人修羅、ブリテンに立つ 作:ガキパト
果たして、草原を突っ切っていた人修羅たちのもとに訪れたのは一羽のカラスだった。察知したピクシーはまたもや撃ち落とそうとするが、人修羅が遮る。
「ちょっと!当たんないんだけど!」
「よく見ろ、何か持っている」
「あ、ホントだ。手紙?」
手紙を咥えたカラスは人修羅の前に降り立つと、受け取れと言わんばかりにずいと嘴を突きつける。カラスの瞳を一瞥し、堂々とそれを手に取った。
手紙の封を解き一枚の紙を見やる。おそらく達筆だろうと思われる字で何か書いているが、読めない。人修羅と言えども元は高校生、ケルト系の文字を読める筈もなかった。
「ピクシー、読めるか?」
「んー?ああ、懐かしいねこの文字!かなり前にヒトが使ってたやつじゃん、アタシ分かるよ。ええと、ナニナニ……」
ピクシー曰く、その内容は主に取引がしたいということが丁寧に書かれていたらしい。相手が改まった態度なのは、殺したカラス越しにこちらを観察し高位の存在だと気づいたからだとか。
「それで、どうする?取引するならこのカラスが目的地に案内してくれるみたいだけど」
「………」
現時点で自分たちには情報が何もない。対して相手はその事を見抜き、こちらに取引を仕掛けに来た。確実に知恵の回る者だろう。
だが、それでも人修羅は取引に応じることにした。理由はただただ単純に、これが罠だとしても罠ごと踏み潰せばいいという自信から。
悪魔との取引なんて、所詮言葉は飾りだ。相手と対等な力を有していないと話し相手にすらならない。自分が今までにされたことで、してきたことだ。
人修羅は顎でカラスに促す。目的地に連れていけ、と。カラスはすぐさま飛び上がり、こっちだと言わんばかりに鳴く。
人修羅は後をゆっくりと追う。この異なる世界で初めて邂逅する相手は、どのような者なのだろうかと考えながら。
そうして一行は、オークニーへ辿り着く。
「ようこそ、名も知れぬ者。私はモルガン、ここオークニーの王妃だ」
カラスに連れられた目的地は、豪奢な造りをしている館だった。そこで待ち受けていたのは、ゾッとするほどの美貌を兼ね備えた妖しい女だった。
無意識なのだろうが、このモルガンという女は常に微弱の
「わー、なかなか強そうじゃん。少なくとも交渉相手にはなりそうだよ。それに面白い性質してるし」
「面白い性質?」
「そーそー、ヒトなのに色々混ざってる。私と同じ妖精と……後はよく分かんないケド」
「ほお。その使い魔、妖精か。その割にはかなり異質な力を持っているようだが……まあよい。案内しよう」
モルガンは背を向き先導する。人修羅は無言でその後をついていく。
館内には絵画や壺などが廊下を華々しく飾る。絨毯や窓にも汚れは見られない。その割には彼女以外の人がいないのが不自然だ。
その目線を察したのか、モルガンはちらりと振り返り答える。
「私が下がらせたのだ。貴方は気づいていないかもしれないが、その体から溢れ出す魔力は異常だ。量も然ることながら、何よりその性質。まさに混沌と呼ぶに相応しきものだ。そんなものを只人が浴びれば発狂してしまう」
人修羅は純粋にそうなのかと納得した。ボルテクス界には人などいないから知りもしなかった。ここで嘘をつく意味などないし本当なのだろう。
「さて、ここが来賓室だ。楽にしてくれ」
言葉に甘え人修羅はソファーに腰を掛ける。するとモルガンは手を翳し何らかの術を唱えると、机上に湯気が立ち上ったティーカップと茶菓子が現れた。
「何分人払いしたものでな。魔術で楽をさせてもらった」
同じく対面のソファーに座ったモルガンは、ティーカップを手に取ると上品に嚥下する。暗に毒など盛っていないと示すためだろう。人修羅もティーカップを掴み、味わうように飲む。娯楽のための飲食は、懐かしい味がした。
未だ肩を占拠しているピクシーに茶菓子を与えていると、モルガンは本題を切り出した。
「では早速取引を始めようか。ここで私の提示するものは『情報』だ。ここが何処なのか、何があるのか、
モルガンは一口飲んで口を潤し、人修羅の反応を探る。
「敵対する相手の情報は取引成立した暁に渡す。おそらく貴方はその相手など知らぬと思うが、念のためにな」
「ちょっと、カレは強いんだよ~?オマエが思っている府抜けたことなんてしないよ?」
「気を悪くしたならすまない。私は狡猾な魔女でな、故にこのような手を取ってしまう」
人修羅は黙ってモルガンを見つめる。彼女は恐れることなく人修羅から目をそらさない。人修羅はその瞳に一抹の怯えが混ざっているのを感じた。しかし、それを上回る強い執念が渦巻いていた。
いい目をしている。魔人からの目線から見れば。
「一つ、聞きたい」
「何でしょう?」
「お前の望みは、何だ?」
「………復讐だ。この私からブリテンを、全てを奪った愚妹に報いを受けさせることだ!この屈辱を、怨恨を、この憤怒を!その身に味わせることが、私の望み!」
その激情を、人修羅は好ましく思った。かつてカグツチを求めて殺しあった彼等の片鱗を見いだした。
「……いいだろう。モルガン、取引成立だ」
「……感謝します。……ええと」
「人修羅と呼ばれていた」
「では人修羅。これから宜しくお願いします」
「ああ……」
人修羅は手を差し出す。モルガンはそれをまじまじと見つめた後、恐る恐るその手を握った。
モルガンは瞠目した。自分の手を握る人修羅と名乗るそれの手は、なんら人と変わりなかったのだ。
(最初は何処かの神性だと思っていたが、まさか……)
気になることができたが、思考を切り替える。今は情報共有が先だ。モルガンは咳払いすると、改めてこの地に関することを話し始めた。