悪役の魂と共にMCU転生したので生き延びる 作:ゴウカザルのスケジュール
皆様の応援のお陰様です。
本当にありがとうございます。
シルバーウィーク中にNY決戦が起きる様に調節しておりますので、
是非とも連休中もお楽しみ下さいませ。
「さて、二人とも。そろそろ時間だ。マイケル、今日の大学の講義と研究室の予約は?」
朝食は既に食べ終えた。
義父ニコラスはエプロンを外しスーツ姿へ。
出勤の頃合いだ。
「……10時から教授とのミーティングがある。人工血液のサンプルをいくつか持って行くよ」
義兄ことマイケルは点滴スタンドを壁際に戻すと、机の上の書類とマイロからの手紙を丁寧に鞄へ収め、コートを羽織った。病弱な体に鞭打つような動作だが、その瞳には研究者特有の鋭い光が宿っている。
「アルバ、留守番を頼めるかい? 昼前には病院の非番が終わるから、一度戻ってくるよ」
義父が優しく私の頭を撫で、革製の鞄を手にする。
そこそこの高級品のハズだが、その持ち手は使い古されている為、ボロく見える。義父に関しては、子供たちに金を使う前に、身なりを整える事を覚えた方が良いんじゃないだろうか。
「ええ、勿論です。行ってらっしゃい。ニコラス義父さん、マイケル義兄さん」
「……行ってくる。僕の部屋の論文には、もう赤ペンを入れるなよ」
手すりを掴みながら玄関へと向かう義兄。
義父はそれをサポートするように歩く。
重厚な玄関のドアが閉まり、鍵が回るカチャリという音が響くと、広いリビングに静寂が訪れた。
「よしッッ!!!
大人たちがそれぞれの職場と大学へ散っていったことで、ニコラス邸は完全に私の領域となった。
19歳の病弱な天才が大学で派手に目立ってくれているおかげで、世間も行政もこの家に残された5歳児のことなど誰も気にしていない。
そもそも、養子縁組の行政処理は終わったのだ。最早、誰からの干渉も受け付ける必要は無いのである。
私は小さな足音を鳴らして自室に戻ると、デスクの上に広げられた知育玩具の皮をかぶったジャンクパーツへと向かった。
分解された小型モーター、電磁コイル、基盤の山。
そして、ど真ん中には圧倒的存在感を表す、軍用バッテリー。
義父が、手先を器用にさせるためのブロック遊びのテイで買い与えてくれた代物だ。義兄の方が若き天才とか言われて持て囃されているが、義父も中々の狂人である。流石、天才一家。意味不明だ。
ピンセットと小型ドライバーを握りしめ、小型電磁アクチュエータの極小な配線を繊細にいじくり回しながら、私は脳内のゾラ爺と会話を始めた。
「……で、ゾラ爺。例のキック力増強シューズのフレーム構造だけど、電磁刺激で足のツボと筋力制限を瞬間的に解除するプロトコル、どこまで計算進んだ?」
途端に、私の脳内の奥底から、ゾラ爺の不機嫌極まりない声が返ってきた。
『……アルバよ、貴様は正気か!? そもそも『電磁刺激でツボを刺激して筋力制限を解除し、蹴り出された物体に数トンの運動エネルギーを付与する』などという狂った兵器構想自体が、生体力学を根本から無視しておる!!』
「いや、米花町っていう日本の東京にある町では、52歳・チビ・デブ・ハゲ・独身子持ちの博士が、その辺をほっつき歩いている小学生に持たせてるし。そんで、その子、靴の力でサッカーボール蹴り飛ばして殺人犯を撃沈してるんだけど」
『知らぬわ、そのような極東の狂人博士など!! いいか!? 筋肉の出力限界を電気信号で強制解放したところで、反作用を受ける大腿骨と膝関節、足首の靭帯が耐えられるわけがなかろう! 蹴った瞬間に己の足の骨が粉砕して自滅するのがオチだ! 人体工学を舐めるでないわ!!』
ピンセットを動かす手を休めることなく、私は盛大に溜息をついた。
かつてこの世界における第二次世界大戦下で極悪非道の限りを尽くしたHYDRAの筆頭科学者が、人体の生体力学的限界と損傷度という極めて真面目で倫理的な医学の観点から大真面目にブチギレている光景は、客観的に見てもシュールそのものだった。
「要するに、阿笠博士の技術力に嫉妬してるってことでOK?」
『誰がそのアガサだか何だか知らん東洋の老技師に嫉妬などするか!! 物理法則に従っていると言っておるのだ! ガイガーカウンターすらまともに使えんガキが、無茶な兵器化のリクエストを投げてくるな!!』
負けず嫌いなゾラ爺は、実在すらしない米花町の天才博士に対して激しい対抗心と劣等感を燃やしながら、必死に衝撃吸収用のアクティブ・サスペンション構造の代替計算を脳内で呟いている。
「まあいいや。結局、足の骨折を防ぐには筋力解放じゃなくて、ヴィブラニウムかナノマシンによる外骨格補強が必須ってことね。足部フレームの基礎設計データ、後でパソコンに入力しないとな」
『チッ……無理難題を押し付けよって』
不満げで耳障りなノイズを残してゾラが思考の裏へ引っ込むと、私は作業台の上に転がっていた小型コンデンサをパチンと音を立てて基盤に嵌め込んだ。
自衛用のキック力増強シューズ(仮)はまだまだ課題山積みだったが、ゾラ爺の凄まじい負けず嫌いのおかげで、人間工学と衝撃拡散の基礎データは想像以上のペースで集まっていた。
しかし、自分の足の骨が物理的に折れるという決定的な構造欠陥を、力技のフレーム強度だけで解決しようとするゾラの頑固さに対し、私は前世の記憶からより論理的な代替案を投げかけてみることにした。
「じゃあさ、ゼロ年代の愛国者達が作ってた『月光』みたいにすればいいんじゃないの? 人工筋肉による超人的な収縮力と、それに耐えられる人工骨格・外骨格のハイブリッド。丁度、我が家にも生物学に詳しい人材が若干二名居るんだし」
『…………アルバ、今なんと言った?』
脳内のゾラ爺がピタリと止まった。
何かしら高度な事を考えているのだろう。
私には到底理解出来ないが。
「だから、自らの生体筋肉を過負荷させるんじゃなくて、人工筋肉を骨格補強フレームに組み込んだ武器だよ。外付け超人血清とも言い換えるべきか?それなら生体の関節や膝への負担もその補助を受けて、良い感じにで逃がせるでしょ? メタルギア世界じゃ当たり前に実装されてる技術だけど」
数秒におよぶ沈黙の後、脳内のゾラが歓喜に狂い震えるような、深く重々しいノイズを鳴らした。
『……素晴らしい!! 気功や
やはり、世界線は違くとも、アメリカに巣食う巨悪組織は通じ合えるのか……。一方、完全に正義側であり、善良なる一市民に過ぎない阿笠博士のことをボロカス言うの酷いですよ。
流石、ヒドラ。ハイルヒドラー。
興奮を抑えきれないゾラ爺は、存在しない異世界ながら同族の科学者達に熱烈なリスペクトと賛辞を捧げながら、猛スピードで『高分子人工筋肉を用いた脚部補強フレームおよび衝撃分散サスペンション』の緻密な構造計算シートを構築し始めていた。
*****
数ヶ月後。
ピンセットで基盤の微調整を続けながら、私は視界の端に展開されていくその恐ろしいほど完成度の高い設計図を眺め、ふと疑問を口にした。
「……これで人工筋肉と外骨格のフレーム設計はバッチリだな。あとはこれを駆動させる電力だけど」
『フン、何を言うかと思えばアルバよ。高分子ポリマーを一瞬で最大収縮させるのに必要なスパイク電流がどれほどか理解しておらんのか? 既存の小型コンデンサなど一回のキックで発煙・焼き付きを起こして終了だ。高出力の小型パワーパックが作れん限り、これは『一発限りの使い捨て玩具』にしかならんぞ!』
「まあね。胸に青く光る小型の核融合炉でも埋め込めれば一発解決なんだけど、あれを作れるのは今ごろアフリカかどっかで自社兵器のデモをしてる某セレブ社長くらいだし」
『何をわけのわからん妄想を言っておる!! エネルギー密度と放電効率を無視したガジェットなど、ただの鉄くずだ!!』
「でもさ、米花町の阿笠博士が作ったあのキック力増強シューズ、つま先のダイアル操作だけでベルトと人工筋肉を瞬時に無制限駆動させてるんだよ? あの小さなシューズの踵かソールに収まるレベルの超小型・高出力パワーパックをすでに実用化してるってことじゃん。そう考えるとあのじいさん、やっぱり時代を数十年先取りしすぎでしょ」
私が半ば呆れ気味に煽ってみると、脳内のゾラ爺がバカにしたように鼻で笑う音を発した。脳内がゾラ爺の鼻息で臭そうだ。んな事は無いが、この思考も読まれているのでチクチクと精神的ダメージを与えてやる。
『……ハッ、動力源だと? 5歳児の玩具に小型の常温核融合炉でも積み込めとでも言うつもりか、アルバ?』
ふむ、もしかしたら、ゾラ爺なら出来るのか?
私は全く期待はせずに理論だけを紹介する。
「原理自体は知ってるんだけどね。パラジウムをリング状に配置して、重水素との触媒反応でエネルギーを循環させる……要するに初期型アーク・リアクターのサイクル構造だよ」
気怠げに言葉を返すと、ゾラ爺は急に静かになった。
数十分経った頃だろうか。
ストレスの無い静寂が、突如として崩壊した。
脳内のゾラ爺が悲鳴に近い金切り声を発したのだ。
もう頭がグワングワンと揺れている。
『……ア、アルバ、今なんと言った!? パラジウム格子による重水素の吸蔵と、その熱核反応の自律循環だと……!? 電磁気学と熱力学の法則を根底から無視したそのような狂気の常温核融合、計算式が成り立つはずが……ぬ、ヌゥ!? 待て、プラズマの自己収束場をこのパラメータで固定すれば……理論上、不可能ではない……だと……!?』
自身の知る物理学の限界を軽々と凌駕されて悔しいのだろうか。
発狂し始める物理オタクのおじいちゃん(笑)に対し、私は心底呆れ果てた深い溜息をぶつけた。
「……っていうかさ、1989年にフライシュマンとポンズが常温核融合の発表をして世界中で大騒ぎになったの、知らんの? あ、そっか。あの頃のゾラ爺って、ニュージャージーの地下基地で磁気テープに意識移植されて古い緑色のモニターの亡霊になってた時期だっけ。学会のトレンド追えてなかったかぁ、ごめんごめんw」
『ぐっ……!! く、貴様ぁぁあ!! 誰が古い磁気テープだ!! わ、儂はHYDRAの頭脳じゃ! 』
負け犬らしくギャンギャンとノイズを撒き散らすゾラ爺に対し、私はふと思い立った思考をそのままぶつけて追い打ちをかけた。
「……あ、待って。よく考えたら四次元キューブって元々Hydraの所有物だったよね? ノルウェーで拾ってきて、エネルギー抽出装置を作ってレーザー兵器に組み込んでたの、他ならぬゾラ爺じゃん。キューブのエネルギー波形データ、生で一番研究してたの自分じゃん」
脳内を覆い尽くしていたノイズが、唐突にピタリと止まった。
そうなんだよな。私は知っているんだよ。
『アイアンマン2』で起きる出来事も。
「ハワード・スタークが戦後、海から拾ったキューブを解析して新元素の構造を思いついたらしいけど……まさかゾラ爺、生でキューブを弄り回しておきながら、エネルギーを新元素として安定化させる発想まで至らなかったの? ハワードに負けてたの?w」
数秒の重苦しい沈黙の後、私の脳内が破裂するかと思う程の絶叫が響き渡った。嗚呼、また頭がグワングワンしだしたよ。本当に最悪だ。
『……だ、黙れぇぇぇええええ!! あの忌々しいハワード・スタークの名を出すな!! 私が終戦の混乱でキャプテン・アメリカに捕まらねば、キューブの完全解明など時間の問題であったのだ!! 奴は私の研究ログを盗み見て良い気になっていただけだ!! 私は負けておらん!! 負けておらんのだぁぁあ!!』
魂の存在に過ぎなきゾラ爺が狂乱しておる。
検証結果、悪役の魂に精神攻撃は効果的です。
そして、私の頭がひび割れるのかと思うくらい痛いですぅ……。
「まあ、理屈は分かっても本物のキューブもパラジウムも手に入らないから意味ないんだけどね。トニー・スタークがアフリカの洞窟で自作して世に出すまでは、大人しく1〜2発使い捨てのスパイク放電か、マイケル義兄さんの人工血液の過剰代謝を応用した、瞬間───油圧?人工血液圧ピストンで耐えるしかないか」
理論という完璧な答えを知っているからこそ生じる、この時代ならではの技術的生殺し状態に苦笑いを浮かべつつ、私は散らかった作業台のジャンクパーツを手際よく箱の中へと整頓した。
嗚呼、そうそう。クリーンエネルギーでスーツは飛びません。
ポリコレキャラは居なかった。イイね?
「よし。下準備は終わりだ」
私は手元のツールを片付けると、自室のメインデスクに鎮座している黒い筐体──ThinkPadの天板を静かに開いた。
コレも義父に買ってもらった私の為だけの最新型パソコンだ。
まぁ、『要特別支援児の知育学習用』という公的名目につき、行政の助成金で賄われたとは聞いているが。
私はスムーズな手付きで電源ボタンを押し込む。
漆黒の液晶画面に電源が入り、緑色の暗号化ログが目にも留まらぬ高速で走っていく。ゾラ爺が悔し紛れに構築した、なんか知らんけど色々と回避するプログラムを経由させ、私は5歳児の小さな指先をキーボードの上で滑らせ、リズミカルな打鍵音を響かせた。
「さて、今日もヒドラの隠し口座から大金をちょろまかすか」
朝のやわらかな光が静かに差し込む自室の中で、私は5歳児の皮をかぶったまま、我が家の財布を防衛するための本格的な裏業務へと足を踏み入れた。