吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
つ、伝わったぁ……。
吾輩に身体があれば、へなへなと崩れ落ちていた事だろう。
道鬼の奇襲により窮地に陥ったタマモを救うため、吾輩が選択した行動は洞窟に叩きつけられ、
そう、消滅魔法とは吾輩がその挙動から便宜上消滅魔法と名付けているだけであり、実際に対象を消滅させているわけではない。あくまで影空間というよくわからない場所に対象を転移させているだけである。
普段の消滅魔法はそれの効果範囲を絞って対象を強引に切断しているだけであり、対象を文字通りに消しているわけではない。
つまり逆に言えば、対象全てを影空間に転移させることが出来れば、吾輩が移動時の緊急回避手段として期待していたように、安全な移動手段としても機能するのだ。
この魔法は吾輩が試行錯誤の果てに発見した、源影という魔法に存在するある種のバグのようなもの。グリッチ的な挙動を引き起こすものであるが故に道鬼に対応されないだろうという判断だったが、どうやらそれは間違っていなかったらしい。
もっとも、影空間は極めて魔力が濃く、吾輩が源影を生み出すことが出来ない空間である。
ゴブリンやオオダイショウに対して消滅魔法を使った経験から、生き物が存在できない空間ではない。生き物が入った瞬間に窒息して即死してしまったり、爆発するような場所ではないという確証があったとはいえ、そこに生物を転移させるのには様々なリスクもあった。
実際、影空間に退避させた後のタマモはとても辛そうな表情をしていたし、その心配は杞憂ではなかった。
だが、彼女はそれでも吾輩の意図をくみ取ってくれたが……。
……さっきの「神立」は凄かった。
そりゃあアルケミーが使えるんだから、冷静に考えればタマモが使えないわけがないといえばそうだ。
しかし、吾輩は彼女が今まで「神立」を使おうとすらしていなかったことから、正直にいえば使うことができない技であると思い込んでいた。
ほぼ身体能力だけであれだけ強大な魔物を倒せるのだから、態々斬撃を飛ばす必要などないんだろうと思い込んでいたが、今まで使わなかったのも納得の威力だ。
流星極射のようなファンタジー世界に不釣り合いな、容易に対都市、対国というほどの超火力ではなかったが、それでもタマモの使う神立は出力という一点で根本的に飛ぶ斬撃とは異なる。
あれは……ほぼエネルギー砲とか剣ビームと呼ばれるものに等しく、乱戦時に使えば味方ごと巻き込みかねない対拠点級魔法といってもよいものだった。
実際、タマモの使った神立により、この洞窟にもあたらしい洞穴が出来てしまっている。
道鬼を出力に任せて一撃で跡形もなく消し飛ばしたその余波でこれである。
単純に剣の腕一本で災害級の魔物を倒せるタマモからしてみれば、使うのに溜めが必要になる高出力技など何か特別な理由がなければ使おうと思わないのも当然だ。
「た、タマモ。大丈夫なのか?」
「見てわかんない……? 正直、あんまり大丈夫じゃ……」
「いや……尻尾……」
「尻尾? ええ……??なにこれ!?」
そして、そんな強大な力を持つ狐耳の少女の姿は先ほどまでとは極一部が大きく異なっていた。具体的には、彼女の尻尾が1本から3本に増えているのだ。
どうやら本人にも何故増えているのか、いつ増えたのかの自覚は無いらしい。
重さも感じていないようで、ルシアンから告げられるまでまったく気が付いていなかったようだが、落ち着いて彼女の保有する魔力を見てみれば理由はよくわかる。
尻尾が一本だった時と比較し、元々多かった魔力量がその数倍以上にも膨れ上がっているのである。
恐らく、影空間という極端に魔力の濃ゆい空間に僅かな時間とはいえ入り込んだことで、それが彼女に馴染んでしまったのだろう。
ちょっと極端な言い方をすれば……淡水魚を海水に入れ、強引に塩分に適応させたといった所だろうか?
どう考えても普通は死ぬ奴である。
ゴブリンやオオダイショウの一部を消滅させて特に異常がないから問題無しではなかった。淡水魚の切り身を海水に突っ込んで異常な反応を示さなかったからそれでヨシになるわけがないのだ。
状況を鑑みれば仕方なかった。
完全に虚を突かれたタマモに対して道鬼の大技が直撃する寸前だったとはいえ、吾輩の肝が冷える。
亜人として超人的な身体能力を誇っているタマモがこの様子なのだ。
彼女以外に同じことを試せば普通に命を落としかねないし、タマモにしても未だに気分が悪そうなので、二度目を試したくもない。
「さっきのは一体何なんだ? 私の目では道鬼の攻撃により、君が消し飛ばされたようにしか思えなかったが……」
「あーしにも正直良く分かんない。多分やったのはクロちゃんなんだけど……」
その言葉に、吾輩はぶいっと自分がやったことを認めるポーズをとる。
流石にぶっつけ本番だったのでタマモに余計な負担をかけてしまったようだが、幸いにして道鬼を倒すことができたのだ。
ならばココは自信満々にひょうきん者のような態度を取るべきだろう。
そんな吾輩の姿に唐突に影空間に送られて酷い目に合ったタマモは思わずと言ったようにジト目で、ルシアンは何やってんだお前、やっぱりコイツはよくわかんない生き物だという視線を向けてくる。
しかし、ここ一か月の間、吾輩たちは一緒に冒険をしたり、遊んだりしてきたのだ。吾輩がよく分からない生き物であることは二人も良く分かっている。
二人はふうと息を吐くと、顔見合わせてから、笑い声を上げた。
「あははははは。まあ、クロちゃんはそういう子だよね。いいよ。奥の手も切らずに済んだし許してあげる」
「これから、あんなことをやる時は何か一言残してからにして欲しいものだが……」
ルシアンは笑みをこぼしながら、吾輩(源影)を見る。
最後まで言葉が紡がれることはなかったが、「無理だろうな」と言おうとしていたことは明白であった。
吾輩はそれに怒ったようなポーズを見せておく。
事実ではあるが、良い意味で少し馬鹿にされたような感じがしたので、こちらもそれに返す形だ。
ともかく、そうして少し落ち着いた後。
タマモとルシアンは洞窟の脱出、そしてそれに伴う確認作業へと話を移す。
「と、とにかく。このまま洞窟にいると何があると分からないし、早めに出よう。無限獣の核は……多分、大丈夫だよね?体調悪かった割に、思ったより威力を出せたし」
「魔力の流れを見る限りは問題無いと思う。道鬼は……正直、難しいな。消し飛ばせたのか?」
「わかんない。あれ、手応えとかないし。分かんなくなるから使いたくないんだよね」
そりゃそうだ。
よくアニメや漫画でエネルギー砲で相手を消し飛ばして「手応えあったぜ」などといっているが、冷静に考えれば遠距離攻撃で消し飛ばして手応えなどあるわけがないのだ。
ある程度拮抗している状態から押し切ったならば相手の抵抗がなくなって……みたいなこともあるのかもしれないが、今回に関しては吾輩の「仮称:消滅魔法」で後方に回ってからの神立という、にわか雨の名を関するに相応しい奇襲攻撃。
それで反撃を許さずに倒したのだから拮抗も何もない。
当然、手応えがあるわけもなく完全に倒しきることができたかなど、タマモに分かるわけがないのだ。
幸いにして、これまでに存在していた不自然な魔力の流れは消え失せている。
恐らく、あれは無限獣の核が新たな端末を生み出す時に必要な魔力を大気中から集めていたのだろう。
それを以て無限獣を倒すことができたと判断することはできるのだろうが……。
タマモとルシアンが意見を交わす中、間違いなく、ドクンと洞窟全体が震えた。
いや、正確に言えば洞窟内の空気。
そしてそこに存在している魔力が震えた。
次の瞬間にはこれまでの緩やかな動きが嘘だったかのように、急激に魔力が動き出す。動く先はタマモが神立で新たに生み出してしまった洞穴の奥。
待機中の塵どころか、洞窟内に転がる砂や石までもがそこに吸い込まれていく。
「だから嫌なんだよなぁ!」
「あれで仕留めきれていなかったのか!」
そんな異常な光景に2人が叫び声を上げる。
あの「神立」を以てしても無限獣を滅ぼすことができず、「学習」をされてしまったことを悟ったのだ。
「とりあえず、一回出よう!」
「出ていいのか!」
「出ないと仕留める前に生き埋めにされる!!」
ガラガラ、グラグラと洞窟全体が胎動し、山が崩壊を始める。
外に出るぞと声をかけるタマモにルシアンが本当に大丈夫かと問いかけるが、二人にとってももはや幾何の猶予もない様子。
「クロちゃん!なにやってるの!!」
『吾輩の本体が!!』
だが、この二人の撤退に慌てたのは吾輩だ。
吾輩(源影)はルシアンが拾ってポケットに入れてくれているが、吾輩(本体)は道鬼の奇襲によって肩紐を切断され、地面に放置されているポシェットの中。
吾輩(本体)が山の中に埋まるようなことがあれば二度と掘り出されることなく、一生を暗い地面の中で過ごすことになるだろう。
それはある意味で「無敵」ともいえる存在になるかもしれないが……流石に勘弁してほしい!!
吾輩もいつかは吾輩(本体)こそが吾輩であることが2人にも分かって貰いたいのだ!!
故に、吾輩は一度源影を消して吾輩(本体)の傍に再展開。
ポシェットの残骸を強引に引っ掴むとそれをいつかのように持ち上げて駆けだす。
「いや、本当になんで!?」
「例の本じゃないか?」
「確かに高そうな本ではあったけど、あれそんなに大事なものなの!?」
タマモが時と場合を考えて欲しいと驚愕の表情を見せるが、こればっかりは本当に仕方がない。
もうボディランゲージでコミュニケーションを取っている暇もなさそうなので、吾輩は吾輩(本体)が大事なものであることを行動で現す。
具体的には本を持ちあげたままトテトテと走って二人を追い抜き、絶対に置いていけないものだと示したのだ。
「あー!もう!!仕方ないな!!!」
その行動にタマモは吾輩にとって吾輩(本体)が本当に大事なものだと納得したのだろう。彼女は紐が千切れたポシェットを吾輩ごと拾い上げ、走り出すのであった。