吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
第五章 決戦
有力な指揮官が打ち取られたり、重要な拠点を失った軍隊が体制を立て直すため、あるいは撤退する前にもう一戦を交える。それは古今東西、多くの合戦で聞く話である。
単純に負けたまま撤退したのでは追撃で大きな損害が出たり、和平交渉を行う時に強気に出られてしまう。
だから、その前に一戦を交えてより有利な条件で講和を行うため……という奴だ。
流石に人間と魔物の間で和平交渉を行うことはできないだろうから、魔物の場合は追撃された場合の被害を減らすため。
あるいは、負けを取り戻す戦果を挙げる事で、戦闘を継続することが目的になるのだろうが……。
正直に言うと、吾輩はダイヤの言った事について半信半疑だった。
何故なら、まだ吾輩は魔物の知能を舐めていたというか、そこまで頭の良いものだと思っていなかったからだ。
一般的に現代日本で読める書物に置いて、スタンピードとは魔物の大量発生、あるいは暴走の事を指す。
そこに統率はなく、ただ進む先を蹂躙していくだけというイメージがあったので、魔物が軍として動く光景。
それを実際に見たとはいえ、ゲームや漫画で見られるような、魔王や魔将が行う侵略とはまた別のものだと思っていたのだが……。
「うわぁ。本当に来た」
マジかと。
天上で太陽が輝く中、城壁の上で待機するタマモと共に、吾輩は雑然と進んでくる魔物たちの波を見ていた。
ダイヤは既に魔力砲撃を始めており、城壁からも雨霰とばかりに弓が降り注いでいるが、それは魔物の波をまったくと言ってよい程に押しとどめられていない。
「一応、作戦を確認するよ」
作戦――。
あの後、ノーザンヒル男爵を交えて行われた軍議で決められた今日の行動方針だ。
それは作戦と言ってよいのかも怪しい首狩り戦術。
ノーザンヒルの出せる最大戦力で道を開き、指揮官である災害級の魔物の元にタマモとサファイアを送り届けるというものだ。現時点でこちらが確認している災害級の魔物は3種類。
これで打ち止めなのか、それ以外にもいるのかは分からないが、ノーザンヒル男爵が再び
改めて考えてみても、あまりにも明瞭で、どこまでも簡潔な行動方針だ。
もう少し何かあるんじゃないか。有効な戦術があるのではないかと考えてしまう部分もあるが、スタンピードの主に該当する災害級の魔物が都市に張り付いてきた場合、とてもではないが城壁が持たないという事情・戦訓があるらしい。
この表現が正しいかはなんとも怪しいものではあるが、例えるならばこの戦いは規模が極小化され、能動的に行われる大坂の陣。
籠城はあくまでも前哨戦、
「おーけい?」
そんな事情から軍議で決まった作戦を確認するタマモに吾輩が頷いていると、背後で膨大な魔力が膨れ上がり、それがそのまま頭を越えて魔物の軍勢へと突き刺さる。
残念ながら昨日と比較すると幾分か弱々しく、流石にあの火力は連射することができないのだと理解させられるがそれでもその火力は戦略級。
魔物の軍勢の一角を文字通りに消滅させた一撃にノーザンヒルの人々から大歓声が上がった。
改めて見ても、本当に防衛線で使って良いものなのか。
魔物の軍勢以上に土地を荒らしているのではないか、ファンタジー世界に存在してよい攻撃手段なのかと疑問に思ってしまう超火力である。
いっそのこと首狩り戦術よりも持久戦を狙った方が良いのではないかとすら考えてしまうが、流石に吾輩が考える程度の素人戦術をこの世界の人々が想定していないわけもない。
大歓声を受けながら陣幕の中へと下がるノーザンヒル男爵に視界を向けてみると、彼は人々から見えない所まで進んだ後、血を吐きながら倒れ込むように膝をついていた。
冷静に考えると、あれだけの一撃を人の身で使ってノーリスクなわけがない。
あの様子では2発目に期待するのは難しい、長期戦に持ち込めないわけである。
だが、道は開かれた。
もはや合図や掛け声もなく、タマモとサファイア率いる騎士団が駆け出し、それをダイヤの砲撃魔法が援護する。
吾輩は巨大な源影を生み出しても歩幅が上回っているのに普通に置いていかれるのが目に見えているので、定位置であるポシェットの中で待機。その中でゆられながら周囲の状況を伺っていたのだが……。
「……あの怪物、デカくなってね?」
混乱する魔物を取りまとめるように現れた触腕の怪物の巨体は先日のそれよりも遥かに大きく、どうやらこの戦いは一筋縄ではいかなさそうだった。
グングンとタマモたちが怪物への距離を詰めると、それを防ぐかのように左右から巨大な植物の魔物……山界王華と、見るからに大鬼大将だろとしか言えない人型の巨体が迫り来る。
思わず、魔物も指揮官先頭かよと思ってしまうが、これも少し考えてみると仕方のない話だ。
ノーザンヒル男爵の放った光の奔流により魔物たちの大多数は壊乱状態で、牙剣大虎を倒した直後どころではない混乱状態に陥っている。
こんな状態で「行け」と指示されて行きたがる奴がいるだろうか?
そう、如何に魔物であってもいるわけがない。
結果として魔物たちは数の利を生かすことができず、その統率を回復するために群れのボスである災害級の魔物たちが出ざるを得なくなっているのだ。
★
「じゃ、三界王華の方は某がやるでありますよ!」
「分かった!大鬼大将の方はあーしが!」
道を塞ぐように現れた二匹の災害級の魔物を相手に、二人の亜人は突貫する。
未だ戦意の折れていない少数の魔物たちにはサファイア率いる騎士団と吾輩が対応する。
吾輩の源影、災害級の魔物にも匹敵するその巨体はシンプルな暴力だ。
人間よりも小柄なゴブリンは勿論、オークやオーガですら相手にならない。
軽く脚を動かすだけで雑草をなぎ倒すかのように蹴散らせるのだから、それだけで彼らは吾輩を遠巻きに囲んで牽制することしかできなくなる。
それはまるで公園で遠くから大型犬に絡んでくる小型犬の如く。
だが、そうして牽制程度ではあっても断続的に絡まれると、吾輩も魔物に牽制される以上のことはできなくなる。
彼らは吾輩がその場から離れようとすると、タマモに吠えかかろうとする様子を見せるのだ。
勿論、魔物たちも本気でタマモにちょっかいをかけているわけではない。
彼らはタマモが牙剣大虎を切り伏せる姿を見ているし、下手に襲い掛かれば自分たちも同じ末路を辿るということはよく分かっている。
故に、彼らはあくまでも仕事をしているふり、働いているふりをしているだけなのだが……。タマモが大鬼大将と戦っている時、それを本気で援護されたらと考えると、吾輩が安易に彼らから目を離すという選択は取りにくくなってしまう。
本当であれば、源影の巨体を生かして多数の魔物相手を雑に蹴散らせる吾輩は味方の援護に回るべきだ。
特にサファイア率いる騎士団などは亜人に至っておらず、ファンタジー世界の人間特有の身体能力はあるとはいってもその程度。魔物に囲んで叩かれれば容易に各個撃破をされかねない。
それ故に余裕が生まれ次第、吾輩は騎士団の援護に入りたかったのだが……。
率直に言って、非常に鬱陶しい。
彼らは吾輩が動いてそれなりに大きな魔物を狙おうとするたび、タマモやサファイアにちょっかいをかけるふりをするのである。
これが本気で邪魔をしようとしているのであればまだやりようもあるのだが、ここまで「戦うふり」を徹底されるのは厄介なことこの上ない。
亜人と災害級の魔物の戦いに巻き込まれれば、自分の……ゴブリンやオーク程度の命など一瞬で吹き飛ぶことを彼らは良く分かっている。
だからこそ奴らは災害級の魔物の援護をしたいが、吾輩のせいで参戦できないとアピールすることで自分が傷つかないようにしているのだ。
吾輩が戦いに慣れていない上、その役割が亜人の戦いに邪魔が入らないようにすることだと見切った上で、膠着状態を作り出しているのである。
いっそのこと、あの怪物……無限獣の方が乱入してきた方が戦局を動かせるのではないか。
手っ取り早く状況が打開されるのではないかとすら考えてしまう。
それ故、吾輩は思わずこの魔物の親玉として遠くで鎮座する触腕の怪物に意識を向けてしまうが、残念ながら奴が出てくる様子はない。
それはスタンピードの親玉として、大将はどっしりと構えるものなのか。
亜人2人を消耗させた上で自分が出ると考えているからなのか。
あるいは三界王華や大鬼大将も力で従えているだけであり、いざとなれば裏切ってくるかもしれない。
亜人との戦いで共倒れしてくれれば良いとでも考えているのか。
ともかく、そうやって最大の危険因子が高みの見物を決め込む膠着状態は良くない。強引に周囲を囲む魔物を蹴散らした方が良いのかと吾輩が考えたその時。
「はいっ!」
吾輩から少し離れた所でタマモの声が響いた。
それから一瞬遅れるようにして、大鬼大将の首が大量の血を吹き出しながら宙を飛ぶ。その表情は痛みや無念といった戦いの末に浮かぶものではなく、ただただ驚愕。
何が起こったのか理解できないといったものだった。
―― 嘘だろ?
そう思ったのは吾輩と大鬼大将だけではない。
周囲を囲む魔物も、三界王華も、サファイアも、彼女が連れてきた騎士団も、そして、恐らくは高みの見物を決め込んでいた無限獣ですらも。
全員が何が起こったのか、その一瞬では理解できなかったのだ。
「クロちゃん!!」
そんな中、吾輩はタマモからかけられた声でまっさきに自分を取り戻す。
何をするべきかは当然、分からない。
だが、大鬼大将の切り飛ばされた首が吾輩に飛んできていたことだけは目に見えたので……。
『うわああああっ!!!』
咄嗟に、吾輩は上げることができないはずの悲鳴を上げながら源影の腕を動かしてべしんと払いのける。
シンプルに触りたくなかった。
タマモが何を思って吾輩を呼んだのか分からなかった。
何かやって欲しいことがあったのか、それとも単純に首が飛んだのを知らせてくれただけなのかは分からない。
ともかく、そうして吾輩が払い除けた球体は戦場をバスケットボールのようにバウンド。なんども跳ねながら魔物たちの間に飛び込み、少しだけ転がった末に動きを止め……。
『ぎゃあああああああああ!!!!』
吾輩たちを遠巻きに囲んでいた魔物の群れ。
積極的に戦う気が無いことを隠さないままに最低限統率を保っていた魔物たちは潰走を始めた。
「グ……グガガガ……」
この光景には山界王華ですら逃げ腰というか、この場にいたらヤバいという様子を隠さない。恐らくは同格である大鬼大将があっさりと倒されたのだ。
次は自分も、しかも1対2になると考えれば当然のことだろう。
対面するサファイアは既にこの期に乗じて攻めを強めている。
このまま1対2になってやられるぐらいなら、逃げた方がよいと考えてもおかしくない。
しかし、バシーンと、何か長い物で地面を叩いたかのような音――無限獣が触腕で地面を叩く音が鳴ると、巨大な植物の魔物はビクっと体を振るわせ、戦場に踏み留まった。
それどころか我武者羅な攻撃に打って出て、強引にサファイアの握る剣を圧し折り、木の腕で殴りつける。
まともに人間が喰らえば致命傷、確実に原型が残らず肉塊になる破壊力の攻撃だ。
「――っと、マジでありますか!?」
それに対してサファイアが選んだ選択は正面からの受け流し。
人間を超越した肉体強度、しかし、それでいて魔物の巨体からすると圧倒的に軽い矮躯を生かしたそれは致命となる攻撃の勢いを殺すことに成功する。
「この剣――割と高いのでありますけどねぇ!」
サファイアは圧し折れた剣を投げ捨てると、背から新たな剣へと持ち変える。
……なるほど。
弁慶か何かかと言いたくなる超重装備はそのため。
災害級の魔物相手だと自分の肉体は大丈夫でも、武器が直ぐにダメになるから継続的に戦うために大量の武器を持っているのかと納得する。
如何に亜人という超人的な身体能力を持つ、高名な冒険者であっても災害級相手に短期決戦というのは無謀なのだ。
でも、そうであるならば。
吾輩は既にこの場にはなく、無限獣へと向けて駆けだしているタマモの背を見て思う。ブレトンにいた時から基本的に武器を1本しか持ってないタマモは――、ちょっと良い剣を手に入れたぐらいで牙剣大虎や大鬼大将という大敵を一蹴する彼女はどれだけの高みにいるのかと。
いつもよりも少しだけ、彼女の決して大きくはない背中が遠く見えた。