吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
それからしばらくして。
冬がより深くなり、このブレトンの村が完全に外界から孤立した頃。
謎の黒いお人形……クロちゃんは完全にこの村の年少組の間で馴染んでいた。
扱いとしては、野良犬や野良猫のようなものかもしれない。
知らぬ間に流れてきていても人間に迷惑をかけることがないならそのまま、なんとなく村の一員として扱われる。
積極的に面倒を見るわけでも、追い出すわけでもないが、何か機会があれば残り物を上げたり、撫でてあげるぐらいはする良き隣人ぐらいの程よい距離感。
今も変わらず大人の前に姿を現すことはないようだが、存在そのものは既に村民の多くが知っていて、そういうものだと認識するに至っていた。
「よっ。クロちゃん。お饅頭いる?」
『え、あ。食べられないのでいいです。吾輩、本なので』
だから、あーしもどちらかといえばそんな感じでクロちゃんには割と軽いノリで接する様にしていた。
伝説に語られる精霊様にお供え物を捧げるというよりは友達感覚での付き合いといえばいいだろうか。
部屋から持ち出してきた食べ物を一緒に頂こうというという程度の緩いノリ。
一緒にご飯でも食べて仲良くなろうと定期的に誘っているのだが……。
この黒いお人形さんは
もっとも、これは食べ物に限った話ではない。
小銭や、ちょっと綺麗な石ころなど、あーしに用意できる範囲のもので、このクロちゃんが受け取ってくれるものは何もなかった。
婆ちゃんはお供え物でもするといいんじゃないかって言ってたけど、この子、基本的に何も欲しがらないんだよね……。
チビっこたちが草で作った冠だったり、雪を固めただけの団子ぐらいなら受け取り、それを使って遊んだりはしているのだが……。
それによって証明されるのはある種の物的欲求の無さだけである。
どうやら遊び好きではあるようで、年少組と良く遊んではいるがそれ以上は何も求めず、人間に敵対する気もないよくわからない生き物。
率直に言って、言葉が通じているだけに質が悪いというのが本音である。
村にいる怪しい存在として警戒しなくてはならないのに、こんな様子を見せられては警戒も何もない。
その癖大人の前にはあまり姿を現さず、子供の傍にいるというのもまた一つの悩みの種となっている。
この生き物はそういうもの、警戒するものではないと思わせた所で子供たちをガブり。
そのまま行方をくらませるなんて可能性が捨てきれない以上、気軽に目を離すことなどできるわけもない。
「じゃあ。あーしは素振りをするから、近づかないでね」
『なら、吾輩も日課の魔法検証をやるかな』
幸いなのは、あーしが剣を振っていると何が楽しいのか、クロちゃんは傍でじーっとして、何もしゃべる事は無く、ただ何かを考える様子を見せてくれる事だ。
その間は元気なチビっこたちが遊びに誘ってもそれを断って近くにいてくれるので、知らぬ間にチビっこの数が減っているなんてことも起こらない。
風に吹かれながら、平穏な時間が過ぎるばかりである。
ある意味、これがお供え物になっているのかな。
ノーザンヒルじゃ、四季のお祭りで豊穣の精霊様に向けて奉納の舞とかもやってたりするし。
日々の日課を熟しながら時折、村一番の健脚を生かして買い出しにいく隣街のことを思い出す。
各地から集められた収穫物を生かし、季節に合わせた出し物を行うという、辺境中の辺境であるこの村、ブレトンでは決してみられない光景。
正直、決まった時期、決まった時にお祭りをやるというのはとても窮屈に思えるのだがそれはそれ。
今のあーしにとって重要なのは、豊穣の精霊様への捧げものとして、奉納の舞が行われることがあるという事実だ。
「よし。じゃあ、ちょっとやってみましょうか!」
考える姿を見せるクロちゃんに、今から何か別の事をやるよと知らせるため、わざわざ声に出し、手を叩いて剣の持ち方を変えて構える。
両手持ちから片手持ちへ、盾を扱わないあーしに取っては少々馴染みのない負荷が左手にかかるが、決して剣を振るう上での障害になるようなものではない。
元より、魔物との戦いでは常に行儀よく両手で剣を振るえるとは限らないのだ。
山奥で生まれ育った身として、咄嗟の時に剣を片手で振り回すことぐらいは常日頃から心がけている。
少々とはいえ馴染みのない重みだと感じるのは、あくまで、「片手で構える」という機会が少ないからに過ぎない。
構え自体は両手で行うのが常であり、本来は両手で持つべき剣を片手で構えるなど、奉納の舞のような見栄えを優先するべき時。
上位者に敬意を示す必要のある場面に限られる。
そういった意味で、この瞬間は片手で剣を構えるのに相応しいのかもしれないと考えながら……。
「そーれ、いち、に、さん。いち、に、さん。」
最低限のリズム、三拍子を口に出しながら、それに合わせて剣を振るう。
普段の振ることだけを目的とした訓練のためではない。
他人に見せることを意識した即興劇。
あえてビュンという風を切った音が鳴るように剣筋を変えながら、体全体を派手に動かす。
「いち、に、さん。いち、に、さん。」
トン、トン、ザッと足を動かし、踏み込みの音と剣が風を切る音でリズムを取る事数十度。
慣れない動き、今までしたことが無い動きをしたせいか、早くも体に僅かな疲れが溜まり、はたと気が付く。
―― あーし、なにやってるんだ。
当たり前だが、あーしは剣舞などというものを練習したことはない。
ノーザンヒルのお祭りでは精霊への感謝を示すため、奉納の舞を行うことがあるなと思い出しただけなのだ。
この謎の黒いお人形さんへのご機嫌取りになるのではないかと、本当に少し思い立っただけ。
よくよく考えてみれば、奉納の舞というのは笛や太鼓、歌声と共に行うもの。
そういった要素もなしに、「いち、に、さん。」などと口に出しながら剣を振るって何になるのだと、冷静になってしまったのだ。
「やめやめ!慣れないことをするもんじゃない!」
冷静になると、もうだめだ。
急に冷めてしまったあーしは剣を大地へと突き刺しながら言い訳を口に出す。
その言い訳は剣舞を突然始めたあーし自身への恥ずかしさを隠すのが半分。
習ってもいない。練習してもいないものを見せてしまったことへの恥ずかしさを隠すのが半分。
つまり――、100%の羞恥。
もし、詩の一つでも謡えたなら、もう少しは剣舞もカッコが付いたのかなと思った所で、視界の片隅に映るのは黒い影。
やばい。あんなものを見せちゃって、機嫌を損なったらりしたらどうしようと思いながら、絶望的な気分であーしがその影に視線を合わせると……。
(凄いもんを見た。剣舞ってあんなに綺麗なんだ……)
「あ――」
パチパチと、音が出ていればそういう音がなっていたと言わんばかりに。
嬉しそうに手を叩く黒いお人形さんの姿がそこにはあった。
★
そんな風に、あーしの下手くそな剣舞を褒められたからだろうか。
あーしとクロちゃんの距離というのは急速に縮まっていた。
何が楽しくてあーしが剣を振るのを見ているのかと思ったら、どうやらクロちゃんにとってはそれが本当に楽しかったようで。
下手くそな剣舞だけではなく、ちょっとカッコつけた振り方をしてあげると、それだけでとても喜んでくれたのだ。
それだけ喜んでいる人がいると不思議なもので、普段は婆ちゃん以外に見るもののいなかったあーしの日課はいつのまにかとても賑やかなものになっていた。
チビっこたちからが「わいわい、きゃーきゃー」と騒ぎながらあーしの隣で木の枝をもって剣を振る練習を始めたのだ。
婆ちゃんは「こんなに小さな頃から剣を振るのはよくないのだがねえ……」と渋い顔をしていたが、まあ、実際の剣を振るうわけでもない。
重さに体が振り回されて変な癖が付くことはないのであれば、あーしとしては大歓迎である。
「タマモねえすごい!」
「振るのが早すぎて全然見えない!!」
別に褒められるために剣を振っているわけではないが、チビっこたちからの羨望の声を受けるとなんというか……凄く、嬉しくなる。
大人たちから「流石はタマモ!よくやってくれた!」「今回の魔物は大物だったな!」なんて褒められるのとはまた違う高揚感。
純粋な賞賛の声というのはあーしのモチベーションを効率よく高めてくれるのだ。
もっと綺麗に、もっと早く、もっと鋭く。
一振り一振りに意味を持たせるなんてことはしないけど、チビっこたちが歓声を上げてくれる程度にはカッコよく。
たまには婆ちゃん引率の元、村外れにある大木や大岩を切ってみたりする。
そう言った事をすると、あの黒いお人形さんは無邪気に音が出ないのにも関わらず手を叩き、時には踊ったりする。
人間とは完全に別種の生き物だからか、その動きはちょっとだけ、いや、かなりぎこちなく。
最初の内はなんというか……すごく、カクカクとしていたりもしたけれど。
気が付いたころにはチビっこたちと同じように自然な動きになっていたりもした。
これから先、何度も日が昇り、季節が廻ればクロちゃんを警戒することがなくなるのかなと。
面と向かって実はずっと警戒していたんだよと告げて、思わず肩を落とす人形の姿を見ることができるのかもしれない。
そんな風なことを、あーしは思いながら日々を過ごし……あの日を迎えたのだ。