第3プラント(エマ側)では、ノーマンが仕掛けた「罠(ロープの隠し場所を人によって変えて伝える)」により、ハウスの内通者が他ならぬ幼馴染の『レイ』であることが暴かれていた。
レイは、エマとノーマンの二人を確実に脱獄させるため、あえて何年も前からイザベラのスパイとして動き、引き換えに「発信機を壊すためのパーツ」などの報酬を本部から得ていたのだ。
そして、まったく同じ日の夜。壁一つを隔てた第2プラントでも、一人の天才が、もう一人の天才の「裏切り」を完全に突き止めていた。深夜の図書室。
月明かりだけが差し込む静寂のなか、不知火フリルは、本棚の隙間から「何か」を取り出そうとしていた。「――そこに隠していたのか。アイへの定期報告書は」
闇のなかから響いた声に、フリルはピクリと肩を揺らした。
振り返ると、本棚の影から星野アクアが静かに姿を現した。
その手には、フリルが先ほどまで探していた、アイへと提出されるはずの『監視手帳』が握られている。フリルはすぐに、いつもの感情の読めないポーカーフェイスに戻り、ふう、と小さく息を吐いた。
「……いつから気づいていたの? アクア」
「最初からだよ。あかねに『管理記録』を見せた次の日、お前を仲間に引き入れた時だ。お前は『家畜』という言葉を聞いても、眉一つ動かさなかった。あかねほどのプロファイリング能力がなくても、あのリアクションは異常だとわかる。……お前、あのノートを見る前から、このハウスの正体を知っていたな?」
アクアの鋭すぎる観察眼が、フリルの仮面を剥ぎ取っていく。フリルは小さく笑った。
「そうよ。私は6歳の頃から、自分が『出荷される家畜』だって知っていたわ。ママ……アイに協力する代わりに、12歳までの安全と、いくつかの『特権』を貰う契約を結んでいたの。アイからの『お礼』ね」
「なぜだ?なぜ他の兄弟たちを売るような真似を――」
アクアが珍しく感情を露わにしてフリルの胸ぐらを掴む。
しかし、フリルの瞳に宿ったのは、拒絶ではなく、痛切なまでの「執着」だった。
「売ってなんかいないわよ! 私は、あなたとルビーを生き残らせるために、ママの犬になったのよ!」
フリルの叫びが、無人の図書室に響いた。
「……何?」
「アイが言っていたわ。『あの子たちは、私が本部で産んだ本当の子供。誰よりも美味しく、誰よりも完璧に育てて、最高の瞬間に神様に捧げるの』って。アイの狂気は本物よ。普通にやったら、あなたたちは12歳の誕生日に確実に殺される。……だから私はアイの『スパイ』になった。あなたたちの動向をアイに報告して安心させる代わりに、本部からごほうびを内緒で取り寄せてもらっていたのよ!」
フリルは懐から、小さなドライバーと、不自然に改造された電子部品を取り出した。
「これがあれば、首筋にある発信機を無効化できる。……アクア、私の目的は最初から一つだけよ。あなたとルビー、そしてあかね。このハウスの『上位個体』だけを、確実に壁の向こうへ逃がすこと。そのために、私は他の何も知らない子供たちを、アイへの『生贄』として差し出す覚悟を決めたの」
それは、第3プラントのレイと、全く同じ歪んだ自己犠牲。
互いの存在すら知らない二つのプラントで、同じ「仲間のために泥をかぶった天才」が暗躍していた。
アクアは、胸ぐらを掴んでいた手をゆっくりと離した。
フリルの冷徹な仮面の奥にある、狂おしいほどの仲間への情愛を、あかねのプロファイリングを借りずとも理解したからだ。
「……フリル。お前の計画は却下だ。そんなやり方じゃ、俺もルビーも、あかねも、誰も救われない」
アクアはフリルの手から改造パーツを奪い取ると、不敵に微笑んだ。
「お前が手に入れたそのパーツ、ありがたく脱獄計画に組み込ませてもらう。……そして、メルトも、かなも、ルビーも、他の子供たちも、全員連れて壁を越える。お前も、そのための『最強の内通者』として、最後まで俺たちに利用されろ」
フリルは目を見開いた。
そして、初めてそのポーカーフェイスを崩し、観念したようにクスクスと笑った。
「本当に、傲慢な男の子ね、アクア。……全員で逃げるなんて無理よ。連れて行ってもかな、ルビーと私たち3人まで」
西暦2045年11月上旬。
内通者すらも手駒に変え、第2プラントの脱獄計画は、第3プラントの原作組とシンクロするように、最悪の難攻不落の牙城へと挑む準備を整えるのだった。