吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
「つっかれた……」
もはや飛ぶ斬撃どころではない、使う方向次第ではこの星ごと消し飛ばせるんじゃないか。そう思わせる程の剣閃を放ったタマモは、ポツリと呟いてからフラりと崩れ落ちる。
それを見たルシアンは咄嗟に受け止めようとするが、彼も流星極射の連続使用で疲弊していたのだろう。殆ど重力に従って倒れるタマモを受け止めることはできず、二人纏めて転んでしまう。
「……疲れてるのは分かるけど、それは幾らあーしでも傷つくよ」
「すまない……」
傍から見ると、タマモが重いせいでルシアンが支え切れなかったとしか思えない、滑稽な様子だった。
そんな客観的な視点にも自覚があったのだろう、狐耳の少女はこれまでに見せたことのない程に微妙な表情でルシアンに抗議を入れる。
直前までの緊迫感がエネルギーの塊と化した無限獣と一緒にどこかに消え去ったようなその様子に思わず吾輩は笑ってしまう。
いや、正確にいえば吾輩は本なので物理的に笑えないのであるが、源影にリアクションを取らせようとして、制御を誤った姿がズッコケたとしか表現できないものだったのだ。
これにはタマモも不満顔である。
勿論、多少は女心に理解のある吾輩はやろうと思ってズッコケたわけではない。
本来はルシアンを批難するようなリアクション、今の場面ならどんなによろけても支えるべきだということを伝えるため、マッスルポーズを取ろうとしていたのだが……。
先ほどの戦いの中、エネルギーの塊を支えに行く過程で源影の腕が完全に消し飛んでしまっていたのだ。吾輩は源影がそんな状態になっていることなど露ほどにも思っていなかったので、そんな状態でいつもの調子で動かせばバランスも崩そうと言うものだ。
このまま下手に巨大化させた源影を動かせば2人を押し潰してしまう可能性もあるので、吾輩は一度この源影を消して新しいものを作り直す。
「分かってたけど、クロちゃんは本当に不思議な生き物過ぎる……」
「私の目が間違っていなければ、腕が生え変わったようだが……?」
そんな吾輩の様子を見て、二人は若干引いている。
まあ、三人とも見るからに疲弊していた状態から一人だけ万全の状態に戻ればそんな反応にもなるというものだが……。
そこは吾輩自身、自分のことを良く分かっていないので仕方がない。
自分のことが良く分かっていれば、消えた源影の腕など自然により強靭な形で再生できたのだろうが……。きっと、吾輩がそこまで自分の事をよく理解している必要などどこにもない。
吾輩は不思議な生き物、よく分からない仲間だと思われているぐらいがちょうど良い。
「しかし……まずいね。マジで動けない。」
「私もだ。流石に日に2度……いや、時間的には昨日のも含めて3度の流星極射は無理があった」
「3度目は殆ど搾りかすみたいなものだったけど?」
「あれは私の方で消費する魔力を決められないからな。身体への負担自体は搾りかすの状態で打とうと、万全の状態で打とうとあまり変わらないんだ」
まだ若いから問題無いが、あと10年後なら確実に死んでいたぞとルシアンは笑う。このまま動けなかったら10年立たずに死ぬんだけど?とタマモも笑う。
冷静に考えれば考えるほど、今の状態は笑っている場合ではない。
これだけ人里離れた場所で疲弊し、まともに動けない少年少女が2人。
ファンタジー世界でなくとも普通に死ぬと断言できる状態ではあるのだが……。
2人がこうして笑っている理由、余裕をかましている理由はよくわかるので、吾輩は源影に肩を竦めさせる。期待されるのは、何よりも嬉しいことだ。
「お、やる気だね? 流石はクロちゃん! 乗り心地は期待してもいいの?」
流石に乗り心地は期待しないで欲しい。
吾輩が普段入っているようなポシェット、居場所を固定できるようなものがあるなら話は別だが……。
いくら巨大化しても人間の身体に何かを乗せることができる場所など、頭か肩の上ぐらいしか存在していないのだ。
どう考えても不安定で、山道を戻ることを考えれば、その上に乗っているだけでも大変な苦労があるだろうが……。
まあ、この2人ならわりと快適に過ごせるのではないか。
いくら疲労しているとは言っても、吾輩の上でバランスを取るぐらいは当然にやるだろうと考えて。
吾輩は再び源影を目いっぱいに巨大化させた後、二人を肩に乗せるのであった。
★
山を越え、森を越え。
タマモとルシアンからもうちょっと早く動けないのか。
これだと日が来る前に戻れないぞとやいのやいのと言われたこともあり、乗り心地度外視で山道での疾走に挑戦。
結果としてルシアンがガチ酔いするも、自分で囃し立てたこともあって文句は言えないというハプニングはあったものの、吾輩たちは辛うじて日が落ちきる前にノーザンヒルの近くまで戻ることに成功していた。
「ぐ……ぐう……」
「ほら、ルシアン。もうノーザンヒルに付くよ。そろそろシャンとしないと」
「う、うむ。そうだな、流石にこのまま戻るわけには……」
やれやれだ。
吾輩はほんの少しだけ肩をすくめる動きを取ると、移動を走りから歩きへと切り替える。
「クロくん……すまない……」
良いってことよ。
むしろ、ルシアンがガチ酔いしているのは分かっていたのに、調子に乗って走り続けた吾輩。そして日が暮れる前に帰った方が良いと主張したタマモにかなり大きな非がある。
ルシアンも酔いに苦しみながら「私の事は気にしないでくれ。早くノーザンヒルに戻ろう」などと言っていたが、それはルシアンの立場ではそう言わざるを得ないからだ。
タマモから日が暮れる前にノーザンヒルに戻るべきだと主張されようと、吾輩の判断で休息を取るべきだったのだ。如何にノーザンヒルよりも更に北、ブレトン側が僻地であるとはいえ、完全に何もないわけではない。
途中にはブレトンに向かう商人が道中に滞在するであろう小屋などは普通に存在していたので、そこで一夜を過ごしても何も問題無かったのである。
そんなことにすら気が回らず、言われるがままノーザンヒルへの帰還を優先してしまったのは間違いなく吾輩の失態だったといえる。
やはり、あれだけの経験をしたことで吾輩もテンションが高まり、場の空気に酔っていたのだろう。ルシアンには流石に申し訳ないことをしてしまった。
「まったく、冒険者として生きるつもりなら、鍛え方が足りないんじゃない?」
「流石にこんな巨人の肩に乗って移動するような訓練はしていないよ……」
だが、2人の掛け合いを聞いている身からすると、こういった申し訳ない事ができるようになったのはとても良い事だとも思うのだ。
吾輩たちの間に僅かに存在していた隙間、種族の違いだとか、身分の違いだとか。
そういったものは完全になくなってしまっている。
つい一月前までタマモがルシアンを完全にお客様扱い。
ちょっとゴブリンが出たぐらいで逃がしていたことを考えると、良くも悪くもこれだけ気安い扱いが出来ているのはなんというか……良いと思う。
勿論、ルシアンに貴族の血が流れている事が原因で揉め事に巻き込まれた場合。
タマモはとんでもなく嫌そうな顔をするし、それに対して苦言をこぼしたりするだろうが、それでも自分から仕方がないなぁと言い出しそうな感じがあるのだ。
「む……。城壁がこの時間にしてはかなり明るいな」
「あれ?そうだっけ? 前からこんなもんじゃなかった?」
そんな風にしてくだらない話をしてノーザンヒルの城壁に近づいていくと、ルシアンが今日はいつも以上に松明が掲げられていると言い出した。
恐らくはタマモとルシアンがいつ帰ってきても良いように、ノーザンヒルの人々が城壁に火をともしてくれているのだろうが……。
吾輩としてはいまいち違いが分からないというか、現代社会の街並みを知っているので、普通に暗いと感じてしまう。
まあ、そうやって明かりを灯しているのならば当然、城壁の見張りは既に吾輩たちの姿も見えているのだろう。
城壁から見て、真っ黒である吾輩の源影がどの程度鮮明に見えているのかは分からないが、とりあえず軽く手を振って敵意が無い事。
そして、2人が無事であることをアピールしておく。
これできっと、ダイヤやサファイア、ノーザンヒル男爵にも連絡がいくことだろう。
「もうちょっと大きく振ってあげたら?」
「そうだな。クロくんも遠慮する必要はないと思う。」
だが、そんな吾輩の気遣いはタマモにはちょっと不満があるようだった。
ニヤニヤとしながら、吾輩にせっかくの凱旋なんだからもっと堂々としようと提案をしてくる。
……この悪戯っ子め。
吾輩が手を振っているのはルシアンを乗せている左腕だ。
別に意識をしたわけではないが、人間時代が左利きだったこともあってこちらを動かしていた。吾輩が手を軽く振る程度に留めていたのは、大きく手を振ると肩と二の腕、頭部の間にルシアンを挟んでしまうために他ならない。
つまりタマモは吾輩が大きく腕を振ることでルシアンが挟まれ、焦る様子を御所望なのだ。ルシアンはそんなタマモの意図に気が付いていないのか、素直に同意をしてしまっている。
こうなると、吾輩が取るべき選択は一つ。
「ちょ!まっ!なんで振る手をいきなり変えるの!!!」
言われた通り、大きく腕を振ってやる。
但し、ルシアンを乗せている左腕ではなく、右腕で。
別に本気で挟む気はないのでゆったりとした動きだが、それでも今まで座っていた場所が不自然に揺れ、源影に物理的に圧迫されたタマモは悲鳴を上げた。
その様子を見たルシアンは一瞬、困惑の表情を浮かべ……。
「ははははははは!!!タマモ!クロくんは意外とイイ性格をしているらしいぞ!!」
「くそう!!クロちゃんは割と抜けてる所が多いからいけると思ったのに!!」
タマモと吾輩の意図をようやく察したルシアンは大笑い。
あまりのくだらない悪戯と、それを咎める行動に腹を抱えている。
そしてタマモもまた、悪戯が失敗したのにも関わらず、とても晴れやかな笑顔を見せている。
やはり、こういったことができる関係は良いものだと、吾輩は改めて、強くそう思わされた。