吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~   作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)

41 / 42
第五章 追撃と真相

 翌日の明朝、ノーザンヒルの北門から繋がる街道。

 ブレトンからくる時にも、古代の遺跡へと救助に向かう時にも進んだその道にタマモとルシアンの姿はあった。

 

 以前と同様に先導するのはルシアン。

 息切れしない程度の速度、小走りで道を進んでいくが、あの時との違いは空模様。

 

 何やら雪のような、砂のような、霧のような何かが降るという、日本では存在しなかった天候になりつつあるということだ。

 

「ナニコレ、あーし、こんな天気始めて見たんだけど」

「父上と私で流星極射を短期間で3度も使ったからな。この辺りに放出された魔力が空気中の塵に付着したのだろう」

「魔力が……塵に付着?」

「私も詳しいことは知らないが、原理的には雨や雪と同じらしい。王都でそういう講義を受けたことがある」

 

 なるほど?

 

 確かに吾輩もそういう授業を学生時代に受けたことがある。

 

 上昇気流によって打ち上げられた水蒸気、それが冷やされる時に空気中の塵を核として水滴や氷の結晶が形成。

 

 それが雲となり、やがては形成された結晶が上昇気流で支えきれない大きさになったことで雨が振るというアレだ。

 

「でも、雨とか雪というわりには……なんかこう、気持ち悪くない?」

 

 だが、タマモのいう通り、現在の空模様は雨や雪とは決定的に違うものがあった。

 それが、「風とは逆の方向に粒子が動いている」ということだ。

 

 風は体の後ろから吹きつけているのに、雨粒は顔に当たっているとでも言えばよいだろうか?

 

 本である吾輩はその気持ち悪さを体感できず、残念ながら見ていることしかできない。しかし、触覚的な感覚が無く、視覚的な違和感しか感じられない吾輩ですら、現在の天気は異様としか表現できないものだった。

 

「だからこそ、昨日はギルド長があれだけ妙な反応をしていたわけだな」

「今は視覚的に分かるようになっているけど、この動きを皆感じられなかったら、あんな変な反応になるよね」

「あの場にいたのは皆実力者でもあったからな。ギルド長としては分かっていて当然というぐらいの認識だったのだろう」

「あーしも魔力感知を覚えた方がいいのかな? どうにも魔力を体の外に飛ばすって感覚が苦手だからやったことなかったけど」

 

 そういえば、タマモは吾輩のイメージするような派手な魔法を使っていなかったなと今更ながらに思う。

 

 普段の様子からして、身体能力を強化するために魔法を使ってはいるようだが、魔力を使って炎の剣を生み出したり、氷の剣を生み出しているのは見たことがない。

 

 吾輩はなんとなく、そういった派手な魔法を使わずに勝てるから使っていないだけだと思っていたが、どうやら単純に本人が苦手だからというのが真相なようだった。

 

 あくまでも苦手なだけというあたり、別にそういった魔法も使えないわけではないようだが……。

 

 果たして、魔力感知というのは覚えた方が良いという程度で覚えられるものなのだろうか?ルシアン以外の面々が誰一人使えていなかったあたり、物事はそう単純ではない気がするのだが……。

 

「タマモ、こっちだ」

「ん? 魔力はあっちに流れているみたいだけど?」

「あちらは先が崖になっている。渡るだけならばこちらの道を進む方が早い」

「なるほどね。助かる」

 

 ともかく、そうして2人は色々と話をしながら山道を進む。

 昨日の戦いが原因なのか、不自然なまでに獣とも、魔物と遭遇することもない楽々行。

 

 やがて日が天頂を過ぎ、話の種も付きて道なき道を進む足音と風の音しか聞こえなくなった頃。2人は不自然に魔力を吸い込む洞窟の前へと辿り着いた。

 

「ところで、無限獣(グリチモーア)の核ってどういうものなんだと思う?」

「どんなもの、とは?」

 

 明らかにこの先に何かがある。

 無限獣の核があるならばこの先だろうとしか思えない洞窟の前でタマモは問う。

 

「古代文明が討伐自体はしてるから形であるものではあるんだろうけど、何がコアなのかはそういえば聞いてないよなって」

「……恐らく、見ればわかるようなもの。破壊そのものは容易なものだと思う」

「その心は?」

「何処にでもあるような石ころや木片のようなもの、あるいはその核自体に戦闘力があって破壊が容易くないのであれば、合わせてその情報が残されるはずだからだ。」

「なるほどね。あの学者先生が調べたというのはそういうことか」

 

 それに対してルシアンが出した答えは簡潔で、とても説得力のあるものだった。

 

 確かに、そう説明されてみるとそうとしか思えない。

 映像・画像を記録するデバイスを作る技術力を持った文明なのだ。

 

 その文明が残したデータに核の情報が残されていなかった。

 あるいはアルケミーが伝えそびれる理由があるとすれば、伝える必要が無かったから以外に他ならない。

 

 即ち、無限獣の端末を倒して学習をリセットし、在来の魔物たちが姿を消している今。

 本来は戦闘の危険性など限りなく低いはずなのだが……。

 

「と、なると、厄介だね」

「面倒なことをする奴がいたものだ」

「やれやれ。いきなり山の勢力が変わるなんて何事かと思っていたら、こういうことだったなんてね」

 

 2人の目が鋭く光る

 洞窟の入り口の傍、そこに生えた草は何者かによって踏み倒されていた。

 

 更にはなんらかの灰と炭、燃え朽ちた残骸もくれば、この洞窟に人の手が加わっていることは間違いない。

 

「貴族として、心当たりがあったりはしないの?」

「魔国、神国、皇国に王都、残念ながら心当たりを上げればキリがないな」

「こんな辺境なんて放っておけばいいのに」

 

 2人は何か謀略めいたもの。

 スタンピードが人為的な要因で起こった可能性を考えているようだが、残念ながら吾輩にはここらへんの機微は分からない。

 

 ブレトンやノーザンヒルのような辺境で、テレビやインターネットもない文化レベルで国際関係などを意識すること、それは正直に言ってまったく頭の中になかった。

 

 普通に考えれば関係の悪い隣国というものはあって然るべきではある。

 

 ブレトンとノーザンヒルの距離の事を考えると、恐らくノーザンヒルは王国内でも僻地中の僻地であり、近場に敵対的な国家は存在しない。

 

 しかし、そんな僻地にスタンピードを引き起こすことで後方を攪乱。

 

 それに呼応するように戦を起こし、前線の領土を切り取るといった戦略が取られる可能性は十分に考える事ができる。

 

「ま、だからといってやることは変わらないんだけどね。」

「そうだな。明かりは私が担当する。タマモは先導を頼む。……少々騒がしくいくが、いいか?」

「未探索の天然洞窟だしね。任せるよ。」

 

 ともかく、そうして2人は警戒を新たにして洞窟に入る。

 ルシアンが魔法で風と光源を生み出しながらの探索だ。

 

 洞窟内に空気の流れを作るというのは自ら侵入者がいると振れ回るに等しい行為であることを考えると、人がいる可能性がある中でのそれは悪手ではないかとも思えるが……。

 

 この2人がその危険性を分かっていないわけがない。

 

 洞窟内に悪意を持った人間がいるとしても、それ以上に知らない洞窟に換気無しで入ることが危険だと判断したのだろう。

 

 勿論、多少空気の流れを作ったからと言って、洞窟内の空気が汚染されている危険が完全に解決するわけではない。あくまでも空気に流動性を生み出すことで、酸欠にならないようにする程度の選択だったのだろうが……。

 

「これは……足か腕の骨かな、他の部位は無しと」

「そうか、ならば一安心と言った所か」

 

 幸いというべきか、タマモが靴先で突くそこにはこの洞窟にはかつて魔物か何かが暮らしていた名残、食べかすと思われる骨や皮が残っていた。

 

 それ即ち、この洞窟には魔物が生活できるだけの環境があるという事でもある。

 

 頭蓋骨や大腿骨など、全身の骨が残っているのであれば、その骨の持ち主は洞窟の中で死亡したことになる。

 

 しかし、足か腕の骨だけが残っていると言うことは、それは何者かがこの洞窟に持ち込んだことを意味している。

 

 持ち込んだのがゴブリンのような魔物か、ただの野犬なのかは分からないが、何者かが洞窟内で食事をして、その場を離れたというのはとても貴重な情報だ。

 

 ルシアンが一安心というのも納得の事実なのだが……そんな二人の様子。

 洞窟全体に残る獣の生活感、ある種の不潔感に吾輩はどことない既視感を覚える。

 

 そういえばこの洞窟、どこかで見たことがあるな。

 

 吾輩が入ったことのある洞窟なんて、前世で遊びに行った鍾乳洞ぐらいだから、他に心当たりなんてないはずなのだがと考えて、気が付く。

 

 ―― コレ、最初に吾輩がいた洞窟だ。

 

 本に転生して自意識を持ったばかりの時、ここから脱出したいと考えていた場所であるということに思い至った時、吾輩はある一つの可能性に辿り着いてしまう。

 

 別世界の人間が唐突に「本」として転生されたという異常事態。

 

 知能の低いゴブリンの住む洞窟に都合よく「本」が存在していた謎。

 

 ノーザンヒルを襲うスタンピードがこの洞窟から始まっていたという事実。

 

 アルケミーの救出後に聞いた、吾輩が魔本の類ではないという言葉。

 

 しかし、それでも吾輩の自己認識は「本」であり、人々からは本体だと思われてる黒い人型、源影はあくまでもラジコン的に操作しているだけであるという現実。

 

 無限獣も吾輩と同様に「核」となる何かを持つ黒い怪物であるという生態。

 

 そして、洞窟に残された誰かが一連の騒動に介入しているという痕跡。

 

 ―― もしかして、そういう事なのか?

 

 これらの情報を総合した時。

 吾輩は自分の正体がソレである可能性を察せられない程に鈍くはなかった。

 

「この洞窟、深いね」

「とてもではないが、理由が無ければ入ろうとは思えんな」

 

 2人の話声が遠くに聞こえる。

 

 あの怪物は吾輩が原因だったのか、いや、違う。

 吾輩の自意識はここにあるし、あのような怪物を生み出した覚えもない。

 

 というより、生み出せるわけがない。

 試行錯誤を重ねればあんな怪物も生み出せるかもしれないが、少なくとも現時点では無理だ。

 

 文字通りに「デフォルト」で設定されていそうな真っ黒い人形以上のものを吾輩は作り出せそうもない。

 

 本能的に作り出せるのであればまだしも、吾輩はマニュアル的に自分の意思を通すことしかできないのだから。

 

 では、いったい誰が。

 この洞窟に出入りする痕跡を残した存在か。

 

 痕跡を残した存在は一体何を目的としていたのか。

 吾輩という現代社会を生きた記憶を持つ無機物が誕生してしまったことになにか理由でもあるのか。

 

 いつもの定位置。

 ポシェットの中で源影を動かすことも忘れて思考に没頭していると、ある時、途端に二人の歩みが止まった。

 

 不自然に置かれた壁……行く手を阻むように置かれた岩に向けて魔力が流れている。

 

「この中か」

「だろうね」

 

 始め、吾輩がこの洞窟を探索していた時は壁だと思い込んでいた場所。

 

 そこが此処まで分かり易く行く手を遮るため、人為的に大岩が置かれているなんて気が付かなかったなんて思っている間にタマモが剣を振って岩を両断。

 

 二つに分かたれた岩を蹴り飛ばすと、通路の奥はほの暗く、だが、漆黒の闇の中というわけではないと主張するかのように、何かに照らされていた。

 

 タマモとルシアンは顔を見合わせ、小さく頷くとこれまで以上に警戒しながら前へと進む。どんどんと明るくなっていく通路をしばらく進むと、その先は広間のような所になっていて……。

 

「やあ。始めましてだね?」

 

 頭から2本のツノを生やし、背中には折りたたまれた立派な翼。

 確認できる腕には鱗があり、腰裏からは蛇のような尻尾が生えている。

 

 魔人、あるいは悪魔

 

 その姿を見たら誰もがそう答えるであろう、赤肌の男がなにやら胎動する宝石のような何かと共に、そこに佇んでいた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。