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「あー、また満点逃した! クソ、なんであいつら毎回ノーミスなんだよ!」
第2プラントの食堂に、鳴嶋メルトの絶望混じりの叫びが響いた。彼のテストの点数は、お世辞にも良いとは言えない。
メルトはこのハウスにおける、愛すべき「落ちこぼれ枠」だった。
「うるさいわねメルト、気が散るわ。……って、あーもう! 私もまた1問落としたじゃない!」
悔しそうに机を叩いたのは有馬かな。
その隣では、星野ルビーも
「私もかなと同じとこ間違えたー!」
と悔しがっている。
二人はフルスコア組を猛烈な勢いで追いかける、ハウスの特待生候補たちだ。
そんな彼女たちの視線の先には、常に全問正解を叩き出す「3人の怪物」がいた。
黒川あかね、不知火フリル。そして、星野アクア。
3人は今日も涼しい顔で、終わったばかりの特殊なテストの復習を始めている。
「みんな、今日もテストお疲れ様」
食堂の扉が開き、子供たちの太陽である「ママ」――アイが姿を現した。星のように爛々と輝く両の瞳。誰もが目を奪われる美貌と、すべてを包み込むような聖母の微笑み。
「ママ!」
ルビーが真っ先に飛びつく。
アイはそれを愛おしそうに抱き止め、子供たち一人ひとりの頭を優しく撫でていく。
「みんな本当に優秀で、ママは鼻が高いなー。あ、ツクヨミ。今日も裏庭でカラスとおしゃべりしてたの? ちゃんと勉強も頑張ろうね」
「うん……カラスが、もうすぐ面白いことが起きるって言ってた」
白髪の少し浮世離れした少女、ツクヨミがポツリと呟く。
アイは「ふふ、相変わらず不思議な子」と笑いながら、今度はアクアの前にしゃがみ込んだ。
「アクア、今日もフルスコアだね。本当にすごい。……大好きだよ」
アイはアクアを抱きしめた。
その体温は温かく、香る匂いは紛れもなく母のものだった。
けれど、10歳にして大人顔負けの知性と鋭すぎる観察力を持つアクアの胸には、ずっと消えない「ざらつき」があった。
(……何かがおかしい)毎日行われる、脳の限界を試すような特殊なテスト。
首筋にある不自然な認識番号。
そして――これまで「里親に引き取られた」と言ってハウスを出て行った年上の兄弟たちから、手紙の一通すら届いた試しがないこと。
このハウスは、何かが決定的に狂っている。その夜。
時計の針が深夜1時を回った頃、アクアはベッドを抜け出した。
足音を完全に消し、向かったのはアイの執務室。昼間、アイが本棚の裏にある「何か」に触れていたのを、アクアの目は見逃していなかった。ギィ……。本棚をスライドさせると、壁に不自然な隠し扉があった。
鍵はかかっていない。
アイは、子供たちがここまでたどり着くとは微塵も思っていないのだろう。
アクアは狭い隙間に身を滑り込ませた。部屋の中は薄暗く、デスクの上には見たこともない無機質な機械――本部との通信機――が置かれていた。
アクアは冷や汗を流しながら、デスクの引き出しを開ける。
そこにあったのは、一冊の分厚い黒い手帳だった。
『グレイス=フィールドハウス 第2プラント・管理記録』
ページをめくる。そこには、ハウスの子供たちの顔写真と、詳細な「スコア」が並んでいた。過去に出て行った兄弟たちのページには、赤い文字で大きくスタンプが押されている。――【出荷済】。
(出荷……? 里親じゃなくて、家畜の出荷……!?)
頭の回転が速すぎるがゆえに、アクアの脳は最悪の結末を瞬時に導き出してしまう。
ここは孤児院ではない。
スコアの高い順に、肉として、何者かに買い取られている「人間養育場」だ。
そして、アクアの指が、自分と妹のページで止まった。
『星野アクア(10歳)』
『星野ルビー(10歳)』
その欄外に、アイの筆跡で、震えるような文字が書き加えられていた。
『本部秘匿記録:当該二名は、元上級管理特待生ヒカルとの間に儲けた、実子である。脳の発達、遺伝子配列共に最高品質。12歳の誕生日に【特級品】として出荷予定』
「――あ」
声にならない悲鳴が、アクアの喉から漏れた。
自分たちは、食料。
そして、あの優しくて大好きなママは――自分たちを「最高の肉」に育てるために愛を注いでいた、飼育官。
「こんな時間に、何をしているのかな? アクア」
背後から、心臓を凍りつかせるほど甘い声が響いた。
振り返ると、暗闇の中に、爛々と輝く二つの「星」が浮かんでいた。アイが、いつもの完璧な笑顔で、けれど一切の光を通さない瞳で、アクアを見下ろしていた。
手元には、開かれたままの管理記録。言い逃れはできない。詰んだ。
脳裏に「死」の文字がよぎる。
(いや、待て。ここで俺が殺されたらルビーはどうなる? 他の奴らは!? 考えろ……!)
アクアは極限の恐怖のなか、表情を完全に消した。
そして、あえて子供らしい「純粋な知好奇心」の目をアイに向け、真っ直ぐに言った。
「……ママ。これ 難しすぎて、僕、ちょっと読めないや」
あえて漢字が読めないフリをした。
「出荷」も「実子」も、まだ10歳の子供には意味がわからない言葉だという『演技』。
アイの笑顔が、ぴたりと止まる。静寂が部屋を支配する。
アイの瞳の星が、アクアの嘘を見抜こうと細められた。
「……そう。アクアには、まだちょっと早かったね」
数秒の永遠の後、アイはいつも通り優しく微笑み、アクアを抱きしめた。
しかし、その腕の力は、骨が軋むほどに強かった。
「夜更かしはダメだよ、私の可愛いアクア」ママの腕の中で、アクアは確信した。この化け物を騙し通さなければ、全員死ぬ。
次の日から、アクアの「ママを欺くための命がけの演技」が始まった。