吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
「
それは雪解けからしばらくして、この集落(ブレトンというらしい)が春を迎えてからしばらくたった、ある日の昼前のことだった。
猟に出ていた男たちが大声を上げながら危機を知らせ、カンカンカンと緊急事態を示す周囲に鐘の音が響き、人々が慌てたようにそれぞれの家へと戻っていく。
それまでも魔物が襲撃してくること自体はあった。
吾輩が確認したことがあるのは
こんなものが日本に出てきたら猟師や警察による対応は難しく、自衛隊を呼ぶしかないのではないかと思う超生物が、群れを成して襲ってくるのである。
しかし、それに対する集落の人々も負けていない。
狐耳の少女剣士……タマモがひとたび剣を振るえば大人程の体高を持つスノウウルフの首が飛び、パールと呼ばれていた老婆が杖を振るえばビッグボアの巨体が一瞬で焼き豚と化す。
更にはこの二人に限らずとも、集落の男衆もバッサバッサと魔物を切り伏せてゆくその姿は人間という種族の枠組み、限界値を完全に超えている。
文字通りに世界観が違った。
彼らは見た目が同じでも実際には遺伝子の構造などが地球人とは異なる別種族であり、完全に別の生き物であること。それを否が応でも突きつけられたのだ。
故に、そんな地球人ではありえない身体能力を誇るブレトンの人々が鐘を鳴らして村の危機を伝える事態に吾輩はサイクロプスとはそんなにも強いのかと驚愕する。
サイクロプス、それはファンタジーRPGでは比較的ポピュラーな魔物である。
物理攻撃が得意な一つ目の巨人、一つ目という身体的特徴故か距離感を図るのが苦手で攻撃の命中は低いが、当たった時のその威力は破格。
適正レベルでは一撃で戦闘不能に陥るか、あるいはその寸前に追い込まれるほどの火力に設定されているタフな奴というのが主なイメージだろうか。
なるほど確かに、現代日本に現れたのであれば間違いなく自衛隊案件であり、人間に出来る事と言えば家に隠れ潜んでその猛威が過ぎるのを祈る事だけだろう。
だが、ビッグボアやスノウウルフを楽々と討伐できる超人たちが逃げの一手を選ぶほどの大敵というイメージがあるかと言えば、それは違うと言わざるを得ない。
特に体高2mを越えるビッグボアは四足であることを考えると、ほぼほぼバスやトラックの大きさにも等しい怪物である。
こんな化け物を相手にするのと、一つ目の巨人を相手にするのではどう違うのかと吾輩は考えたのだ。
しかし、何かの皮をマントと腰蓑のようにして、ズシン、ズシンと地響きを慣らしながら進むサイクロプスの姿を見て、吾輩はその考えが大きな誤りであることを理解させられる。
デカい。
その様子は三階か四階建てのビルが動いているかの如く。
二足歩行の生命体であることを考えると、質量そのものは吾輩が考えたようにビッグボアと大差ないかもしれない。
しかし、四足ではなく二足であるという点を考慮すると、「急所への攻撃しやすさ」という意味で大きな違いがあることは明らかだった。
ビッグボアを相手に対面したとしても、最低限、剣を振るえば目玉や鼻に攻撃することができる。
一方、サイクロプスに対面して剣を振るえばどうなるだろうか?
そう、どんなに頑張っても太ももを切るのが精いっぱいなのだ。
内臓や顔といった急所を狙うことはどう足掻いてもできない。
足の腱を狙うことはできるだろうが、それにしたって戦闘中に大きく動いている中で狙うのは並大抵のことではないというか、不可能であろう。
そして、その上でもっとも絶望的なのが、サイクロプスが「武装」しているという点だ。
「撃て!撃てええええ!!」
「目を狙え!!」
老人や女子供が隠れる建物から引き離すように、男たちは大弓を引いてサイクロプスを狙う。
サイクロプスの大きさを考えると放たれる矢は爪楊枝のようなものであり、当たっても有効打になるようには思えない。
しかし、サイクロプスにそういった「当たっても大丈夫だろう」というような油断はなく、放たれた矢に向けて手に握った棍棒――いや、葉が付いたままの大木を振るう。
それによって当然のように放たれた矢は風圧によって勢いを失い、枝葉に絡めとられてしまう。
「くそっ!これだから人型は厄介なんだ!」
「走れ!村から引き離すぞ!!」
それでも、この世界の人々は屈さない。
こうして魔物から襲われるのは日常の話であり、襲ってくる魔物の強弱や多寡以外に違いはないからだ。
適切な距離を取り、囲んで、叩く。
サイクロプスがどのような動きをとっても「鬱陶しい」と思える位置取りを堅持することで、相手が攻撃を行いにくい状態を維持する。
まともに喰らえば一撃で潰されるほどの体格差があるからこそ、人々は慎重に、しかし、大胆な動きを行うという矛盾した戦線を構築していた。
だが、そんな戦線が長く続くわけもない。
サイクロプスの「鬱陶しい」という感情が「面倒くさい」となって自らが傷つくことを恐れずに踏み込んでくるか、あるいは人々がほんの僅かにでもミスをするか。
その瞬間に戦線が瓦解することは誰の目にも明らかで、客観的に見て、この戦いで不利なのは人間側であると言わざるを得なかった。
「ちぃ。皮付きか。しかもありゃ
「ばあちゃん、あーしが一度前に出るから、武器だけはお願い」
「分かってるさ。トチるんじゃないよ」
されど、現状維持は不利であることが誰の目にも明らかならば、人間とてそのまま押し込まれるわけではない。
若い時は「冒険者」として慣らしていた歴戦の戦士である老婆と、その老婆から教えを受けた狐耳の少女が状況の打開に動く。
狐耳の少女はサイクロプスが村の男衆に引き付けられ、進路と狙いを確定させたのを見てから背後に回りこむように動きだし、老婆は魔法陣――吾輩が源影を生み出すものとはまったく異なる図式を展開する。
「炎よ、波となれ!」
ごうっという音を立て、巨大な火炎放射器から放たれたような炎が、雪解け直後ということもあってまだ何も撒かれていない田畑の表面を焼きながらサイクロプスへと迫る。
この集落に潜み始めてから既に何度か見た、ファンタジー世界らしい攻撃魔法である。
この魔法は「炎」という特性上、安易に使うと人々の家や農地を焼いてしまうためか、老婆がビッグボアやスノウウルフとの戦いでこの魔法を使う時は本当にどうしようもない時。
魔物に押し込まれて死傷者が出そうな時に限られていた。
正直な話、だったらなんでこの人はそんな使いにくい魔法を覚えたんだよ。
他の攻撃魔法を使う様子もないし、被害を恐れて魔法を使うのを控えるぐらいなら、最初から別の魔法を覚えればいいじゃないか。
なんて失礼なことを正直考えていたりしたのだが、目の前の光景を見ると、なるほど納得。
サイクロプスそのものには魔法耐性、あるいは炎耐性があるのか大した効果を上げていないようだったが、その手に握っていた大木は焼き焦げ、矢を吹き散らした葉などは見るも無残な状態になっていた。
あれではもはや武器としての使用は望めず、何かを攻撃すれば炭となってあっさりと砕け散ってしまうだろう。
普段使いをするのに厳しいが、人の形をした魔物が「武装」している場合。
特に入手しやすい「木」という獲物を無力化できるという点において、「炎」属性の魔法は圧倒的な優位性があるのだと納得させられた。
「よし!パール婆が得物を燃やしたぞ!」
「これならいける!」
「馬鹿言ってるんじゃないよ!アイツが纏っている皮はわしが見る限り火剣大虎のモノ。あれを燃やすのには骨が折れるし、矢も剣も通らないと思いな!」
火剣大虎……残念ながら吾輩の知らない魔物だが、その名前から想像できるのは「火を吐く大きな虎」と言った所か。
火を吐く虎ならば当然自分が焼かれないような体質になっているだろうし、巨大なサイクロプスのマントや腰蓑として身に付けられているそれがビッグボアすらも凌ぐ巨体から剥ぎ取られたものであるなら、人間サイズの刃物がまともに機能を発揮しないというのも納得である。
それ故に、吾輩は人々がどのような手段を使ってこの難敵に立ち向かうのかを目に焼き付けようとして――。
「ハアアアアアッ!!!」
鮮烈に、鮮血が舞う。
サイクロプスが火剣大虎のマントと腰蓑で守り切れていない部分。
即ち、目にもとまらぬ速さでビルの天井ほどの高さにある頭にまで一度の跳躍で辿り着き、その後頭部に一撃を加えた狐耳の少女剣士を見て、吾輩は改めて、この世界がファンタジーであるのだと思い知らされた。
★
『グオオオオオオッ!!』
後頭部を切り付けられたサイクロプスが叫び声を上げ、血走った目で狐耳の少女剣士を睨みつける。
「うーん。やっぱり空中だと踏ん張れないから入りが甘いというか、頭蓋骨が硬すぎる……」
そういってトン、トンと弾むように素早く距離を取ってこちらに戻ってくる少女の剣は中ほどから折れていた。
「まいったね。タマモの腕でアレかい」
「二度目は無さそうだから思いっきり行ったけど、まずかったかな?」
「いいや。それで正しいよ。見てみな」
スッと2人が視線を動かすのを見て、吾輩の視界(?)もそれを追う。
先ほどまでは火剣大虎とやらの皮をマントと腰蓑のように身に着けていたサイクロプスはマントの方を取り外すと燃え尽きた木の代わりとでもいうように片手に持ち、いつでもそれを振り回せるように中腰で構えている。
「あー、振り回して飛び道具を落とすだけなら、そっちでもいいのか……」
「なんなら、あの皮は燃えない分だけ大木を振り回されるよりも厄介だよ」
「あれをされるとあーしも近づけないからね。どうしよう」
むむむと少女が考え込むと同時に狐耳がへたれる。
確かに、巨体が振り回す布というのはそれだけで脅威だ。
同じ体格同士で戦うのであればそこまででもないだろうが、サイクロプスと人間というような明確な体格差がある場合。
サイクロプスが布を振り回した時に生まれる風だけで行動が阻害されてしまいかねない。
矢や魔法も面積に任せた暴力によって振り落とされてしまうし、下手に接近戦をしようものならあっという間に布に絡めとられ、戦闘不能に陥ってしまうことは容易に想像できる。
「ま、やるしかないんだけどさ」
「やるだけやってみようじゃないか」
だが、やはりこの世界の人々は諦めない。
剣と魔法の世界であるが故か、魔物の脅威が常に隣にあるためなのかは分からない。
元々いた世界での吾輩はそれなりに勉強して、それなりに働いて、目的意識らしい目的意識は持たずに生きてきて……。
この世界に転生してようやく、ちょっとだけ目的意識らしい目的意識……あんな汚い洞窟では終わらない。
洞窟から脱出したいという目標を持つことができたのだ。
脱出した後は……まあ、あっという間に燃え尽き症候群に陥ってしまい、なんとなく、この集落に居つくことになってしまったが……。
「ハアアアアッ!!」
「炎よ!」
その何となくでも居ついて過ごしてみて、吾輩は色々な意味で救われたのだ。
何となしにスマホやパソコンを眺めて日々を過ごすのではなく、一日一日を懸命に生きる人々の姿に救われたのだ。
時代が違うと言えばそれだけの話なのかも知れないが、少なくとも、吾輩が「本」になってから欠けていた目的意識。
この先、どうすれば良いのだろうかという不安を埋めてくれたのはこの集落の人々だった。
何か言葉を交わしたわけではない、何かを助け合ったわけでもない。
せいぜい、源影で子供たちと遊んだり、気味悪がる大人の前で肩を落としてみたり、軽く手を振って「そういうもの」だと認められただけに過ぎない関係。
しかし、それでも、その人間との関係性は「本」に転生する異常自体に陥った吾輩にとって、それは短くとも掛け替えのない時間だったのだ。
では、そんな瞬間を与えてくれた人々が強大な魔物と戦っている最中に「本」だからと見ているだけで良いのだろうか。
否、否である。
身動き一つできない本でしかないから。
小さな源影しか出せないのでは力になれないからではない。
何とかして力になる方法を見つける事、それが今の吾輩にできる唯一の事ではないだろうか。
「キャアアアアッ!」
「タマモ!」
吾輩が思考の海へと潜った短い時間の間に、剣を折られて尚、サイクロプスの前に出て興味を引き、翻弄していた狐耳の少女が剛腕に吹き飛ばされる。
上手く受け身自体はとれたのか外傷らしい外傷はないが、それでも村の中央近くまで吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた衝撃は消えず、動きは止まる。
「タマモねえちゃん!」
「ねえちゃん!!」
思わず、その様子に村に隠れていたはずの子供たちは声を上げ、その声にサイクロプスが反応する。
バキバキと壊れた家屋を踏みしめる音がなり、どこかに火が燃え移ったのかパチパチという音が鳴る。
厄介な大人から狙うか、子供から狙うべきかを考え、先に子供を狙う事を選んだサイクロプスを前にしても、吹き飛ばされた少女は動けなかったが……。
「クロちゃん?」
吾輩は、いや、吾輩の生み出した源影は動いた。
源影の視界から迫りくるサイクロプスの足を見据えながら少女の前に躍り出て、吾輩は源影に対して全力で魔力を流し込む。
やらせは――しない!