吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
魔物の中には自身の危機を察知すると、異常な生命力を発揮するものがいる。
有名どころでは植物系の魔物が上げられ、死に瀕すると異常な量の種をばら撒いたり、根を地中深くにまで伸ばすと言った行動が知られている。
そして、無限獣も恐らくはその一種、死に瀕することで異常な生命力を発揮するタイプだ。
先の決戦でもあーしとクロちゃんと戦う中、無限獣は次々と学習を進めていた。
しかし、最初に無限獣と遭遇した時、緒戦における学習速度は大したことがないというか、決して戦いの中で成長するようなものではなかった。
それが先の戦いではどうだっただろうか。
ほんのわずかな時間、数時間と立たぬ間に学習を進め、異常なまでの不死性を発揮したのである。
これは間違いなく、自らの危機に瀕して異常な生命力を発揮したからだといえる。
だが、このような異常な生命力というのは、必ずしもノーリスクというわけではない。例えば、植物系の魔物が命の危機に瀕して異常な量の種をばら撒いた場合。
本来ならばその後数百年、数千年生きてもおかしくない巨木がその後数十年程度で枯れてしまうのだ。
普段の生命活動では使わない力。
リミッターをかけられた力を解放して窮地を乗り切っているのだから、それぐらいのリスクがあるのは当然の話。
若い時に無茶をした人間は長生きできない。
長生きできたとしても、何らかの持病を抱えてしまうのと同じことだ。
まあ、本来の無限獣。
無機物を核とする魔物であればそんなことはなかったのかもしれないけれど、「魔人」という生命体を核にしたのであれば、このリスクから逃れることはできないわけで……。
「オオオオオオオオオオオ!!!!!」
あーしが先ほどまでいた洞窟があった場所。
既に土に埋まってしまった山の中から現れた巨体がふらふらと空へと登っていく。
何をどう学習したのか分からない変化を遂げたその姿は見るからに崩壊しかかっていた。辛うじて人型、魔人の姿こそ保っているものの、全身はぶくぶくと泡立ち、膨張を続けている。
無理やりにでも理由を付けるのであれば、あーしの神立が直撃した結果としてあの魔人は小さな肉片程度の身体しか残らなかった。
それ故に残った肉片が無限獣として「学習」を行い、絶対に一撃で消滅させられないよう、自身の質量や魔力を増加させることを選択したと言った所だろうか。
あーしの推測が当たっているのかどうかは分からないが、そこに道鬼とやらの意思があるとは到底思えない。この辺りの山一帯を荒らした元凶、黒幕の最後がこれとは、なんとも救えない話である。
「タマモ!これは……まずいぞ!」
「まずいって……何が……いや……これは……」
だが、救えないのは今の状況もそうである。
可視化され、周囲を漂っていた魔力が魔人だったものに向けて渦を巻くように収束していく。それは目の前で竜巻や台風が作られていくかの如き光景。
目に見える魔力だけでコレなのだ。
見えない魔力を関知できるルシアンにこの現状がどう見えているのかを考えると……正直、想像したくない。
「これ、放っておくとどうなる?」
「分からない。何らかの形を持つことになるのか、制御することができずに爆発するのか。いずれにしても碌な事にはならないだろう」
ルシアンは声だけは、あーしの質問に答える声色だけは平静を装っている。
しかし、チラりと顔を見るとその表情は険しいというか、見てわかるレベルで唇が震えてしまっている。
それだけで彼のいう禄でもないことの危険性が分かるというものだ。
「じゃあ……やっぱり奥の手を切るしかないかな」
「奥の手?あれをなんとかできるのか!?」
「うん。婆ちゃんからは本当にどうしようもない時だけ使えって言われてる奴。反動がかなり重たいから……変な事、すんなよ?」
「へんな……するわけないだろう!!」
だからあーしは、そんな風に焦るルシアンを少しだけからかってから、改めて魔力を練り上げる。
さっきはクロちゃんの介入で失敗してしまったが、自分の身体能力と魔力を数十倍にも高める奥の手中の奥の手。
生まれながらの亜人であるあーしの魔力総量自体は自分でもいうのもなんだが、他の追随を許さない。
それを数十倍にも強化した上で、全力で溜めてから神立を使えば、いくらあーしは魔力放出が苦手だとは言ってもなんとかなるだろう。
「
あーしの全身とその周囲から冬の焚火から聞こえてくるような。
あるいは、長雨でしばらく身体を動かせなかった後、立ち上がった時の身体から出るようなパチパチというクラッキング音が鳴る。
普段は使わない場所にも魔力を通し、身体全体のリミッターを外した結果として溢れ出る魔力や生命力といったものが赤い炎と青い閃光と化してあーしの周囲を纏う。
「これは……勇者様の……」
そう、これはかつて雷炎の勇者と呼ばれ、オリハルコン級の冒険者として名を轟かせたというパール婆ちゃんの代名詞。ブレトンに伝わる極限魔法を改悪して生み出した身体強化魔法の……その未完成版。
完成版と比較しても身体への負担が大きく、場合によっては死に至ることもあるが、この状況になっては是非もなし。
死ぬかもしれないからといって、絶対の死を前にして出し惜しみをするわけにはいかない。
「あと、結構溜めないと駄目だから、もしもの時は頼むよ」
「……分かった!」
婆ちゃんはこの状態を維持して全力戦闘。
人間の身でありながら、亜人以上の力を発揮したというが、残念ながらあーしにそれはできない。
この状態を維持するだけでもわりと必死で、普段のような動きをするのであれば、10秒と持たないだろう。
だが、今の状態で求められているのは普段のような動きではなく、一撃であの異形を吹き飛ばすための超火力。動かずに魔力を練り上げるだけであれば、未熟なあーしでもまだどうにでもなる範囲だ。
本当なら、流星極射みたいな魔法が使えれば良かったんだけどね。
あれを使えたら、雷炎を発動した上で魔力を溜めるなんてことをせずとも消し飛ばせたのになと思ってしまう。
魔力を放出するのがあまり得意ではないあーしが覚えられるかは別として、あくまで人間レベルの魔力しか持たないノーザンヒル男爵やルシアンが使ってもあの威力なのだ。
亜人であるあーしが使えば多分、この国ぐらいなら簡単に……もしかしたら、この星、この世界そのものを消し飛ばせたかもしれないなどと考えていると……。
「落ちてくるだと!?」
周囲の魔力を蓄え、泡立ち、膨張し続けた魔人の成れの果ては自らの重さに耐えきれなくなったように。
あるいはあーしという脅威に対抗するかのように、巨大な球体、エネルギーの塊となって迫ってきていた。
「うそでしょ!?」
まだ、足りない。
あれはもう少し溜めなければ消し飛ばせない。
今練り上げている魔力ではあのエネルギーの塊を消し飛ばすには至らない。
だから、あと少し時間を稼いでほしいと声を上げるよりも早く、ルシアンが弓に矢を番えた。
「
一瞬、本当に一瞬でルシアンは信じられない程の速度で魔力を高める。
周囲に雷こそ迸っていないが、感知能力の低いあーしでも見えるレベルの膨大な魔力。
「
それが落下するエネルギーの塊に向けて放たれる。
恐らくは、ノーザンヒルの男爵様が最初に使った時よりも弱い、無限獣を倒した時に放たれたそれと比較すると、あまりにも頼りない閃光。
足りなかったのは連日の使用に耐えうる身体能力か、それとも単純に溜め時間か、もしかしたらあのエネルギー塊に周囲の魔力を持っていかれているのが原因かもしれない。
ルシアンの流星極射はほんの一瞬、僅かな時間だけ拮抗して、閃光が儚く消える。
「流星極射――!」
だが、本来の威力とかけ離れたものになるというのが最初から分かっていたからか、ルシアンは淀みなく二射目を番え、放つ。
もはやあーしの目では魔力など見えず、普通に弓を射ると何が違うのかも分からないそれは、あっさりと膨大なエネルギーの塊に飲み込まれる。
まだ、あとちょっと、ちょっとだけ溜めたい。
でも、これ以上は無理。
これ以上待つと、あーしが剣を振りぬくよりも前にエネルギーの塊が落ちてきてしまう。
こうなったら、全てを消し飛ばせない可能性があることを承知で剣を振りぬくべきか。そんなことを考えながらも、あーしの冷静な部分が今、この瞬間にも出来ることを勝手にこなしていく。
「クロちゃん、あれ、なんとか抑えられない?」
いや無理でしょ。
絶対これを口にしたのはあーしの冷静な部分じゃない。
思った以上に自分が焦っている。
質量差がどれだけあるんだと思ったけれど。
あーしの足元にいた小さなお人形さんは、そんなあーしの妄言に応えるように大きくなっていく。
今まで見た中では一番大きな、だけど、エネルギー塊と比べると矮小な大きさだ。
それでも、彼は二本足で大地を踏みしめ、音もなく、一呼吸だけ、巨大なエネルギーの塊を支えて見せた。
笑っちゃうぐらい一瞬で拮抗は崩れたけれど、その本当にちょっと、僅かな時間はあーしがこの瞬間に一番欲しかったもの。
それだけあれば、あーしは身体が許す限りの魔力をこの身に満たすことができる。
「神断!!」
限界ギリギリまで溜め、振りぬいた一撃。
そうして剣から放たれた光は、ほんの一瞬すらも拮抗することなく、巨大なエネルギーの塊を飲み込んだ。