吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
いや。こっわ。
切り飛ばした
今までの反応から見て、クロちゃんが戦いなれていないのは分かっている。
きっとあーしが切り飛ばした首にも反応できないだろうから、一声かけてあげようというぐらいの感覚だったのだが……。
あれは魔物から見ると確実に恐怖の光景だったというか、あーしでもちょっと怖かった。
きっと人間ならあの首を払いのける時に焦ったり、慌てた表情になるのが確認できる。
だから、怖くない。
しかし、クロちゃんは大きくなっても真っ黒なお人形さんとしか表現できない見た目という事もあってまったく表情が見えない。
それなりに付き合いのあるあーしは多分あれは内心では凄く焦ってて、普段なら手を振ってぷるぷるしたりするんだろうと内心を予想することができる。
でも、あれは魔物からすれば完全に化け物だ。
敵を敵とすら見ていない黒い巨人、魔物よりも魔物らしい恐怖の存在。
実際にはとんでもない勘違いではあるのだけど、あの行動を突然見せられて逃げ出さないのは流石に嘘。あーしが魔物の立場でも本能的に腰が引けてしまうし、思わず思考が止まってしまう。
でも、よくやった。
この状況でのそれは悪くない。
周囲にいる存在は敵も味方も全員大混乱で状況が分かっていないのだから、その間に前へと進み放題だ。
あーしに続いて触腕の怪物……
バシンバシンという音と共に一部の魔物が我を取り戻すが、我を取り戻したところで無意味だ。
むしろこの瞬間に冷静になってしまえば、大鬼大将が切り伏せられたところを見ていた魔物はどうしても逃げるという意識が先に出てしまう。
1匹が逃げだせばそれを見ていた他の魔物10匹が逃げ出し、10匹が逃げだせば100匹が逃げ出す。
だから、ここで大事なのは総崩れになった魔物が立て直さないように相手の大将を打ち取る事。
とにかく一心不乱に前へと進み続けたあーしは無限獣の元に辿り着くといつもの様に剣を振る。
「ぐるるるるっ!?」
「悪いね。この間のあーしはあんまり調子が良くなかったんだ」
一閃。
大きく、鞭のように振り回された2本の触腕を一息に切り落とす。
この間見た時よりもこの怪物は一回りか二回りほど大きくなっているが、何の関係もない。
この偽剣叢雲は初代ノーザンヒル男爵が使ったという剣。
何か凄い剣の偽物らしいけど、実際に振るってみると店で購入できる程度の剣とは格が違う。強度、切れ味ともに文句のない素晴らしい逸品である。
無限獣は先日の交戦経験から、クロちゃん無しでの1対1であれば先日のように剣を破壊できると考えていたのだろうが、結果としてその目算は甘いと言わざるを得なかった。
後は無限獣の首を落として――倒せるのかは分からないが、とにかく動かなくなるまで攻撃を続行。端末であるらしいこの巨体を徹底的に破壊して、学習をリセットしたいのだが……。
「グフッ……」
あーしがその懐に飛び込んだ時。
怪物は明らかに笑った。
やばっ。
そう思った瞬間、あーしの身体は自分が認識するよりも先に動いていた。
たぶん、背中に迫る殺気、あるいは風圧か何かを感じたのだろう。
咄嗟に地面を蹴って空中に離脱。
自分のことながらなにやってんだ。
逃げ道ないだろコレと笑ってしまうが、どうやら意外とあーしの身体はちゃんとその後の事も考えていたらしく、飛んだ先には怪物の頭があった。
「せいっ……やあっ!!!」
今度は明確に何をやるかを意識して、怪物の頭を蹴り飛ばして足場にする。
そのついでとばかりに剣を振って目を潰そうかとも思ったが……実際の所、何が起こったかよくわかっていないのでそれはナシ。
とにかく距離を取ることを優先。
巨大な怪物の全体が視界に入るところまで距離を取ってようやく、何が起こったのかを理解した。
――触腕が再生している。
強大な魔物というのは極めて優秀な再生能力を持つ。
その代表格はソウダイショウであり、頭を潰して即死させなければ死ぬことはないというのは有名な話である。
だが、そんなソウダイショウでもここまでの再生速度は持っていない。
切り飛ばしてから再生するまで、下手したら10秒もかかっていないのではないだろうか。触腕の構造的な問題もあるし、先日遭遇した時はこんなことはしていなかったはずなのだが……。
「無限に強くなるってそういうことか。そりゃ、古代の魔法文明も滅んじゃうよ」
この怪物は先日の戦いであーしに触腕を切り落とされたことで「学習」したのだろう。触腕を切り落とされてしまったなら、直ぐに生やせばいい。
更には、切り落とされたフリをして、胴体を攻撃してきた相手に奇襲を仕掛ければいいと。
「ここで倒す」
逃がせない。
コイツはここで倒さなければならないと、あーしは強く思った。
だが、斬撃が通じない以上はあーし一人にできることは少ない。
もしかしたら本体になら斬撃が通るのかもしれないが、少なくとも触腕に斬撃は通じない。
しかも、先程の笑みを見る限り、無限獣の再生は自動ではなく、任意。
下手に切り落として視界の外で再生されると対処ができないので、まずは打撃で弱らせるところから始めなければならない。
ただでさえ大きなリーチの差が更に広まってしまうし、打撃が通じるかにも不安があるがこればっかりは仕方がない。
何をもって「学習」とするのかが分からない以上、何度も切っているうちに切り落とすことすらできなくなっては最悪だ。
今も切断という攻撃手段が通じるのであれば、それを通すのは他に選択肢が無くなってからぐらいで丁度いい……はず。
そもそも、魔物が普通に縄張り争いをする中で打撃や斬撃は受けるはずだから、最初の時点である程度は学習していたはずなのだ。
学習の結果として巨大化して物理的に打撃の効きを悪くしたり、間合いを取れるように触腕を伸ばしたりしていた可能性もあるのだが……。
まあ、そこらへんは考えても仕方ない。
無理なものは無理と諦めて、気軽に行くしかない。
「でも、どうすっかなぁ」
大型の魔物を相手にする時。
一撃で相手を仕留めることができないならば、足を潰すのが鉄則だ。
逃げを封じるのも重要だが、それ以上に人間とのサイズ差の問題として、もっとも攻撃を通しやすいのが足というのがある。
そういった意味で、この無限獣の脚は体格の割にはスラっとしていて、簡単にダメージを与えることができそうなのだが……。
「スカートみたいになってる触手、コレ、明らかに何かを学習した結果だよね。オークとかオーガあたりが脚に攻撃したのかね」
問題となるのはやはり足を守るように生えている多数の細い触手である。
両手の触腕ほどの太さはないが、とてもではないがあの数の触手を掻い潜って脚への攻撃はできるものではなかった。
無限獣の学習という特性を知らなければ、全部切れば良いじゃんぐらいには考えられたが……。下手に切って学習されると厄介というか、あの数の触手が全部ぶっとい触腕のようになって再生されるととんでもないことになる。
これまた倒しきれると確信するまで手を出すことなどできようもなかった。
……この状況なら、婆ちゃんも怒らないだろうから、これは奥の手を切るしかない。
アレは使うと全身筋肉痛どころじゃない状態になるから嫌なんだよなと思いつつ、だが、一人では決め手に欠けると考えながら、回避主体の戦闘を行っていた所で。
ヌっと、音も無く、背中の方から黒い影が差した。
「おっ」
『タマモ!待たせた!!』
クロちゃんである。
辛うじて踏み留まっていたオーガなどは蹴散らしたのか、頼りになる友達が追いついてきたのだ。山界王華は……サファイアさんとの戦いが継続中。
まだ継続中ではあるが……遠目に見る限りでは時間の問題だろう。
どうやら魔物の群れが潰走を始めたことで騎士団も支援に移れる体制になっているし、ダイヤさんの魔力砲撃もそちらに向けられている。
しかも、戦場全体を支援するため、魔力の塊を広範囲にばら撒く程度ものではなく、災害級の魔物にも打撃を与えられる規模の砲撃をだ。
時期に三界王華を倒し、無限獣との戦いにサファイアさんが合流し、魔力砲撃もこちらに向くようになるだろうが……。
正直、今の状況だと頼りにならなさそうなんだよね。
残念ながらサファイアさんとその指揮下の騎士団は恐らく無限獣に有効な攻撃ができない。
彼らの攻撃手段はあーしとほぼ同じものであるし、あーしと同等かそれ以下の攻撃しかできないのでは、仮に有効打を与えても再生されるのがオチだろう。
ダイヤさんの魔力砲撃についても先日のことを考えればほぼ確実に学習されているだろうし、援護以上のことは期待できないと言わざるを得ない。
『むっ!デカくなった分、やっぱり力が強い!!』
そういった意味で、シンプルに力勝負に持ち込めているクロちゃんの存在は本当にありがたい。あーしが奥の手を切らずとも、無限獣を消耗させて止めの一撃を打ち込める可能性がある。
もっとも、そのクロちゃんにしても「学習」自体はされてしまっているようで、触腕を抑え込み、踏み潰せていた先日と比べると明らかに力負けしてしまっている。
しかし、逆に言えば力負けしかしていないのだ。
触腕を切り飛ばしても任意で再生、背後からの奇襲なんてことはされないだけでもありがたい。『うおおおおお!!!源影に更に魔力を注ぎ込めエエエエエ!!』
「ぐるうううう!?」
更にはクロちゃんはあの大きくなった姿でもまだ全力ではなかったのか、学習して一回り大きくなった無限獣に対抗するように、音もなく一回り大きくなってくれる。
これならば、奥の手を切らずになんとかなる可能性も高くなる。
黒の怪物と黒の巨人。
どこか似ているその対決にあーしは文字通りに殴りこむ。
組み合うクロちゃんの膝と肩を足場に跳ね回り、拳を、脚を叩き込む。
「るぅるるぅぅぅうう!!!!」
高さにして10倍、重さにすれば恐らくは数百倍に開きがある相手への攻撃だ。
如何に魔力を通しているとはいえ、剣による斬撃と違って有効な攻撃手段になっているとは言い難い。
勿論、肉体へのダメージ自体は蓄積しているとは思うのだが……。
「叫び声的に効いてはいるんだろうけど、見た目がなんも変わらないのはちょっときついね」
それはパール婆ちゃん謹製のサンドバッグを叩いている時が如く。
無限獣は如何に攻撃を受けてもその黒い体を蠢かせるだけで、本当にダメージが入っているのかに何とも確信が持てない。蹴ったり殴ったりした時、分かり易く破損する岩や樹木と比較すると、なんとも手ごたえがないのだ。
『どりゃああああああ!!!』
だが、押しているのは間違いない。
あーしとクロちゃんの猛攻が始まってしばらくして、無限獣はついに地に伏せたたのだから。
ここしかない。
「はああああああっ!!」
「ぐるるっるああああああああっ!!!!」
あーしは鞘に収めていた剣を抜き、無限獣の胴体を滅多切りにする。
普段ならば絶対にやらない……やったら、なんで素材や資源になるものを無意味に傷つけているんだと説教を受けるのは間違いない追い打ち。
ちょっとだけ、障子紙を破る時と似たような楽しさ、声には出してはいけない倒錯的な感情を抱きながら、切り付ける。
そんなふざけた感情とはまったく別の話として、コイツに学習をさせてはならない。これ以上学習させたら大変なことになるという確信と共に、あーしはクロちゃんと共に徹底的に無限獣を破壊し――。