吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
やいのやいのと、人々が
負傷者はそれなりの数が出たが、死者は無し。
耳を澄まして大人の話を聞いてみると、これは「皮付き」のサイクロプスが出没したにしてはファンタジー世界においても奇跡的な被害の少なさらしい。
普通ならどの程度の被害が出るのか、どの程度の脅威度の魔物なのか。
この村の防衛力がどの程度のものなのかというのが分からないので何とも言えないが、少なくともこれまでの魔物の襲撃の後。
死者がでなかったことを理由に宴が開かれるということは一度もなかった。
それを考えると、吾輩はようやくこの村に貢献することができたのかもしれないと、少し……いや、とても嬉しい気分になる。
流石にこれまで関わらないようにしていた大人たちからは今も警戒と疑いの目で見られているが、ちびっ子たちからの人気はうなぎのぼり。
宴の端の方で吾輩はちびっこたちに囲まれ、何かポーズを取るたびにきゃいきゃいと歓声を浴びていた。
「クロちゃん、ふうーーやって!!!」
「ふぉーーー!ふぉー!!」
問題としては、最初に吾輩が広めてしまったポーズが未だに子供たちの間で大人気なことであろうか。
時折新たに広めようとしたポーズが一時的にその人気を上回ることはあるが、やはり平成日本でも一世を風靡したその躍動感は伊達ではない。
現代に比べて娯楽が少ないであろうファンタジー中世、しかもその山奥の集落の子供たちに最初にお披露目するにはあのポーズはあまりにも劇薬過ぎたのだ。
正直、大人たちから警戒と疑いの目で見られているのはちょっとコレなせいもするというか、コレのせいで吾輩が徹頭徹尾不審なナニカになっているのは否めない。
吾輩自身にセクシャルな要素はないとはいえ、コイツはなんなんだ。
子供たちに何を教えているんだと思われてしまうのもやむを得ないことだろう。
「で、婆ちゃん。その本、一体何の本なの?」
「悪いけど、私には読めないから分からないねえ。何かの魔術書ではあるんだろうけど……」
「それは流石にあーしでも分かる」
故に、そんな不審すぎる疑いを晴らすため、吾輩はサイクロプスを完全に仕留めきった後。
吾輩は「
本体を差し出すことで生殺与奪も思うがまま、何でもするので許してくださいとばかりに全面土下座作戦に踏み切ったのだが……。
「知りたいのはクロちゃんは何を伝えたかったのかなんだよねえ」
「聞きたいなら自分で聞けばいいじゃないか。あの黒いのは私たちの言葉を理解してるんだろ?」
「あーしがクロちゃんの言葉が分からないから困ってるんだよ!!」
はい。
完全に意図が通じていません。
言葉が通じず、文字も書けない状態で「吾輩の本体はお渡しした本になります」などということがどうやれば伝えられるだろうか。
そう、伝えられるわけがないのである。むしろ伝えられたら怖い案件だ。
幸いにして、吾輩が「何かを伝えたがっている」という意図そのものは通じているので、タマモやちびっ子たちも色々と質問をしてくれたのだが……。
「この本にクロちゃんは封印されているの?」
別に封印されているわけではないと首を振る。
「この本が原因で何か起こるの?」
多分なにも起こりませんと首を振る。
「もしかして、クロちゃんがここに現れたのって誰かにこの本が狙われていたりするから!?」
洞窟内に放置されてたから、そんなことはないんじゃないかと首を振る。
正直、ただ首を横に振り続ける事しかできないのだ。
首を縦に振れるのはこのブレトンの村に危害を加えるつもりはないということぐらいの有様である。
というか、吾輩の主体は「本」の方なのだが、彼女達からすると、「源影(クロちゃん)」が主体にしか見えないこともあってか絶妙に話が噛み合わない。
こうなっては吾輩というか源影はしおしおになってしゅんと小さくなることしかできないのだが、そうなるとちびっ子たちは分かってあげられなくてごめんねと頭を下げてくるので、吾輩はもっと小さくなるしかない。
吾輩が「本」で本当にすみません。
人外の謎生物が人肌が恋しくなって図々しくも村の一員になろうとして、気を遣わせちゃってごめんなさいとなるのである。
「なら、こういうのは偉い学校の先生にでも調べてもらうしかないね。」
「一度
「私だっていったことないよ。冒険者ギルドへの紹介状なら書いてあげられるから、そっち経由でなんとかおし」
「やりぃ!パール婆ちゃんありがとう!!」
と、吾輩がしおしおになっている間にも、狐耳の少女と老婆の話が進んでいく。
吾輩としてはそこらへんはどうでもいいので、このまま村の書庫にでも置いて貰えればとも思うのだが、まあ、そうはいかないよね。
吾輩が何物なのかについて、この村の良き人たちは詳しく知る必要があるよねと考えながら、分かっているな?と言わんばかりに周囲を睥睨するタマモの顔を見る。
そう、これはアピールなのだ。
現在、この村で吾輩に友好的なのは冬の間一緒に遊んでいたちびっ子たちを除けばサイクロプスとの戦闘で直接的に助けられた上で共闘したタマモだけ。
こっちの魔法使いの老婆もタマモを助けたということで一応好意的中立の立場の様だが、それでも大人世代はこの黒い謎生物はなんなんだという意思自体は隠さない。
それは吾輩に対する誠意でもあり、子供たちに好かれてはいるようだが、チビっこに何かあったら容赦しないぞという意思表示である。
つまり、先ほどの話も「お前たちがクロちゃんが問題無いと思うなら、とりあえずお偉い先生にでも話を聞いて何らかの確証を貰ってきな」ということである。
お偉い先生から「問題無い」という保証を貰えるならば大人たちも安心できるし、どう考えても怪しい上に何の保証もない吾輩を暫定的且つ自然に村から引き剥がすことができる。
そういった裏事情を含め、彼らは言葉を理解しているようだがあくまで異種族である吾輩にバレないように人間同士で話を付けているわけだが……。
マジですみません。吾輩、本ではあるのだけど、思考回路自体は人間なのでそこらへんの裏はちゃんと読めるんです。
滅茶苦茶配慮させちゃってすみません。
助けられたのは事実だから直接的に追い出すとかはしたくないけど、それはそれとして怪しいからちょっとなんとかして欲しいんですよね。
凄くよく分かります。逆の立場なら吾輩も間違いなくそう思います。ええ。
しかし、もっと発展した街に行けるなら、色々情報も集められるかもしれないし、吾輩にも損が無いというのは紛れもない事実。
具体的に、これから何をしたいのかというのは、正直まだ決まっていない。
強いて言えば、一冬を過ごしてそれなりに愛着の沸いたこのブレトンの村で長く、ゆっくりやれればと思う程度である。
だが、それを考える上でネックになるのは、ブレトンの大人たちが考えているのと同じ懸念事項、「全てが怪しい吾輩に何の問題もないのか」という点である。
表面上は何の問題もないが、何も考えずに定着させて数年、あるいは数十年。
どこかのタイミングで本性を表すなりなんなりして、慣れ親しんだ住居に大損害……。
そういった事態が起こりうることは誰にだって想像できるというか、吾輩だって自分がやらかさないのかが心配なのだ。
突如としてこの「本」に吾輩という意識が宿った以上、突如としてこの「本」から吾輩の意識が消える可能性は捨てきれない。
そうなった時、吾輩以外の意識が宿った「本」がこの村で源影を暴れさせるかもしれない。
本体が源影ではなく、「本」であることに気が付かず、無限に勝ち目のない戦いを続けさせてしまうかもしれないと考えると……。
村の人たちに迷惑をかけないためにも、一度お偉い先生に吾輩を見て貰えるというのは大歓迎だと言わざるを得ない。
もっとも、時代的な背景もあってお偉い先生に直接……というのは難しいようだが、そこはかつて冒険者として慣らした老婆……パール婆ちゃんが冒険者ギルド当てに紹介状を書いてくれると来た。
そう、冒険者ギルドに対してである!!
ココ、そういうのがある世界だったのか!
流石にソレはちょっと気になるというか、前世でアニメやゲーム、小説を楽しんだモノとして、滅茶苦茶行ってみたいぞと素直に思えるのである。
「よし、じゃあ。クロちゃん、明日には街に向かうから、ついてきてくれるかな?」
……が、流石に明日からというのは予想外。
タマモから為された突飛な提案に、思わず吾輩(が操作している源影)は周囲を見渡しながら、瓦礫の方を身振り手振りで示さざるを得ない。
サイクロプスの討伐そのものは成功したとはいえ、村は田畑を中心にかなり荒れてしまっている。
それを放っておいていきなり街へ向かうなど、流石に如何なものかと思ってしまったのだ。
「くっ……ははははっ!なんだい。タマモ、あんたそのクロちゃんとやらよりも薄情なのかい」
「えっ。あっ。いや、そんなことはないよ? このくらい、あーしなら明日の朝一番で片付けるつもりだっただけだよ?」
「言ったね。よーし皆! 今の言葉覚えておきな! 明日はちゃんとタマモが働くそうだよ!」
そして、そんな吾輩の慌てた様子を見て、ハハハハハと笑い声が響く。
余計なことを言ったなと頭をかくタマモと、それをはやし立てる子供たち。
その光景には流石に吾輩を警戒する大人たちも毒気を抜かれたのか表情を緩めていて……。
なんともしまらないが、それと同時に穏やかな空気が流れる中。
今日という日は過ぎていくのだった。