吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~   作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)

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第五章 仮称:消滅魔法 -タマモの視点-

 くっそ、あれがフェイントかよ。やられた。

 反射的に情けない悲鳴を上げながら吹き飛ばされるあーしは思わず、内心で毒づいた。

 

 落ち着いて考えれば当然の話だ。

 

 如何に無限獣の力を取り込んで「学習」が出来るようになったとしても、戦闘中にいきなり自傷行為を行って隙を晒すはずがない。

 

 唐突にあんなハイリスクな奇行に走った時点で何らかの策があると考えてしかるべきだったのだ。

 

「破軍―― 摩利支天!!!」

 

 後悔先に立たず。

 

 こうして失敗を確かめている間にも魔人は更なる行動に映っている。

 魔人が顕在化させる魔力は中々のもので、直撃すると流石にヤバいと思わされるものだ。

 

 これはもはや後先など考えず、奥の手を切って勝負を決めるしかないだろう。

 

「雷(スパーク)――」

 

 だから、あーしは普段戦闘時に使っている時以上の魔力を流す。

 

 心臓から巡る血液に乗せるようにして、細胞の一片一片。

 全身を余すことなく強化することで、身体能力と放出魔力を数十倍にも高めるという絶技を起動する。

 

 これはパール婆ちゃんが若い頃。

 冒険者として活動すらしていなかった頃に、ブレトンに伝わっていたとある極限魔法。それに改悪を重ねて生み出したという究極の奥の手だ。

 

 勿論、自分の限界を数十倍にも越える魔法にデメリットが存在しないわけがなく、改悪に改悪を重ねたというだけあってそのリスクは絶大。

 

 ほんの僅かな時間、数秒維持しただけでも自分の体が襤褸雑巾になるレベルで痛めつけられてしまう。

 

 これを使わなければ確実に取り返しのつかない事態に陥る。

 そういった状況でもなければリスクとリターンが見合わないとんでもない暴れ馬。

 

 まあ、たぶん、あの攻撃自体はその点でいうと大したことはない。

 あーしも負傷はするだろうが、逆に言えばその程度。

 

 多少動きが悪くなるだろうが、それでもあの道鬼とやらに後れを取ることはないという確信がある。

 

 しかし、あーしがあの攻撃を受けている間に道鬼がルシアンを狙ったらどうなるだろうか。

 これまでの攻防から見て、あーしの手札に無限獣の学習を許さずに即死させる手段が少ないということはどう考えても見抜かれている。

 

 道鬼が流星極射の存在を知っているかは分からないが、あーしが吹き飛ばされている間にルシアンが狙われるのは結果的にあーしが死ぬのと同じこと。

 

 様々な攻撃を学習する前に道鬼を倒せなくなるのと同じことだと考えて――。

 

「あ―― え?」

 

 あーしが奥の手を切ろうとした刹那、突如として目に移る世界の色が変わる。

 

 元より洞窟の中、全体的に薄暗く、決して明るいとは言えない場所だったが今いる場所はそれどころではない。

 

 あーしは一瞬のうちに色褪せた白黒の空間、今までいた場所とは薄皮一枚隔てられた何処かへと転移させられていた。

 

 しかも最悪なのが、周囲にはとんでもない濃度の魔力があり、それが圧力となって押し寄せていることだ。感覚としては川で泳いでいる時、潜った時に感じる水の力を数倍、数十倍にしたようなものだろうか。

 

 そんな圧力を意識外から受けてしまったが故に思わずあーしの魔力制御は乱れ、奥の手の発動が強引にキャンセルされてしまう。

 

「何が……ぐぇっ」

 

 その直後にあーしの体を襲うのは今まで体験したこともないような不可思議で、不快な感覚。周囲から押し寄せた魔力があーしの体に圧力をかけるだけではない。

 

 どこからともなく体内に入ってきて全身を駆け巡り、思わず自分が風船にでもなったかと錯覚させられるようなもの。身体全体が膨らむというか、内部から押し広げられるというこれまでに体験したこともない感覚に思わず吐きそうになる。

 

 それでいて周囲から感じる魔力の圧力は止む様子がないのだ。

 

 内から外から、身体を弄ばれる気持ちの悪さに、「破軍 摩利支天」とはそういった効果の魔法であったかと思わされるが……。

 

 このよく分からない空間から先ほどまであーしがいた場所を見ると、そこにはとんでもない勢いで炎が燃え盛っていて、声こそ聞こえないが、道鬼も手応えがあったと勝ち誇っている。

 

 恐らくは、必殺の一撃であーしを消し炭にすることに成功したと勘違いしているのだ。

 

 つまり、あーしがこの空間に移動させられたのは道鬼によるものではなく、まったく別の何かが原因である。

 

 状況が分からない。

 

 せめて、何か考える材料が欲しい。一体何が起こったのかと、回らない頭を強引に回していると、唐突にこの空間に色のついたものが現れた。

 

 いつもクロちゃんを入れているポシェットである。

 

「え?」

 

 あまりの意味不明さに呆然としていると、ポシェットは色が付いたり消えたりを繰り返しながら、少しずつ動いている。

 

 どうやら、この状況はクロちゃんがヘマをやったあーしを助けるために何かを行ったらしいのだが……クロちゃんは一体何をやったんだ。

 

 そしてクロちゃんは一体何をしているんだ。

 

「……何かを伝えようとしている?」

 

 動き続けるポシェットを見る限り、何かを伝えたいことがあるようだが、肝心なクロちゃんの姿は見えない。

 

 いつもなら身振り手振りを駆使してうるさいくらいに自分の意思を伝えようとしてくるのに、なんで姿を現さないんだと少しイラついてしまう。

 

 この空間では姿を現すことができないのか。

 そうだとしたら、何故あーしをこの世界に引き込んでそのままにしているのか。

 

 ピンチの時に助けてくれたのは分かったから、はやくこのよくわからない空間から出して欲しい。このままじゃルシアンが道鬼に殺されてしまうぞと考えて、ようやく気が付いた。

 

 あーしのポシェットが動く先。

 少しずつ、ずるずると引っ張られる先には道鬼がいることに。

 

「違ったら、ごめん!!」

 

 だから、あーしは吐き気を堪えて白黒の世界を駆ける。

 

 道鬼が勝ち誇っているという事は、道鬼にあーしは見えていない。

 この世界からあちら側を視認することはできても、あちら側からこの世界を視認する事はできないということなのだろう。

 

 そして、この世界にあーしがいる理由はクロちゃんだ。

 

 ポシェットに色が付いたりしているあたり、クロちゃんはこの世界とあちらの世界を自由自在に移動させることができる。

 

 その上で、ずるずるとポシェットが移動しているのだ。

 気取られない程度に気を使っているせいかその速度は遅く、遅々とした動きではあるが、着実に道鬼へと近づいている。

 

 なら、きっと答えはコレだ。

 

 こんな周囲が異常なまでの魔力に満ちた謎の空間の中では奥の手は使えない。

 繊細な魔力操作などできるわけがない。

 

 だが、勝利を確信した相手を打ち破るだけならば、奥の手など必要ない!

 

「3、2、1で行くよ!!!!  ……3!」

 

 最近はちょっと慣れて来たみたいだけど、まだまだ戦闘慣れしていないクロちゃんがあーしの動きに対応できないことも考えて声を出す。

 

 動作も全力で大振りにして、戦いなれていないクロちゃんでも合わせられるように、可能な限りタイミングを合わせられるように魔力を込め、声を出しながら大きく剣を振り被る。

 

「2!!」

 

 仮にクロちゃんの狙いがあーしの考えている通りのモノであれば、これだけ露骨な溜め動作を行っても回避を考慮する必要はない。

 

 魔力の放出が苦手なあーしであっても、これだけの時間的猶予が貰えれば十分。

 

「1!!」

 

 一人一人ぐらいであれば、一瞬で消し飛ばせる規模の攻撃を放つことができる!

 

「神立ッ!!」

「なっ――!!」

 

 道鬼の背後からあーしが切り付けると同時に世界は色を取り戻す。

 

 それはまさしく完璧な連携、あーしが「神立」と叫んだ瞬間、剣先から魔力の刃が形成されるのと同時、絶対に防ぎようのないタイミングでの出来事だった。

 

 放たれた刃が対象に届く直前、辛うじて反応した道鬼が驚愕に目を見開くが、如何に魔人であってもそれ以上の事は何もできない。

 

 黒い魔人は意識こそ追いつけど体の反応は追いつかず、ほんの僅かな言葉だけを残して閃光の中に消えていった。

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