「全員に話すのはリスクが高すぎる。まずは、感情に流されず、かつ即戦力になる人間を一人だけ引き入れる」
翌日の昼休み。ハウスの裏庭の木陰で、アクアはあかねにそう告げた。
あかねも同意するように深く頷く。
「ええ。ルビーやかなちゃんは、感情が表に出やすいからまだ危ないわ。特にかなちゃんは、ママの前でいつも通りの『突っかかるような態度』を続けてもらった方が、ママの目を逸らせる」
「じゃあ、残るフルスコアは一人だ」
二人の視線の先――日当たりの良いベンチで、一人静かに分厚い小説を読んでいる少女がいた。
不知火フリル。アクアやルビーと同じ10歳でありながら、常にポーカーフェイスを崩さず、学力テストではあかねと並んでノーミスを連発する、底の知れない少女。
「フリル、ちょっといいか」
アクアが声をかけると、フリルはパタンと本を閉じ、感情の読めない瞳を二人に向けた。
「アクア、あかね。珍しい組み合わせね。……何か、私に『お芝居』のオファーかしら?」
フリルの第一声に、アクアの背筋が冷える。
まるで自分たちの意図を見透かされたような感覚。
あかねが静かに、アクアが作った管理記録の写しを手渡した。
「これを見て。冗談だと思ってもいい。でも、私たちのプロファイリングは一致したわ」
フリルは淡々とノートを受け取り、ページをめくっていく。普通なら絶叫するか、涙を流すような「家畜」「出荷」という文字列。
しかし、フリルの眉はピクリとも動かなかった。
ただ、じっと文字を見つめた後、ふう、と小さく息を吐いただけだった。
「なるほどね。……通りで、ママの愛が『完璧すぎる』わけだわ」
驚くほど冷静な受け入れ方だった。
フリルはノートを閉じると、二人の目を真っ直ぐに見据えた。
「信じるわ。だって、その方が辻褄が合うもの。私、ずっと違和感があったの。このハウスの教育方針、あまりにも『表現力』や『自己プロデュース力』を重視しすぎているって。鬼とやらは、知性が高くて個性が尖っている肉の方が好みなのね?」
「恐ろしいほど冷静だな、お前は……」
「褒め言葉として受け取っておくわ。それで? 私に何を求めているの? 私は運動神経はそこまで良くないわよ」
「お前のその『何があっても動じない鉄のポーカーフェイス』だ」
アクアはフリルの両肩に手を置いた。
「俺たちはママを騙し通して、脱獄する。お前には、今まで通り完璧なフルスコアを維持しつつ、ルビーやかなが不自然な動きをしないように、日常のなかで監視・誘導する役目を頼みたい」
「いいわよ。面白そうなお芝居ね。命がけの舞台なんて、最高にゾクゾクするじゃない」
フリルは不敵に微笑んだ。これで、第2プラントの『脱獄演出チーム』に、最強の役者が加わった。
一方、そんな天才たちの密談など露知らず、食堂ではいつもの騒がしい光景が繰り広げられていた。
「あー! またアクアの奴、昼休みにあかねとフリルを連れ回して! あいつ、フルスコア組だけで固まって何企んでるのよ!」
有馬かなが、悔しそうにスープをスプーンでかき混ぜている。
「かな落ち着いてよー。お兄ちゃん、最近なんか考え事多いし、きっとテストの難しい問題の話だよ」
ルビーが宥めるが、かなの対抗心は燃え盛るばかりだ。
「ふん、見てなさい。次のテストでは私が絶対にあの3人を引きずり下ろして、一番に最高の里親に引き取られてみせるんだから!」
「……お前ら、よくそんな高いレベルで競い合えるな。俺なんて今日、ついに平均点以下だぞ……」
げっそりとした顔で机に突っ伏したのは、鳴嶋メルトだった。
「ちょっとメルト、あんたまた下がったの!? ママに心配かけちゃダメでしょ!」
かなに怒られ、メルトは「わかってるよ……」と頭を抱える。
彼らの会話を、少し離れた場所でアイが微笑みながら見つめていた。
(かなもルビーも、良い悔しがり方。次はもっとスコアが伸びるね。……メルトは、そろそろ限界かしら。12歳になる前に、手を打たないとね)
アイの瞳の奥の星が、冷徹にメルトの「出荷期限」を計算していた。
そしてそのアイの視線を、アクアは死角から冷ややかに見届けていた。
(全員には話さない。メルトのような奴に話せば、恐怖で即座に足がすくみ、ママに感づかれる。
……だからメルト、お前はそのまま『何も知らない落ちこぼれ』でいてもらおう。その無防備さが、ママの目を欺く盾になる」
まだ見ぬ隣のプラント(第3プラント)でも、エマたちが同じように「全員を連れて逃げるための嘘」を組み立て始めている頃。
第2プラントのアクアたちもまた、何も知らない兄弟たちを護るための、孤独な騙し合いへと身を投じていくのだった。