吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
洞窟内の広間のような場所。
軽く目を向けるとベッドや本棚のようなこの場には合わない生活感と、台座に置かれたあからさまに怪しいオーラを放つ宝珠。
魔人が佇んでいるのはそんな浮世離れした所だった。
そんな空間でもったいを付けて魔人は飄々と己の名を語ろうとする。
「お初にお目にかかる。我が名は――」
しかし、その言葉が正しく続くことはない。
魔人が名乗る最中、優雅にお辞儀をしようとする最中に響くのは二つの轟音。
タマモが全力で大地を踏みしめた音と、剣と剣が激しく打ち合う金属音である。
まさしく見敵必殺。
こんな場所にいる魔人が悪者でないはずがないとばかりに、問答無用で仕留めに行く一撃だった。
「名乗りすらさせてくれないのかね?」
タマモは答えず、そのまま二人は剣で打ち合う。
とてもではないが、他の人間が介入する余地のない激しい剣舞に吾輩は思わず白目を向いた気分になってしまう。
単純に人間技ではない剣劇を行っていることにではない。
タマモの剣が止められたという事実にだ。
吾輩の知る限り、タマモが仕留めに行った剣が止められたことはない。
サイクロプス相手には剣を折られてしまったが、逆に言えば、あの時ですら頭蓋骨の硬さに剣を折られただけであり、彼女の剣閃に対応して止めたわけではない。
だが、この魔人は違う。
明確にタマモの剣を見て、それに対応することに成功している。
もっとも、対応できるとは言っても「防御に徹することができる」というだけであり、押しているのはタマモの方だ。
その証拠に魔人は飄々とした態度は依然として崩していないが、額や頬には見るからに汗が浮かんでいる。
「これはこれは、なんとも野蛮なお嬢さんだ」
「よくわかんないけど、時間稼ぎでしょ?あーしに乗る理由ある?」
「無論、あるとも」
故にこそ、そんな劣勢を打開するために魔人は言葉を発する。
剣を打ち合う中、時間稼ぎには乗らないというタマモに朗々と語りかけ、自分とこのまま戦っていいのかと問いかける。
タマモの言った通り、それはまさしく時間稼ぎの言葉。
ある種その態度には見合わない、自分の敗北が見えているが故の命乞いにも等しい、とても情けない言葉だったが……。
「だったらご高説を願いたいもんだね!」
「かの
「……ッ!」
魔人の宣言。
自らが元凶であることを認める言葉にタマモは分かり易く舌打ちをする。
それと同時に強めに一度だけ打ち合い、タマモが大きく距離を取る。
構えを解くことはなく、戦意も保ったままではあるが、魔人の言葉に彼女は耳を傾けなくてはならなくなっていた。
「価値ある話を頼むよ?」
「勿論だとも。我が名は道鬼。魔国のものだ。」
「へえ……魔国、ウチとは敵対関係なんだっけ?」
必要以上の時間稼ぎは許さない。
言外にそんな意思をタマモは滲ませる。
「そうとも。そちら側の国境近くを治める公爵家の人間は武闘派揃いでな。少し勝っても王家からの援軍がくれば、それは局地的な勝ちに留まってしまう。我々は長年その守りを抜けずに困っているのだ。」
「だから、その裏をつついてみたってこと?」
「ああ。慌てて動いてくれれば、戦略的に勝てるやもしれんからな」
対する魔人――道鬼はすらすらと自分の所属と目的を語っていく。
特に誤魔化したり、煙に巻こうとする様子は見られない。
これは少しでも煙にまいたり、下手な嘘を突けばタマモが再び切りかかることは容易に想像できるためだろう。
そんな風にして、素直に語る道鬼にタマモの表情が険しくなる。
それは自らの命惜しさにベラベラと全てを吐くことに対する侮蔑の表情ではない。
ほんの僅かにでも時間稼ぎが出来れば十分だと考えているらしい道鬼に対する警戒の表情だ。
「あっそ。じゃ、その下手な謀略はそこまでだね」
故に、タマモは本当に最低限。
僅かな情報だけを確認すると彼女は会話を切り上げ、再び剣を振るう。
対話を行っていたのは3分も満たない、ほんの僅かな時間であった。
「おや。もう話はいいのかい?」
「これでも長い時間付き合った方だと思わない?」
「そうとも。いやはや、本当に焦ったよ。こちらの準備が整わないうちにくるのだから」
だが、そのほんの僅かな時間が致命的であった。
タマモと道鬼の間にはいつのまにか、不可視の力場が形成されていたのだ。
「む」
「苦労したのだよ。長き研究の末、無限獣が発生する条件を整えてようやくここまできた」
そんな不可視の力場に遮られ、タマモの剣が押しとどめられる。
完全に動きを止めるというほどではなく、例えるなら、水中で剣を振るわされたかのような違和感。
亜人の身体能力を持ってすれば障害にすらならない程度のものではあるが、ほんの一瞬。僅かにタマモが剣を振り切るのが遅れ――。
次の瞬間には道鬼が台座に置かれた怪しげな宝珠。
推定、無限獣のコアを己の手で叩き割っていた。
「……は?」
「何。私の目的は無限獣をこの地で暴れさせることではないというだけの話」
思わずといったようにタマモの動きが止まる。
なんでソレをお前が破壊するんだという、そんな表情だ。
対する道鬼は自分の成果を誇るように、喜色に彩られた目で言葉を紡ぐ。
「無限獣とは一種の現象だ。膨大な魔力が何らかの物体を依り代として核を作り、核を壊されないように守護者を作る。作られた守護者は機械的に外敵を排除し、外敵の行動様式など様々な物を学習して魔物と成り果てるが、それはあくまでも結果に過ぎない」
自らの研究成果を聞かせたい。
誰かに自慢したいと言わんばかりの長台詞。
最初の飄々とした語り口はどこへやら、その勢いは語れば語るほどに増していく。
「無限獣の本質はあくまで、膨大な魔力が核という形を持ち、それを守るために守護者を生み出すという現象そのものにある」
「まさか、新たな無限獣が生み出される前にコアを自ら破壊したのは……」
「そうとも。行き場を失った魔力に別の行き先を用意するためだ」
タマモと道鬼の顔色が変わる。
タマモはまずいことになったという焦りの表情で、道鬼は物理的な変化だ。
赤い肌が急速に黒に染まっていく、元々が人間なだけあって細部が凝っているが、その姿はまさしく、黒いヒトガタ。
「膨大な魔力が形を持つにあたり、それが無機物である必要などどこにもあるまい?」
「あくまで現象であるが故に、核は何でも構わないってことか」
「その通り、違うのはそこから振るわれる力が機械的に守護者として出力された物か、私の意思によって制御されて振るわれるかどうかというわけだ」
どこかでみた覚えしかないその姿で語られる真実。
道鬼の狙いに吾輩には存在していないはずの胃袋から吐き気がこみあげてくる。
やっぱりそういうことか。
吾輩はそういう存在であったのかと、いやでも理解させられてしまう。
先の無限獣があれだけの不死性を発揮していたのは源影と同じ存在だったから。
吾輩とタマモの攻撃は本質的には全く効いておらず、どこかで魔物相手に学習した行動様式として苦しむ姿を
道理でルシアンの
「さあ、始めようか」
そんなことを考える吾輩の気持ちなど当然道鬼は知ることもなく、黒いヒトガタは文字通りに隙だらけ、吾輩の目から見ても、そうとしか表現できない状態でタマモに目掛けて突貫する。
「くっ」
「どうした? 攻撃してこないのか?」
それに対するタマモは先ほどまでの猛攻はどこへやら、ひたすらに回避に徹することしかできない。
恐らくは無限獣の核になったという道鬼の発言から、驚異的な学習能力を警戒しているのだろう。
今はまだ身体能力でタマモが有利を取れているが、下手に切ったり殴ったりして、この間のように学習されたのでは容易に有利と不利は覆る。
「……」
チラりと、タマモがルシアンの方を見た気がした。
ルシアンの流星極射であれば、如何に無限獣の核と同化しているとしても一撃で消し飛ばすことができるのは間違いない。
それ故に彼に視線を向けたのだろうが……ルシアンは弓を持たず、剣を抜いて入り口で構えている。タマモと道鬼という超人同士の戦いに介入できないのであれば、せめて道鬼をこの場から逃がさないようにするべきという判断なのだろう。
弓は……恐らく、持てない。
持たない方が良いと考えている。
ノーダンヒル男爵がそうだったように、連日の使用となれば多少は威力が減衰してしまうと思われるが、ルシアンの流星極射はこの世界に不釣り合いな超火力を誇っている。
当然、そんなものは洞窟内という閉所で使う事には大きなリスクが伴うし、そもそも洞窟内で弓を構えるというのはあまりにも不自然だ。
道鬼が流星極射の存在を認知しているかどうかは分からないが、この場でルシアンが弓を構えるというのは無限獣に対する対抗策があると宣言しているに等しい。
そうなれば道鬼はルシアンにその対抗策を打たせないように立ち回る事は容易に想像できる。
吾輩の見立て――信頼できるかどうかは分からない程度のものだが、道鬼の戦闘力は恐らくサファイアと同等程度。
騎士団との連係も考慮するのであればサファイアよりも明確に下で、災害級の魔物相手と互角かそれよりもやや下という程度だ。
無限獣無しでも戦い自体は成立していたとは言っても、タマモよりも明確に弱い。
しかし、ルシアンでは戦いが成立しないレベルで圧倒的に強い。
つまり、無限獣を一撃で消し飛ばせるのはルシアンだけなのに、そのルシアンが戦力にならないというのが今の戦局なのだ。
タマモが回避に徹している間になんとかして打開策を打ち出さなくてはならないのだが……。
吾輩が介入して、というのは無理だ。
吾輩に作れる源影はいつものお人形さんサイズか、大量の魔力を込めて生み出す大型の2パターンしか存在しない。
こんな閉所で大型の源影を生み出せば下手すると洞窟が崩れて大変なことになる以上、大型の源影を生み出す択はないといえる。
それよりも少し大きい、少し小さいぐらいであれば感覚的にどうにでもなるが、この戦いに介入できる人間サイズというものは作ったことが無い。
人間サイズの黒い人型なんて作っても使う機会がないと検証をサボっていたのが裏目に出た形ではあるが……。
仮に作ることができていたとして、ズガガガガと、一応は人間と人間の戦いで出るものとは思えない足音、工事現場かここはと言いたくなる音を出して戦っている二人の間に介入できるかといえば、まあ、無理だ。
吾輩もここ一月ほどで様々な魔物と殴り合ってちょっとは喧嘩慣れしたとはいえ、文字通りに彼ら超越者とは踏んできた場数が違う。
源影と無限獣という同種の戦いに持ち込むにしても、恐らくは吾輩の
仮称:消滅魔法を使うにしても二人が行っているのは接近戦。
器用に道鬼だけを対象にするなんてことはできない以上はタマモを巻き込んでしまう可能性が高く、また、そもそもタマモほどではなくとも高速で動き続けている道鬼に狙いを定めるというのもはっきり言って無理だ。
やはり、タマモに何とかして貰うしかないのだろうか。
何もできない苦しさと焦燥感が吾輩の心を支配する。
「ふむ。このままでは埒が明かないな」
「そうだね。いくら無限獣の力を取り込んだところで、あーしより弱いままじゃ何の意味もない」
「いやはや。返す言葉もないね」
只管に攻撃を回避し続けるタマモを仕留めきれないと悟ったのか、道鬼が動きを止める。埒が明かないという道鬼にタマモが軽口を返すが、その表情は険しい。
このまま戦いを続けても勝ちの目が薄いことは彼女とて分かっているのだ。
それに対して道鬼には余裕がある。
自分は攻撃を受ける事で自動で学習が進むのに、タマモは攻撃を受ければ負傷するという圧倒的有利。それを確信しているからこその表情だ。
だが、それでも決してタマモに有効打を与えているわけではない状況に苛立ちは覚えていたのだろう。彼はその余裕、攻撃を受ければ受ける程に学習するという強みを最大限に生かした行動を取る。
「だが、私にはこういう選択肢もある」
「は――?いや!!」
道鬼は突如として迷いなく、自らの腹を切り裂いたのだ。
それを見てタマモは一瞬呆けた顔を見せた後、これまでの消極性を投げ捨てて即座に切りかかった。
そう、タマモが如何に回避に専念をしようとも、それだけで学習を防ぐことはできない。道鬼自身が自傷行為を行うことで、彼は学習を進めることができるのだ。
それは本質的に無機物であり、自分の核を守るために行動しているだけの端末である本来の無限獣では起こり得ない行為。
道鬼がここまでそれをしなかったのは、単純にそれをする必要性を感じていなかったから。学習を狙うにしても、タマモがいない場所で安全に、倒される危険性がない状態で行えばよかったからに違いな――。
「かかったな!」
そう吾輩が考えた瞬間。
道鬼の腹から零れ落ちた血が突如として指向性を持ち、タマモに向けて襲い掛かる。それはまさしく、ファンタジー世界において比較的メジャーな自らの血を操るという能力だった。
自傷行為によって無限獣の学習が進むのかは実のところ何もわからない。
しかし、あのように行動されれば、自傷でも学習が進むと否が応でも思い込まされてしまう。
道鬼は無限獣の「学習」という特性を生かし、それをフェイントに使ってきたのである。
「きゃあっ!」
この奇襲攻撃にはさしものタマモも対応できずに攻撃が直撃。
どおっ!という人間が出してはいけない音を立てながら吹き飛ばされ、そのまま洞窟の壁へと叩きつけられてしまう。
幸いにして剣は手放さず強く握り締めているようだが、吾輩の入っていたポシェットはその攻撃によって紐がちぎれ飛び、服も一瞬でボロボロにされてしまっている。
「破軍――!」
それほどの一撃を受けてしまったが故に、必然的に晒される絶対の隙。
道鬼は自らの周囲が揺らめくほどに魔力を顕在化させ、その隙を突かんとする。
この戦いについてこれず、洞窟の入り口を固める事しかできないルシアンは当然のように介入できない。
ポシェットごとタマモの元から引き離されてしまった吾輩も咄嗟に源影を巨大化させ、攻撃に割り込むことはできない。
「摩利支天!!!」
放出された膨大な魔力が炎のようになってタマモを襲う。
この絶対の窮地に吾輩は何か――何か、できることはないかと考えて――