吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
「ねえ、タマモねえはクロちゃんのこと知ってる?」
「クロちゃん?」
「うん。これくらいのちっちゃくて真っ黒いお人形さんのことなんだけど……。」
ある冬の日、あーしが暮らすブレトンの村が白く染まり始めた頃。
いつものように剣を振っていると、あーしよりも五つ下の女の子。
最近成長期に入り、ぐんぐんと身長を伸ばし始めたモミジちゃんにあーしは疑問を投げかけられた。
ピクッと、あーしの耳……触覚としては機能していない方。
外付けされた魔力器官であるはずの狐耳が動いたのが分かった。
ちっちゃくて黒い、真っ黒いお人形。
率直に言って、心当たりが無さ過ぎた。
思わず全身に魔力を巡らせ、警戒態勢に入ってしまったことを自覚する。
「黒いの……? え、魔物?」
「分かんない。私もこの間初めて見て……。」
「ちょっと詳しく教えて貰える?」
一体この村に何が起こっているのかとモミジから事情を聞き出すと、その黒いのはモミジよりも小さな子供たち……幼児組が遊んでいると、時折いつのまにか近くに現れるとのこと。
別に何かをするわけではないのだが、転んで泣きそうな子供が現れるとあやしたり、危ない事をする子がいると気を引いてそれを止めたり、なにかやけに記憶に残る動きをして注目を集めたり。
なんというか、保護者みたいなことをしている謎の存在で、最近年少組が変なポーズをしているのもそのクロちゃんとやらが原因らしい。
「え……えぇ?なにそれ。意味わかんなさ過ぎて普通に怖い……」
「私もそう思って、パパとママに聞いたんだけど、大人は誰も見たことないらしくて……」
「遊んだらダメと言われたり、怒られたりしなかったの?」
「勿論、言われたよ。ただ、多分、信じて貰えてなくて……」
うーん……と、考える。
まあ、確かにこの話はちょっとあーしも信じきれないというか、年少組の悪戯か何かかと思う部分があるのが本音だ。
彼らはきゃいきゃいと走り回って、魔物が出たぞと嘘をつき、慌てる大人を揶揄うといったことは当然のように行うやんちゃ盛り。
自分たちがやっている遊びが本当にやってはならないことだと理解するのはモミジぐらいになってから。
まだ生まれてから10年も経っていない幼児というのは大人を慌てさせることを数少ない娯楽として、あの手この手で悪意なくやってはならないことをやってしまうものなのだ。
故に、彼らの親からすると、この手の危険性が無さそうな嘘であれば「いつものこと」「流行り病のようなもの」と流してしまうのも分かるのだが……。
自分たちがやっているのは本当はイケナイことなのではと気が付いたモミジからの相談というのは、ただ事ではないように思える。
「一応、よくわかんないのと遊んじゃ駄目って皆にも伝えたんだけど、そしたら、クロちゃんの方がしゅんとして、ちょっと遠くから見てるだけになっちゃって……」
「ええ……?」
「そうしたら、わたしはダメだって言ったんだけど、皆が遠くから見てるだけのクロちゃんを放っておくのは可哀想だって……」
本当に意味わかんない。
クロちゃんとやらの危険性は別として、よくわかんないから遊んじゃ駄目と言われた時、よくわかんない側が事情を理解した行動をするとか、なんなんだよソレ。
絶対間違ってないのに、警戒してるあーしやモミジのほうが悪い気がしてくるじゃんと考える。
「だからね。パパやママは見たことが無くても、タマモねえなら見たことがあるんじゃないかなって思ったの」
なるほどと。
あーしは今年で14歳。
モミジから見て年上のお姉ちゃんではあるとはいえ、成人の儀を来年に控えた子供仲間でまだ大人ではないという絶妙な年齢だ。
クロちゃんとやらが大人の前に出てこなくとも、あーしの前になら出てくるのではないかと思ったのも納得である。
「ごめんね。モミジ。あーしは見たことないし、そのクロちゃんのことは今日初めて知ったんだ」
「ううう……どうしよう……」
謝る私の前で、ぽろぽろとモミジは涙を流す。
明確に善悪の判断が付き始め、魔物が村を襲うことの危険を理解し始めた彼女にとって、大人が知らない危険があるかもしれないという恐怖はどれほどのものか。
自分が嘘をついていると思われたせいで、大変なことになるかもしれないと考えた時に何を思うのか。
「へーきへーき。大丈夫よ、モミジ。次にそのクロちゃんとやらが現れたらあーしに教えなさい!」
「タマモねえ……!」
故に、まだその手の辛い記憶が比較的新しく残るあーしは胸を張る。
涙を流して訴えるモミジを安心させるように、心配させないように、トントンと剣の腹を指で叩く。
「悪い魔物ならこの剣で退治してあげるし、退治できなくても、モミジが嘘を言っていないことはあーしが説明してあげる!」
「う……うん!ありがとう!!」
「よしよし。じゃあ、モミジも皆と遊んでおいで。今日からモミジのお仕事はそのクロちゃんを見つけてあーしに報告することだ!」
でも、実際どうなんだろうね。
本当にモミジが説明した通りに何も悪いことをしていないなら、流石に剣で切るのは寝覚めが悪い。
年少組から批難されると心に来るし、危険な魔物でないと良いんだけど……。
★
「あれが、クロちゃん?」
「うん!あれがクロちゃんだよ!」
それから数日。
モミジからの報告を受け、あーしが初めて見た「クロちゃん」は話に聞いていた通り小さくて真っ黒なお人形さんという姿だった。
真っ黒な人形というととても不気味な存在で、見るからに悪い物に思えそうだが、パっとみただけでは確かにまったく危険そうには思えない。
これではモミジ以外のがチビっこ組が怯えないのも無理はない。
あのお人形さんは遊んじゃダメと言われて自分から離れて寂しそうにしていれば、どうやっても可哀想だと思ってしまうだろう。
なんというか、ものすごく人っぽいのだ。
魔物というのは文字通りに魔の物であり、人間とのコミュニケーションなど一部の例外を除いてほぼ望めない。
獣のように家畜化されたり、ペットとして飼育されるのはとんでもないレアケースである。
そういった事情もあって、魔物とは人間とは相容れない存在であることが一目で分かることが多いのだが、クロちゃんはなんというか、完全に常識外れというか……。
モミジに連れられてやってきたあーしを見て軽く頭を下げ、気まずそうに視線?を逸らす姿は完全に人のそれ、魔物がやるような行動ではなかった。
ちびっこたちと一緒に空き地を走り、転んだ子がいればそれを起こしてあやしに行く姿はもはやただの保護者である。
「パール婆ちゃんに報告してくる」
「退治しないの?」
「流石にアレをいきなり退治するのはあーしもちょっと……」
しかし、魔物がやるような行動ではないというだけで安全だと決めつけることはできない。
本来いるはずのない何物かが村の中に入り込んでいるという事態は到底看過できるものではなかった。
なにせ、この村にはかつてオリハルコンクラスの冒険者としてならしたあーしの祖母、パール婆ちゃんが張った結界があるのだ。
この結界は強力な魔物であれば強引に乗り越えることもできるが、弱い魔物はそもそも寄せ付けない強力な魔術式が組まれている。
即ち、そんな結界を乗り越えている時点であの「クロちゃん」とやらは「弱い魔物」ではないことが証明されている。
結界に穴が出来ていないか、あるいは結界を乗り越えられる魔物であれば、討伐するべきではないかと思ったのだが……。
流石に、ねえ。
アレを問答無用で退治したのであれば、悪者になるのは完全にあーしである。
仕方がないので、この手の話に詳しい大人。
結界の術者であり、かつては都会に出て歴戦の冒険者として名を上げたこともある婆ちゃんに判断を伺いに行ったのだが……。
「ああ。チビたちが言ってる黒い奴のことかい。ほっときな。」
「いいの?」
「良いも悪いもどうしようもないんだよ。大人の前には姿を見せず、チビたちの前に現れて遊ぶだけ。そんなのは警戒だけはしておくようにとしか言えないよ」
頼れる大人であるはずのパール婆ちゃんの返答はなんとも頼りないものだった。
どうしようもない――、確かに、言われてみればその通りだ。
討伐を行おうと考えても、そもそも大人の前に出てこないのであれば、対処のしようもない。
結界の精度を上げる、出力を上げることだって、パール婆ちゃん以上の術者がいないこの村では不可能。
仮に追い出したとしても、もう一度結界を乗り越えてこない保証など存在しない。
それどころか、今の友好的というか、子供たちと遊んでいるだけの存在を追い出そうとした結果、それに怒って……なんて事態だって考えられるのだ。
「しかし……タマモの前には現れるのかい。びっくりだよ」
「黒いの的にはあーしは子供ってことなんだろうね。なんかむかつくけど」
「そういわれてムカつくのは子供の証拠。正しい判断をされたってことじゃないか」
むむむと、思わずちょっと顔を歪めてしまう。
確かに、まだ成人の儀を行っていないあーしはまだ子供である。
だが、それでもモミジを始めとしたチビっこ集団と同じような扱いをされるのはちょっと微妙な気分である。
あーしの成人の儀がまだであることを知り様がないクロちゃんとやらからそう思われたと考えると、余計にだ。
「とりあえずは、伝説の精霊様とかを相手にするように、気を損ねないようにするしかないだろうね
「気を損ねないようにって……」
「一緒に遊んだり、お供え物をしたりとかでいいんじゃないかい?」
だが、ソレを主張するのは子供の証拠だと言われれば返す言葉もない以上。
あーしはパール婆ちゃんからの何とも役には立たない、しかし、それで今できる事としては最善であろうアドバイスを受け取る事しかできなかった。