吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~   作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)

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本話が最終回となります。


エピローグ 『吾輩は本である。』

 ノーザンヒルが遠く、視界の端に映るようになった頃。タマモは不安そうな顔で吾輩に問いかけた。

 

「クロちゃん、さっきの対応。あれでよかったと思う?」

 

 とりあえず、首を縦に振っておく。

 

 素で良かったとは思う。

 あーいう甘酸っぱい関係性は吾輩にとっても大好物。それを一番近い所で接種できたのだから、悪い感情を抱くことなどあろうはずもない。

 

 だが、それ以上にこういう時の女性というのは難しく、面倒くさいものであると吾輩は前世の知識と経験で知っている。

 

 こういう時に女性が求めるのは肯定、とにかく話を聞いてくれる存在だと相場が決まっているのだ。

 

「本当に~? なんか、あーしが面倒くさい奴だと思ってない?」

 

 しかし、タマモが求めていたのは肯定の言葉ではなかった。

 本当に吾輩がどう思っているのか、その意見を聞きたがっていた。

 

 自分で言うのもなんだが、こんな黒いお人形さんに恋愛相談をしてどうする。

 犬や猫のようなペット枠のようなものだろうと考えてしまうが……。

 

 やはり、関係性が変わったのはタマモとルシアンの間だけではない。

 吾輩とタマモの関係性もまた、よく分からない怪しげな生き物から、言葉が通じないだけの仲間に変わっているのだろう。

 

 吾輩はそんな心地よい信頼を感じ、新調されたポシェットの中で改めて源影を動かしていく。先ほどのようにとりあえず首を縦に振り回したよという程度の雑なものではなく、本当にあれでよかったと考えていることが伝わるようにしっかりと。

 

 視線を合わせ、確かに頷いた。

 

「そっか、ならよかった」

 

 そんな吾輩の誠意に納得してくれたのだろう。

 タマモの顔からは不安の色が消え、いつもの凛々しい笑みが戻る。

 

「ねえ、クロちゃん。あーし、気分がいいからさ、ちょっとだけ走りたいんだけど、大丈夫?」

 

 そういえば、来るときは吾輩に気を使って駆け足程度の速度だったなと思い出す。

 それでもあの道のりを10時間で駆け抜けたのは脅威的だったが、タマモとしてはストレスが溜まるものだったのだろう。

 

 ちゃんと走ればもっと早くについたのにも関わらず、実際に付いたのは夜。

 本人はあまり気にしていなかったが、ノーザンヒルの門が閉じてからであり、あの時は野宿をさせてしまった。

 

 あれには正直、吾輩にも人間的な常識として思う所がある。

 

 勿論、山奥の寒村であるブレトンは人里であることを示す柵はあれど、城門があるわけではない。

 

 村に戻ることができれば、先日のように城壁に寄りかかって朝を待つ必要などはないのだろうが……それでも、如何に強かろうと少女一人。

 

 タマモが深夜、誰も起きていない夜更けに戻るというのは避けたい所だ。

 故に、吾輩はタマモの提案に源影の両手を胸の前に盛ってきたうえで力強く頷く。

 

「そっか。じゃあ、走るね。気分が悪くなったら直ぐに紐を引っ張って。ルシアンみたいになられても困るから」

 

 それを見たタマモはちょいちょいと肩紐を触り、吾輩が振り落とされないようにするためかポシェットの位置をお腹の前あたりへと動かしてから微笑む。

 

 そうやって心配して貰えるのは有難いが、同時にルシアンに対する信頼からくるある種の雑さに笑ってしまう。

 

 まあ、本である吾輩には三半規管なんてものは存在しない。

 

 散々本体がタマモのポシェットの中、懐の中で目ではどうやっても追いつけない高速機動に振り回されてもまったく気分一つ悪くならないのがその証だ。

 

 吾輩のことなど気にせず、走って帰れるなら走って帰るべきだろう。

 

 そんな風に吾輩が思っていると、ドンッという爆発音にも似た音が鳴り、吾輩の認識している周囲の様子が一瞬で移り変わっていく。

 

 タマモが最初の一歩で爆発的な加速をして、走り出したのだ。

 二歩目、三歩目は聴こえない。

 

 単純に初速を付ける時の踏み込み以外ではそこまで力を入れていないのか、あるいは音速を越えているのか。……いや、戦闘時に行っているような瞬間移動染みた機動を行っている時ならばともかく、これは恐らく前者だ。

 

 この世界にやってくる前、新幹線に乗った時、窓の外を流れていく景色がこれくらいだった。だから、間違いなく音速は越えていない、吾輩の見立てが正しければ時速200kmから300kmぐらいである。

 

 そりゃあブレトンに急患が出たからとこの速度で医者を抱えて走れば、お医者さんのお医者さんが必要になるというもの。

 

 タマモが最初にノーザンヒルにやってきた道のり、そしてルシアンと共に歩んだ道のりでどれだけ加減していたのかがよく分かる。

 

 だから、吾輩は何となく気分が良かった。

 今、この速度で走るタマモに連れられることができるのは、吾輩だけなのだ。

 

 山道を走るタマモの上、そこには雲一つない、晴れ晴れとした青空が広がっている。

 

 ★

 

 それから約1時間。

 タマモはブレトンへと辿り着いていた。

 

 行きは朝に出て、ギリギリ閉門に間に合わなかったこと。

 約10時間もかけていたことを考えると、これは驚異的な速さだ。

 

「あれ、タマモねえ……だよね?」

「そだよ? なに、その変な顔」

「昨日、ノーザンヒルが大変なことになってるって、パールさまから聞いたから……」

 

 そのためだろうか、ブレトンに戻って来ての第一村人。

 

 久しぶりに見たブレトンの子供……モミジが不思議そうな顔をしてタマモを見ている。なんでタマモがこの場所にいるのか分からない。

 

 帰ってこれるわけがないといったような、そして、なんで尻尾が増えているのか?といった口振りである。

 

「あー。それはもう解決したから大丈夫。それより、婆ちゃんは?」

「ええと、パールさまは……」

 

 もっとも、そんなモミジの疑問にタマモは応えない。

 

 多分、この後も同じことを何度も聞かれる事になるから面倒くさいなぁ。

 説明の回数を少なくするため、後で人が増えてから話そうと言わんばかりの口ぶりだ。

 

 そんなタマモの意図を言外に悟ったのだろう。ブレトンの子供組の中では年長者でもあるモミジは疑問をその胸の内に収め、振り返って村を見回す。

 

「私はここにいるよ」

「うえっ!? なんでそっちから!?」

 

 しかし、パールは村の中からではなく、村の外。

 今、タマモが通ってきた道からヌッっと現れた。

 

 完全に背後を取られたタマモの耳と尻尾が逆立っている。

 ……これまでに一度も見たことがない反応だ。

 

 こんなにもあっさりとタマモからそれを引き出すとは、流石はオリハルコン級、熟達した冒険者の面目躍如といったところだろうか。

 

「何、ダイヤからタマモが街を発ったと連絡が来てたからね。いつ帰ってくるのかと思って探知をしてみたら魔力が何倍にもなってたから、村に入る前に一度話を聞く必要があると思ったのさ」

「あー……。でも、聞かれても分かんないよ? クロちゃんが何かしたら、こうなった感じだからさ」

「へぇ……」

 

 タマモは3本に増えた自分の尾を指さす。それに対するパールの反応はとても冷淡で、冷ややかな視線をタマモに……いや、吾輩に向けている。

 

 思わず、無いはずの背筋が、身体が、ブルっと震えた。

 

 殺(・)さ(・)れ(・)る(・)。

 

 そんな恐怖心が思わず、吾輩の身体を支配する。

 ある種の酔(・)い(・)、これまでのタマモやルシアンと共にスタンピードを乗り越えた事によって得られていた、ふわふわとした高揚感が一瞬にして覚めた。

 

 何故とは思わない。

 吾輩は自分自身が怪しい存在であることは理解している。

 

 タマモやルシアンとはそれなりの信頼関係を築くことができたと自負しているが、パールとはそれがない。

 

 サイクロプスとの戦いで好印象を得ることはできたが、自分の孫娘が吾輩の行動によって異常な状態に陥ったとあれば、道鬼と同じ末路を辿りかねなかったとあれば、それは殺意を向けられても仕方がないことだ。

 

 オリハルコン級の冒険者として、様々な魔物を倒した宝石箱の一員である老婆からすれば、吾輩が実害を与えた瞬間。有無を言わさず、それ以上の事態を引き起こす前に討伐するという選択肢はあって当然なのだ。

 

「大丈夫だって。問題無いよ。」

「ふうん? どうしてそういえるんだい?」

 

 だが、タマモは懐にいる吾輩に対するそんな明確な殺意。

 

 それをほぼ直接的に受け取っているはずなのに、手を腰元の剣に沿え、いつでも抜けるように体勢を整えながら平然とした様子で答える。

 

「この子はクロちゃんだからね。ノーザンヒルではあーしと一緒に戦って、冒険をした戦友なんだ。」

「だからといって、安全だとは限らないよ。その膨れ上がった魔力がその証拠さ」

「それを言われると痛いんだけどさ、あの時は色々あったからね。こうなったのはクロちゃんにとっても予想外だったらしいし、種族差って奴だよ」

 

 狐耳の少女と老婆、二人の視線が交差する。

 

 アニメや漫画であれば、バチバチと火花が散っていそうな、今にも戦いが始まりそうな構図だ。

 

「その黒いのを警戒していたのはあんたもだと思ったんだけどねえ……」

「実際そうだったよ。滅茶苦茶警戒してた」

「だったら……」

「あーしは恩知らずにはなれない。いくらよく分からない生き物相手でも、危険だからはいそうですかなんて、もう、いえない」

 

 カチッという音がした。

 

 タマモが剣に添えていた手を動かし、握って、指で鍔を弾いたのだ。

 それは明確な宣戦布告、自らの祖母にそっちがその気なら、こっちも受けて立つと唾を吐きかけるか如き行い。

 

 やれやれだ。

 

 そんなまさしく一触即発。

 

 次の瞬間には戦場になりかねない空気が流れる中、吾輩は恐怖心に苛まれながらも、見た目だけは落ち着いて源影を動かす。

 

 まずはタマモが握る剣の柄をポシェットから身を乗り出すようにして抑える。

 

 上から落とされた視線に困惑が見える。

 なんでお前が制するのかと言わんばかりなその様子に吾輩は首を振る。

 

 吾輩を守ろうとしてくれるのは嬉しいが、そうやって自分の祖母に喧嘩腰の対応を行うのは良くない。

 

 疑われているのは吾輩なのだから、吾輩はタマモとルシアンから仲間だと認められた。

 それと同じように、吾輩がこの村で過ごすのであればパールからも認められる必要があるというただそれだけの話。

 

 だから、吾輩は指をさした。

 

 今此処で揉めるのは不味いだろうと、剣呑な雰囲気に飲まれ、逃げ出すことができないまま涙を堪えているモミジという子供をだ。

 

「……こりゃ、一本取られたね。」

 

 そんな吾輩の姿を見たパールが息を吐く。

 数秒してから、周囲から殺意が霧散する。

 毒気が抜かれたと言ってもよいだろう。

 

「だから言ったじゃん。この子はクロちゃんなんだよ」

「ならばタマモ、あんたはこの子の行動に責任が持てるのかい?」

「持てるよ。婆ちゃんは知らないだろうけど、クロちゃんは良い性格をしているんだ。面倒は起こすだろうけど、責任を取らないといけないようなことはしない」

「そうかい。じゃあ、私はこれ以上の事は何も言わないよ」

 

 そういうと、パールは消え去った。

 転移でもしたのか、文字通りに音もなく、跡形一つ残さず。

 

 今の数分、緊張の時間が嘘だったかの様に。

 

「あー、怖かった。まったく、婆ちゃんは心配性なんだから」

 

 そんなパールの様子にタマモも息を吐くが、この場で一番怖かったのは吾輩である。単純に殺気を向けられたことより、タマモがこんな怪しい存在である吾輩のため、親族に剣を向けることを覚悟していたのが本当に怖かったのだ。

 

「も、もう、大丈夫?」

「大丈夫だよ。モミジ、ごめんね。」

 

 吾輩はこの世界にやってきて、剣を振るうタマモに救われた。

 ブレトンで暮らす人々の営みを見て救われた。

 

 彼らの日常によって人外への転生という異常事態を乗り越えることができたのだ。

 

「クロちゃんは大丈夫なの? パールさまに倒されちゃったりしない?」

「大丈夫。婆ちゃんは頑固な所もあるけど、あれは多分クロちゃんを気に入った反応だからさ」

「本当に?」

「クロちゃんを倒す気があるなら、婆ちゃんはあそこであーし相手でも切りかかる性格だからね。引いたってことはそういう事だよ」

 

 物騒な会話だなぁ。

 現代日本とは価値観が違うなぁと、改めて思わされる。

 

 ただ、そんな物騒な会話もまたこの世界の日常の一つだ。

 吾輩という異物がこんな日常を壊してはならないと、改めて思わされる。

 

 そう、吾輩は決して文明を滅ぼすような神話の怪物でも、この世界の平和を乱すために生み出されたものでもない。

 

 タマモやルシアンと共に戦った仲間であり、ブレトンに住む子供たちの人気者にして、誰もその真実を知らない、自分でも自分のことが分からない謎の無生物だ。

 

 しかし、強いて言うのであれば、自分自身が何者なのかを現代日本からの転生者として定義するとすれば……。

 

 

 吾輩は本である。名前はクロちゃんという。

 

 




・あとがき

これにて本作、「吾輩は本である。」は完結となります。
ここまでお付き合いただいた読者の皆様、誠にありがとうございました。

本話を持ちまして「吾輩」が転生先で様々な人々と出会い、自分が何者であるかを確立するまでの物語はここまでとなり、一旦は本作の連載状態も「完結」という扱いとなりますが……。

この物語の続きとなる第二部「吾輩は本である。 ~コミュニケーション縛りの推し活冒険記~」は「実は既に完結まで殆どの執筆作業が終了していて残すのは推敲作業だけ」となっているため、12月1日からの連載再開&完結までの毎日投稿を予定しています(現時点で66話約33万字、間に合いそうになかったら再開が遅れることになります。許してください。)

一応はこの第二部の投稿が終わってからも話を続けられるように設定を考えてあるので、これまでに投稿した第一部及び、第二部の方が好評であれば、第三部以降の執筆も行おうと思っているのですが……。

そこの所は本作が書き溜めスタイルな事もあって現時点ではどうするのかはまだ未定となっておりますので、「吾輩」の物語が面白いと思った方、続きの物語が読みたいと思ってくれた人は、是非ともページ下部から【お気に入り登録】で連載再開に素早く気が付けるようにして、【評価】や【感想のコメント】などを残していって貰えると、僕が執筆を行う上での励みとなりますので、是非ともよろしくお願い致します。
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