吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
タマモを止めに入ったサファイアを見て、失礼な話ではあるが吾輩は内心で大爆笑していた。
恐らく、サファイアはタマモが災害級の魔物を1人で討伐できる実力者であること、そして、吾輩が源影を巨大化させられることを知らなかったのだろう。
それで「抜け駆け」を許した結果として、予想外の戦果を挙げたタマモにやりすぎだと焦る姿はとても滑稽だった。
吾輩もせっかくファンタジー世界に転生してきたのだ。
所謂「また何かやっちゃいましたか?」というテンプレ的行動の一つや二つ、やってみたくなかったかと言われれば嘘になってしまう。
今回の件でそういった「また何かやっちゃいましたか?」に類する言葉は出ていないが、今回の抜け駆けはシチュエーション的にはほぼ同じもの。
見事にファンタジー的テンプレを体験できたとあれば、吾輩の内心も愉快なことになろうというものだ。
吾輩が本でよかったと、思わず考えてしまう。
もし、吾輩が無機物でなければこの愉快な内心が外に漏れだし、サファイアには不快な思いをさせ、周囲からは不審な存在としてマークされていたことは間違いない。
吾輩が本であるからこそ、源影を動かしさえしなければ感情を完全に隠すことができるのだ。
初期地点こそゴブリンの巣穴とかいう最悪な場所であり、言葉を発する事すらできないせいでブレトンの人々にも迷惑をかけてしまった。
しかし、こうした異世界転生という異常事態に巻き込まれる中で、本であったからこそ良かった部分もあるのだと、今は思えるのだ。
「すげえ!!すげえよ!!」
「亜人の嬢ちゃんが一人で押し返しちまった!」
「そこの黒いのも凄いな!」
それはこうしてノーザンヒルに帰還して、人々から与えられる温かい声援。
お褒めの言葉を聞いている時だってそうだ。
もしも吾輩の転生先が本でなかったら……。
例えば、単純に人間に転生していたら、自分の命が惜しくて、怪我をするのが嫌でタマモと一緒に戦うなんてことは出来なかったかもしれない。
もしも魔物に転生していたら、人々からこうやって温かい声援をかけて貰えることなんてなかったかもしれない。
吾輩が本という無機物に転生をして、源影という黒い人形の謎生物の方が本体だと誤認されているからこそ、周囲から受け入れられているのではないかと思うのだ。
そんな感謝の思いを胸に、いつもの場所に戻った吾輩はポシェットの中から手を振り返しておく。
「あ、ありがとー」
同じように手を振るタマモはそれに慣れない様子というかちょっと恥ずかしがっているが……。え、いや。なんでタマモは恥ずかしがってるのかと疑問に思うが、吾輩は直ぐに納得する。
タマモはブレトンというド田舎で活動していたから、ノーザンヒルの人達は彼女の強さを知らない。亜人である以上は強いだろうと思っていても、それがどの程度の物なのかは分からないのである。
同じ近接型のサファイアが子爵婦人という貴い立場である以上、人々にとって身近な亜人はダイヤという魔法使いの後衛職であり、近接であの巨体を圧倒する姿は衝撃的だったことは容易に想像できる。
その上で、タマモはこれくらいのことはブレトンで日常的にやっていたわけだから、褒められることに慣れていないのもまた当然。
勿論、ブレトンでも「よくやった」ぐらいには褒められていたがそれは日常的な物、学校のテストで高得点を取って褒められた程度のものだ。
これだけ街を挙げるかの如く人々から褒められるのは流石に初めてだったに違いない。故にこそ、人々から熱狂的な歓迎を受けてタマモは困惑している。
「みちをー!みちをあけて欲しいのでありますー!」
その盛り上がりと言えば、サファイアと彼女が率いる騎士が陣頭で指示を出さなければならないほど。
高位の冒険者であり、子爵婦人でもある彼女から直々に道を開けて欲しいと言われれば従うしかないようだが、周囲の様子はまさしく興奮冷めやらぬという言葉が相応しい。
決して彼女一人の力で魔物を押し返したというわけではないのだが、災害級の魔物を討伐したという事実はあまりにもインパクトがあり過ぎた。
そうして人々の間をかき分けた先。
吾輩たちは臨時の本陣としても機能しているらしい冒険者ギルドに辿り着いたのだが、そこにはダイヤがとても微妙な表情をして立っていた。
「ん?」
今までの人々とは違うその顔色に思わずタマモが首をかしげる。
自分の行いが原因で何か良くないことでもあったのかという不安が垣間見える。
しかし、どうやらダイヤが微妙な表情をしていたのはタマモが原因ではなかったようだった。
タマモの不安そうな表情を見た彼女は笑顔を見せ、手を振って見せる。そうなると、ダイヤが微妙な表情をしている原因は何故なのかだが……。
まあ、これは難しく考える必要はない。彼女はタマモの抜け駆けを許し、予想外の戦果を挙げる要因となったサファイアに対して微妙な表情を見せているのだ。
「この馬鹿!!!」
「申し訳ないでありますー!!!!」
その証拠として、冒険者ギルドの中に入った直後。
周囲の人々からの視線が遮られた直後。
ダイヤの鉄拳がサファイアの頭へと降り注いだ。
★
いつ、どこで用意したのか。
あるいは「宝石箱」ではこの流れが普段の光景であり、常備でもしているのか。
冒険者ギルドの片隅では「私は抜け駆けを煽りました」と書かれた看板を首から下げたサファイアが正座させられている。
タマモが貴族に対する対応を面倒くさがっていたあたり、子爵婦人に対してこのような扱いをするのは大問題ではなかろうかと思うのだが……。
サファイアに付き従う騎士たちも別に問題にしていない以上、この世界の仕組みを詳しく知らない吾輩が心配するのも筋違いというもの。
ここは一度見なかったことにするべきなのかもしれないが……。
「なんで勝手に抜け駆けの許可なんて出すかなぁ……」
「だって……まさかこんなに強いなんて思わなかったであります……」
「タマモはパールちゃんが亜人になったようなもんだと思わないと駄目よ」
「うう……流石にそれは予想外でしたな……」
どうやら、そんな貴族としての対応以前の問題として、やはり抜け駆けが駄目だったらしい。
当たり前である。
冷静に考えれば問題無いわけがない。
かの徳川家康だって抜け駆けした武将の手柄を認めず、逆に死罪とした逸話があるのだ。関ケ原の井伊直政に関しても諸説あるわけで、時代的にはわりと似ている中世ファンタジー世界で認められるわけがないのは当然の話。
それを子爵婦人ともあろう人間が「自分たちもやっていたから」なんて理由で許可する行為など許されるはずがないのだ。
「や、やっぱり抜け駆けは駄目なんですか?」
「うーん。抜け駆けが良いか駄目かって聞かれると、正直、良いとしか答えられないんだけど……」
「そこを悪いっていうと、昔の某たちの行動全部アウトになりますからな」
「そこよね。私たちが好き放題やってたのに、若い子は駄目ってのは流石に通らないもの」
……前言撤回、わりと認められていた。
というか。亜人が2人して自分が抜け駆け常習犯であることは平然と認めるのか……。強いから自由に行動してヨシなんてやっていたら、その時点で作戦行動も何もかもが破綻してしまう気がするのだが……。
「ただ、時と場合にもよるからねえ……」
「時と場合?」
「流石にスタンピード相手だと、何かあった時のリスクが大きすぎるのよ。それ以外なら、手っ取り早くていいんだけど」
どうやら、個人の戦闘力に大きな差があるこの世界においては、その事実が「抜け駆け」を許容する理由になるらしかった。
確かにゴブリンの100や200……中隊規模の相手であれば、実力者が「抜け駆け」してサクっと処理してくれた方が文字通りに手っ取り早いのは間違いない。
個人で中隊規模の相手に「抜け駆け」をするなど人間同士の争いであれば自殺行為でしかなくとも、この世界ではその限りではない。
しかし、その一方で今回のように魔物側にも突出した個がいる戦場では話が変わる。下手に抜け駆けをしようものなら、数の力と個の強さの両面から押しつぶされる可能性があるというわけだ。
そのため、ノーザンヒル男爵家と冒険者ギルドは共同で防衛計画を立案。
城壁を盾にした魔力砲撃や一般兵の奮戦でゴブリンやオークといった雑兵を減らし、横やりを挟まれるリスクを減らした上で災害級のような大物を狙おうとしていたのだが……。そこにサファイアが普段の勢いで抜け駆けを許してしまったというのが今回の顛末になる。
だが、この状況に至り、ダイヤがリスクだと判断していたのはそこではなかった。
「ともかく、これからどうしようかしら」
「どうする……って?」
「これ、多分明日には決戦になるわよ。」
「え……?」
「私たちで言えば、緒戦でどこぞのお貴族様が打ち取られたようなものよ? とにかく一戦を交えて士気を上げ直すしかないでしょう?」
彼女がリスクだと判断していたのはほとんど使い潰すような扱いを受けていたとはいえ、災害級が緒戦で倒れるという魔物にとっての想定外について。
お互いの戦力を削るという準備段階を経ず、そのまま決戦が起こりかねないという点についてである。
「まあ、悪い事じゃないけどねー。誰か、男爵様を呼んできて頂戴。」
ノーザンヒルを襲うスタンピードは風雲急を告げようとしていた。