吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
「クロちゃん……?」
サイクロプス相手に吹き飛ばされ、そのまま追撃で踏み潰されようとしている時。
この冬の間に見慣れてしまった黒いお人形さんがどこからともなく現れ、その小さな体であーしを守るように手を広げて立ち塞がる。
いや。無理でしょ。
トチったあーしが悪いんだから、クロちゃんは逃げな。
ちょっと頭が揺らされただけで、これくらいなら大丈夫だからと思いつつ、守ろうとしてくれるのはありがとう。
そんな風に、危機的状況であるが故に、混乱した思考を自覚しつつも考えを巡らせていると……。
「う、うそ……?」
「が、があああっ!?」
グン、グン、グンと。
手のひらほどの大きさしかなかったはずの黒いお人形さん、クロちゃんがあーしの前でその大きさを増していく。
瞬く間に大人ほどの大きさになってあーしを踏み潰そうとしていた足を押し留めてもその変化は止まらず、足を持ち上げられる形になったサイクロプスは転倒させられ、あーしと同じようにクロちゃんを見上げる形になる。
その大きさはあーしらの家よりも遥かに大きく、サイクロプスにすら匹敵するほど。
一つ目の巨人に対抗するように、影の巨人が現れた瞬間だった。
「な、なんだアレは!?!」
「どこから現れた!?」
「クロちゃん!?」
「クロちゃんだ!!!」
困惑する村の大人たちと、思わぬ影の巨人の参戦に、思わず遠くから歓声を上げながら飛び出してしまう、まだ幼いこどもたち。
村の大人の中には知らない人もいるけれど、ある日にどこからともなく現れたクロちゃんはこの冬の間、子供たちにとって一番の遊び相手だったのだ。
あーしが殴り飛ばされ、思わず自分たちが声を上げて狙われることになるという大ピンチ。
そんな時に小さな遊び相手が突然大きくなって戦ってくれるとなれば、思わず歓声を上げるのも無理はない事だろう。
片方はズシンと巨大な足音を立てながら、もう片方はその巨体に反して完全な無音で動きながらの殴り合い。
その光景はまさしく英雄譚、人の危機に降り立った神や精霊を思わせるものだ。
でも、できれば離れてくれないかな。
あーしの中の冷静な部分がこの子達がこの場にいると邪魔になると告げている。
今は巨人同士、どっかんどっかんと殴り合っているけれど、あれだけ声援を送っていれば、いつサイクロプスがクロちゃんを無視して子供を狙えばよいと気が付くか分からない。
まあ、そもそもあーしがトチってこっちに吹き飛ばされなければよかった話ではあるんだけどね。
割って入って貰えたことはありがたいし、今の光景は英雄譚のそれではあるけれど、残念ながら、明らかに戦い慣れているサイクロプスと違ってクロちゃんの動きはとても緩慢。
なんというか、喧嘩なんてしたことなんてない普段は大人しい子供みたいな戦い方で、このままなら絶対負けると確信できてしまうとても残念な動きだった。
「グオオオオオオッ!!!!」
「きゃああああああ!!」
そして、巨人同士の激しい殴り合いの末、クロちゃんが当然のように押されて立て直しのために距離が開けたその瞬間。
サイクロプスは視線をクロちゃんから離し、子供たちを見て咆哮する。
あーあ。
思った通り、そりゃそうなるよ。
狙うのは一番弱い相手からというのは、人も魔物も変わらない鉄則。
弱い相手でも倒せばそれだけ有利になるし、弱い相手を守ろうとカバーに入る仲間がいるなら、そいつから狙えばもっと有利になる。
思わぬ援軍の登場で子供たちは気持ちが高ぶっちゃったんだろうけど、それは失敗だったね。
今度からは気を付けて欲しいと思った所で、あーしとサイクロプスの目が合った。
そっか。今一番邪魔なのは、弱く見えるのはあーしだったか。
……舐めんなよ。
あーしが動けないのはお前から殴られて骨が折れたとか、怪我をしたからじゃない。
受け身自体はちゃんと取れているんだ。
ちょっと勢いが殺しきれなくて、頭ぐらぐら、お目目がぐるぐるになってるからだ。
フラつきながら足にぐっと力を込めて、立ち上がる。
巨人対巨人の戦いにこの身一つで飛び込むなんて無茶もいい所なのは分かっているけれど、あーしの最初の攻撃が無駄じゃなかったのは先ほどのトチるまでの攻防、二度目の突貫で確認済み。
誰かが隙を作ってくれるなら、あーしはあの巨人を仕留めることができる。
「クロちゃん!一瞬で良い!隙を作って!!」
だから、あーしは影の巨人に声をかけて走り出す。
長期戦は無理。
あーしが本調子じゃないとか、クロちゃんがサイクロプスに勝てないとかじゃなくて、子供たちを狙われるとそこで終わり。
仮に子供たちを犠牲にサイクロプスを倒せても、その時点で私たちの次がいなくなってこの村は終わる。
だから、決めるなら、一撃。
一瞬で終わらせるしかない。
『す、隙!? 分かった!!』
「オオオオッ!!」
大きくなっても発声機能がないのはそのままなのか答えこそ無かったが、無言でサイクロプスに向き直るクロちゃんを囮として、あーしは転がっている瓦礫を拾いながらサイクロプスの後方へと回り込む。
いくら弱い相手から狙うのが定跡とはいえ、流石に自分と同サイズの敵は無視できないのか、あるいはまだ若干フラついているあーしのことを既に脅威だと思っていないだけなのか。
でも、それなら好都合!
トン、トン、トンと。
足の先で地面を三度叩いて軽く自分の状態を確かめた上で、あーしはこの戦闘が始まって三度、空を舞う。
武器はない。
普段使いの剣は初撃の時点でサイクロプスの頑強な頭蓋骨を断ち切ることができず、根本から折れてしまっている。
今、手に握っているものはそこらに転がっていた瓦礫であり、コレを叩きつけた所で、投げつけた所でサイクロプスの強靭な肉体には痣一つ付けることは叶わない。
――本当に?
ガシっと、あーしの足元で二人の巨人が組み合った。
やるじゃん。
それは組み合いを見ての率直な感想。
クロちゃんは明らかに戦いなれていなかった。
それこそ、正直、あーしは「隙は作れても一瞬だろう」としか思っていなかった。
だから一瞬で良いと声をかけたし、それ以上の隙は期待していなかった。
下手に目玉や足を狙ったとしても、あっさりと捌かれるのがオチだとすらも思っていた。
だが、クロちゃんはあーしの想像を超えた。
このタイミングでサイクロプスと組み合ってくれるなら、サイクロプスはもうそれ以外の行動ができない。
殴り合いの途中で腕を振り回してあーしを叩き落とすだとか、距離を取るだとか、そういった選択肢が制限されるのだ。
「はあああああああっ!!」
だから、あーしはそうして行動の制限されたサイクロプスの後頭部に向けて、全力で握った瓦礫を振り降ろす。
勿論、振り降ろすことそのものは狙いではない。あーしの狙いは強固な頭蓋骨に阻まれ、刺さったままになっている剣の方。
「ギャアアアアアアアッ!!!!!!!!」
咆哮。
頭蓋骨で阻まれていた剣を脳へ押し込むことで、如何に強靭な肉体を持つ魔物であったとしても、絶対に傷つけてはならない部位への攻撃が届く。
勿論、これだけでは強靭な肉体を持つサイクロプスを仕留めるには至らない。
至らないが、脳を傷つけられ、まともに考える事も、平衡感覚を維持することもできなくなってしまえば全てはそこまで。
こうなってしまっては逃げの一手すらも撃つことはできない。
勝敗は、ここに決した。
弱ったサイクロプスはクロちゃんに殴り倒され、馬乗りにされ暴れる事すらもできなくなる。
そうなれば遠巻きに弓で、槍で突いて無力化するだけだ。
弓は流石に……力を貸してくれたクロちゃんに当たってしまう可能性もあってどうかとも思ったけど。
弓を持つ男衆が困惑しているのに気が付くとクロちゃんが構わず撃ってこいとジェスチャーで伝えてきたので、最終的にサイクロプスは針鼠か山嵐のようになっていた。
サイクロプスが完全に動かなくなり、皆の間に安堵の息が漏れ始めると。
あれだけの巨体を誇ったクロちゃんはいつのまにか元のサイズに戻っていて……。
あーしに何かやたらとしっかりと金属のような光沢を持つ何かで装丁された、不思議な手触りの本を渡してきたのだった。