き。振り降ろした剣によって首を断ち切られる。
残った胴体は膨大な量の血を吹き出し、断ち切られた首は信じられない。
こんなことはあってはならないとばかりにパクパクと何かを発しようとした後、ちょっとだけ痙攣をしてから動きを止めた。
「さて……」
やるべきことはやった。
先日仕留め損なった災害級の魔物は仕留め終えたけどどうしようか。
サファイアさんがまだ止めに来ないならもう少し暴れられるけどどうしようかなと考えながら、あーしは残された魔物たちへと向き直る。
魔物たちの表情に浮かぶのは恐怖と絶望の色。
人間が災害級の魔物を見るような、己の死を察した表情。
まあ、それはそうだ。
あーしと戦う前から牙剣大虎の心は折れていたようだが、それでも災害級は災害級。魔物の中でも強力な存在であり、それはこの周囲で戦う魔物にとっては精神的な支えであったことは間違いない。
これだけ強い仲間がいれば大丈夫。
あるいは、これだけ強い統率者がいるのであれば逃げる必要はない。
そんな風に、牙剣大虎は思われていたのだ。
そんな魔物がこうしてあーしに倒されたとなれば……。
「ワアアアアアアア!!!!!」
起こるのは必然的に潰走である。
魔物たちは潮が引くように逃げ出していく。
勿論、これで勝負が決するわけではない。
このスタンピードには牙剣大虎以外にも三界王華や大鬼大将、無限獣といった災害級の魔物が控えているのだから、こうして魔物たちが引いていくのはあくまで一時的な物。
今ならばもっと戦果を拡大できる。
いけるところまで言っても良いかもしれないなんて考えた所で……。
「ストップ!!ストーーップ!!やりすぎ!!やりすぎであります!!!!!」
ようやく、血相を変えたサファイヤさんが騎士を引き連れてあーしの抜け駆けを止めに来たのだった。