吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
第一章 運命の出会い
吾輩の視線(?)の先にいたのは熱心に剣を振るう一人の少女だった。
本来、人間の耳があるべき所は黒い長髪に覆われていて、頭の上あたりからにょきっと狐の耳が、おしりからはふわふわの尻尾が生えていた。
ファンタジー的には所謂亜人、あるいは獣人という奴だ。
ぶん。ぶんと。
一定の周期事に風を切り裂くその姿は堂に入ったもので、武術の心得がない吾輩からしても美しく、剣を振り慣れていると確信できる光景だ。
その隣では一人の老婆が佇み、少女の修練を当然のように見守っている。
その光景はこの村における日常なのか、特に誰かが咎めるという事もない。
しかし、幼い子供ですら農作業を手伝う中、只管に剣を振るう少女の姿は吾輩にとって酷く浮いて見えた。
彼女はなんのために剣を振っているのか気になって、影空間を駆使して気が付かれないように、声を聞き取れる程度に傍による。
勿論、彼女たちが吾輩に聞き取れる言葉でしゃべるとは限らない。
だが、吾輩はただひたすらに剣を振り続ける姿を見て、彼女たちが何を思い、何を考えているのか、少しでも知ることができないかと思ったのだ。
しかし、そんな期待とは裏腹に狐耳の少女も老婆も何も話さない。
ぶん。ぶんと。
風邪を切る音が鳴る間にも時が過ぎる。
2人が何かの言葉を発するのを待っているうち、何故か、吾輩はとても恥ずかしい気分になった。
この少女が見た目の通りに吾輩の前世よりも年下なのか、それとも狐耳にありがちな長命種なのかは分からない。
しかし、ここまで熱心に目の前で剣を振り続けるのを見ていると、何もしていない自分が恥ずかしくなってしまったのだ。
外に影響を与えないように、影空間で魔術式を弄る。
もう何度も繰り返し、洞窟の中では脱出するという明確な目的を持って行っていたそれを、ただ、少女を真似るように。
弄ることが目的であるというように、『源影』の魔術式を弄っていく。
世界を隔てた影空間の中で吾輩は修練を行う。
そんな目的もない修練を続けているうちに日が落ちてきて、完全に暗くなる少し前、そこでようやく狐耳の少女は剣を振るうのをやめた。
「よーし。今日はこれまで!」
「毎日毎日、タマモは飽きないねえ」
「またそれをいう? それに飽きないのはパールばあちゃんも同じじゃん。いつまで見てるのさ」
フッと、少女が発した言葉に「なんだ。聞き取れるのか」と思わず内心で吹き出してしまう。
考えてみれば、それはそう。
吾輩は吾輩に記載された文章……明らかに日本語ではないソレを読めるのだから、転生に当たってこの点は最初からクリアされている。
それが所謂転生チートなのか、魔本という種族の特性から来るものなのかは分からないが、そもそもこの視界(?)がどういう原理で確保されているのかが分かっていない。
聴覚側も謎の原理で確保されていると考えれば、彼女の言葉を問題無く聞き取れるというのも、別段おかしな話というわけではなかった。
そして、狐耳の少女が家の中に消えてもなお、吾輩は魔術式の研究を続けていた。
既に先ほどまでのネガティブな感情は消えていて、素人ながらに源影を創り出す。
目指すのは、影空間でも形を維持できるほどに、明確な形を持った源影の成型。
通常空間での研究はまあ、こういった集落の中でやっていると事故の暴発が怖いので仕方がない。
吾輩も現無機物とはいえ元人間、悪戯に他の人間に迷惑をかけたいとは思わなかったし、なにより、一心不乱に剣を振り続けた少女の邪魔になるようなことはしたくはないのだ。
そうなると、必然的に行える研究の内容というのも限られてくるわけで……。
影空間からの出入りが自由自在になった今の吾輩が行うべきことといえば、影空間の中での移動手段を確立する事、即ち、この影空間の中で成型できる源影を生み出すこと以外にないわけだ。
必要なのは大きさか、質量か、密度か、強度か。
様々な条件を素人考え……と、いうにはそろそろ自分でも深まってきたと思える知識で試し、弄っていく。
単純に源影を作るのではなく、二つの源影を重ねて生み出し、その質や組み合わせを変えては影世界に塗りつぶされるという不毛な実験。
そんな実験を吾輩は影空間からよほど天気が悪い日以外はいつも同じところで、毎日のように飽きることなく剣を振り続ける少女を眺めながら三日、四日と続けていく。
―― コレ、吾輩がやっていることって客観的には変質者そのものではないか?
などとたまーに我に返りながら、それでも、傍から見ると同じことを繰り返しているかのような試行錯誤を繰り返す。
そのうち、少女もまた同じように剣を振るっているだけのようにみえて、一振りごとに剣の振り方を変えていること。
それを見守った老婆もそれに反応し、良い振り方が出来ていることを1日に1度ぐらいは褒めていることに気が付いたりして。
「今のは良かったと思うよ。タマモ。」
「うん!そうだよね!あーしも良く振れてたと思う! でも、まだまだっしょ!」
(いや、何がどう違うんだよ。吾輩の目には同じようにしか見えないのだが……)
そんな風に一人で、答えの返ってこない突っ込みを入れてみたりする程度には、吾輩はこの生活を楽しみ始めていた。
★
「あっ。クロちゃんだ!」
「今日もクロちゃんがいるよ!!」
「クロちゃん、あれやってよあれ!!」
周囲の山々から緑が失われ始めた頃。
客観的に見て変質者としかいえない行動を取っていた吾輩はついに村の住民……子供たちに見つかり、「クロちゃん」という、黒い人形のような源影の見た目そのままの愛称を貰っていた。
いや、言い訳はよそう。
吾輩は自分から見つかりに行ったのだ。
狐耳の少女が剣を振り、村の大人たちは田畑を耕して森を切り開く。
子供たちはそれを手伝ったり、自由気ままに遊んだり。
時には襲撃してくる魔物の群れを村民が一丸となって撃退したり。
そういったこの世界における人間の営みというのは長い間洞窟で「本」として孤独を過ごす中、知らぬ間に摩耗していた吾輩の精神を急速に癒してくれていた。
端的に言えば、吾輩は「寂しい」という感情を取り戻し、元々は人間だった身として、彼らのコミュニティに混ざりたい。一緒に暮らしたいという思いが芽生えたわけである。
しかし、今の吾輩は人ならざる身。
徹頭徹尾完全無欠の「本」という無機物であるし、「源影」もこの世界の人々から見ると魔物でしかない。
大人に見つかれば「危険な謎生物」として警戒されるのは明らかであるし、全力で危険視されても文句を言うことはできないのだ。
では、どうするのかと考えた時。
吾輩が思いついたのは「子供の遊び仲間になる」ということだった。
子供は大人と比べて好奇心が強く、警戒心が少ないのはどこの世界でも同じこと。
「知らない人について行ってはいけません」「良く分からないものに触ってはいけません」などと言われても我慢はできないものである。
黒いお人形さんとしか表現できない源影であれば、最初は子供たちに警戒されたとしても、将来的に仲良くなれるのではないか。
子供たちと仲良くなれば、お世話不要のペット枠として村に溶け込めるのではないかと考えたのである。
吾輩の考えている事が不審者同然のものだという自覚はある。
しかし、これ以上に吾輩がこの村の人達と自然に仲良くなる方法が思いつかなかったのだ。
根気よく大人の前に出て、自分が危険ではないと示すといった方法もあるだろう。
だが、仮に何度も大人の前に出て、「怪しい魔物である」として源影を何度も攻撃された場合。
如何に吾輩の本体が「本」であり、一切の攻撃が効かなかったと仮定して、何度も源影に対して攻撃をしてきた人たちに、吾輩は馴染むことができるのだろうか?
吾輩は、馴染めないと思った。
この村に馴染めないという話ではなく、「吾輩は人間ではない」「吾輩は人間の敵である」と認識させられてしまうと考えたのだ。
特にあの狐耳の少女、この世界にやってきてから初めて「美しい」と感じた剣筋の彼女から敵であると。
倒すべき相手であると認識されて剣を振られたら……、恐らく、吾輩は折れる。
立ち直ることができないと今の時点で分かってしまうほど、決定的に。
だから、吾輩は自分の行動が不審者も同然のものであると認識しながら、子供に近づいたのだ。
ちょっと遠くから手を振り、おどけて、興味を引く。
前世では結婚すらしていなかった吾輩だが、家族親戚の集まりで子供の面倒を見るぐらいの経験は当然にある。
吾輩にとって源影は本体ではなくあくまで端末、ラジコンロボットのようなものだったので動きのキレは正直あんまり良くなかったのだろうが……。
両手を大きく上げて腰を振ったり、地面を叩くように腕を振りながら地団太をするといった、現代社会の荒波に揉まれた芸人の動きを真似するだけであら不思議。
吾輩の源影が現れるだけで子供たちが周囲に集まる程度の人気者になるなど造作もないことだった。
「ふぅーー!!」
「ふぉーー!!!」
もっとも、それは子供をだましているも同然な上、ついでに古今東西、このネタなら時代を越えて受けるだろうと思った結果。
人間時代は大人であった吾輩としては子供にはあんまり流行らせたくないネタを流行らせてしまった罪悪感を見なかったことにすればではあるのだが。
……ちゃうねん。
「本」である吾輩には声を出すことなどできない。
だから、やったことといえば、本当にあくまでもかつて日本で流行った芸人の動きを真似しただけだったのだ。
ただ、やはり両手を大きく上げるという動きには解放感があるのか、子供たちは自発的にその動きと一緒に声を出すという事を始めてしまった。
こうなると、一時期の平成日本の小学校でよく見た光景の爆誕である。
この世界にPTAがあれば教育に良くない。こんなものをテレビで映すなと大激怒確定のものだ。
幸い、吾輩の見た目はただの黒い人型、どんなに腰を振ったとしても、相手を誘惑するなどといったセクシャルな要素は存在しない。
大人たちにも子供たちが変な遊びを思いついたらしいという程度にしか思われていないらしいが……。
とりあえず、次に真似をする芸人の動きはもっと大人しいものにしなければならないだろう。
多分、親指と人差し指を立てながら両手を伸ばす奴とかが良い。
あれならキャッチーで、子供が真似をしても何もおかしいことはない。
吾輩が声を出せないというのは難点だが、なんとかして流行を変えなければ、吾輩の精神が持たないのだ。
ともかく、そんな風にして子供たちと遊び始めてしばらく。
緑を失った山が白く染まり、それがまた緑に包まれ始めた頃。
吾輩の存在を知る大人からは警戒した目で見られながらも、まあ、別に何か悪さをするわけではないからと見過ごされ、なんとなく自分も集落の一員になった気がし始めた時。
ある意味では必然的に、ファンタジー世界ではいつ起こっても不思議ではない、ありふれた危機がこの村を襲った。