吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
「……マジ? 嘘でしょ?」
スタンピードを統率する災害級の魔物でありながら率直に言って全く良い所なく。
殆ど一方的に叩きのめされ、地に伏せた
本体はまったく別の所にあって、この身体は端末であると。
吾輩の源影と同じような物である事はアルケミーから聞いた話で分かっていた。
だからこそ、タマモが引くような勢いで始めた追撃に吾輩も続き、既に無限獣は長い間使われ続けて床にこびり付いた絨毯かカーペットのような有様になっているのだ。
だが、それでも、この怪物は倒されていなかった。
ごぽごぽ。
そんな水音のような何かを発しながら、ゆっくりと襤褸雑巾と化した無限獣が立ち上がり、よろよろと逃げ出そうとしているのだ。
タマモは既にそんな無限獣に剣による攻撃を行っているが全く効力を発揮していないというか、切ると同時に再生されてしまっている。
恐らくは殴るや蹴るといった打撃攻撃も似たようなものだろう。
こういうボスキャラって何かの漫画でもいたよな……。
思わず、そんな風に現実逃避したくなるほどに、吾輩たちの攻撃手段は学習されたと言ってよい状態になってしまっていた。
遠方からはダイヤの魔力砲撃が飛んできていて、こちらはまだ完全に無効化されていないだけ効果アリと言った様子ではあるが……。
「これが……古代の魔法文明を疲弊させ、滅ぼしたという神話級の魔物……!!」
もはや驚愕するしかないというタマモの声に全てが詰まっている。
打撃も斬撃も何もかもが通じず、倒しきることができない無敵の敵。
古代の魔法文明もこうして無限獣を倒しきることができず、学習を終えた後の再襲来を許したのだと気が付いた焦りが形となり、彼女の頬を伝っていた。
アルケミーによると、無限獣は核となる本体が存在する。
この端末を無視して本体を叩くことで討伐すること自体はできるにしても、それはいつになるのか。
無限獣が猛威を振るう中、この広い世界から核を探すことができるのか。
古代の魔法文明とやらはどうやってそれを成し遂げたのかと考えて……。
ここで吾輩は気が付く。
何故、この魔物はここで逃げようとしているのかと。
これだけの速度で学習できる魔物、本当に無敵の存在であれば逃げる必要など存在しない。
どこまでも戦い続け、吾輩たちが持ちうる手段の全てを学習すればそれでよい。ここで逃げようとしているということは、無限獣は逃げる必要があるという事だ。
つまり、この無限獣は見た目の通りに瀕死の状態。
後一歩、何かがあれば倒しきることができるに違いない。
だが、打撃、斬撃、魔法攻撃。
その全てを学習した相手に対してできるあと一歩など――。
―― いや、締め技はどうなんだ!?
切っても殴ってもその全てを擦り抜ける液体のようになった怪物。
そんな相手に締め技が通用するとは思えないが、締め技についてはこれまでの戦いで何一つ試していない。
せいぜい、ちょっと相手の動きを止めるため、力任せに拘束を試みた程度だ。
だが、この世界にもあるのかどうかは分からないが、ダイラタンシー現象というものがある。
液体に素早く力を伝えると固体のようになり、ゆっくりと力を加えると普通の液体のような反応を示すというあれだ。
無限獣がどういった原理で攻撃を無効化しているかは分からない。
しかし、素早く力を伝えると固体のような反応を示し、ゆっくりと力を加えると液体のような反応を示す現象があるのなら、その逆があり得てもおかしくはない。
いや、有り得てくれなければ打つ手はない!!
「ぐ……るるるぁああああああ!!!」
そして、そんな希望的観測100%。
もしかしたら、締め技が効くかもしれないという吾輩の推測は正しかった。
タマモの如何なる攻撃も通用しなくなっていた無限獣は吾輩のゆっくり、のっぺりとした動き。
そこから始まる締め技、首に該当するであろう部分に対する掴み攻撃により再び動きを止め、苦しみ始めたのだ。
「クロちゃん!効いてるよ!!!そのままやっちゃえ!!」
タマモの声に反応を返す余裕は流石にない。
源影を必死に動かし、大地を踏みしめながら無限獣の拘束を強める。
素人の締め技など子供の抱き着き攻撃と似たようなものかもしれないが、この怪物を万が一にも逃がすわけにはいかない。
このまま絞め殺す。
この魔物が呼吸をしているのか、首に骨があるのかすらも分からない。
だが、苦しんでいるなら、殺せるはずだと強く考える。
これが効かなければどうしようもないのだ。頼むから効いてくれとすら考えていた。
しかし、そんな吾輩の願いもむなしく、無限獣は拘束から逃れるためにまた別の何か、学習した結果をその体に出力する。
バサッ
羽だ。
脈絡もなく、無限獣の背から羽が生え、それで羽ばたき始めたのだ。
地面にいると殴られ、蹴られ、締められるから空に行こうということなのか。
絶対に逃がさないという意思の元、吾輩が力を入れるのに対抗するように無限獣はさらに羽根を巨大化させ、ゆっくりと着実に浮き上がり始める。
やばいやばいやばい。
締めはまだ学習されていない。効いている。
多分、この分けわからん怪物にも血流なり呼吸はあって、効いている。
このまま締め続ければ、逃げを選ぶほどに弱ったこの魔物を殺せる。
だが、このままでは締め続けることはできない。
羽ばたき、それに伴って空に舞い上がっていく無限獣に対し、重力に縛られる吾輩の源影は少しずつずり落ちていく。如何に逃がさないと覚悟を決めても物理法則の縛りは強力で、怪物は少しずつ拘束から逃れていく。
それでも、逃がさない。
絶対にこの手を離さないと考えた時、吾輩の耳に声が届いた。
「クロちゃん!!手ぇ、離せぇ!!」
タマモの叫び声だ。
手を離したら駄目だろ、逃げられると思ってしまう。
何を考えているんだと眼下の彼女に意識を向けると、少女の手は何か遠くを――ノーザンヒルの城壁を指さしている。
何かが、ノーザンヒルの城壁で膨れ上がっていた。
膨大な魔力、この戦いの嚆矢を飾ったノーザンヒル男爵の一撃がか弱く思えてしまうほどの膨大な魔力。
一体誰があれだけ魔力を高めているのか。
少なくともダイヤによるものではない。
彼女にこれだけの伏せ札があれば、もっと早くに切っていたはずだ。
ならばノーザンヒル男爵?
いや、これも違う。二発目を使った直後の様子を見る限り、彼は三発目を打つことどころか、一人で立つことすらも難しそうな様子だったのだ。
そんな有様で一発目を軽く上回るレベルの一撃を放つことができるはずもない。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
そう、どうでもいいのだ。
誰であろうと、この怪物に止めを刺してくれるならばそれでいい。
今、この瞬間に重要なのはそれだけだ。
だから吾輩は直ぐには手を離さない。
恐らく、タマモが吾輩に手を離すように指示したのはあの魔力砲撃に巻き込まれないようにするため。
吾輩が無限獣を締めあげていると攻撃ができないからである。
吾輩(源影)なんて自由に巻き込んで貰っても構わないのだが、それが伝わらないからこその判断だ。
そういった意味では直ぐに手を離した方が良いのは間違いない。
無限獣が学習を進める前に止めを刺しに行った方が良いのは疑いようのない事実。
しかし、これだけ近くに無限獣がいる以上、吾輩がただで手を離してやる理由もない。
吾輩はその一念で片方の腕で無限獣の首を絞めたまま、もう片方の腕を羽根の根本へと伸ばす。
「るうううう!?」
何をするのか予想が付いたのか。
あるいはノーザンヒルの城壁で高まる魔力に気が付いたのか、無限獣が怯えた顔を見せるがもはや手遅れだ。
吾輩は降りるついでの駄賃とばかりにそちらにも全力で力を加え、圧し折るようにしてから手を離す。
「ウグルウウウアアアアアア!!!!」
咆哮。
羽根を折られ、空中でバランスを取ることができずに藻掻き、落ちていく無限獣を見上げながら吾輩は源影を消す。
それが城壁の上にいる誰かにどう見えたのかは分からない。
しかし、吾輩が消えたことで、吾輩を巻き込む心配がなくなった事。
無限獣が空中で体制を崩して回避行動を取る余裕がなくなったことは伝わったのだろう。
ノーザンヒルにいる何者かが高めた魔力を解き放ち、光の奔流が空を走る。
それは片翼となった怪物を飲み込み、黒い巨体全てを虚無へと返していく。
あれだけの不死性を誇った怪物が塵一つ残さず、天上の大河と化した魔力の中へと消えていく。
その一種の美しさ、荘厳さすら感じる光景を見て、吾輩は誰に言われずとも、この場を凌ぐことができたと確信した。
「クロちゃん!!!どこ!!!?」
後は、タマモが吾輩の落下地点あたりにやってきたところでもう一度源影を作り出すだけだ。タマモは吾輩(源影)が本体だと思っているのでこうして探しに来てくれるのがとても申し訳ない。
ちょっとだけ、今日の所はこのまま源影を出さないままでいて、明日ひょっこり顔を出したりしたら面白いかなと。
そんな益体の無い事を思ったりもしたのだが……。
流石に、それはない。
笑えない冗談になってしまうとタマモの顔を見て思い直す。
「……!!……よかったぁ」
だから、吾輩は特に惜しむこともなく、感動的な再会を演出することもない。
吾輩は新たな源影を生み出すとそれを普段のように源影を動かし、前世で知った変なポーズを取ってみたりして、自分の無事をアピールするのであった。