吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
「――
立ち上がることすらできず、戦いを見つめることしかできない父上の隣で、私は弓を引いた。
ノーザンヒル男爵家に伝わる極限魔法「流星極射」は使う機会が極めて限定的な欠陥魔法だ。
なにせ、この魔法はその時に自分の持つ魔力全てに加え、周囲にある魔力を巻き込んで莫大な魔力を確保。
更にはそれを増幅して放出するだけというシンプルな効果のものであり、一撃に込める魔力の調整すら効かないという信じられない仕様となっている。
煩雑な儀式も長い詠唱も必要なく、ただ対象を消滅させるために全ての手順が簡略化され、どこまでも純化した殺意。
一度ぶっ放せば全てを消し炭にする極限魔法は今回のような防衛戦ですらまともな使い道があるとは言い難い。
侵略してきた魔物に矢先を向ければ、魔物ごと開拓した土地の全てを虚無に返し、人類の生存権を広めるために使えば、向こう数年は人間の住むことのできない不毛の大地を生み出す。
それでいて、極限魔法は使おうとするだけで膨大な魔力を発するため、流星極射でなければ倒せないほどに強い魔物……災害級の魔物に対しては基本的に当たらない。
当てられる状態になるほどに弱らせることができるなら、そもそも流星極射を使わずに仕留めることができる。
この魔法はそういう大きすぎる欠陥を抱えたものなのだ。
だから、私がこの魔法を使う時は来ないと思っていた。
土地の表面を抉る程度の火力で済む父上のそれとは違い、私が使えば山を崩すことだってできるという自覚があったから。
だが、今回ノーザンヒルを襲ったスタンピード。
それを従えていた無限獣は尋常な相手ではなかった。
触腕を切り飛ばされ、地面に引き倒して滅多切りにして、襤褸雑巾のようになっても仕留めきれない圧倒的な不死性。
それを突破するためには流星極射で消滅させる以外の選択肢はなかった。
だが、それでも私には流星極射を使う決断は最後のあの瞬間に至るまでできなかった。
サファイア子爵婦人が率いる騎士団に、タマモやクロくん、彼らが戦っている中で流星極射を使えばどうなるかなど考える必要もなく明らかな話。
私がノーザンヒル男爵家から離れる人間であると常々放言しているのはこういう時を想定しての物ではあるが、それを決断するには……聊か若かったというところだろうか。
ノーザンヒルのため、人間のために戦っている人たちを巻き添えにすることなど、私には選択できない。回復魔法や蘇生魔法にも限界はあるのだから。
故に、彼らの奮戦の末、無限獣が空に逃げたのは僥倖だったといえる。
無限獣がヨタヨタと空に逃げていなければ、クロくんが天空、遥か高い所で羽根を圧し折ってくれていなければ、アイツを仕留めることなどできなかった。
「――ルシアン、良くやった」
「父上、起き上がっては」
「馬鹿者。このまま寝転がっていては、どっちが勝ったのか分からぬではないか」
「そうはいいますが、その姿は完全に敗者というか、罪人のソレですよ」
両脇を側近に抱えられ、無理やりに立ち上がった父上に声をかけると、ははははと、周囲から笑い声が上がった。
良い空気だ。
まだ無限獣の核を破壊するという大仕事は残っているが、既に山場は乗り越えたとみて間違いないだろう。
数十年前のスタンピードではこの辺りを統括していあコーリャマ辺境伯本人を含む家臣団が全滅。
甚大な被害が出たという事を考えると、ここまで楽に魔物の群れを凌ぎ切ったのは奇跡とも言っていい。
その原動力でもあるタマモに男爵家から剣を与えた意味は色々な意味で間違いではなかった。
「あの娘に初代様の剣を与えたのはルシアン様だとか、素晴らしい判断でした!」
「何、そうだったのか!?流石はルシアン様だ!!」
「流星極射も素晴らしいものであったし、やはり家督はルシアン様に……」
私はそれらの言葉に意識して渋面を作る。
肯定する意見も、否定する意見も言葉には出さない。
私は自分のやるべきことをやったと思っているが、それが要因で家督云々の話をされるのは流石に困る。
ノーザンヒルを治めるものである当主には強くあって貰いたい。
このような有事に頼れる強さを持った人間であって貰いたいという気持ちは理解するが、そういった発言がもたらす結果は考えて欲しいものである。
「はいはい、皆さん。そんな話をしている暇はありませんよー。 少ないとはいえ負傷者は出ています。回復魔法の使える人は早く前に出てください」
「そうだな。どうせ流星極射の反動に回復魔法は効かんのだ。もはや万が一に備えてお前たちがここに詰めている必要はあるまい?」
「ははっ!」
ともかく、そんな話をしていると、砲撃魔法の射程内の魔物は掃討し終えたのか、冒険者ギルドの長であるダイヤさんが城壁の上から降りてきた。
「ギルド長、降りてきても大丈夫なのですか?」
「問題無いわよー。私の魔力感知範囲にいる魔物は全員逃げ出しているわ」
ぴょこぴょこと兎耳を揺らしながら彼女が当然のように口にした言葉に思わず、周囲から歓声が上がる。
我々も山場は終わったものだと認識していたが、こうしてギルド長から直々にその裏付けが取れると、改めて終わったのだという実感が湧く。
ギルド長はサファイア子爵婦人とアルケミー先生に並ぶ高位冒険者であるし、何より、前回のスタンピードの経験者でもある。
その時は宝石箱にも大きな被害が出たというから、彼女に限っては油断の心配もないのもありがたいところだ。
「それより、アルケミー先生はいつ頃戻るのかしら?」
「アルケミー先生ですか? アルケミー先生は魔物の追撃に出ていますが……」
「あらー?そうなの?なら仕方ないわね」
……だが、油断をしていないというのも困りものかもしれない。
軽い気持ちで質問に答えた文官にギルド長はまったく仕方なくないという表情。
いや、「私が言ったのはそういう意味じゃないんだけどな」というのが一目で分かる表情で返す。その冷たい視線に文官は自分が何をしたのか。
何故ギルド長の機嫌を損ねたのか分からないという焦った表情を見せるので、思わず苦笑してしまう。
せっかく落ち着いた、良い意味で気の抜けた空気がこのままでは重くなってしまう。
「ギルド長、アルケミー先生の追撃は軽くだと伺っています。決して深入りすることはないとの事でしたので、遅くとも半刻後には戻られるかと」
「ふふふ。ルシアンくん、ありがとう。そして、ごめんねー?」
故に、彼女の意図をくみ取れる私が率先してアルケミー先生の動向を答える。
周囲の状況を魔力感知である程度把握できるギルド長からすれば、アルケミー先生が何をしているかはざっくりと把握できている。
つまり、先ほどのギルド長はアルケミー先生が追撃に出ていることは分かった上で、戻ってくるまでにどれくらいかかるのか。
話を聞いている者はいないのかと問いかけたのだ。
それに対して「先生は魔物の追撃に出ている」と軽く答えるなど、「そんなものは既に分かっている」と言われても仕方のない解答だと言わざるを得ない。
普段は机に向かっている文官ではこの当たりの機微が分からないのは仕方がないが……。
ギルド長もギルド長である。
天下のブロンズ級冒険者、ダイヤに人睨みされれば戦いなれていない文官は容易に委縮してしまう。
的の外れた解答に思わずイラっとしたのは理解できるが、その謝罪は私ではなく、文官に向けて欲しいものだ。
上役の意図を汲み取ることを生業としている文官にとって、この行動はお前は仕事ができない奴だと突きつけているに等しい。
彼は完全にこの世の終わりのような、真っ青な顔をしている。
ここでフォローの一つや二つはしてやらねば、この一件は拭いようのないトラウマになってしまうだろう。
チラりと父上に視線を向けるが、父上は特に何かをするつもりはない……というより、両脇を支えられて無理やりに立ち上がっているだけの現在。
フォローに回るだけの余力は残されていないようだ。
私の視線に気が付くと父上は小さく首を振り、私に対応を行うように促してくる。
こうなれば、仕方がない。私も覚悟を決めるしかないだろう。
「キミ、一つ仕事を頼まれてはくれないか?」
「る、ルシアン様!何の御用でしょうか!?」
「アルケミー先生が戻り次第、無限獣の核を如何にするかについての会議を行う必要がある。その場と資料の準備をお願いしたいのだが、頼めるか?」
「分かりました!お任せください!」
これで良し。
私から仕事を振られた文官は文字通りに血相を変え、血色を取り戻した顔で駆けだした。
あれだけ慌てていると、また何か失敗をしないかと不安になる部分もあるが……そこまでは流石に私が関知できるものではない。
私にできるのは彼が無難に仕事をこなしてくれることを祈るだけだ。
「おお……流石……」
「なんと見事な差配……」
そう、私も彼をこれ以上フォローする余裕は存在しない。
この一幕を見た周囲の武官、文官は今にも「やはり家督はルシアン様に……」と続けそうな様子を見せている。
私は集まる視線を一瞥し、不機嫌な様子を見せなくてはならない以上、今の対応を越えることはできない。今は山場を乗り越えた直後、本来ならばこのような表情は見せたくないのだが……。
「サファイア様とタマモ様ご帰還!!凱旋で御座います!!」
「来たか!!」
幸いにして、私が仏頂面を見せる時間は最小限で済んだ。
災害級の魔物を討伐した戦士たちに不機嫌な要素を見せるなど、貴族として、人間として許されるわけがない。
私は表情を崩し、何事もなかったかのように、彼らの帰還を迎え入れるのだった。