吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
あれから、吾輩とタマモは無限獣が完全に倒されたことを確認。
万が一にも肉片が残っていて知らぬところで学習が進むような事がないと確かめた上でサファイア率いる騎士団に合流。
植物系の魔物らしく、種子のばら撒きや根を利用した分身といった戦術を駆使してあの手この手で逃げようとする山界王華を仕留めきった。
その後は災害級の魔物が倒されたことで潰走する魔物を追撃する流れになるかと思ったが、そろそろ太陽が傾きつつある現在。
亜人である二人をしても夜の山というのは入りたい場所ではなかったようで、ノーザンヒルへの帰還を優先していた。
吾輩はいつもの通り、源影を縮めて定位置であるタマモのポシェットに入ろうと思ったのだが……。
「最後まで頑張った主役なんですから、そんなに縮こまらなくて良いでありますよ?」
というサファイアの言葉、そしてそれに同意する騎士団によって少々困ったことになっていた。
そう、このデカい源影こそが吾輩の本体である。
真の姿であると勘違いされているのである。確かに牙剣大虎や無限獣との戦いを見ただけの彼らはそう思っても仕方がない事なのだが、これは率直に言って迷惑であった。正直に言って、吾輩はデカい源影の扱いにまだ慣れていない。
大雑把な動きが許容される戦闘時ならともかく、戦いが終わった平時に問題無く動かせるかと言えば、正直いってかなり怪しい。
ノーザンヒルを囲う城壁や、人々の済む家をちょっとバランスを崩してしまったぐらいのノリで破壊しかねないのである。
故に、こうなると吾輩は困ったような視線をタマモに向けるしかない。
サファイアたちの好意を無視するというのは流石にちょっと申し訳ないので、なんとか事情をくみ取って欲しいのだ。
すると、タマモはそんな吾輩の様子に気が付いたようで、ほんの少しだけ考え込む様子を見せる。何が言いたいんだコイツと言わんばかりだが、数秒後。
タマモは何かに気が付いたようで、クスクスと笑いながら腰を下げ、地面に向けて手を伸ばす。
「クロちゃんは別に大きくなったのが真の姿とか、そういうわけじゃないんでしょ? ほら、戻っておいで」
そうです!そうなんです!流石はタマモ!!
意図を汲み取って貰えた嬉しさに思わず踊り出したくなってしまうが、タマモをいつまでもしゃがませているわけにも行かない。
吾輩はそれに答えるように源影を動かすと、僅かばかりの時間が過ぎた頃にはいつもの場所に収まっていた。
「おー。そっちが素でありましたか。これは失敬。」
「どうなんだろうね。正直、そこらへんはあーしも分かってないんだけど」
ちょいちょいと狐耳の少女はポシェットの中の吾輩(源影)を指先でつつく。
まあ、実際吾輩はよくわからない生き物である。
吾輩は本であるはずなのだが、この世界の常識的には魔本のような魔物では無いらしいし、自分でも自分が何者なのかまったく良く分かっていない。
「少なくとも、あーしの知ってるクロちゃんはこうしてる子だからさ」
だが、それでよいとも思うのだ。
完全に不審者であり、怪しい魔物として討伐されてもおかしくない吾輩がこうして受け入れて貰えているのだから。
★
ノーザンヒルに戻った吾輩たちを迎えたのは、牙剣大虎を倒した時とは比べ物にならない程の大歓声だった。
騎士団のひとたちが周囲を固めてくれていたから問題無かったが、仮にタマモが一人戻っていたら、吾輩たちはもみくちゃになっていただろう。
本来ならばここで一段落、魔物の再襲来にも備えつつ、宴なりなんなりでという話になるのだろうが……。
「よくやってくれた。ノーザンヒルを預かるものとして、感謝する」
「あそこまで弱らせてくれなかったら、大変なことになっていたわ……」
「思った以上に無限獣の学習能力が高かったからのう。流石は神話に残る魔物といったところじゃわい」
残念ながら、まだこの戦いは終わっていない。
凱旋の歓迎もそこそこに街の中央にある広場、そこに設置された本陣、天幕の中ではノーザンヒル男爵とその息子であるルシアン、ギルド長であるダイヤ、ブロンズ級の冒険者であるアルケミー。
この町に来てから出会った人物の多くが揃い、お褒めの言葉もそこそこに、これからの前後対応が話し合われることになった。
「先生、あの無限獣とやらは倒せていないというのは間違いないのですか?」
「恐らくはな。あれは古代史を読み解く限りは端末に過ぎん。核を叩かねば無限に復活を繰り返す」
「俄かには信じがたいですが……」
「儂も同じ気持ちじゃが、今よりもよほど優れた魔法を使っていた古代文明がアレが原因で滅んでいるのだ。間違いなかろう」
無限に蘇り、無限に学習を続ける怪物。
今回は吾輩とタマモが弱らせ、ノーザンヒルから放たれた一撃で止めを刺すことに成功した。
しかし、吾輩とタマモがあいつを弱らせていなかったら、あの一撃で仕留めきれず止めをさせていなかったらと思うと……。
「でも、あいつの核って何処にあるの? 正直、それが分からないとどうしようもなくない?」
タマモが疑問の声を上げる。
そう、そうなのだ。
別の場所に核があると言われても、その核がどこにあるか分からなければお手上げである。明確に情報が残っている以上、古代の魔法文明が核の破壊に成功したのは間違いないだろう。
だが、肝心のどうやってが分からなければ、核があることが分かってもどうしようもない。最悪、核はこの星の裏側にあって手の出しようがないという可能性すらもあるのだから。
「それについては大丈夫です。今、魔力が不自然に流れていますから、ある程度の場所は分かりますよー」
しかし、そうやらこの疑問については心配する必要が無かったようだ。
その証拠にダイヤはある種の確信を以て核のある場所が分かると言っている。
もっとも、魔力の流れが不自然と言われても、どう不自然なのかは分からない。
確かに言われてみると、空気や風とは別のものが山の方に向けて動いているような気もするのだが……。
正直、普段から気を配っていたわけではないので、不自然と言われれば不自然かもしれないけど……ぐらいの認識になってしまう。
「魔力の流れ……? ごめん、分かんない。近くに大きな魔力の塊があるとかなら分かるけど……」
「某も正直分からないでありますな」
そして、そんな認識になるのは吾輩だけではなかったようで、タマモとサファイアは不思議な表情をしている。ノーザンヒルの武官と文官も概ね似たような反応だ。
「うそでしょ……?」
これには思わずダイヤも困惑の表情である。
もっとも、それなりに高等技能ではあるのか、その表情を向けるのはタマモとサファイアに対してだけだ。
タマモに対しては「え、なんでこんな基礎ができてないの?」みたいな顔で、サファイヤに対しては「まだできてなかったの?」という顔で呆けているのが中々面白い。
「……今、魔力の流れが分かる方が少ないと思うのだがな」
「同感です」
「ちょ、ちょっと!他に分かる人はいないんですかー!?」
「というより、ダイヤちゃんは今の状態でよくそこまで分かるでありますな」
更にはそんな魔力の流れなど分からなくて当然という場の空気にアルケミーとノーザンヒル男爵にサファイアまで同意する始末。
この場にいる人々から首を振られ、目を逸らされ、少々ダイヤが可愛そうな空気すら流れてくる始末だが……。
「私は分かるが……」
「ルシアンくん!!!!!」
そんな空気の中、ルシアンはおずおずと、あまり乗り気ではなさそうに手を上げた。
「流石はルシアン様……」
「先の無限獣を消滅させた一撃といい、やはりルシアン様は……」
ざわざわと天幕内に動揺が広がる。
どうやら無限獣を仕留めたあの攻撃はルシアンが放ったものだったらしい。
ということはあの魔法はファンタジーではありがちな、血筋に依存したタイプのものなのだろう。
魔物のような人類の敵が身近にいる世界では、強大な力を振るえることがそのまま統治の正統性に繋がること。
これを考えると、血筋に依存した魔法以外にも魔力の流れを関知できるというのは貴族として喜ばしい事であるはずなのだが、どうにもルシアンの表情がおかしい。
いつもの軽薄な、チャラい雰囲気はどこへやらというか、露骨に嫌そうな雰囲気をしているというか、褒められることそのものを嫌がっているような感じだと考えて、気が付いた。
災害級の魔物という分かり易い脅威がいる世界。
そこで三男という継承権の低い人間が魔力の流れを感じることができたり、とんでもない破壊力の一撃を放つことができればどうなるか。
当然、もっとも強い人間が家を継ぐべきだという空気が形成されるのだ。
自分が家長として家や領地を守ると考える野心家であればそれは好ましいものになるだろうが、逆にそのモチベーションが無い人間だとどうなるのか。
ルシアンが家を出る事を前提として動いていることを考えると、そういった期待をされること自体がストレスとなるのは想像に難くない。
彼がやたらと軟派というかチャラチャラしているのも恐らくはそのせいであり、三男である自分がこの家を継ぐべき人物ではないとアピールすることが目的だったのだろうが……、それがこの有事に置いて崩れたというわけだ。
この場により継承権の高い長男や次男がいればまた話は違ったのかもしれない。
しかし、災害級の魔物から襲われる場所に貴族本人とその嫡子が揃うなんてリスクは侵すはずもないからな……。
恐らく、長男や次男は近所の子爵や伯爵のようなより高位な貴族だったり、王都に見分を広めるという名目で出して人脈を作らせたりしているのだろう。
平時であれば「都会で経験を積んだ長男が田舎に戻ってきて父の後を継ぐ」ことで何事もなく終わる話である。
しかし、こうなってしまうと……という奴だ。
「ともかく、ダイヤさんの言っている通り、魔力の流れに異常があるのは事実です。あちらの山に向かって、緩やかに、しかし、確実に恐ろしい量の魔力が流れている」
「再び端末を生み出そうとしているという事か……?」
「そこまでは分かりません。無限獣の生態などは分かりませんし……なにより」
言葉を一度切ってから、ルシアンが何かを覚悟したように発言を続ける。
「仮にこの魔力の流れが無限獣によるものではなくとも明らかに異常です。夜明けとともに調査をしに行く必要がある」
「夜明けとともに調査を……」
「はい。今回は上手くいきました。しかし、次もうまくいく保証はありません。夜が明け次第、私が調査に向かいます」
それはこの場の主導権を握る言葉。
自分がこのスタンピードで更なる手柄を上げるという宣言となる言葉だった。
ざわざわと衣擦れの音と、息をする音と共に天幕の中に動揺が広がる。
「でも、ルシアンくんは……」
「ギルド長、私が残ってもスタンピードが再来した時に対応できない。他に魔力の異常を感じられる人員がいないのでは、私が行くしかない」
「それは……そうなんだけど……」
ダイヤは冒険者ギルドの人間としてか、流石に貴族であるルシアンが動くのは……というように難色を示す。
ノーザンヒル男爵は……なんともいえない表情で無言。
我が子を危険地帯に行かせるのは嫌だが他に選択肢はないとでもいった所か。
ノーザンヒルの家臣団はそんな風に男爵が声を上げないためか、同様に動かない。
動かないが、強い領主を望む彼らからすればルシアンが主導権を握るのは好印象らしく、周囲を見回す表情には好意的なものが多い。
タマモは我関せず、というよりは、ノーザンヒルが主導するべき話に余所者の自分が首を突っ込むのもちょっとという感じだろうか。
若干ルシアンに対してドライな気もするが、彼女は一貫してこういう話は面倒くさい、関わりたくないといった立場を取り続けているからこその対応だろう。
結果として、ダイヤが難色を示した以外は概ね好意的中立。
無限獣の核の探索にはルシアンが向かうという形で無言の合意が取られようとしたその時。
「じゃ、某もついていくでありますよ」
そんな全員が様子見を決めた空気を断ち切った人がいた。
コーリャマの子爵婦人、サファイアである。
……いや、ダメだろ!?
あなたは多分、色々な意味でルシアン以上にダメだろ!?
なんかもう皆思わずビクッとなってるよ!?
タマモが自分から首を突っ込んだらダメだと思ってる話題になんで貴方は突っ込んでるの!?
「貴方がついていっていい訳が無いでしょう……」
「? でも、ルシアンくんを一人で向かわせるわけにはいかないでありますよ?」
キョトンとした顔をしてるんじゃねえ!
宝石箱仲間であるダイヤは露骨に呆れた表情を見せているが、他の人々は子爵婦人という立場相手だから言及できないという表情だ。
ルシアンを一人で生かせるのはまずいということは間違っていないのだが、何故それに誰も同意できないのかを理解していないとしか思えない発言になんとも微妙な空気になってしまったのだが…….
「じゃあ、あーしが行くしかないね」
その微妙な空気を利用して、ルシアンの同行者として立候補したのはタマモだった。
「タマモちゃん?」
「いや、ダイヤさんもサファイアさんも無理なんでしょ? そうなると、動けるのはあーししかいないっしょ」
最悪、無限獣ともう一度戦うことになる。
それを考えると、亜人以外がルシアンについて行っても一緒に死ぬだけ。
そんな意図を言外に滲ませた発言だった。
「む……むう」
それに対してダイヤの反応はとても微妙なものである。
政治的に余所者であるタマモを絡ませたくないという、冒険者ギルドの長としての反応ではなく。
また何か別のものを心配する年長者としての反応だったようだが……。
パンッと、ノーザンヒル男爵が手を叩く。
「ならば、ブレトンのタマモにはルシアンと共に無限獣のコアとやらを叩いて貰おう。いけるか?」
「うん。任せて」
責任は自分が取ると言わんばかりに強く発せられた男爵の言葉に、タマモとルシアンは力強くうなずいた。