吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
エピローグ さらば、ノーザンヒル
ノーザンヒルの城門をくぐった吾輩たちはノーザンヒル男爵を筆頭として、ダイヤやサファイアからの出迎えを受けた。
そこから始まるのは当然のように戦勝の宴……と、言いたい所だったが、タマモが
血相を変えて高位冒険者らしく自ら触診などを行った結果、タマモは即座に病院送りとなり、主役不在での宴を行うことになる。
だが、吾輩(本体)はそんな風にドタバタした中でもタマモに抱えられているので見てしまった。ダイヤによって強制的に病院送りとなったベットの上、皆がその場を離れた後、無言で腕を上げ、速やかにベッドで眠りについた狐耳の少女の姿を……。
良い性格をしていやがる。
もはやそう表現するしかない速やか且つ鮮やかで、誰にも反論を許さない華麗な離脱劇だったが、ノーザンヒルに帰るまでの道のりでタマモと打ち解けたルシアンもただでは転ばない。
彼は自分が戦勝の宴における主役という面倒を押し付けられたことを悟ると、その場にタマモがいないのを良いことに、あの戦いでどれだけタマモが活躍したのか、それを臨場感たっぷりに隠すことなく集まった人々に語ってみせたのである。
良い性格をしていやがる。
本人がいれば適当にそんなことはないよ。
ルシアンが盛ってるだけだよと流して面倒を回避したのだろうが、残念ながら彼女は鮮やかな離脱劇によって入院中。
ルシアンの語りは誰にも否定されることがないまま、真実が真実としてノーザンヒルの人々の間に広まっていった。
ノーザンヒルを襲ったスタンピードの黒幕として魔人の存在があったこと。
魔人は無限獣の研究を進め、その力を取り込むことを目的としていたこと。
魔人は無限獣の制御に失敗して逆に取り込まれ、肉塊と化して暴走を始めてこの辺り一帯を消し飛ばしかねない巨大な災厄と化したこと。
しかし、最終的には奥の手を切ったタマモの尽力により、無事に事なきを得たこと。
タマモは明日、知ることになるだろう。
疲れていたのは間違いないにしても、ほぼ仮病も同然の理由で戦勝の宴をすっぽかしたりしてはいけないということを……。
★
「酷い目に合った……」
「宴の主役をルシアンに押し付けようとするからでありますよ」
「あーいう時はどんなに面倒でも逃げてはいけない。あーし覚えた」
翌日の昼、タマモは酷い顔をしていた。
いや、正確には朝まではよく眠ったと清々しい笑顔だった。
後は適当に挨拶をしてブレトンに帰るだけだとか、物凄く舐めたことを言っていた。しかし、そんな少女の表情は病院から抜け出して街に出た瞬間に凍り付き、人々の賞賛に顔を強張らせることになってしまった。
周囲に集まる人達から武勇伝をせがまれ、自分がいない宴の席で何があったのかを知った時は後の祭り。
宴の主役をルシアンに押し付けた自覚があったことと、周囲の人々に悪意が無かったこともあって、タマモは魔人相手に何をしたのかを自分の口からも語ることになってしまったのだ。
幸いだったのは、そんな騒ぎになることを年長者組が予想していたことだろう。
タマモが一通り語り終えたのを見計らうようにしてサファイア率いる騎士団が登場、あっという間に騒ぎを収めて見せたのである。
明らかに一通り語り終わるのを待っていました。
いつでも止められたけど、あえて止めませんでしたと言わんばかりのタイミングにはタマモも閉口するしかない。
内心でもっと早く来て欲しかったと思っていたのは明らかだったが、残念ながら全てが自業自得。
下手に反論をすると、「昨日、宴の場にいなかったのが悪い」と言われるのが分かり切っていたこともあり、彼女は黙る以外の選択を取れなかったのだ。
「正直、パールちゃんを思い出したわよねー。血は争えないわねー」
「……婆ちゃん?」
「そうですな。パールちゃんも昔は似たようなことをやって、そういう表情をしていたであります」
「あの時は凱旋の行進をルビウスに押し付けたんだっけ?」
「そうでありますよー。いらない苦労をさせられたと、未だに愚痴られるであります」
その様子を見て、ははははと声を上げて笑う宝石箱組の姿にタマモは白目を剥く。
年を取らない「亜人」の2人に先の光景を見られたという事は、祖母の失敗と同様に長きに渡ってこの件が語り継がれる事が確定したのに等しい。
若い頃は碌なことをしていなかったらしい祖母と似た行動を取ってしまったことに、彼女は多大な精神的ダメージを受けたようだった。
「まあ、これからは気を付けるんだな。タマモちゃんが主役の宴を開かれる機会はこれからもあるだろうからな」
きゃいきゃいと当時の思い出話。
パールが宴の主役を押し付けた事件を語る二人を横目にタマモを諭すのはラルドだ。
きっと彼にもこういった失敗経験があるのだろう。
その瞳は真剣で、タマモに一切の反論と詮索を許さない凄味があった。
「後、ルシアン様には素直に謝っておけ。謝らないと、こうなるぞ。」
「そうします……」
タマモはその凄味に気圧されたのか、あるいは横で語られる祖母の恥ずかしい話に耐えられなかったのか。
ラルドの提案に素直に同意の言葉を口にするのであった……。
★
「で、私の所に来たわけか」
「いやー。ラルドさんのいう通り、謝っておかないと後が怖いと思ってね。昨日はごめんね?」
「構わないさ。私も同じ立場なら、恐らく似たようなことをしただろうからな」
もういっそのこと、このまま帰った方が良いかなとも思ったんだけどと、タマモは苦笑いをする。勿論、本気でそう思っているような表情ではない。
面倒な宴の対応を押し付けたことは事実だが、ルシアンはタマモと共にあの戦いを潜りぬけた仲間である。ラルドから言われずとも、彼女は別れの挨拶を行いに来ていたはずだ。
もっとも、その時は謝罪の言葉を発することはなく、良い性格をしている彼女は悪びれもしなかったかもしれないが。
「しかし、思ったよりも元気そうだな。」
「うん?」
「面倒なことを押し付けられたとは思ったが、同時に仕方ないとも思ったんだ。昨日のタマモは本当に疲れた様子だったからな」
「言われてみればそうだね。なんでだろ?」
1日でよく回復したものだと感心するルシアンの言葉に、タマモは手を握って開いてみたり屈伸をしてみたり。
実際に自分の体を動かしてみた上で、まったく異常がない健康体になっていることに首を傾げた。
雷炎とは彼女が最後の最後まで切らなかった奥の手だ。
ノーザンヒルからの支援を受けられる無限獣との戦いで切らなかったということは、支援を受けられることを前提としても、奥の手を切るべき場面ではないと判断していたことになる。
即ち、タマモは雷炎を行使することによって、自分が命を落としたり、それに近しい程に身体がダメージを受ける事を想定していたはずなのだ。
それが丸一日でほぼ完治、元気になっているのは言われてみると確かに不思議であるとしか言いようがない。
この程度のリスクであれば、タマモはもっと気軽に奥の手を行使していた。
あるいはそもそも雷炎が奥の手という扱いにはならないのだから。
「可能性があるとしたらコレだろうけどね。」
タマモは自分が健康である理由に心当たりがあるらしく、軽く振り返って自分の尾を指さした。1本から3本に増えた、亜人である彼女の象徴ともいえる部位である。
吾輩から影空間に送られ、新たに2本の尾が生えてきてから、タマモから感じられる魔力はそれ以前の数倍にも膨れ上がっている。
本人にとっての心当たりはそれ以外にないだろうし、吾輩もその推測は間違っていないと考えている。
タマモの体は影空間に送られたことで僅かな時間で膨大な魔力に適応、数倍の魔力に耐えられるようになった。これにより、雷炎という奥の手が齎す大きなリスクも耐えることができるようになる。
昨日の今日でタマモが健康体を取り戻しているのが何故なのかを考えると、それ以外の理由を考え付かないのだ。
「それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫なんじゃない? 一応、婆ちゃんには見て貰うけど、あーしの体感としては健康体そのものだし」
そんな風に膨れ上がった魔力にはルシアンは思う所があるようでかなり心配そうな様子を見せている。確かに、これは常識的に考えて有り得ないことだ。
魔力を見ることができるルシアンからすれば、友人の身体能力が一日で数倍になったようなものである以上、強くなって良かったねという前に、お前本当に大丈夫か。
体に異常はないのかと考えてしまうのは当然の話である。
「まあ、それは別にいいんだよ。あーしとしては、自分の身体が元気ならそれが一番だし」
もっとも、タマモ本人はそんなルシアンの心配を一切気にする様子はない。
気にしても仕方がないということもあるのだろうがこの件については取り付く島もないといった反応で、本気で心配していたルシアンもいつのまにやら呆れの色が濃くなって話題が移り変わる。
戦勝の宴でアルケミーが飲み比べを提案、ダイヤとサファイアがそれに乗って多数の参加者を募っての突発イベントが行われ、勝利したのはラルドだったことなどを楽しげに語っていた。
しかし、そんな二人の楽しい会話の時間はあっという間に過ぎていく。
二人の間で話せる話題も尽きてから数秒、いや、数十秒の気まずい沈黙の後。
ルシアンは少しだけしんみりとした様子で改めて口を開いた。
「それで、タマモはもう帰るのか?」
「うん。クロちゃんのことは何もわからなかったけど、もう、そんなことどうでもよくなったからさ」
彼の様子はとても名残惜しい、タマモとまだ一緒にいたいという感情が言外に滲んでいる。よく見ると指先が震えていて、まだ帰らないでくれと言いたげだ。
吾輩にはよく分かる。遺跡や洞窟での吊り橋効果もあったのか、きっとルシアンはタマモのことをとてもよく思っているのだ。
しかし、残念ながらタマモはそんなルシアンの心の機微に気が付くことはない。
「どうでも良い事なのか……?」
「どうでもいいに決まってるでしょ。あんなことがあって、まだクロちゃんが危険だっていえる?」
「はははははは。言えるわけがないか」
「そゆこと。ブレトンに戻ってクロちゃんが危ないっていう大人がいたら、あーしがぶんなぐってやる!!」
ブレトンに戻ってからどうするか、吾輩を皆に認めさせると力強く宣言してしまっている。率直に言って、タマモがそう考えてくれているのはとても嬉しい。
きっと吾輩に涙を流す機能があれば、今頃思わず視界が滲んでいた。
だが、そうじゃない。
今、タマモがルシアンにかけるべき言葉はそうじゃないと、ある種の先達として、現代日本を生きた記憶のある大人として、不可抗力的に立ち会ってしまった彼らの青春に思わずもどかしくなる。
「そうか。それならいいんだ」
「なに、あーしが帰るのが寂しいの? 一応、一月から二月に一度ぐらいはこっちにくるつもりだからそんな顔しなくていいんだよ?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」
行け、ルシアン。
1月から2月に1度顔を出すと言われたぐらいで嬉しそうな顔をするんじゃない。
もっと押せ、自分の思いを伝えろと考えてしまう。
「実はタマモの活躍を知った父上が妙にやる気になっていてだな」
「……やる気に?」
「どうやら、私とタマモの婚約を画策しているんだ。タマモはそういう面倒くさいことは嫌いなのだろう? だから、ウチの者に捉まる前に戻った方が良いと伝えたかったんだ」
ぶっ。タマモが吹きだした。
吾輩は思わず、そこでそれはねえだろと呆れてしまう。
ノーザンヒル男爵からすれば、自分の息子が亜人と仲良くしていて、一緒にスタンピードの原因を退けるという大活躍をしている。ならばこの2人をくっつけない理由がない。故に、ノーザンヒル男爵が婚約を画策していることに恐らく嘘はない。
しかし、その話に一番乗り気なのは誰かと考えれば、それはルシアンだ。
さも「私はタマモに迷惑をかけたくはないのだが……」という気遣いをしているように見せながら、この見た目だけはチャラい純情男は、自分の恋心に脈があるのかを確認しているのである。そんな彼の浅く、甘い考えは誰の目から見ても明らかだ。
誰がどう見たって、早く戻るべきだと言いながらも肯定的な回答を期待した表情しているのだから。
「へー……」
そこでタマモも気が付いたのだろう。
少女の顔から一瞬だけ表情が消えた後、何かを思いついたように悪い顔になる。
吾輩としては何事も勉強であると、気分だけでも天を見上げる事しかできない。
「ちなみに、ルシアン的にはどうなの?」
「私?」
「あーしとの婚約が画策されていることを知って、どう思ったのか。満更じゃなかったのかとか、なんかあるでしょ」
ルシアンの表情が固まり、深酒でもしたのかのように赤くなった。
「わ、私は今はまだノーザンヒル家の人間だ。どう思うかなど……」
分かり易過ぎる……。
こういういじらしいというか、奥手というか。
個人的にはこういう甘酸っぱい恋愛は好物であり、素直に応援したいという思いはある。しかし、これはダメだろう。話の持って行き方がなっていない。
「うーん。20点。赤点だね」
「な、何の話だ?」
「口説き方だよ。もうちょっとあるでしょ。自分の立場、ノーザンヒル男爵家の事情を絡めるんじゃなくてさ」
故に、ルシアンの思いに気が付いたタマモの回答も芳しいものではなかった。
あまりにも率直で、同時にもっともな言い分にルシアンは返す言葉がないとばかりに肩を落としている。
ルシアンが見た目通りにチャラい男であれば、ここからでも何か気の利いた言葉を返して見せたのかもしれないが、チャラいのは見た目だけである彼はもはや押し黙るしかない。
完全なる轟沈だった。彼がするべきことは男爵家を出るために冒険者としての経験を積むのではなく、恋愛経験を積むことだったのかもしれない。
「だから、次は自分の意思で伝えてよ。そしたら、あーしも考えるからさ。」
「……? それは一体……!」
「じゃあ、あーしは帰るよ!またね!」
しかし、幸いだったのはタマモからの脈も無かったわけではないこと。
吊り橋効果的にルシアンに惹かれていたのはタマモも同じだったかもしれないという事だ。小悪魔的な微笑みを浮かべながら彼女は端的にそれだけを告げると、ルシアンがその意味に気が付く前に踵を返し、ブレトンへと駆けだす。
彼女の頬にほんのりと刺した鮮やかな朱色は、吾輩だけがその存在を知っていた。
次が最終回となります。