とある方の個人コンテスト応募のための作品です!
地を掃くのは、苦手だ。ましてや相手が軽いものであるからには、中々蒐めようとしてもまとまりきらない。
だからそれを時に舞わせながら、全てチリトリの上に乗せるまでしばらく時間がかかった。
黒くて時に硬質なものも混じった、虫の数々。それをゴミ袋に放り込むまでが俺のこの時期の朝のルーチンだ。
「今日もありがとね」
「どーも」
通り過ぎていくコンビニオーナーの感謝の言葉を他所に、10L容量のゴミ袋の一部が黒く汚れたことを確認してからその頂点をぎゅっと締める。
そしてごみ捨て前に向かう前に一度振り返り、まあ大体白い普段に戻ったと確認してからようやく安堵を覚えた。
夥しい程の蟲どもの死で見ていられなかった電撃殺虫灯の足元は、俺の潔癖のおかげでこれでだいぶマシになったろう。
昨夜もきっと夏の灯りに虫が飛び込んで、高い音とともに死を披露していたに違いない。
夜通し続けられたそれの結果、山となった死骸どもを俺は今日も今日とて片付けていたのだ。
彼らは末期に悲鳴もなければ五分の魂を輝かせもしない。揺らしても、がさりと鳴るだけだった。
「こいつら、本当に馬鹿だよな」
飛んで火に入る夏の虫という言葉があるが、そんなテンプレートに則って命を無為に投げ捨て続けていくこいつらの考えがあまりに分からない。
まあ、夜の虫達が月を天辺と定めて続けてきた飛行のルーチンのために、無惨な死の量産が起きているという説くらいは識っている。
理屈と結果は、この手の中に確りとあるのだ。
とはいえ、肘上まで持ち上げたところでさしたる重みを感じない袋に深い意味を感じられるほど俺だって若くない。
「とはいえ、意味ある死ってのも難しいよな」
メメント・モリ、死を思えという程ではなくてもこの頃独りになってから死を考えることが俺には増えた。
皺と白髪といった目に見えるもの以上に、全力で動ける時間が減り続けてきていることが何より辛い。
ましてや、人様の仕事を良くすることに感じていた使命感をすら何処かに置いてしまえば、老いはどうしたって覚えてしまう。
「流石に弔い続けてばかりの人生は、なあ……」
数えられないくらいの動物だった殻を燃えるごみとして多くの袋の合間に忍ばせながら、俺はそうつぶやく。
優れた記録一つ二つで天狗になっていたのに、はじめて飼い犬を亡くせば涙が止まらなかったあの頃。
しかし、母が燃やされるのを見送った今に至ってはアルコールの反吐を披露するのが精々だ。
クジラの墓場、ホエールフォールのように自らの死がひとかどの生態系を作るとまでは考えられない。
だが、性の奴隷としてただ蟲のように死ぬのは耐えられずに。
「ああ。だからこうして俺は彼らを見えないようにゴミの中に隠してるのか」
なりたくないから、見たくないと捨てる。そんな、まるで虫どもの逆のように生きていた。
帰り道を熱する紛れもない陽の光の中今更ながら、俺はそう理解したのだった。
気づいたところで止められないのは俺のレベルが虫同然だからか。
やはり早起きの際にはコンビニに設置された殺虫灯の下に今日も視線が這う。
「何だ?」
しかし、今日はどうにも様子が違った。小さな死の山の中を縦横無尽に音を立ててうろつくものがいた。
俺はそれの正体に気付いた途端に、足は全盛のように速く回りバーベルを握らなくなった手のひらは、そいつの立派な角を確かに掴んでいた。
背中を後ろから押さえても負けず動き回るこれは正しく。
「カブトムシか……こっち来てからははじめて会ったなあ」
昆虫の王様、カブトムシ。その光沢を帯びた硬質に、年甲斐もなく心が浮つく。
それにしても、力強い。どうにか飼うためにとゴミ袋にこいつを安堵させるにも四苦八苦だ。
「動物の中じゃ一番こいつに憧れてたなあ……そういや」
そう、俺はこのようになりたくてアスリートの道を通っていて、ドロップ・アウトした今も彼らの就職の支援を続けていたのだ。
童心というものだろうか、そんな源泉に触れて若くなったような心地。だから、俺は足元の虫の墓場を踏み荒らしていたことにも気づかずに。
「いやね……そんな生きてるのもいたの? 村上さん、速く一緒に捨てちゃって?」
憧れに向けられた侮蔑の視線に、遅れて理解するのだった。
俺より深い皺に、紫色の髪が目立つ老いた隣人。この人に酷くよいハンドクリーム使っているのを自慢されたことを、俺はよく憶えている。
そんな、手の中のカブトムシと動物という共通項しかない、彼女に俺はこう返した。
「いやです」
「はあ?」
決して使い走りでもなければ、蠢くだけの死に体でもない。俺はただの今を生きる動物で。
大げさなビニール袋の中でがさりごそりと、うるさい一匹きりのカブトムシには負けぬように。
「俺もこいつも、生きて動いてるものだから、あんたが決めるよりもうちょっと活きますよ」
ここらで聞いたあの人ダメね、という陰口を想起しながらそんな主張をするのだった。
「まずはカゴ、用意しないとな」
やがて後ろから響いたよく分からない醜い動物の鳴き声を聞かず、残骸をもそこに置いていった俺は。
「かっけえ……」
持ち帰った命がゼリーを啜りながら披露する逞しさに感動しきり。
そう。なりたかったから、もっと見たくて拾った。多少歪み走っても、それを良しとするのが活きるということだと俺は考える。
正しくルーチンから偶に外れられた一匹の動物。がさりごそりと、今日も動き続ける。
こんな風にして俺はようやく死を忘れられたのだった。